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エマの休日

ダンジョンに潜る人達の話です。


登場人物

エマ・ウォーカー     主人公です。

ニナ・クラーク      白鹿のギルド所属の前衛 エマの仲間

リディア・グレイス    神殿からギルドへ派遣された白魔導士/聖職者

ノア・ベル        神殿からギルドへ派遣された白魔導士/聖職者


▼主人公の基本設定

名前:エマ・ウォーカー

年齢:20歳くらい

性別:女性

ギルド歴:10年

元DPS で ギルドの意向でサポートへ配置転換された

サポートの役割:救護/料理/素材回収/物資管理/運搬等 多岐にわたる



この物語のギルドは、ダンジョン内で採れる素材の回収を専門に請け負う組織です。

魔物の牙や皮、鉱石、薬草、魔石などを回収し、

それを商会や工房、研究機関へ卸すことで利益を得ています。

ただ魔物を倒すだけの集団ではなく、探索、戦闘、救助救援、採取、解体、運搬、物資管理まで含めて、

ひとつの仕事として成り立たせた大手組織です。そのギルドで働く人物達の物語


昼下がり。

エマはひとり、ギルドの館の奥へ向かって歩いていた。

石造りの廊下を抜けると、空気が少し変わる。

武具の音も、冒険者たちの怒鳴り声も遠のき、代わりに水の流れる音が聞こえてくる。

そこには、中庭があった。広いわけではない。けれど、手入れは行き届いていた。

低い草花の間を細い水路が通り、小さな池へ流れ込んでいる。池の端には苔がつき、淡い羽虫が水面をかすめる。よく見ると、小さな魚の影もあった。


人の手で造られた場所だ。けれど、そこには確かに、ひとつの小さな世界ができていた。

エマはその景色を見て、少しだけ息を吸い吐いた。

ダンジョンの中では、いつも何かを見落とさないようにしている。

足元。天井。壁の継ぎ目。仲間の呼吸。魔物の気配。

気を抜けば、誰かが死ぬ。

だから、こういう場所に来ると、自分の体がようやく休んでいいと気づく。

中庭に面した離れの扉を、エマは軽く叩いた。

「こんにちは」

中から、穏やかな声が返ってきた。

「はーい。どうぞ」

扉を開けると、白魔導士のリディアが顔を上げた。

年は二十代後半。エマよりいくらか年上で、物腰は柔らかいが、どこか芯の強さがある人だった。

「あら、エマじゃない。こんにちは。こんな時間に来るなんて珍しいわね。今日は休み?」

「はい。次の探索まで、待機です」

「そう。ちゃんと休めている?」

「休んではいます」

「その言い方だと、休めてはいなさそうね」

リディアは微笑みながら、椅子を勧めた。

部屋の奥には、もうひとりの白魔導士のノアがいるはずだった。だが、今日は姿が見えない。

エマは腰を下ろしながら尋ねた。

「ノアさんは今、制作中ですか?」

「そうね。ちょうど今日の分のスクロールを作っているところ。奥の部屋よ。集中しているから、しばらく出てこないと思う」

「そうですか」

エマは少し安心したように頷いた。そして、持ってきた包みを両手で差し出す。

「あの、これ。来る途中に買った焼き菓子です。二人で食べてください」

リディアは目を丸くした。

「まあ。気を遣わなくていいのに」

「大したものじゃないです。蜂蜜を少し塗っただけのものですけど……」

「十分よ。ありがとう。今、お茶を淹れるわね」

リディアは包みを受け取り、棚から茶葉を取り出した。エマはその背中を見ながら、言葉を探した。

本当は、ただ礼を言いに来ただけだった。そのために包みまで用意してきた。

けれど、いざリディアを前にすると、礼とは別の言葉まで喉元に上がってきた。

リディアが湯を注ぎながら尋ねる。

「仕事は順調?」

「んー……まあ、全員で戻ってこられているから、順調といえば順調なんですけどね」

エマは笑った。けれど、その笑いは少しだけ苦かった。

リディアは無理に続きを促さなかった。

茶を淹れ、エマの前に置いてから、静かに言った。

「なら順調ね。毎回、みんなで戻ってこられているんだから。皆、あなたに感謝しているわよ」

「だといいんですけどね」

「違うの?」

エマは湯気の立つ茶を見つめた。

「ギルドから、言われているんです。死人を出さずに戻ってくるところは評価している。でも、稼ぎが少ないって」

リディアの表情が、少しだけ引き締まった。

「……なるほど」

「儲けがないわけではないんです。でも、このままだと今の人数を抱え続けるには足りないって。もっと危ない場所まで踏み込んで、持ち帰る量を増やせって言われました」

エマは自分で言って、胸の奥が重くなるのを感じた。

「わかるんです。ギルドも慈善事業じゃない。装備も、薬も、人を雇うお金もいる。全員で帰ってきても、得るものが少なければ続けられない」

「ええ」

「でも、危ない場所へ行けって言われると……誰かに死ねって言われている気がして」

リディアはすぐには答えなかった。

中庭の水音だけが、部屋の中に届いていた。

やがてリディアは、窓の外へ目を向けた。

「この庭ね、きれいでしょう」

「はい」

「でも、手を入れないとすぐに崩れるの。水が多すぎれば根が腐る。餌をやりすぎれば水が濁る。魚が増えすぎれば、今度は虫が消える」

エマは黙って聞いた。

「小さな世界でも、均衡を保つのは難しいわ。ましてダンジョンは、人が作った箱庭ではないもの。人の欲や恐れまで呑み込んで、形を変えていく場所よ」

リディアはエマを見た。

「生きて戻ることと、持ち帰ること。どちらも大事。でも、片方だけを無理に増やそうとすると、どこかが濁る」

「……濁る」

「そう。特に、深い階層ではね」

エマは顔を上げた。

「深い階層?」

「五階層以降に入るなら、覚えておきなさい。あそこから先は、魔物だけを見ていればいい場所ではなくなるわ」

リディアの声は穏やかだった。けれど、軽い話ではなかった。

「暗いから、怖い。怖いから、人は疑う。疑うから、言葉が荒くなる。言葉が荒くなると、今度は恨みが表に出る」

「……ダンジョンの闇に飲まれる、ってやつですか」

「ええ。昔からそう言うわね」

エマは、その言葉を聞いたことがあった。

ダンジョンの闇。ただ光が届かないという意味ではない。

奥へ行くほど、人は壊れやすくなる。疲労、恐怖、欲、焦り。普段なら飲み込める感情が、暗がりの中で膨らむ。

「本当に、そんなことがあるんですか?」

「あるわ」

リディアは短く答えた。

「魔物だけが、人を壊すわけではないの。疲れや恐れや欲が重なると、仲間同士でも簡単に傷つけ合う」

エマは息を飲んだ。

「サポーターがいるなら、まだましよ。でも、サポーターは白魔導士ではない。あなたもそうでしょう」

「……はい」

「手が届く時もある。でも、届かない時もある」

その言葉が、エマの胸に静かに刺さった。

リディアは棚から一枚の古い布を取り出した。白い布に、簡素な聖印が縫い込まれている。

「これをあげる。持っていきなさい」

「これは?」

「救護用の腕布よ。神殿の正式なものではないけれど、治療に入る者だと示す印にはなるわ」

エマは受け取るのをためらった。

「いいんですか?」

「あなたは白魔導士ではない。でも、命をつなぐ人でしょう」

リディアは淡く笑った。

「あなたは、正しいと思った時ほど前に出るでしょう」

「……そう、見えますか」

「ええ。悪いことではないわ。でも、助けるつもりの手が、相手には追い詰める手に見えることもある」

「助けるつもりでも、ですか」

「そうよ。だから、すぐに手を伸ばす前に、一度だけ相手の足場を見なさい。立っていられる場所が残っているかどうかを」

エマは白い布を見つめた。それから大切に畳み、懐にしまう。

湯気の立つ茶器の向こうで、リディアが静かに待っていた。

エマは膝の上で指を握り、ようやく顔を上げた。

「今日は、その……お礼を言いに来たんです」

「この前、スクロールのおかげで、ひとり助けることができました」

リディアは静かにエマを見た。

「私でも、助けられたんです。白魔導士じゃない私でも、スクロールを使えば、命をつなげるんだって」

「そう」

リディアは、少しだけ目元を和らげた。

「それは良かった」

「はい」

「でも、忘れないで。スクロールは奇跡そのものではないわ。奇跡に手を伸ばすための、短い橋みたいなもの」

「橋……」

「浅い傷なら塞げる。骨も、つなぐことはできる。けれど、スクロールは命そのものを握り戻す道具ではないの。失われたものが多すぎれば、魔法が傷に届いても、命には届かないことがあるわ」

エマは言葉を失った。

リディアは優しく続けた。

「その時、自分を責めすぎてはいけないわ。救えなかった命を、全部あなたのせいにしてはいけない」

「まだ起きてもいないことを言わないでください」

エマは冗談めかして言った。けれど、声は少し硬かった。リディアもそれ以上は踏み込まなかった。

「そうね。ごめんなさい」

奥の部屋から、かすかに紙の擦れる音がした。ノアがスクロールを作っているのだろう。

エマは茶を一口飲んだ。

焼き菓子の素朴な甘さが、部屋の空気に少しだけ混じった。中庭の水は、変わらず静かに流れていた。

けれど、エマの胸の奥には、リディアの言葉がまだ残っている。

すぐに手を伸ばす前に、一度だけ相手の足場を見る。

エマは懐の布に、そっと指を添えた。

前書きの設定情報を修正しました。

本作品は未完成な部分や表現に納得できない箇所が随所にあります。なので、随時修正します。

シナリオや展開を変えるつもりはありません。

ご容赦ください。

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