第42話 東水門にて
ダンジョンに潜る人たちの話です。
ライト文芸寄りのダークファンタジーです。
▼登場人物
エマ・ウォーカー 主人公です。
オルブライト・ケイン 白鹿のギルド長
ノル・ハーヴェイ 白鹿の探索隊長の一人
ニナ・クラーク 白鹿のギルド所属の前衛 エマの仲間
ガイ・ラザフォード 白鹿のギルド所属の前衛 特任契約者 実力者
リース・ヘイル 白鹿のギルド所属 地上支援係
▼主人公について
白鹿のギルドで働く二十歳前後のサポーター。
元前衛だが、今は救護、素材回収、物資管理、食料と水の配分、退路確認などを担い、探索隊を生きて帰すために働いている。
あらすじ
白鹿の館では、リースが白い封筒に手を伸ばすかを見届けるため、夜の罠が静かに整えられていた。物資記録室の奥棚には、本物ではない白い封筒が置かれる。ノアとミレイが準備を終え、部屋はあえて空にされた。やがてリースは物資記録室へ入り、白い封筒を盗み出す。ノルは館内でその動きを見届け、ガイは外で東水門周辺の気配を拾う。ニナとエマも、それぞれ決められた位置で待機していた。リースは、自分が持ち出した封筒が餌だとは知らないまま、東水門の下へ向かっていく。
東水門の下は、町の中にありながら、町から少し切り離されたような場所だった。
上の通りには、まだ人の気配が残っている。酒場から漏れる笑い声も、閉まりかけた店の戸が軋む音も、夜番が鍵束を鳴らして歩く音も、石段を下りるほど川音に削られて遠ざかっていく。
水門の下まで来ると、聞こえるのは水の音ばかりだった。
黒い川が石垣にぶつかり、低く鳴っている。灯りは少ない。濡れた石段は足を滑らせやすく、壁際の影は、人が立っていてもすぐには分からないほど濃かった。
リースは胸元を押さえた。
そこに、白い封筒がある。
物資記録室の奥棚から持ち出した、神殿提出用の控え札つきの封筒。リースは、それを本物だと信じていた。これを渡せば、白鹿が隠しているものに傷をつけられる。父の死を過去のことにして、何事もなかったように明日へ進み続ける場所へ、一矢報いられる。
そう思っていた。
思おうとしていた。
けれど、石段を一段下りるたびに、封筒の硬さが胸に食い込んだ。自分がいま何をしているのか、分からなくなる瞬間がある。それでも足は止まらない。止まってしまえば、これまで押し殺してきたものが全部崩れる気がした。
水門の陰に、人影があった。
魚籠を足元に置いた男だった。夜釣りの帰りに見えなくもない。濡れた外套、泥のついた靴、顔の半分を隠す布。上の通りですれ違えば、誰も二度とは見ないだろう。
男はリースを見ると、挨拶もせずに言った。
「白い封筒」
その一言で、リースの喉が乾いた。
「……持ってきました」
「出せ」
リースは胸元へ手を入れた。封筒に触れる。指先に紙の感触が伝わる。
その瞬間、男の目が封筒ではなく、リースの脇腹へ落ちた。
リースがそれに気づいた時には、男の袖口から細い刃が抜けていた。封筒を受け取るための手ではなかった。刺すための手だった。
「伏せて!」
声が飛んだ。
上の石段から駆け下りてきた影が、リースの肩を横から強く引いた。体が石段にぶつかり、息が詰まる。男の刃は、さっきまでリースの腹があった場所を横に裂いた。
エマだった。
リースを引き倒した勢いのまま、エマは男との間に体を入れた。腰の短剣には手をかけていない。抜くより先に、リースを刃の外へ出すことを選んだ動きだった。
「リース、下がって」
その声を聞いた瞬間、リースの胸の奥で何かが弾けた。
よりによって。
よりによって、あんたが。
リースは倒れたまま、エマの背中を見た。白鹿の館で何度も見た背中だった。荷を背負い、地図板を抱え、誰かに呼ばれて振り返り、またダンジョンへ向かっていく背中。
その背中が、今は自分を庇っている。
吐き気がした。
リースは胸元へ手を戻した。
指が掴んだのは、封筒ではなかった。胸元に隠していた短剣の柄だった。
「リース?」
エマが振り返る。
リースは短剣を抜いた。
刃はまっすぐ、エマの胸元へ向かった。エマは咄嗟に身を引いたが、完全には避けきれなかった。短剣の先が上着の布を裂き、祈り紐のすぐそばをかすめる。
エマの目が見開かれた。
その刃が二度目に動く前に、横から伸びた手がリースの手首を掴んだ。
ガイだった。
「そこまでだ」
低い声だった。いつもの軽さはなかった。
リースは手首をねじろうとしたが、動かない。力任せに押さえられているわけではないのに、刃の向きだけが完全に殺されていた。
「指を緩めろ。折りたくない」
リースは短剣を離さなかった。
魚籠の男が動いた。封筒を見ている。リースの手の中にあることを確認すると、今度はエマごと斬り払うつもりで踏み込んできた。
その前に、暗がりから別の影が滑り込んだ。
ニナだった。
六階層で受けた毒の痺れは、まだ左腕の奥に残っている。それでも、ニナは痛む腕を庇って下がるのではなく、動きの中に組み込んでいた。
男の刃がエマへ届く寸前、ニナは石段の段差を使って横から入り、右手の短剣で相手の手首を弾いた。左手も添える。だが、力が入りきらず、受けた衝撃が肘の奥で鈍く跳ねた。
ニナは顔をしかめた。
それでも、足は止めない。
男の刃を川側へ流し、崩れた体勢へ膝を入れる。相手の太腿を打つと、男の足が一瞬止まった。
「エマ、下がって」
「ニナ、腕は」
「今それを聞く?」
ニナは相手から目を離さずに返した。
男がもう一度踏み込もうとする。ニナは受け止めず、半歩引いて濡れた石段へ誘った。男の靴底がわずかに滑る。その隙に、ニナは左手を添え直して刃の線をずらし、右手の短剣で相手の袖を裂いた。
袖の内側から、もう一本の小刃が落ちる。
「受け取り役にしては、隠し物が多いね」
ニナの声には息が混じっていた。左手の指先は短剣の柄を探すように小さく震えている。けれど、視線は相手から外れなかった。
ガイはリースの手首を押さえたまま、壁際の闇へ視線を向けた。
「一人じゃないな」
返事の代わりに、石垣の陰から別の男が出た。魚籠の男より大柄で、短い鉈に似た刃を持っている。さらに、上の通りへ続く石段の途中にも人影が揺れた。逃げ道を塞ぐ位置だった。
ガイは小さく笑った。
「見える範囲で、水門の下に二人、上に一人。親切だな。数える手間が省ける」
「軽口を叩く余裕があるなら、上を見て」
ニナが言う。
「見てるさ。見てるから喋ってる」
ガイはリースの短剣を指先で押さえ込み、手首の角度だけを変えた。リースの指から力が抜け、短剣が石段に落ちる。落ちた刃をエマが拾うより早く、ガイが足で水際へ蹴った。
短剣は濡れた石に当たり、川の方へ滑っていった。
「刃物は、もう持つな」
リースは答えなかった。
エマは裂けた胸元を押さえたまま、リースを見ていた。
血はほとんど出ていない。刃は肌を深く裂いてはいなかった。けれど、今の一撃が何だったのかは、はっきり分かる。
脅しではなかった。
封筒を守るための刃でもなかった。
あの近さで、あの角度で、リースは踏み込んできた。
その事実が、胸の奥に冷たく落ちた。
魚籠の男がニナへ斬り込む。ニナは石段を一段上がりながら右手の短剣で刃を払った。左腕も添えるが、力が乗りきらない。痺れが肘の奥で鈍く跳ね、受けた衝撃が肩まで抜ける。
それでも、ニナは止まらなかった。
受け流した刃を石壁側へ逃がし、相手が踏み直す前に足元へ短く蹴りを入れる。
「ガイさん、右」
声は乱れていなかった。
ただ、左手の指先だけが、小さく震えていた。
「分かってる」
壁際の大柄な男が、ガイへ迫っていた。ガイはリースの手首を離さないまま、体の向きだけを変えた。大柄な男の刃が振り下ろされる。ガイはリースを背後の石壁側へ押し退け、空いた片手で腰の長剣を抜いた。
刃がぶつかる。
水門の下に重い音が響いた。
ガイは一歩も退かなかった。正面から力を受け止めたように見えたが、実際には刃の角度をずらし、相手の腕に力が残らない場所へ流していた。
「力があるのはいいことだ。だが、まっすぐ使いすぎると、親切な相手には読まれる」
「誰が親切だ」
大柄な男が唸る。
「今のは俺のことじゃない。一般論だ」
ガイは軽く肩を入れた。大柄な男の体勢が崩れる。そこへ、ニナが横から短剣の柄で相手の肘を打った。左手で相手の袖を掴もうとするが、痺れで握り込みが甘い。逃げられかけたところを、ガイが剣の腹で押し戻した。
「ニナ、無理するな」
ガイが言う。
「してない」
「その左手で言うか」
「動くから使ってる」
「あとで怒られるぞ」
「今、生きてたらね」
ガイは一瞬だけ黙った。
「そういう返しは、あまり年長者を困らせるな」
二人のやり取りは短いが、動きは噛み合っていた。
ガイが重い相手の足を止め、ニナが空いた場所へ入り込む。ニナは長く打ち合わない。腕の痺れを知っているから、相手を倒そうとはしない。石段の高さ、濡れた足場、川側へ崩れる逃げ道。そのすべてを使って、敵の動く場所を少しずつ削っていく。
エマは、その背中の向こうでリースへ手を伸ばした。
「リース、こっちへ」
リースは動かなかった。
「触らないで」
その声は、刃よりも冷たかった。
エマの手が止まる。
「どうして……」
「それを、あんたが言うの」
リースは顔を上げた。目の中に、夜の灯りが小さく揺れている。泣いているようにも見えたが、涙は落ちていなかった。
「どうして助けるの。どうして、今さら私に手を伸ばすの」
「今さらって、何を――」
「その声で言わないで」
リースの声が低くなった。
「私のことなんか、何も知らなかったくせに。白鹿の中で、私がどんな気持ちで帳面を書いて、荷を整えて、あんたたちをダンジョンへ送り出していたか、考えたこともなかったくせに」
エマは言葉を失った。
リースの視線は、エマを見ているようで、もっと遠い場所を見ていた。水門の暗がりでも、今の戦闘でもない。何年も前の、戻れない場所。
「私には父さんしかいなかった」
その一言で、エマの胸が凍った。
ニナの短剣が、敵の刃を弾く音がした。ガイが大柄な男を壁際へ押し返す。水門の下ではまだ戦闘が続いている。それでも、リースの声だけが、エマの耳にまっすぐ届いた。
「母さんはいない。頼れる家もなかった。朝に顔を見るのも、夜に帰りを待つのも、父さんだけだった」
エマは息を呑んだ。
「父さんがいなくなった日、私の帰る場所もなくなった」
リースは続けた。
「なのに白鹿は、私を拾った。優しい顔をして、気の毒な子を見る目で。行き場がないなら置いてやるって顔で」
「リース、あなたは――」
「黙って」
リースの声が震える。
「私は毎日、あんたたちの荷を整えた。帳面を書いた。扉を開けた。ダンジョンへ向かう人たちを見送った。父さんが帰ってこなかった場所へ行く人たちを、ずっと支えてきた」
エマは動けなかった。
リースが白鹿にいることは知っていた。廊下で見た。物資記録室で見た。棚の前で控えを揃え、誰かに書類を渡し、必要なものを淡々と運んでいた姿を何度も見ていた。
けれど、リースの静けさの奥に何が沈んでいたのか、考えたことはなかった。白鹿の中で働いているなら、白鹿の人間なのだと、どこかで当然のように受け取っていた。
その当然が、いま足元から崩れていく。
「分かる?」
リースはエマを睨んだ。
「憎い人間たちのために荷を整える惨めさが、あんたに分かる? 父さんの死を、過去のことみたいに片づけた場所で、毎日あんたたちを送り出す気持ちが、分かる?」
エマの喉が詰まった。
「過去なんかじゃ――」
言いかけて、言葉が止まった。
忘れていない、と言えばよかった。
けれど、リースの前でその言葉を出せなかった。忘れていないなら、なぜ気づかなかったのか。この人が白鹿の中で、どんな気持ちで荷を整え、どんな顔でダンジョンへ向かう者たちを見送っていたのか。
エマは、何度もその近くを通り過ぎていた。
ガイが敵の刃を弾き返す音がした。ニナが短く息を吐く。それでも、エマはリースから目を離せなかった。
「グレン・ヘイル」
リースがその名を口にした。
夜の水音が、一瞬だけ遠くなった。
エマの中で、四年前のダンジョンが蘇る。湿った空気、崩れた足場、背負った負傷者の重さ。振り返った先にいた男の顔。助けを呼んで戻ってこい、と命じた声。
「父さんは、あんたたちを逃がすために残った。あんたは帰ってきた。白鹿も帰ってきた。でも、父さんだけ戻らなかった」
エマの指先から力が抜けた。
リースは続けた。
「白鹿は次の日も開いてた。誰かが帳面をつけて、誰かが荷を運んで、誰かが笑って、またダンジョンへ行った。父さんが帰ってこなくても、何も止まらなかった」
刃がぶつかる音が、すぐそばで跳ねた。
ニナが一歩、石段を下がる。左手が遅れ、魚籠の男の刃が袖をかすめた。
ガイが大柄な男を押し返しながら、低く言う。
「長くは持たせないぞ」
それでも、リースはエマから目を離さなかった。
エマは、言い返そうとした。
グレンを見捨てたわけではない。あの時、自分は負傷者を背負い、助けを呼ぶために地上へ戻った。もう一度あの場所へ向かうつもりで、必死に走った。
けれど、ダンジョンは待ってくれなかった。
道は変わり、救援は届かず、グレン・ヘイルは帰ってこなかった。
それはエマにとっても、ずっと胸の奥に刺さっていた出来事だった。忘れたことなどない。忘れられるはずがない。
それでも、その言葉をリースの前で口に出すことはできなかった。
言えば、言い訳になる。
リースが失ったものの前では、エマが抱えてきた痛みさえ、自分を守るための言葉に聞こえてしまう気がした。
「私はずっと、あの日のままだったのに」
リースの声が掠れた。
「でも、あんたは違ったみたいね」
エマの息が止まった。
リースは笑おうとした。けれど、口元だけが歪んで、声には少しも笑いが混じらなかった。
「白鹿の門を見るたびに、吐きそうだった。ダンジョンへ向かう背中を見るたびに、胸の中が焼けるみたいだった。なのに、あんたは行くの。何度も、何度も。荷物を背負って、地図を持って、仲間に名前なんか呼ばれて、またあの場所へ行くの」
リースの目が、エマを刺した。
「さぞ、自分の役が誇らしいでしょうね」
リースの視線が、エマの胸元で止まった。
短剣に裂かれた布の隙間で、祈り紐が夜風に揺れている。エマの手は、リースの腕へ伸びかけたまま止まっていた。触れればまた拒まれる。けれど、その手を引っ込めることもできない。
その中途半端な手を見た瞬間、リースの顔が歪んだ。
助けられたくなかった。
よりによって、この手にだけは。
「自分は誰かを連れて帰っているみたいな顔をしないで」
その言葉が、エマの胸を刺した。
「一番助けてほしかった人は、助けなかったくせに。見殺しにしたくせに」
エマの中で、何かが音もなく崩れた。
自分は、連れて帰る側になりたいと思っていた。そうならなければいけないと思っていた。倒れた人を見つけたら手を伸ばし、傷を塞ぎ、道を探し、帰るために動く。それが自分の支えだった。
けれど、そのすぐそばに、置き去りにされたままの人がいた。
リースは白鹿の中にいた。
エマの目の前にいた。
それなのに、何も見えていなかった。
「エマ!」
ニナの声で、エマは現実に引き戻された。
魚籠の男がニナを抜け、リースの胸元を狙ってこちらへ踏み込んできていた。ニナもすぐ追ったが、左腕に走った痺れで刃の戻りがわずかに遅れる。ガイは大柄な男を押さえていて、すぐには入れない。
白い封筒は、まだリースの胸元にあった。
さっき引き倒された拍子に、服の合わせ目から半分だけ覗いている。魚籠の男の目は、そこだけを見ていた。
エマはようやくそれに気づいた。
男の刃が迫る。
エマの体は、リースの言葉に打たれたまま動けなかった。
その前に、ニナが横から飛び込んだ。刃を受けるのではない。男の肩へ体をぶつけ、狙いをずらす。左腕も相手の外套を掴もうとしたが、指先に力が入りきらず、布をつかみ損ねた。
それでも、狙いは逸れた。
男の刃がリースの胸元を外れ、石壁に当たって火花を散らした。
ニナは歯を食いしばった。
「エマ、今は立って」
その声には怒りが混じっていた。
「後で崩れて。今は駄目」
エマは息を吸った。
足元がまだ揺れている。胸の奥も崩れたままだった。
それでも、リースを置けば殺される。
封筒を持たせたままでも、殺される。
なら、手を伸ばすしかなかった。エマはリースの胸元から覗いた白い封筒を掴んだ。
リースが反射的に押さえようとする。
「返して」
「駄目」
エマの声は震えていた。
「これを持っていたら、あなたが殺される」
「触らないで」
「触る」
エマは封筒を抜き取った。
控え札の紐がリースの服に引っかかり、少しだけ音を立てた。エマはそれを胸元に押さえ、もう片方の手でリースの腕を掴む。
リースが拒もうとする。
「離して」
「離さない」
エマの声は震えていた。
「あなたに刺されても、今は離さない」
リースの顔が歪んだ。
憎しみか、悔しさか、分からない。けれど、リースはもう短剣を持っていなかった。ガイが蹴り飛ばした刃は、水際の闇に沈んでいる。
上の通りで、白鹿の合図笛が二度続けて鳴った。
ガイの顔が変わる。
「館だな」
ニナも上を見た。
白鹿の館の方角に、小さな灯りが上がっている。火事の炎ではない。合図の灯りだ。それだけで、東水門の下の敵の顔がわずかに動いた。
ガイはそれを見逃さなかった。
「ここだけじゃないわけだ」
大柄な男が舌打ちする。
ガイは長剣を構え直した。
「ニナ、上へ。リースとエマを連れていけ」
「ガイさんは」
「俺は少し遅れる。大人はこういう時、遅れる役をやるものだ」
「格好つけてる場合ですか」
「格好がついてるなら、まだましだ」
ニナは言い返さず、エマの横に立った。
「エマ、歩ける?」
エマは頷いた。
歩けるかどうかではなく、歩くしかなかった。
リースはまだ抵抗しようとしていたが、力はもう弱い。エマとニナが両側から支えると、立ち上がるしかなかった。
「触らないで……」
リースが掠れた声で言う。
エマは答えなかった。答えられなかった。
ただ、リースの腕を離さなかった。
白い封筒は、エマの胸元に押さえられている。その下で、裂けた布が夜風に揺れた。さっきリースの短剣が走った場所だった。
上の通りで、また笛が鳴る。
白鹿の館の方角で灯りが揺れている。
夜はまだ終わっていなかった。
本作品は未完成な部分や表現に納得できない箇所が随所にあります。なので、随時修正します。
シナリオや展開を変えるつもりはありません。
ご容赦ください。




