飲み屋での出来事
ダンジョンに潜る人達の話です。
エマが主人公です。
オスカーは身内
ニナは親友&同じギルドの同僚
▼主人公の基本設定
名前:エマ・ウォーカー
年齢:20歳くらい
ギルド歴:10年
元DPS で ギルドの意向でサポートへ配置転換された
サポートの役割:救護/料理/素材回収/物資管理/運搬等 多岐にわたる
この物語のギルドは、ダンジョン内で採れる素材の回収を専門に請け負う組織です。
魔物の牙や皮、鉱石、薬草、魔石などを回収し、
それを商会や工房、研究機関へ卸すことで利益を得ています。
ただ魔物を倒すだけの集団ではなく、探索、戦闘、救助救援、採取、解体、運搬、物資管理まで含めて、
ひとつの仕事として成り立たせた大手組織です。そのギルドで働く人物達の物語
エマは酒杯を掲げると、喉を鳴らしながら中身を豪快にあおった。
見事な飲みっぷりに、向かいに座るオスカーは思わず頬を緩めた。
エマが空になった杯を置くと、オスカーは目元だけで笑う。
何か言いたげで、でも何も言わない。
その顔が、エマには少しだけくすぐったかった。
二人の間には、酒とともに、どこか懐かしい心地よさが流れていた。
「はあ〜……世界を救えるのは、やっぱりこれだけだね」
エマは深々と息を吐き、空になった酒杯を名残惜しそうに見下ろした。
オスカーは小さく笑う。
「ははは。今日もいい飲みっぷりで。……また何かあった?」
「ん? まあね」
エマは椅子にもたれ、面倒くさそうに肩を回した。
「こないだのダンジョンでさ。例の案件で、ダンのメンツと潜ったんだけど」
「うん」
「トラップが発動した時に、ダンが引かずに突っ込めって指示したの」
オスカーは酒杯を片手に、軽く首を傾げた。
「でも、無事だったんでしょ? 今こうして酒飲んでるんだから」
「そうだけど」
エマは不満げに口を尖らせる。
「突っ込んだせいで、余計に魔物が湧いて、かなり危なかったんだよ」
「誰か死んだの?」
その問いに、エマの目が一瞬だけ鋭くなる。
「死なせない」
短く、しかし強い声だった。
「私がいる現場で、それはない。絶対にさせない」
オスカーはその言葉を聞いて、少しだけ表情を和らげた。
「なら、良かったじゃん。優秀なサポーター様のおかげで、みんな無事に帰って来られたんだから」
そう言って、オスカーは軽く酒杯を掲げる。
「お疲れ」
「よくないよ」
エマはむすっとした顔で卓に肘をついた。
「攻めるだけが全てじゃないでしょ。何かあったら、結局その後始末は私がなんとかしないといけないんだよ?」
「白魔導士は?」
「いないよ。そんな貴重な存在、気軽に連れていけるわけないじゃん」
「……え?」
オスカーがきょとんとする。
エマはそこで、空になった杯を見下ろした。
そして次の瞬間、給仕の娘へ向かって声を張り上げる。
「すみませーん! 同じの、もう一杯!」
酒場の喧騒の中、給仕の娘が慌ただしく頷く。
店内は今宵も客でごった返していた。笑い声、食器の触れ合う音、酒杯が卓に置かれる音。熱気と酒の匂いが混ざり合い、店全体がひとつの大きな炉のように賑わっている。
酒を待つ間、エマはオスカーに向き直った。
「白魔導士なんて、そう簡単に現場へ出せないよ。雇うだけで金が飛ぶし、育てるのも時間がかかる」
「じゃあ、治療は?」
「スクロール。白魔導士を一人ずつ現場に出すより、一人にスクロールを量産してもらった方が効率いいでしょ? 何組も同時に潜れるし。まあ、そのぶん荷物は重くなるけどね」
オスカーは少し驚いたように目を丸くした。
「今って、そうなってるの?」
「そうだよー」
エマは少しだけ得意げに胸を張る。
「要するに、安く済ませて、死人は出さずに、ちゃんと儲けるってこと」
そこへ、注文した酒が運ばれてきた。
エマの顔がぱっと明るくなる。
「きたきた」
エマは酒杯を受け取り、嬉しそうに両手で包んだ。
「もちろん、案件によってはギルド総出でやることもあるよ? でも、そんなの片手で数えるほどもないかな」
「なるほどね……」
オスカーは目を丸くしたまま、ゆっくり頷いた。
その時、少し遅れてニナが二人の席へやって来た。
「お疲れ様です。遅くなりましたー」
オスカーが軽く手を上げる。
「エマさんお疲れ様でーす」
エマも酒杯を持ったまま、にこりと笑った。
「お待ちしておりました。お疲れ様。……遅かったね」
「打ち合わせが長引いちゃいました」
ニナは空いている席に腰を下ろし、少し疲れたように息を吐く。
オスカーが給仕の娘に声をかけた。
「すみませーん」
ちょうど注文を取りに来たところでニナは待っていたとばかりに口を開いた。
「私も麦酒を。大杯でお願いします」
給仕の娘は慣れた様子で頷くと、すぐに人波の中へ戻っていった。店内は相変わらず盛況だった。
給仕の娘たちは卓から卓へと忙しなく行き交い、絶え間ない注文の声に応えている。
エマがニナを見る。
「あー、攻撃組のやつ?連携の打ち合わせ?」
「そうです。明日の三、四層の素材回収の件で」
ニナは少し身を乗り出し、エマに向かって笑った。
「エマさんも参加してくださいよ〜」
すぐに酒が届く。
エマは即答した。
「やだ」
「早いですね」
「私はサポーターだから。役割が違うもん」
ニナは届いた酒杯を手に取ると、ぐいっと半分ほど一気に飲んだ。
そして大きく息をつく。
「ぷはっ……。えー、でもエマさんだって、ちょっと前まで攻撃役だったじゃないですか」
ニナはにやりと笑う。
「立場が変われば、ってやつですか〜?」
エマは酒杯を片手に、少しだけ目を細めた。
「……変わったんじゃないよ」
その声には、先ほどまでの軽さとは違う響きがあった。
「見えるものが増えただけ」
オスカーは黙って二人を見ていた。エマには周りの喧騒だけがやけに遠く聞こえた。
エマはその沈黙をごまかすように、再び酒杯を口元へ運ぶ。
「ま、だから今日は飲むの。明日のことは明日考える」
オスカーは苦笑し、ニナは楽しそうに笑った。
そして三人の酒杯が、賑やかな夜の中で小さく鳴った。
ニナが酒杯を傾けたあと、ふと思い出したようにエマを見た。
「そういえばエマさんって、なんでサポーターに回ったんですか? 古株ですよね」
エマは酒を口に運びかけたまま、少しだけ目を細めた。
「さあ。なんでだろうね」
肩をすくめる。
「むしろ、私が知りたいくらいだよ」
ニナはくすりと笑った。
「でも、腕が立つのは知ってますよ。ちゃんとバレてますから」
少し胸を張ってみせるその仕草に、エマは口元をゆるめる。
「そりゃあね。能ある鷹は爪を隠すって言うでしょ」
「自分で言います?」
「言うよ」
エマがふふんと笑うと、向かいのオスカーが面白がるように口を挟んだ。
「ほんとは何かやらかしたんじゃないの~? 大きなへまとか」
からかうように投げかけられた言葉に、エマはじろりとオスカーを睨む。
「違いますー」
そう言いながら、エマの視線は卓の上の肉皿へ向いた。
「やらかしとか言ったな? はい、オスカー。本日のお肉食べる権利、没収です」
エマが肉に手を伸ばした、その瞬間だった。
オスカーはさっと皿を引き寄せ、実に鮮やかな手際で肉を頬張る。
「はい、この肉は俺のもんでーす」
「……素早さだけは大したもんだな」
エマは少し驚いたように目を瞬かせた。
――将来、盗賊にでもなりそうでちょっと心配になるな
いや、なったら全力で止めるけど。
そんなことを胸の内で思いながら、エマはあきれ半分に息を吐いた。
その声には、ほんの少しだけ笑いが混じっていた。
それに気づいたニナは、ふっと表情を和らげる。
「……元気そうで、よかったです」
「え?」
「いえ。何でもありません」
ニナはそう言って、わざとらしくエマの胸元へ視線を落とした。
エマが首をかしげる。
「ん? なに?」
「服に肉汁ついてますよ~」
「……うわ」
エマは自分の服を見下ろし、あからさまに顔をしかめた。
「もう最悪。着替えないと……」
その情けない声に、オスカーが吹き出し、ニナもつられて笑う。
やがて、三人の笑い声は卓を包み、賑やかな酒場の喧騒の中へと溶けていった。
エマはそんな空気の中で、ふと静かに思う。
――こういうの、悪くないな。
酒を交わし、くだらないやり取りで笑い合う。
それだけのことが、どうしようもなく愛おしい。
――こういう時間が、いつまでも続けばいいのに。
そんな夜が、エマには少しだけ眩しかった。




