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ダンジョンサポーター  作者: Aramaki_mai
第三章 白い封筒
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第41話 白い封筒

ダンジョンに潜る人たちの話です。

ライト文芸寄りのダークファンタジーです。


▼登場人物

エマ・ウォーカー     主人公です。

オルブライト・ケイン   白鹿のギルド長

ノル・ハーヴェイ     白鹿の探索隊長の一人

ニナ・クラーク      白鹿のギルド所属の前衛 エマの仲間

ノア・ベル        神殿からギルドへ派遣された白魔導士/聖職者

ガイ・ラザフォード    白鹿のギルド所属の前衛 特任契約者 実力者

ミレイ・アスター     白鹿のギルド所属の弓手 援護 特任契約者 エルフ 


▼主人公について

白鹿のギルドで働く二十歳前後のサポーター。

元前衛だが、今は救護、素材回収、物資管理、食料と水の配分、退路確認などを担い、探索隊を生きて帰すために働いている。

挿絵(By みてみん)

ギルド長室の灯りは、夜になっても消えなかった。

机の上には、小さく折られた紙片が置かれている。


白い封筒。

東水門の下。

鐘二つ後。


短い言葉だった。

だが、その紙片ひとつで、白鹿の館の中にある通路も、棚も、人の声も、昼間とは違って見える。

ケインは紙片を畳み直さなかった。開いたまま、机の中央に置いている。隠すにはもう遅い。見つけた者だけが見ればいい。

ノルは机の前に立っていた。

ガイは窓際にいる。外を見ているようで、部屋の中の空気も拾っていた。


「捕まえますか」


ノルが低く聞いた。

ケインはすぐには答えなかった。


「何で捕まえる」


ノルは黙った。

ケインは紙片を指で押さえた。


「この紙を出せば、確かに近いところまではいける。書いた者も、探ればいずれ分かるかもしれん。だが、渡そうとした手には届かないだろう」


ガイが窓際で目だけを動かした。


「ここで止めれば、先が切れるか」


「ああ」


ケインは短く答えた。


「紙を持っていた者を縛ることはできる。だが、それだけだ。誰に渡すつもりだったのか。その先に誰がいるのか。そこまでは、おそらく届かん」


ノルの目が紙片へ落ちた。

まだ取引は終わっていない。始まってすらいない。

ケインは続けた。


「泳がせる。封筒を持ち出すかを見る。持ち出したなら、どこへ行くかを見る。受け取る者が現れるなら、そこまで見る」


ガイが窓の外へ視線を戻した。


「水門なら、川沿いの暗がりも使える。表通りから来るとは限らん」


「お前は外だ。東水門の周りを見る。相手が来ても、すぐには触るな」


「触るな、ね。優しい仕事だ」


「お前の優しさは信用していない」


「ひどいな。俺ほど人に優しい男も珍しい」


ノルは返さなかった。ケインは次にノルを見た。


「お前は館内だ。物資記録室から裏口までの動線を見る。だが、物資記録室の前には出るな」


ノルは目を細めた。


「警戒されますか」


「される」


ケインは即答した。


「近くの廊下に立っていれば、それだけで目立つ。相手が慎重なら、その時点で引く」


「分かりました」


「部屋の中にも誰も置かない」


ガイが顔を向けた。


「空にするのか」


「誰かがいれば、封筒には触れん。ノアでもミレイでも同じだ。棚の前に人が立っていれば、声をかけずに見ている方が不自然になる」


ノルは頷いた。

確かにそうだった。

物資記録室の中で、誰かがリースの手元を見ている。そんな状況で、白い封筒に手を伸ばせるはずがない。仮に手を伸ばしたとしても、声をかけない理由がなくなる。

見張るなら、見えない場所からだ。


「ニナは外に置く。だが、追わせるな」


ケインが言った。


ノルの目がわずかに動いた。


「リースが館を出るところを見れば、追おうとします」


「だから役を絞る。水門の周りを見るだけだ。まだ毒が抜けきっていない。走らせるな」


「本人は納得しないでしょう」


「納得させる必要はない。作戦に入れてあるなら、役を守らせろ」


ノルは短く息を吐いた。

難しい命令だった。


「エマは」


「東水門へ下りる石段の上だ。何かが起きた時に、すぐ動ける場所に置く。追跡役ではない」


ノルは頷いた。

エマなら、目の前で誰かが倒れれば動く。動かないように言っても、おそらく無理だ。なら、動く場所を最初から決めておくしかない。

ケインは机の引き出しを開けた。中から、白い封筒を一通取り出す。

何の変哲もない封筒だった。

だが、厚みだけはある。中には折った紙と、スクロールの芯に似せた細い筒が入っていた。触れば、重要なものが入っているように思える。

封には神殿提出用の控え札がついていた。

ノアが整えたものだ。

筆跡も、紐の結びも、札の角の折り目も、普段と変わらない。偽物だからといって、粗く作られてはいない。むしろ、本物に見せるために、本物より丁寧に整えられていた。


「中身は」


ノルが聞く。


「ただの控えだ。持ち出されても困らん」


「見れば分かりますか」


「開けばな」


ケインは封筒を机の上に置いた。


「だが、持ち出す側がその場で開くとは限らん。開く余裕もないはずだ」


ガイが封筒を見た。


「白いな」


「見れば分かる」


「いや、白すぎると思ってな。こういうものは、汚れてる方が本物に見える」


ケインは一瞬だけガイを見た。


「触るな」


「まだ触ってない」


「触ろうとした顔をしていた」


ガイは笑った。

ノルは封筒から目を離さなかった。


「持ち出したら」


「追う」


ケインは言った。


「ただし、館の中では止めるな。東水門へ向かうなら向かわせる。そこで誰と繋がるかを見る」


ノルは頷いた。だが、顔は硬い。


「その間に逃げられる可能性があります」


「ある」


「相手に渡る可能性も」


「ある」


ケインは短く答えた。


「だが、ここで掴めるのは手首だけだ。手首を掴んでも、その先の腕がどこへ伸びているかは分からん」


ノルは黙った。

ガイが窓から離れた。


「東水門へ行くなら、向こうも一人じゃない。渡す場所を決めてるなら、受け取る目も置いている」


「分かっている」


ケインは机の上の白い封筒を、もう一度見た。


「だから、こちらも見る」


その言葉で、部屋の話は終わった。

誰も大きな声を出さない。命令も短い。

だが、その短さの下で、白鹿の館全体が形を変えていく。

表から見れば、いつもの夜だった。

探索隊の帰還が落ち着き、食堂の火が弱まり、記録室の扉が閉められる。廊下の灯りは昼より減らされ、石床には細い影が伸びた。夜番が鍵束を鳴らし、遠くでは水を替える音がした。

けれど、すべてが普段通りではなかった。

物資記録室の奥棚には、白い封筒が置かれた。

ノアはそれを自分の手で置いた。

棚の位置を確かめ、控え札を結び、封筒の向きを整える。指の動きはいつも通り硬い。余計な迷いは見せない。

横でミレイが、壁にもたれて見ていた。


「こういうの、心臓に悪いわね」


「声を落としてください」


「落としてるわよ。私にしては」


「あなたの基準は知りません」


ノアは封筒から手を離した。


「奥棚は閉めます。鍵は夜番の手順に戻します」


「本当の鍵は?」


「ケインギルド長が持っています」


「じゃあ、夜番の鍵は?」


「開きます」


ミレイは眉を上げた。


「開くの?」


「開かなければ、取りに来られません」


「性格悪いわね、白魔導士」


「私は指示通りにしているだけです」


「それを真顔でやるところが悪いのよ」


ノアは答えなかった。

棚の扉を閉める。小さな音がした。

中に白い封筒がある。

ただそれだけで、古い棚が急に別のものに見えた。薬草の匂い、紙の匂い、木の湿った匂い。いつもなら気にも留めないものが、今は息を潜めているように感じる。

ミレイは扉から目を離し、廊下へ顔を向けた。


「私はどこ?」


「部屋の中には残らないでください」


「それは分かってるわよ。中にいたら、誰も盗みに来ないもの」


ノアはミレイを見た。


「廊下です。ただし、物資記録室の前ではありません。離れたところで、弓具と予備矢の札を直している形にします」


「夜に札を?」


「あなたなら、あり得る範囲です」


「どういう意味?」


「細かい確認を怠らない方だという意味です」


ミレイはじっとノアを見た。


「今、言葉を選んだでしょう」


「選びました」


「正直ね」


ノアは封筒を置いた奥棚をもう一度だけ見た。


「物資記録室は空にします。誰かが入っても、すぐに声をかける者はいない。そういう形でなければ、この餌は成立しません」


ミレイの表情から、軽さが消えた。


「……分かった」


ノアは帳面を抱え、物資記録室を出た。

ミレイも後に続く。

扉が閉まり、鍵の扱いは夜番の手順に戻された。そこから先、物資記録室の中には誰もいない。封筒だけが奥棚に置かれ、部屋はいつもの夜の暗さに沈んだ。

廊下には、夜の館の匂いがあった。石と油、古い木、遠くの食堂から残る薄い麦粥の匂い。昼間の喧騒は壁の向こうへ沈み、代わりに足音ひとつが妙に大きく聞こえる。

ノルは物資記録室の前には立たなかった。

近くの廊下に立っていれば、それだけで目立つ。今から動こうとしている者が見れば、足を止める理由になる。

だから、物資記録室の近くはミレイに任せた。

彼女なら、弓具や予備矢の控え札を直していてもおかしくない。夜の館でそういう確認をしていても、うるさく言う者は少ない。リースが近くを通っても、ノルほど警戒はされない。

ノルはさらに離れた階段の陰にいた。

そこから物資記録室の扉は見えない。見えないからこそ、こちらの気配も届きにくい。拾えるのは、廊下を渡る足音と、扉が開くかすかな気配くらいだった。


脇腹に鈍い痛みが残っている。

痛みは悪くなっていない。だが、深く息を吸うと、六階層の浅い水の冷たさまで体の奥に戻ってくる。

救助を装って近づいてきた男の声。袖の内側から飛んだ細い針。頭上で石が割れ、逃げ場を削っていった音。

その全部が、まだ体のどこかに残っていた。


――よく見ていますね。


あの時の声だけが、妙にはっきり耳に残っている。

ノルはそれを振り払うように、階段の陰から廊下の気配へ意識を戻した。今夜見るべきものは、六階層の記憶ではない。

廊下の奥で、夜番の鍵束が鳴った。

小さな金属音が石壁に触れて、静まりかけた館の中を細く渡っていく。夜番が物資記録室の前を通り、扉の札を確かめる気配がした。何も知らない者が見れば、ただの巡回だった。

夜番の足音が遠ざかり、廊下がもう一度静かになった。

その静けさの中に、別の足音が混じった。

急いでいるわけではない。かといって、行き先を迷っている歩き方でもなかった。いつもの用事でそこを通る者のように、一定の間を置いて石床を踏んでくる。

ノルは階段の陰で息を浅くし、動かなかった。

廊下の音が、一拍だけ途切れた。

それが合図だった。


リースが来た。

ノルからは姿が見えない。

けれど、足音は物資記録室の前で止まった。間がある。扉の札を見ているのか、夜番の気配を確かめているのか、それとも廊下の奥へ目を向けているのか。

そこまでは分からない。

分からないまま、ノルは待った。

やがて、金具が小さく鳴った。鍵が差し込まれた音だった。

夜の廊下では、それだけの音が妙にはっきり聞こえる。続いて、扉がゆっくり開く軋みがした。

リースは物資記録室へ入った。


扉が閉まると、廊下にはまた静けさが戻った。

だが、その静けさはさっきまでとは違っていた。誰も動かない。動けば、今この場で何かが始まったと、部屋の中にいるリースへ知らせることになる。

扉の隙間から、細い光が漏れた。

リースが中で灯りを点けたのだろう。

ノルの位置から光は見えない。だが、石床に映ったわずかな明るさが、階段の縁まで届いた。

物資記録室の中から、かすかに物音がした。

紙をめくる音か、棚を開ける音か、ここからでははっきりしない。ノルは階段の陰で息を浅くしたまま、動かなかった。

中で何が起きているかは見えない。

だから、決めつけてはいけない。


リースが入ったこと。扉が閉まったこと。灯りが点いたこと。

今、分かるのはそれだけだった。

しばらくして、物資記録室の灯りが落ちた。

扉が開き、リースが廊下へ出てくる。手には、入る前と同じ札束だけがある。だが、胸元の布がわずかに浮いていた。歩き出す前、リースは無意識にそこへ片手を寄せかけ、すぐに下ろした。


白い封筒は見えない。

見えないように、しまわれているのか。

それとも、まだ奥棚に残っているのか。ノルはまだ動かなかった。

リースの足音が角を越えたあと、離れた廊下で札を直していたミレイが、ようやく顔を上げた。何事もなかったように物資記録室へ近づき、夜番用の鍵で扉を開ける。

中へ入った時間は短かった。

すぐに出てきたミレイは、廊下の壁に掛かった札を一枚だけ裏返した。

それが合図だった。


白い封筒は、奥棚から消えている。

ノルは階段の陰から離れた。

夜の館で、別の用事へ向かう隊長の足取りで、リースの進んだ先を視界の端に置く。

角を曲がると、リースの背中が見えた。

手には、入る前と同じ札束だけがある。

外套も着ていない。荷袋も増えていない。

それでも、リースの片手は一度だけ胸元へ寄りかけ、すぐに下ろされた。

白い封筒は見えなかった。

見えないように、しまわれている。


リースの足音は乱れていない。むしろ、乱れないように整えられているように聞こえた。

ノルは距離を保った。

リースは二階へ上がる階段には向かわなかった。夜番や支援係が使う、館の裏手へ抜ける細い出入口がある。食材や薬草を運び入れる時に使われる場所で、表門ほど人目は多くない。

リースは、そこへ向かっていた。

裏口の前で、リースは一度だけ足を止めた。扉の隙間から入った夜風が廊下の灯りを揺らし、石床に落ちた影が細く震える。それでも彼女は振り返らず、鍵を外して外へ出た。

扉が閉まる音は小さかった。

けれど、ノルにはやけに重く聞こえた。


裏庭には荷車の影が沈んでいた。昼間に使われた水桶は伏せられ、干し終えた縄が壁に掛けられている。門の方から届く灯りだけが、石畳の端をかすかに照らしていた。

リースは走らなかった。急げば目立つ。迷えば怪しまれる。だから、いつもの用事で外へ出る支援係のように、歩幅を整えて裏門へ向かう。

館の外へ出ると、町の夜が広がった。

白鹿の周りには、まだ人の気配が残っている。夜番の灯りが揺れ、遅く戻った探索者の声が遠くで響き、閉まりかけの酒場から笑い声が漏れていた。けれど、通りを一本外れただけで、その音は薄い布をかぶせたように遠のいていく。


リースは東へ進んだ。東水門へ続く道だ。


ノルは裏門の陰で足を止めた。

ここから先まで自分が出れば目立つ。リースが振り返った時、館内で顔を知られている隊長が通りの影に立っていれば、それだけで糸が切れる。


外は、ガイに任せる場所だった。


角の先に、壁にもたれている男がいた。


ガイだった。


暗がりの中でも、立ち方で分かる。力を抜いているように見えて、どちらの道へも出られる位置を取っている。リースは気づかなかった。あるいは目に入っても、酔客か、夜の通りにいる探索者のひとりにしか見えなかったのかもしれない。


ガイもリースを見なかった。

その視線は、通りの反対側で魚籠を片づけている男へ向いている。店を閉めるには遅いが、夜釣りの帰りと言われれば通る。そんな曖昧な場所にいる男だった。


ガイの片手が、外套の陰でわずかに動いた。

指が二本、下へ向く。


見える範囲で二人。


ノルはそれだけを受け取った。


東水門の周りには、すでに人を置いてある。ニナは追うためではなく、水門の周辺を見るために。エマは、上の通りで、何かが起きた時に動ける場所へ。


リースは何も知らないまま、東へ歩き続けている。

胸元に隠した白い封筒は見えない。けれど、そこにあることを白鹿側はもう知っている。それが本物ではないことも知っている。


だが、リースは知らない。

封筒を待つ者が、何をするつもりなのかも、まだ誰にも分からない。


やがて、東水門の鐘楼が夜空に黒く浮かび上がった。

鐘二つ後には、まだ早い。


リースは水門へ続く道の先へ消えていく。


ノルは追わなかった。


背を向ければ、白鹿の館の灯りがあった。館の中には、まだ守るべきものがある。外へ伸びた糸をガイたちに任せ、ノルは裏門をくぐり直した。


遠くで鐘が一度鳴った。

低い音が、夜の町へ広がっていく。


リースは東水門の下へ向かっていた。

白い封筒を抱えたまま。


本作品は未完成な部分や表現に納得できない箇所が随所にあります。なので、随時修正します。

シナリオや展開を変えるつもりはありません。

ご容赦ください。

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