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ダンジョンサポーター  作者: Aramaki_mai
第三章 白い封筒
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第37話 オトナの恋の足跡

ダンジョンに潜る人たちの話です。

ライト文芸寄りのダークファンタジーです。


▼登場人物

エマ・ウォーカー     主人公です。

オスカー・ウォーカー   エマの弟

ノル・ハーヴェイ     白鹿の探索隊長の一人

ニナ・クラーク      白鹿のギルド所属の前衛 エマの仲間


▼主人公について

白鹿のギルドで働く二十歳前後のサポーター。

元前衛だが、今は救護、素材回収、物資管理、食料と水の配分、退路確認などを担い、探索隊を生きて帰すために働いている。


あらすじ

エマとニナに白骸晶の痕跡調査と情報漏洩の疑いを告げたノルは、重い沈黙を背負ったまま白鹿の館へ戻る。ギルド長室では、ケインとガイが待っていた。六階層で救助を装った男が現れた以上、内通者は綺麗な網で捕まる相手ではない。ケインは、知る者を増やさないため作戦の全てを明かさず、複数の偽情報を白鹿の中へ流すことを決める。ノルは館内で人の動きを見る役、ガイは外へ漏れた話を追う役を任される。誰が内にいて、誰が外へつながっているのか。白鹿は、身内を疑う痛みを抱えたまま、静かに餌を落とし始める。

墓地の近くの小屋を出たあとも、話の重さは胸に残っていた。

それでもエマは、市場へ向かった。出がけに、オスカーから小芋を頼まれていた。

市場で小芋を選んでいると、背後から声がした。

「それ、ちょっと小さくない?」


エマは振り向いた。

ニナがいた。腕にはまだ布が巻かれている。買い物籠を持っているのに、中には何も入っていなかった。


「ニナ」


「偶然」


言い方が早かった。

エマは小芋をひとつ手に取ったまま、ニナの籠を見た。


「……偶然にしては、何も買ってないね」


「今から買うところだったの」


「何を?」


ニナは少しだけ黙った。


「小芋?」


「私が買ってるからね」


「じゃあ、腸詰」


「お昼前に?」


「お昼前だから」


エマは少しだけ目を細めた。

ニナは視線をそらし、市場の人混みを見るふりをした。けれど、腕に巻いた布へ指が触れている。小屋を出た時と同じ癖だった。

エマはそれ以上聞かなかった。


「うち、昼を残してくれてると思う」


ニナがこちらを見た。


「へえ」


「小芋を足せば、少し増える」


「へえ」


「……来る?」


ニナは、待っていたくせに、少しだけ考える顔をした。


「そこまで言うなら」


「言ってない」


「言った。今、かなり言った」


エマは小芋を袋に入れてもらいながら、少しだけ笑った。

ニナも、ようやくほんの少し笑った。


「じゃあ、腸詰も買おう。三人分なら、ちょっと足した方がいい」


「お金は?」


「私も食べるから、出します」


「最初から食べる気だった?」


「偶然です」


「便利な言葉だね」


二人は並んで、市場の奥へ歩いた。

家に戻ると、オスカーは台所の椅子に座っていた。鍋の蓋を少しずらし、弱く残した火を見ている。

エマの後ろからニナが顔を出すと、オスカーは少しだけ目を丸くした。


「いらっしゃい」


「お邪魔します」


ニナは少しだけ背筋を伸ばした。


「急に来ちゃって、ごめんね」


「いつでも来てください」


オスカーは鍋の蓋を戻しながら言った。


「小芋が足りなかったら、姉さんに買いに行かせます」


「なんで私」


「今日ちゃんと買えたから、次もいけるかなって」


ニナは少し遅れて笑った。


「じゃあ、また来ます。小芋がある日に」


「小芋目当て?」


「半分くらいは」


エマが言うと、ニナは悪びれずに頷いた。

オスカーは皿を一枚増やした。エマは買ってきた小芋を洗い、オスカーに言われた通り小さめに切る。ニナは腸詰を薄く切ろうとして、左腕が少し動かしづらそうだったので、エマが無言で包丁を取った。

ニナは一瞬だけ何か言いたそうにしたが、すぐに肩の力を抜いた。


「じゃあ、私は食べる係で」


「一番大事な係だね」


オスカーが言うと、ニナは真面目な顔で頷いた。


「任せて」


三人分の皿が並ぶと、エマの家の小さな卓は少し狭くなった。

小芋を入れた煮込みは、思ったより量が増えた。腸詰の脂が少し溶けて、湯気に混じる匂いもよくなっている。

ニナは匙を持ったまま、ほっとしたように湯気を見つめていた。


「……人の家のごはんって、なんでこんなに落ち着くんだろ」


エマは少しだけニナを見た。

けれど、何も聞かなかった。

ニナも、それ以上は言わずに煮込みを一口食べる。


「おいしい」


「オスカーが作った」


エマが言うと、オスカーは平然と返した。


「姉さんが小芋を忘れなかったから完成しました」


「そこ、そんなに大きい?」


「大きいよ。今日の姉さんにしては」


「今日の私、そんなに危なかった?」


オスカーは答えず、ニナを見た。

ニナも答えず、煮込みを食べた。

エマは二人を見比べる。


「何その沈黙」


「いえ」


ニナは匙を置いた。


「沈黙といえば、私、今日ものすごい沈黙を思い出したんです」


エマは眉を寄せた。


「何の話?」


ニナの目が、急にきらっとした。


「ノルさんとカーラさんです」


オスカーがパンをちぎる手を止めた。


「急に気になる話が来ましたね」


ニナは少しだけ身を乗り出した。


「聞いたんです。私、ちゃんと聞きました」


エマも匙を止める。


「何を?」


「カーラさんが治療部屋に来たんです。灰鷹の報告もあるのに、ノルさんの顔を見に」


「顔を見に?」


「そうです」


ニナは大きく頷いた。


「カーラさん、言ったんです。『顔を見たかったから』って」


エマは瞬きをした。


「それは……心配してたからじゃない?」


ニナはすぐにエマを見た。


「エマ、そこを普通に流しちゃだめです」


オスカーがパンをちぎりながら頷いた。


「姉さん、今のは気づくところだと思う」


「二人とも?」


ニナは構わず、さらに身を乗り出した。


「それだけじゃないんです。ノルさんが言ったんです。『来てくれて、嬉しい』って」


エマの匙が止まった。


「ノルさんが?」


「そうです。あのノルさんが」


ニナは力を込めた。

「あの、綺麗な女の人に声をかけられても、たぶん『何か用か』で終わらせるノルさんが。食事に誘われても普通に割り勘して帰りそうなノルさんが。女の人が頑張って綺麗にしてきても、『今日は動きやすそうな服だな』とか言いそうなノルさんが」


エマは想像して、少し黙った。


「……言いそう」


「言いますよね?」


「悪気なく言いそう」


「そこなんです」


ニナは食卓に両手を置いた。


「悪気がないのが問題なんです。装備じゃない。動きやすさじゃないんです。ノル! 違う、そこじゃない。今はそこを見るところじゃないから」


オスカーが吹き出した。


「本人いないのに怒られてる」


「いたら言えません」


ニナは即答した。


「だから今言ってます」


エマも少し笑ってしまった。


「でも、本当にそうなんです。ノルさんって、見た目は悪くないじゃないですか。背もあるし、落ち着いてるし、仕事はできるし、頼れるし」


「うん」


エマは頷いた。


「でも恋愛からだけ、ものすごく遠いんです」


オスカーが感心したように言った。


「ずいぶんはっきり言いますね」


「だって心配だったんです」


ニナは真顔だった。


「あの人、このまま一生、女性に『今日は足運びが安定しているな』とか言って終わるんじゃないかって」


エマは耐えきれず、また少し笑った。


「それはひどい」


「ひどいです。でも言いそうなんです」


「言いそう」


「でしょ?」


ニナは得意げに胸を張ったあと、少しだけ声を落とした。


「そんなノルさんが、カーラさんには『来てくれて、嬉しい』って言ったんです。助かった、でも、手間をかけた、でもなく、うれしいって」


食卓の上の湯気が、ゆっくり上がっていた。

ニナの声は明るかったが、その奥に少しだけ憧れが混じっていた。


「しかも、カーラさんが『無理に起きて待たなくていいから』って言ったら、ノルさんが言ったんです」


「何て?」


エマが聞くと、ニナは大事なものを取り出すみたいに、少し間を置いた。


「『来ると分かっていたら、起きていると思う』って」


オスカーが目を丸くした。


「それは……かなり特別ですね」


「ですよね?」


ニナはぱっと顔を明るくした。


「怪我してるんですよ。寝てた方がいいんですよ。それでも、カーラさんが来ると分かっていたら起きて待つって。これ、もう、ただの昔の仲間じゃないです」


エマは真面目に考えた。


「でも、昔の仲間だからこそ言えるんじゃない?」


ニナとオスカーが、また同時にエマを見た。


「……エマ」


「姉さん」


「なに」


オスカーは呆れたように言った。


「姉さん、魔物の足跡は見えるのに、そういう足跡は本当に見えないんだね」


ニナは大きく頷いた。


「そうです。しかも今回は、かなり深い足跡です。泥に残ってたら、エマなら絶対に追えるやつです」


「恋の足跡って、泥に残るの?」


「残りません。だからエマは見逃してるんです」


オスカーが笑い、ニナもつられて笑った。


エマはむっとした顔で小芋を匙で押した。


「二人して、私を何だと思ってるの」


「頼れるけど、恋の話になると急に遠くを見る人」


ニナが言った。


「そこまで?」


「そこまでです」


オスカーも頷いた。


「姉さん、恋愛の話になると地図がない場所に入ったみたいになる」


「ダンジョンなら地図を作るけど」


「恋の地図は?」


「知らない」


「ほら」


ニナが声を上げて笑った。


笑った拍子に腕へ響いたのか、少し顔をしかめる。エマはすぐに気づいたが、ニナは先に匙を持ち直した。


「大丈夫。これは笑った分の痛みです」


「それ、大丈夫なの?」


「たぶん」


「たぶんは駄目って、カーラさんに言われるよ」


エマが言うと、ニナは一瞬きょとんとして、それからまた笑った。


「たしかに」


オスカーは煮込みをよそい足しながら言った。


「でも、ニナさんはそういうのに憧れるんですね」


ニナは少しだけ黙った。


さっきまでの勢いが、ほんの少しだけやわらぐ。


「……憧れます」


声は明るいままだったが、少しだけ本音に近かった。


「甘い言葉を並べるんじゃなくて、大人の男の人が、ここぞって時にちゃんと“うれしい”って言えるのがいいんです。普段そういうことを言わない人なら、なおさら」


エマは静かにニナを見た。


ニナは少し照れたように匙を持ち直した。


「ノルさんに憧れてるって意味じゃないですよ。ああいう、大人同士の距離感がいいなって話です」


オスカーが頷いた。


「なるほど。ノルさん個人というより、関係性ですね」


「そうです。それです」


ニナは少しほっとしたように頷いた。


「それに、カーラさんも大人なんです。押しつけないんです。『顔を見たかった』ってちゃんと言うのに、ノルさんを困らせすぎない。水を取る時も、痛むか聞く時も、相手を弱い人扱いしないんです」


「オトナの恋?」


オスカーが聞くと、ニナは力強く頷いた。


「オトナの恋です」


「渋いですね」


「渋くないです。オトナです」


「同じ意味に聞こえます」


「違います」


ニナは即答した。

エマは少し笑いながら、皿をニナの方へ押した。


「煮込み、もう少し食べる?」


ニナは目を瞬かせた。


「いいんですか」


「小芋、三人分あるし」


オスカーが横から言った。


「姉さんが忘れなかったので」


「またそこ?」


「大事だから」


ニナは匙を取った。


「じゃあ、いただきます」


三人の間に、また湯気が上がった。

ニナは煮込みを食べながら、小さく言った。


「……来てよかった」


エマは聞こえたが、何も聞き返さなかった。

オスカーも、何も言わずにパンを半分、ニナの皿のそばへ置いた。

ニナはそれを見て、少しだけ目を細めた。


「オスカー君、気が利きますね」


「姉さんで鍛えられてます」


「どういう意味」


エマが言うと、ニナはまた笑った。


今度の笑いは、さっきより少しだけ軽かった。


本作品は未完成な部分や表現に納得できない箇所が随所にあります。なので、随時修正します。

シナリオや展開を変えるつもりはありません。

ご容赦ください。

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