↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダンジョンサポーター  作者: Aramaki_mai
第一章 白鹿のサポーター
PR
2/80

第1話 酒場の帰り道

ダンジョンに潜る人たちの話です。

ライト文芸寄りのダークファンタジーです。


▼登場人物

エマ・ウォーカー     主人公です。

オスカー・ウォーカー   エマの弟

ニナ・クラーク      白鹿のギルド所属の前衛 エマの仲間


▼主人公について

白鹿のギルドで働く二十歳前後のサポーター。

元前衛だが、今は救護、素材回収、物資管理、食料と水の配分、退路確認などを担い、探索隊を生きて帰すために働いている。

挿絵(By みてみん)

酒場の扉を開けると、熱気が顔に触れた。


焼いた肉と麦酒の匂いに、火のそばで乾かされる外套の湿った匂いが混じる。笑い声の中で皿が卓に置かれ、その音まで熱気に溶け込んでいた。


エマは肩の荷を持ち直し、人の間を抜けた。


奥の卓に、オスカーがいた。


杖は椅子の横に立てかけてある。倒れないよう、脚の間にきちんと挟んでいた。卓には水と温かいスープが置かれている。エマが来る前に頼んでおいたのだろう。


オスカーがこちらを見た。


「遅かったね」


「監視所で地図を書き足してた」


エマは向かいの椅子に腰を下ろした。荷を床へ置くと、背中だけがまだ革紐の重さを覚えていた。


「三階層、帰り道まで変わってたの?」


「目印の楔は残ってるのに、通路が狭くなってた。地図にある小部屋も半分潰れてた」


「それで遅くなったんだ」


「それと、黒鉄トカゲ」


エマは水を飲んだ。喉に残っていた石粉のざらつきが、ようやく薄くなる。


「鱗を割らずに剥がすの、ほんと面倒」


オスカーは口元だけ緩めた。


「報酬になるんでしょ」


「なる。だから面倒でもやる」


「エマらしい」


「それ、どういう意味」


「いい意味」


「ならいいけど」


エマは卓に肘をつきかけて、やめた。袖に細かな石粉が残っている。払うと、白っぽい粉が卓の端に落ちた。


オスカーは何も言わず、指先で白い粉をスープから遠ざけた。


代わりに給仕の娘へ手を上げる。


「すみません。麦酒を一つ」


「分かってるね」


「今日はそれを楽しみに帰ってきた顔だったから」


「出てた?」


「出てた」


酒杯が運ばれてくる。エマは両手で受け取り、香りを確かめてから口をつけた。


冷えた麦酒が喉を通る。


一口目で、体の奥に残っていた緊張がほどけた。乾いた石の匂いも、黒鉄トカゲの硬い鱗の感触も、若手探索者の足首を固定した時の焦りも、酒場の熱気の向こうへ遠のいていく。


エマは杯を卓に置いた。


「……沁みる」


「大げさ」


「今日くらい言わせて」


「何かあった?」


声は軽い。けれど、オスカーの目はエマの袖口と指先を見ていた。


エマは杯の縁を親指で拭った。


「若手が一人、転んだ」


オスカーの指が、卓の端に触れた。


「怪我は?」


「腕と足首。歩ける形にはした」


「スクロール、使ったの?」


「使ってない。添え木と布で固定した」


「それで歩ける状態にはできたんだね」


「できた。でも、何でもそれで済むわけじゃない。血が足りなければ間に合わないし、傷を見る順番を間違えたら、スクロールだけ使っても無駄になる」


エマは酒杯を引き寄せた。


「使う前に見る。使わずに済むなら使わない。使ったあとも見る。そこで手を抜くと、帰れない」


オスカーは短く頷いた。


それ以上は聞かなかった。


泡が、杯の内側で細く消えていく。


「前衛だった頃なら、たぶん通路の奥を先に見てた。今日は、怪我人の足元を先に見た」


「いいことじゃないの」


「たぶんね」


「たぶん?」


「自分で言うと腹立つから」


オスカーは笑った。


「変なところで意地張るよね」


「変じゃない」


「はいはい」


エマは睨もうとして、やめた。オスカーが笑っているなら、それでよかった。


人波の向こうから、ニナが姿を見せた。


「お疲れ様です。遅くなりました」


薄い外套を肩にかけ、髪を後ろで結び直している。明るい顔をしていたが、目元には打ち合わせ帰りの疲れが残っていた。


「お疲れ、ニナ」


エマが手を上げると、ニナは空いている椅子に腰を下ろした。


「明日の三、四階層の素材回収で、打ち合わせが長くなって」


オスカーが給仕を呼ぶ。


「ニナさんも飲む?」


「飲みます。大杯で」


「迷いがない」


エマが言うと、ニナは真面目な顔で頷いた。


「迷っている間に席が取られますから」


「そこまで混んでないでしょ」


「油断は禁物です」


給仕が笑いながら人波へ戻っていく。


ニナは卓の皿を見た。


「もう食べてます?」


「まだ。オスカーが待ってた」


「えらい」


「僕が?」


「はい」


オスカーは肉皿を自分の方へ引いた。


「エマを待たせると、肉が消えるので」


「消さない」


「今、目が動いた」


「動いてない」


「動いた」


ニナが笑った。


給仕がニナの麦酒を置く。ニナは礼を言い、半分ほど飲んでから、杯を卓に置いた。


「これは……沁みますね」


「ほら」


エマがオスカーを見る。


「ニナも言った」


「探索者はみんな大げさなのかな」


「無事に帰ってきた人間には、多少の大げさが許される」


「じゃあ、許す」


オスカーは肉皿を真ん中へ戻した。


エマは満足げに一切れ取った。


ニナはその様子を見届けてから、思い出したように身を乗り出す。


「そういえば、明日の打ち合わせ、エマさんも来ればよかったのに」


「前衛組のやつでしょ」


「そうです。三、四階層の素材回収の件」


「私は後ろを見る役だから。前衛の動きまで口を出したら、嫌がられる」


「エマさんが言うと、たまに当たるから困るんですよ」


「たまに?」


「わりと」


「そこは最初から言い直して」


ニナは笑い、杯を置いた。


「でも、明日は一緒ですよね」


「行くよ。荷とスクロールを持つのは私だし」


エマは肉を飲み込み、水を挟んだ。


「ただし、前には出ない」


「エマさんが前に出たら楽なのにって、みんな言ってますよ」


「楽をするために私を前に出すな」


「たしかに」


エマは皿の端に置いた布で指先を拭いた。


「前に出る人間が増えればいいってものじゃない。荷が傾いた時や、道が変わった時、後ろで気づく人間が要る。水を飲まずに進んだり、痛いのに平気な顔をしたりする人もいるんだから」


ニナは言い返しかけて、布をつまんだまま口を閉じた。


オスカーも黙って聞いている。


隣の卓で誰かが笑い、奥では楽器の弦が軽く鳴った。


エマは自分の手を見てから、酒杯の縁に触れた。爪の間は何度も洗ったのに、石粉の匂いがまだ残っている気がした。


「エマさんも、前に出てた頃は見てなかったんですか?」


ニナは茶化さずに聞いた。


「敵の動きばかり見てた」


エマは酒杯の縁から指を離した。


「人の足の置き方も、荷の傾きも、見えてなかったんだと思う。今は、そっちが気になる」


ニナはすぐには返さなかった。


オスカーが卓の下で、癖のように杖の柄へ触れていた。エマはそれに気づきながらも口を開かなかった。


ニナは杯の中を見た。


「そこまで言われると、前衛に誘いにくいですね」


「誘ってもいいよ。断るけど」


「そこは変わらないんですね」


「そこは変わらない」


沈みかけた空気を、オスカーが肉皿で押し戻した。


「じゃあ、サポーター様には肉を一切れ追加で」


「分かってるね」


「でも二切れはだめ」


「細かい」


「生活費を見てるのは僕なので」


ニナが目を丸くした。


「オスカーさん、しっかりしてますね」


「しっかりしないと、エマが塩も肉も多めにします」


「言い方」


「事実でしょ」


「味は濃い方が元気が出る」


「それを毎回やるから止めてる」


ニナは肩を震わせて笑った。


エマは言い返せなかった。心当たりがありすぎた。


「そういえば」


ニナが酒杯を置いた。


「エマさんって、どうして前衛からサポーターに回ったんですか?」


エマの手が止まり、オスカーも視線を上げたので、ニナはすぐに両手を振った。


「あ、無理に聞く話じゃないなら」


「別に」


エマは笑った。


遅れて出た笑いだった。


「私も、たまに分からなくなるし」


ニナは続きを待った。


エマは肉皿へ手を伸ばしかけ、杯を持った。


「前に出るのが嫌になったわけじゃない。戦えなくなったわけでもない。たぶん、前だけ見てるのが怖くなった」


「怖く?」


「後ろで倒れてる人に、気づかないまま進むのが」


言ってから、酒場で出すには重い言葉だったかもしれないと思った。


けれど、もう戻らない。


オスカーは返さなかった。ニナもすぐには続けなかった。


その間を、隣の卓の笑い声が破った。賭けに負けたらしい男が大げさに頭を抱え、周りが手を叩いている。


エマはその音に助けられるように、杯を口に運んだ。


「まあ、だから今日は飲む」


ニナがようやく笑った。


「そこに戻るんですね」


「酒場に戻る。帰ってきたから」


オスカーが水の杯を持ち上げた。


「お疲れ、エマ」


いつもの軽口より、柔らかい声だった。


エマは返事に迷い、それから杯を持ち上げた。


「ただいま」


「おかえり」


ニナも麦酒を掲げる。


「おかえりなさい」


三つの杯が小さく触れ合い、その縁に酒場の灯りが揺れた。


こういう夜があるから、帰ってこようと思える。


エマはそう思った。


口には出さなかった。


出すと、何かが壊れそうな気がした。


ニナはふと、エマの胸元へ視線を落とす。


「エマさん」


「なに?」


「服に肉汁、ついてますよ」


「え」


エマは自分の服を見下ろした。


小さな染みが跳ねている。慎重に食べたつもりだったのに、まったく意味がなかった。


「……うわ」


オスカーが口元を押さえ、ニナもこらえきれずに笑う。その前で、エマは慌てて布で染みを拭いた。


「最悪。これ、落ちるかな」


「石粉よりは落ちるんじゃない?」


オスカーが言った。


「比べるものがおかしい」


「じゃあ、血よりは」


「もっとおかしい」


ニナがとうとう声を出して笑った。


エマは顔をしかめたが、怒る気にはなれなかった。


オスカーが笑っている。


ニナも笑っている。


卓の上にはまだ温かい皿があり、酒杯があり、外へ出れば夜風がある。


ダンジョンの中では、目印や床、壁の変化を見ながら、道を何度も確かめなければならない。


でも、この卓へ帰る道だけは、体が覚えている気がした。


エマは布を置き、もう一度杯を持った。


「次の一口はこぼさない」


オスカーが言った。


「信用してない」


「私もです」


ニナまで続けた。


「二人とも、そこは信用して」


エマは笑った。


三人の声は、酒場の喧騒に溶けていく。


それだけのことが、どうしようもなく愛おしかった。


もうほんの少し、こういう夜が続けばいい。


そう思っても、口にはしなかった。


ただ、酒杯の縁に残った泡を見て、それが消える前に静かに飲み干した。




本作品は未完成な部分や表現に納得できない箇所が随所にあります。なので、随時修正します。

シナリオや展開を変えるつもりはありません。

ご容赦ください。

挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。