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ダンジョンサポーター  作者: Aramaki_mai
第四章 家へ戻る道
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第55話 残された灯り

ダンジョンに潜る人たちの話です。

ライト文芸寄りのダークファンタジーです。


▼登場人物

エマ・ウォーカー     本小説の主人公

オスカー・ウォーカー   エマの弟

ローワン・ウォーカー   エマとオスカーの父 長らく行方が分からなかった

サイモン・レック     ダンジョンでエマ達を襲撃した謎の男


▼主人公について

白鹿のギルドで働く二十歳前後のサポーター。

元前衛だが、今は救護、素材回収、物資管理、食料と水の配分、退路確認などを担い、探索隊を生きて帰すために働いている。


あらすじ

オスカーがサイモンたちと共にダンジョンへ入ったと知ったエマは、白鹿の救援を待たず、負傷したローワンを連れて監視所へ向かった。監視所にいたダンは二人を止めようとするが、エマはオスカーの捜索と持ち込み品を記録させる。ローワンは、オスカーたちが正面道を進んでいるとは限らないと告げ、古い回廊へ向かう可能性を示した。エマはダンから二つの灯りを受け取り、ローワンと共にダンジョンの奥へ入っていく。白鹿への知らせは届く。だが、追いつくまでの時間は、誰にも分からなかった。

灯りは、小さかった。エマの手にひとつ。

ローワンの震える手に、もうひとつ。

白い石の通路は、その二つを待っていたように奥へ続いていた。壁は自然に削れた岩ではない。古い礼拝堂の裏側を歩いているような、白っぽい石が積み上がり、ところどころに細い筋が走っている。

灯りを近づけると、その筋はかすかに光った。

鉱石の光ではなかった。


息をしているものの内側を、薄い皮膚越しに見ているような気味の悪さがあった。

エマは服の上から胸元に触れた。

祈り紐は熱を持っている。歩くたびに細い結び目が肌へ当たり、そこだけ荷が増えたように重かった。


「近いの」


声に出してから、同じことをまた聞いたと気づいた。

ローワンは少し遅れて答えた。


「近づいている。だが、道が素直に続いているとは限らない」


エマは振り返らなかった。


「分かってることだけ言って」


「ああ」


「分からないことは、分からないって言って」


「分かった」


その返事で、安心したわけではない。

ローワンの息は浅い。足元も悪い。さっき巻き直した布には、もう白い石粉と血が混じり始めている。歩けると言った。嘘ではない。けれど、全部でもない。


エマは灯りを低くした。床に残った杖跡を追う。

等間隔ではなかった。まっすぐでもない。ところどころで先が滑り、深く突いた跡がある。オスカーが足を立て直した時の癖だった。


家の床でも、同じ音がした。

機嫌が悪い時。疲れているのに、疲れていないふりをする時。台所で、椅子から立ち上がって鍋を見に行く時。

そんな音を、ずっと聞いていた。

聞いていたのに、その中に混じっていたものを見ていなかった。


「エマ」


ローワンが低く呼んだ。

エマは顔を上げた。通路の先が開けていた。

広い場所だった。壁際には、崩れた長椅子のような石が並んでいる。奥には祭壇に似た段があったが、そこに祀られているものは何もなかった。

何かを祀るための場所だったのか。

それとも、ダンジョンが人の記憶を真似て、形だけを作ったのか。

今は分からない。


広間の中央には、石が散っていた。

ただの崩落ではない。大きな腕の形をした石片が床に転がり、肩のように丸みを帯びた塊が割れている。顔らしきものは半分砕けていたが、目も口もない。滑らかな面だけが、灯りを受けて鈍く光っていた。

白い筋は、あちこちで途切れている。

エマは広間へ入る前に、足元を見た。

杖跡がある。オスカーは、ここを通っている。

その横に、複数の足跡があった。重い靴。軽い靴。荷を背負った者の深い跡。戦闘の後だというのに、散り方が少ない。迷いも少ない。


慣れている。そう思った。

怖いほどに。


ローワンも残骸を見ていた。


「魔物か」


「たぶん」


エマは広間へ入った。

石像の残骸の周りには、いくつもの傷があった。真正面から叩き割られた跡。継ぎ目を細く裂いた跡。床の下から突き上げたように割れた敷石。

違う手が混じっている。


一人ではない。

エマは砕けた白い筋に触れないようにしゃがんだ。淡い光はもう消えている。それでも、嫌な熱の残り香のようなものが石の周りにこびりついていた。


「休ませていないな」


ローワンが言った。

エマは顔を上げた。


「分かるの」


「荷を下ろした跡がない。戦った後なのに、足跡が輪になっていない。前へ進む足だけが残っている」


ローワンは奥へ続く杖跡を見ていた。


「オスカーの歩幅だけが詰まっている。置いていかれないように歩いている」


エマは奥歯を噛んだ。

その言葉は、白い石の説明ではなかった。ダンジョンの仕組みでもない。床に残った跡を見て、息子の足取りを読んだだけだった。

それが、今さら父親の顔をしているようで腹が立った。

腹が立つのに、否定できなかった。


「だったら急ぐ」


「急ぐ。だが、見落とすな」


ローワンの声は弱かった。けれど、逃げる声ではなかった。


「急ぐ者ほど、後ろに捨てる」


エマは立ち上がった。

奥へ行きたい。走りたい。名前を呼びたい。

けれど、足が止まった。

広間の右端に、水袋が見えた。

崩れた石の陰に、ひとつだけ置かれている。探索者が荷を休める位置ではない。飲んだ後に落としたのなら、口が開いているはずだった。けれど、水袋は口を閉じられたまま、男の手元に置かれていた。

男の手元に。


「……人がいる」


エマは灯りを持ち直した。

ローワンの息が止まる。


「生きているのか」


「見る」


エマは石の間を抜けた。

男は壁際に倒れていた。背中を石に預け、片足を崩れた石の下に挟まれている。顔は白い。唇は乾き、額に細かな汗が浮いていた。胸は浅く上下している。

生きている。


エマは膝をついた。


「聞こえますか」


男のまぶたが少し動いた。


「白鹿のギルドです。足を見ます」


男の目が、ほんの少し開いた。焦点は合っていない。けれど、こちらを見ようとしていた。


「……置いて、いかれた」


乾いた声だった。

エマの手が止まった。


「あなたを?」


男は頷こうとして、痛みに顔を歪めた。


「俺が……遅れた。石が落ちて……足を」


エマは布に水を含ませ、男の唇に当てた。


「少しだけ。飲み込める分だけです」


男は水を含み、苦しそうに喉を動かした。


「杖の子が……こっちを見た」


エマの胸元で、細い紐がさらに重くなった。


「オスカー?」


男の目が、かすかにエマへ向いた。


「そう……呼ばれてた。戻ろうとして……」


言葉が途切れた。

男は浅く息を吸い、痛みに眉を寄せる。


「細い男が、止めた。サイモンって……誰かが」


ローワンが、奥の通路を見た。


「サイモン」


その名を噛み砕くような声だった。

男は咳き込みかけた。エマはすぐに肩を押さえ、体が動きすぎないよう支えた。


「もういい。続けなくていい」


「俺は……見捨てられた。でも、あの子は……」


男の指が、胸元を探るように動いた。


「見捨てた顔じゃ、なかった」


エマは何も言えなかった。

オスカーは見たのだ。置かれた人を。

戻ろうとしたのだ。それでも、進まされた。


エマは男の足元を見た。

大きな石が太腿の下あたりを押さえている。完全に潰れているわけではない。だが、無理に抜けば傷が開く。血は布で押さえられていた。押さえ方は粗い。誰かが一度見て、そこから先を諦めたような跡だった。


「石は」


ローワンが聞いた。


「今は動かさない」


「動かせば血が出るか」


「たぶん。準備なしで抜いたら保たない」


エマは男の足の周囲を指で探った。血の匂いはある。だが、流れ続けている量は思ったより少ない。石が押さえているからだ。

二人では足りない。

それは、言葉にしなくても分かった。

ローワンは広間の奥へ視線を向けた。そこにはオスカーの杖跡が続いている。


「ここで抜けないなら、保たせるしかない」


エマは頷いた。


「後から来る人が分かるようにする」


「灯りを残せるか」


「ひとつなら」


ローワンは自分の手の中の灯りを見た。震える指を、柄に巻き直す。


「これを使え。俺は、そちらの灯りで歩く」


エマは一瞬だけ迷い、それを受け取った。

怒っている時間も惜しい。手を動かすしかない。

酒精を出して手を拭う。布を重ねる。圧迫する位置を変える。石の角で皮膚が裂れないよう、折った布を隙間に挟む。足を無理に引かないよう、膝の下に破れた荷袋を丸めて置く。

男の喉から、かすれた呻きが漏れた。


エマは声を落とした。


「今は動かしません」


男のまぶたが震える。


「石をどければ楽になるように見えます。でも、ここで抜いたら血が止まらなくなるかもしれない。救助が来るまで、この形で保たせます」


男は目を閉じたまま、浅く息を吐いた。


「……行くのか」


責める声ではなかった。だから余計に、刺さった。

エマは男を見た。


「行きます」


男の唇が少しだけ歪んだ。


「そうか」


「ここに残すために、今できることをします」


男は目を閉じた。

少しして、かすれた声が落ちた。


「……ありがとう」


エマは布を結び直す手を止めなかった。


「後で言ってください」


男はそれ以上、何も言わなかった。

胸元に、小さな木札が落ちていた。

角は丸く削れている。表には、下手な線で鳥のような印が彫られていた。何度も触られたのか、縁だけ色が濃い。

荷札ではない。仕事の札でもない。

エマはそれを拾い、男の手に戻した。

男の指が、かすかに動いた。


「持ってて」


エマは言った。


「後で返すものがある方が、帰りやすい」


男の目尻が少しだけ歪んだ。

泣いたのか、痛みなのかは分からなかった。

ローワンが、広間の入口の方を見た。


「エマ」


「分かってる」


エマも耳を澄ませていた。

遠くで、石の擦れる音がした。魔物か、ダンジョンそのものかは分からない。だが、長くここにはいられない。

エマは地図板を出した。


広間の形を荒く書く。入口。白い石像の残骸。男の位置。挟まれた足。水袋。残す灯り。壁に印を入れる場所。

炭筆の先が少し折れた。構わず書いた。

後続がここへ来た時、迷わず男へ辿り着ける形にしなければならない。

エマは、ローワンから受け取った灯りを石の上へ置いた。男の手は届かない。けれど、通路から広間を覗けば見落とさない高さだった。


火は少し落とす。

大きすぎれば、余計なものまで呼ぶ。小さすぎれば、白鹿が見落とす。

エマは火の揺れを確かめてから、細い布を壁の低い位置へ結んだ。白鹿の者なら気づく場所。魔物が引っかけにくく、通り過ぎる者の目には残る高さ。

水袋は、倒れてもこぼれにくい角度で置き直した。


「救助が来るまで、体力を使わないでください」


エマは男に言った。


「灯りを見ていてください。誰かが来ます」


男の指が、木札を握った。

エマは立ち上がった。

膝が重かった。


今すぐこの場を離れることを、体のどこかが拒んでいる。けれど、奥にオスカーがいる。ここに留まれば、オスカーから遠ざかる。進めば、この男から離れる。

どちらを選んでも、何かを置いていくように見える。

エマは歯を食いしばった。

置いていくのではない。帰すために、ここへ残すのだ。


「行く」


エマは言った。

ローワンは頷き、広間の方へ一度だけ目を戻した。残した灯りは、まだ小さく揺れている。


「広間の音は拾う」


エマは振り返った。


「無理に動かないで」


「分かっている」


ローワンは奥へ続く白い床を見た。


「オスカーの杖跡は、エマの方が分かる。俺は後ろの灯りと通路を見る。何か動けば言う」


エマは短く頷いた。二人は広間を出た。

背後に、残した灯りが揺れている。男の浅い息は、すぐに石の広間に紛れた。けれど、消えてはいない。

エマは振り返らなかった。振り返れば、足が止まる。

通路は、広間の先でさらに白くなっていた。

壁の石は滑らかで、ところどころに古い彫り跡がある。文字にも見える。祈りの形にも見える。けれど、読めない。灯りを近づけても、線は線のままだった。


手の中の灯りは、ひとつになった。

さっきまで二つあった影が、一つに重なる。ローワンの顔は火の届く端で半分だけ見えた。痩せた頬。乾いた唇。息を殺して歩く癖。

エマは歩幅をわずかに落とした。ローワンは何も言わなかった。

遅れていることも、無理をしていることも、互いに分かっていた。今さら口にすれば、足を止める理由になる。

通路の白さが濃くなるにつれて、足音の返りが変わっていった。近くで鳴ったはずの音が、少し遅れて背後から戻ってくる。自分の足音なのに、誰かが後ろを歩いているように聞こえた。


エマは灯りを低くした。

床には白い石粉が薄く積もり、杖の先が深く刺さった跡が残っている。壁の溝は奥へ向かって細く続き、ところどころで足跡が重なっていた。

エマは指先で白い粉を払った。走れば、跡を踏み荒らす。

灯りを上げすぎれば、浅い擦れを見落とす。

オスカーは、この先で足を引きずっているかもしれない。そう思うだけで、足が勝手に前へ出そうになる。

エマは膝に力を入れ、灯りを床へ戻した。

服の下で、結び目が汗ばんだ肌に貼りついていた。熱は消えない。急かされるたび、エマは床へ視線を戻した。


「エマ」


ローワンが呼んだ。今度は、声に緊張があった。

エマも気づいていた。杖跡が乱れている。

さっきまで、遅くても一定の癖があった。悪い足をかばい、杖を少し深くつく。その跡が、ここで急に浅くなっていた。かわりに、床に擦れた線がある。

誰かが支えたのか。引いたのか。オスカーが転びかけたのか。


エマはしゃがんだ。

白い石粉が指につく。擦れ跡の横に、靴の跡が重なっている。大きな靴ではない。オスカーのものに近い。だが、片方だけが妙に薄い。

体重が乗っていない。


ローワンが後ろで息を詰めた。


「怪我か」


「分からない」


言いたくない言葉だった。

でも、嘘はつけない。

エマは立ち上がり、さらに先へ灯りを向けた。

通路の奥に、段が見えた。

階段ではない。


床が途中から白い石の坂になって、下へ沈んでいる。建物の地下へ降りる斜路のようだった。左右の壁には、細い溝が何本も刻まれている。水路ではない。血を流すためのものにも見えない。ただ、何かを集めるための線に見えた。


ローワンの顔が変わった。


「似ている」


「何に」


「祈りの間の手前にあった道に」


エマの足が止まりかけた。


「近いの」


「近いと思う」


「思う?」


「確かめたことがある道ではない。だが、形が似ている」


エマは奥を見た。

杖跡は、坂の手前で途切れていた。

そこから先には、丸い跡がない。

かわりに、白い石粉の上を、誰かが足を引きずったような線だけが続いている。


エマは灯りを高く上げた。

奥は暗い。


その暗がりの向こうで、かすかに何かが鳴った。

杖の音ではなかった。

石の奥で、重い扉が閉じるような音だった。


その音のあと、服の下の結び目が強く肌へ食い込み、エマの指が胸元の布を掴んだ。


本作品は未完成な部分や表現に納得できない箇所が随所にあります。なので、随時修正します。

シナリオや展開を変えるつもりはありません。

ご容赦ください。

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