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ダンジョンサポーター  作者: Aramaki_mai
第一章 白鹿のサポーター
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3/80

第2話 サポーターの役割

ダンジョンに潜る人たちの話です。

ライト文芸寄りのダークファンタジーです。


▼登場人物

エマ・ウォーカー     主人公です。

ニナ・クラーク      白鹿のギルド所属の前衛 エマの仲間


▼主人公について

白鹿のギルドで働く二十歳前後のサポーター。

元前衛だが、今は救護、素材回収、物資管理、食料と水の配分、退路確認などを担い、探索隊を生きて帰すために働いている。

挿絵(By みてみん)

四階層の旧回廊で、松明の火が冷えた石壁を揺らしていた。


ついさっきまで響いていた魔物の咆哮は、もうない。代わりに残っているのは、負傷者の荒い息と、装備を直す金具の音だった。


壁には、誰が刻んだのか分からない古い紋様が半分だけ残っている。床の敷石はところどころ沈み、荷を置くにも場所を選ばなければならなかった。


エマは腰の革袋を開き、残りのスクロールを数えていた。


一本、二本、三本……八本。


指が止まる。


思っていたより、少ない。


「なんで管理できてないの?」


隊長の声が、休息中の空気を裂いた。


エマは革袋から目を離した。


隊長は苛立ちを隠していなかった。額には汗が残り、手袋の端には乾ききっていない血がついている。本人の血ではない。さっき、前衛の一人を引き上げた時についたものだ。


「スクロールの数が、予定より減りすぎてる」


エマは革袋の口を閉じた。


「直前の二戦が、想定より長引いたためです」


声は静かに出せた。


腹の奥が熱かった。


「言ったよね。抑えてって。緊急性のない怪我には、ポーションや薬草を優先してって」


「はい。聞いています」


「じゃあ、なんで」


隊長の言葉が強くなる。


近くで座っていた若い前衛が、気まずそうに目を逸らした。膝に巻いた布は、まだ赤く滲んでいる。あれをスクロールなしで済ませていたら、次の戦闘で足を引きずったはずだ。


エマは、その膝を一度だけ見た。


「次の戦闘で動けなくなる怪我だったので使いました」


隊長の眉が寄る。


「今使った分、全部?」


「全部、必要でした」


「一戦目の肩も、二戦目の膝も、放っておけば次は動けませんでした」


「でも、残りがこれじゃ――」


「だから、一戦目の後に報告しました」


隊長の口が止まった。


周囲の音が遠のく。


エマは言い過ぎたと思った。けれど、もう戻せない。


隊長は副隊長へ目を向けた。


「聞いてた?」


副隊長はすぐには答えなかった。言いづらそうに、手袋の紐を直す。


「……報告は、あった」


その声で、隊長の表情が変わった。


怒りではなく、気まずさに近いものだった。


「大事なことは、もっと早く相談してほしい」


――だから、しました。


喉まで出かかった言葉を、エマは飲み込んだ。


今ここで勝っても仕方がない。正しさをぶつけても、隊がよく動くわけではない。


「分かりました。次から、もっと早く伝えます」


副隊長がこちらを見て何か言いかけたが、結局、返事はなかった。その沈黙が、妙に重かった。


エマは革袋を腰に戻した。


石粉の匂いが肺に入る。報告はした。けれど、届いていなかった。


それだけで十分だった。


エマは松明の火を見た。


――酒の神様。今だけでいいから、この場に降りてきて。


もちろん、降りてこない。


しばらくして、隊長は離れた場所から戻ってきた。さっきより声を落とし、エマの横に腰を下ろす。


「スクロールの減りが早い理由は?」


今度は責める声ではなかった。


エマは革袋に触れたまま、考えるふりをした。


答えは、もう出ている。


「連携がぎこちないです」


隊長の目が動いた。


「具体的には?」


「前衛の踏み込みが合っていません。押す人と下がる人が同時に動いて、間が空いています。そこへ魔物が入ってきて、余計な怪我が増えています」


黙った隊長の頬に松明の影が揺れ、エマは続けるか迷った。指示が遅れるたびに足並みが乱れ、焦った前衛が深く踏み込んでしまうところまで、本当は見えている。


けれど、全部をそのまま渡せば、報告ではなく刃になる。


エマは膝の上で指を握った。


「今のままだと、もう一度同じ形で怪我が出ます」


それだけにした。


隊長は長く息を吐いた。


「……俺も、感じてた」


「はい」


「連携のずれは、皆と話す」


エマは頷いた。


隊長は立ち上がりかけて、もう一度こちらを見た。


「エマはどう? スクロールの消費を抑えられたところは、本当になかった?」


胸の奥が、ざらりとした。


信じていないのか。


それとも、確認したいだけなのか。


どちらでも、痛いものは痛い。


エマは前の戦闘を思い返し、使った物と使わずに済ませた物をたどり直した。それでも結論は変わらなかった。


「抑えられたところは、ありません」


今度は迷わなかった。


「使わなければ、次の戦闘で誰かが動けなくなっていました」


隊長はエマの目を見た。


エマも逸らさなかった。


やがて、隊長は短く頷いた。


「分かった。残りはどれくらい持つ?」


「安全に見て、今日いっぱいです」


エマは即答した。


「それ以上は、全員で戻る保証ができません」


隊長の顔が引き締まった。


それは、届いたらしい。


「分かった」


隊長は攻撃組の方へ歩いていった。


その背中を見送りながら、エマは小さく肩の力を抜いた。


本当に分かったのかは、まだ判断できない。


隊長が前衛たちを集めて話している間に、エマは負傷者の手当てに戻った。


膝の布をほどき、傷口を洗う。薬草を潰し、滲みを止めるために薄く当てる。痛みに顔をしかめた若手へ、水袋を差し出した。


「一口だけ」


「もっと飲んだら駄目ですか」


「今飲みすぎると、歩く時に重くなります」


若手は不満そうにしたが、一口で止めた。


隣では、肩を裂かれた前衛が腕を回そうとしていた。


「動かさないでください」


「動くか見ただけだ」


「今は見なくていいです。動けるように処置したんですから」


前衛は苦笑し、腕を下ろした。


エマは包帯の端を結び、手についた薬草の匂いを布で拭った。


次は食事だ。


火を大きくしすぎないようにしながら、携帯食を温める。硬いパンを湿らせ、干し肉を裂いて鍋に落とす。疲れている者から先に渡し、食べるのが遅い者には、冷める前に声をかけた。


その合間に、倒した魔物の素材を見る。


硬い皮は欠けていない。牙も使える。爪には泥が詰まっていたが、根元までは割れていなかった。


エマは膝をつき、刃を浅く入れた。


皮を剥ぎ、腱を傷つけないように外す。血のついた布を分け、使える部位だけを別の袋へ入れる。重さを見て、誰の荷に分けるか考える。


誰かが笑っていた。


隊長に何か言われたのか、若い前衛が照れた顔をしている。副隊長はまだ真面目な顔で頷いていた。


いい。


空気が戻るなら、それでいい。


エマは冷めかけた食事を口へ運んだ。薄味の汁に浸かっても肉は硬かったが、胃に入れば動ける。それで十分だった。


隊長が全員を見渡したのは、休息を終える直前だった。


「全員、方針を確認する」


話し声が止まる。


隊長は一人ひとりを見た。


「まず、全員生きてここにいる。それが何よりだ。よく踏ん張ってくれた」


前衛たちの表情が緩む。


隊長は続けた。


「だが、物資は心もとない。予定していた成果も、まだ足りていない。残りは今日いっぱいだ。ここからは無理に押し込まない。前に出る者と下がる者をはっきり分ける。声を重ねるな。副隊長の合図を聞け」


副隊長がすぐに頷いた。


「了解」


「魔物を狩る。素材を集める。だが、誰か一人でも動けなくなるなら撤退する」


隊長の声が、そこで低くなった。


「全員で帰るぞ」


返事が続いた。


「了解」


「了解です」


「いけます」


エマも荷紐を締め直し、短く頷いた。


「了解」


胸の奥には、まだもやもやが残っている。それでも、足は前へ出せるし、手も動かせる。


スクロールは少ない。薬草にも食料にも、余裕があるとは言えない。


それでも、地上へ向かうための道具はまだ残っている。


エマは地図板を抱え直し、松明の明かりが届かない通路の先を見た。


生きて帰る。


全員を連れて帰る。


そのためなら、言うべきことは言う。


飲み込むべきものは、飲み込む。


そして、どうしても飲み込めなかった分は――地上で、酒で流す。


エマは隊の最後尾についた。




本作品は未完成な部分や表現に納得できない箇所が随所にあります。なので、随時修正します。

シナリオや展開を変えるつもりはありません。

ご容赦ください。

挿絵(By みてみん)

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