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ダンジョンサポーター  作者: Aramaki_mai
第三章 白い封筒
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第34話 密談

ダンジョンに潜る人たちの話です。

ライト文芸寄りのダークファンタジーです。


▼登場人物

エマ・ウォーカー     主人公です。

オルブライト・ケイン   白鹿のギルド長

ノル・ハーヴェイ     白鹿の探索隊長の一人

ニナ・クラーク      白鹿のギルド所属の前衛 エマの仲間

ガイ・ラザフォード    白鹿のギルド所属の前衛 特任契約者 実力者


▼主人公について

白鹿のギルドで働く二十歳前後のサポーター。

元前衛だが、今は救護、素材回収、物資管理、食料と水の配分、退路確認などを担い、探索隊を生きて帰すために働いている。

挿絵(By みてみん)

夜の白鹿の館は、昼間よりも広く感じた。


廊下の灯りは落とされ、壁に残った燭台の火だけが、石床に細い影を伸ばしている。遠くの治療室から、薬草と酒精の匂いがまだ流れていた。


ノルは、歩くたびに脇腹の奥が引きつるのを感じていた。


縫われた傷は閉じている。折れた骨も、最低限はスクロールでつながれている。だが、完全に治ったわけではない。息を深く吸えば、肋骨の奥に鈍い痛みが残る。


それでも、寝ているわけにはいかなかった。


ニナは治療室に残してきた。顔色は戻りきっていない。毒の痺れもまだ抜けていない。けれど、意識ははっきりしていた。


あの場で何が起きたのか。


なぜ、救助を装った男が来たのか。


それを確かめる前に、眠る気にはなれなかった。


ギルド長室の前で、ノルは一度だけ息を整えた。


扉を叩く。


「入れ」


返事はすぐにあった。


ノルが扉を開けると、部屋の中にはまだ灯りがついていた。机の上には、五階層周辺の地図と、六階層へ抜けた崩落地点の写しが広げられている。


ケインは椅子に座っていなかった。


机の脇に立ち、地図の一点を見下ろしていた。待っていた顔だった。


「治療室に戻れと言われなかったか」


「言われました」


ノルは部屋に入り、扉を閉めた。


「ですが、明日まで置ける話ではありません」


ケインはノルの歩き方を見た。ほんの一瞬だったが、痛みを隠している場所まで見抜かれたような目だった。


「座れ」


「立ったままで」


「その顔で立たれると、こっちが落ち着かん」


ノルは答えず、椅子に腰を下ろした。座る動作で傷が引きつったが、声には出さなかった。


ケインは水差しを机の端へ寄せる。


「話せ」


ノルは水には手をつけなかった。


「崩落は事故ではありません。床の抜け方が不自然でした。落下後、六階層で男が一人、こちらに接触しています」


「救助としてか」


「そう名乗りました」


ノルは短く答えた。


「ですが、救助ではない。ニナが見抜いた。監視所の人間の名を間違え、所属も答えられなかった」


ケインの目がわずかに細くなる。


「どこの者かは」


「名乗っていません。問い詰めた後、態度が変わりました」


「武器は」


「針です。魔痺毒。剣は抜いていない」


ケインは地図から顔を上げた。


「針か」


「はい。ニナとエマが受けています」


ケインの指が、地図の上で止まった。


「状態は」


「二人とも命に関わるところまではいっていません。ただ、痺れは残っています」


「続けろ」


「男は魔法で天井や壁を崩してきました。こちらを直接斬るより、場所そのものを使って殺すやり方です」


ケインは黙った。


ノルは続けた。


「こちらの状態を把握していた可能性が高い。俺とニナが落ちたこと。六階層で負傷していること。救助が来るまで時間があること。すべて、偶然で合わせられるとは思えません」


ケインは地図を見下ろしたまま、低く聞いた。


「エマが下へ向かったことまで漏れていたと思うか」


「分かりません」


ノルは答えた。


「あの男は、六階層に残っている者を殺しに来た。俺に言えるのはそこまでです」


ケインは地図を見下ろした。


「漏れていた範囲は、まだ切れないか」


「はい」


部屋の中で、燭火が小さく揺れた。


ケインは地図の上に置いていた指を離した。


「こちらの行程が漏れている」


「そう見ます」


「誰が、どこまで知っていた」


「五階層の再調査。人員。出発時刻。少なくとも、そのあたりです。六階層まで落とすつもりだったなら、現場の構造も事前に見ていた可能性がある」


ケインはすぐには答えなかった。


その沈黙は、驚きではなかった。


ノルは、その顔を見て分かった。ケインは初めてこの可能性に思い至ったのではない。すでに内側に置いていた疑いを、ノルの報告で確かめている。


やがて、ケインが低く言った。


「内にいるな」


ノルはまっすぐケインを見た。


「ギルド内に、ですか」


「ああ」


ケインの声は平らだった。だが、その平らさがかえって重い。


「外の者が動くだけなら、ここまで合わない。監視所の記録だけでも足りん。出発前の説明、隊の編成、持たせた荷。どこかに触れた者がいる」


ノルは目を伏せなかった。


「心当たりは」


「心当たりで人を縛るほど、白鹿は軽くない」


ケインはそう言って、机の上の地図を畳まなかった。


「だが、疑いは疑いのままにしておけない」


「どう動きます」


「炙り出す」


ケインは机の引き出しから、細い木札をいくつか出した。そこにはまだ何も書かれていない。


「話を分けて流す。聞かせる相手も、内容も段階的に変える」


「偽情報ですか」


「ああ」


ノルの眉がわずかに動いた。


「危険です。相手が動けば、また誰かが巻き込まれる」


「だから、場所は選ぶ。人も置く。実際に探索隊を危険な場所へ出す餌にはしない」


ケインは木札を指で押さえた。


「行き先、保管物、引き渡しの時刻。食いつけば痕跡が残る話にする。だが、それだけで誰かが死ぬ形にはしない」


ノルはしばらく考えた。


「相手が慎重なら、動かない」


「動かなければ、それでいい。動かざるを得ない話を、最後に混ぜる」


「何を流すつもりです」


ケインはすぐには答えなかった。


「今はまだ言わん」


ノルの目が細くなる。


「俺にも、ですか」


「お前にもだ」


ケインは静かに言った。


「お前を疑っているわけではない。だが、知る者は少ない方がいい。お前は六階層で敵と接触した。あちらが、お前を見ている可能性がある」


ノルは何も返さなかった。


理屈は通っている。気に入るかどうかとは別の話だった。


「エマとニナには」


「お前から話せ」


ケインは短く言った。


「ここでは話すな」


「分かりました」


ノルはそれだけ答えた。


ケインは続けた。


「治療室の外には人を立たせる。表向きは夜番だ」


ノルの目がわずかに動いた。


「……そこまでしますか」


「六階層で、救助を装った相手が近づいている」


ケインは低く言った。


「今夜、治療室の前を空けておく理由はない」


ノルは頷いた。


ノルが口を開きかけた時、扉の外で足音が止まった。


遠慮のない叩き方が三度。


「ケインさん、生きてるか。いや、生きてるのは知ってる。灯りがついてるし、俺を呼びつける時の部屋の空気ってだいたい陰気だからな。開けるぞ。開けるなと言われても、たぶん開ける」


ノルは扉を見た。


ケインが、ほんのわずかに眉間を押さえた。


「入れ」


扉が開いた。


入ってきた男を見て、ノルはすぐに眉を寄せた。


「……ガイ」


「お、顔色の悪い隊長だ」


ガイ・ラザフォードは、濡れた外套の肩を軽く払った。まだダンジョンから戻って間もないのだろう。外套の裾には石粉が残り、腰の長剣にも乾ききらない水気がついている。反対側には、短い予備の刃が一本、無造作に吊られていた。


荷は少ない。


余計なものを持たずに、一人で潜って戻ってくる強者だ。


「ひどい顔だな。悪口じゃないぞ。生きて帰った顔だ。死に損なった顔とも言うが、そっちは言い方が悪いから忘れろ」


ノルは低く返した。


「忘れにくい言い方をするな」


ガイは勝手に頷いた。


「声は出るな。肺はまだ諦めてない。歩き方はひどいが、倒れる一歩手前ではない」


「診るな」


「見えたものを言っただけだ。俺が黙っていると、見えていないふりになる。そういうのは性に合わない」


ガイはそのまま机のそばへ寄り、広げられた地図を覗き込んだ。ケインは止めなかった。


「六階層か。しかも水場。嫌なところに落ちたな」


ノルは答えなかった。


ガイは地図を覗いたまま続ける。


「水がある場所は足音をごまかせない。だが、音が多すぎると距離を間違える。石柱が残っているなら、見通しも悪い。逃げるにも隠れるにも、怪我人には腹の立つ場所だ」


「見てきたように言うな」


「見てないから、この程度で止めてる。見てたらもっと細かく文句を言う」


ガイは顔を上げ、ノルを見た。


「で、落ちたんじゃなく、落とされたのか」


ノルは答えなかった。


ケインが答えた。


「そう見る」


「なら、湯より先に呼ばれて正解か」


ガイは軽く肩を回した。


「俺としては湯の方が正解だったけどな。冷えたまま人の話を聞くと、判断が悪くなる。まあ、俺は判断が悪くなっても腕でいくらか戻せるから、まだましだ」


ケインが短く言った。


「よくない」


「だろうな」


ガイはあっさり引いた。


ノルはガイを見た。


「いつ戻った」


「さっきだ。四階層の東側を見てきた。小鬼が多い。あいつら、最近また鈴の真似が上手くなってる。三回に一回は本物っぽい。腹が立つぞ」


「報告は」


「した。紙にも書いた。字が曲がっているかもしれないが、読める。読めなかったら俺を呼べ。俺も読めない可能性はあるが、その時は雰囲気で思い出す」


ケインが机の端を指で叩いた。


「ガイ」


「分かってる。ここからは真面目にする」


そう言って、ガイは地図から離れた。口調は変わらない。けれど、目の奥だけがわずかに冷えた。


ケインは木札をガイの方へ押した。


「いくつか話を流す。聞かせる相手も、内容も段階的に変える」


ガイは木札を見下ろした。さっきまでよく動いていた口が、そこで止まる。


「餌か」


「ああ。食いついた先を見る」


「俺一人で全部見ろと言うなら、先に断るぞ。目は二つしかないし、足も二本しかない。町中を同時に歩けるほど器用じゃない」


「分かっている」


ケインは短く返した。


「外回りはお前が仕切れ。人は用意する。ただし、理由までは知らせるな」


ガイは木札を指先で軽く押した。


「見張りに、見張りの理由を教えないわけか。誰かを疑わせるんじゃなく、いつもと違う動きだけ拾わせる。急に外へ出る、普段会わない相手に会う、寄る必要のない場所へ寄る。そういう足取りを集めろってことだな」


「ああ」


「ならできる。面倒だが、できる」


ガイはそう言ったが、笑ってはいなかった。


「ただし、食いついた奴を見つけても、すぐ捕まえるとは限らないんだろう」


ケインは頷いた。


「今は、漏れた先まで見る。内側を騒がせるな」


ガイは小さく息を吐いた。


「泳がせるのは好きじゃない。魚ならいいが、人間は泳がせている間に岸へ火をつける」


「分かっている。だから、お前だけで動くな」


「合図を待て、か」


ガイは肩をすくめた。


「分かった。勝手には噛みつかない。歯ぎしりくらいはするが、そこは見逃せ」


ノルは横目でガイを見た。


「噛みつく前提なのか」


「我慢する、と言っている。そこは評価してほしいところだな」


ガイは軽く返したが、視線は木札から離れなかった。


ケインは木札を指先で押さえた。


「拾った動きは、必ず俺に戻せ。相手が見えたと思っても、その場で決めるな」


ガイの笑みが薄くなる。


「……そこで動けば、漏れた先が切れるかもしれない」


「ああ」


「面倒だな」


「だから呼んだ」


ガイは木札を机に戻した。


「分かった。面倒だが、やる」


ノルはしばらく黙ったあと、ケインを見た。


「エマを作戦に巻き込むのは避けたい」


ケインはすぐには答えなかった。


「理由は」


「顔に出ます。疑いを隠すのが下手です」


ノルは間を置いた。


「それに、誰かが危ないと分かれば、止める前に動く」


ケインは否定しなかった。


ガイが横から口を開く。


「あのうさぎか」


ノルの視線が動いた。


「うさぎ?」


「白鹿であの子を知らない奴の方が少ないだろ。前に出ていた頃もあるし、今は荷を背負って、前衛の間をぴょんぴょん跳ね回ってる。自分の荷の重さも忘れて、怪我人まで担いでやがる」


ノルは眉を寄せた。


「本人の前で言うな」


「言ったら噛まれそうだからな。蹴られる可能性もあるが、それはそれで元前衛らしくていい」


ガイは楽しそうに言った。


軽口だった。だが、エマを軽んじている声ではなかった。面白がってはいる。けれど、見ていない者の言い方ではない。


ノルは、ガイからケインへ視線を戻した。


「二人には、必要なことだけ話します。餌の中身までは伝えません」


「そうしろ」


ケインは短く言った。


「今夜は休ませろ。特にニナは、治療室から動かすな」


ノルは頷いた。


「分かっています」


ガイが小さく息を吐いた。


「休めと言われて本当に休む奴は少ないけどな。死にかけた奴と、死にかけた奴を連れて帰った奴は、体は寝ても頭が歩き回る」


部屋の中が静かになった。


その言葉だけは、軽くなかった。


ノルは水差しへ手を伸ばし、ようやく一口だけ飲んだ。喉が思ったより乾いていた。


「六階層の男については」


ケインが聞いた。


ノルは杯を置いた。


「細身。声は低い。救助を装っていた時と、正体が割れた後で声の置き方が変わりました。焦りは見えない」


「剣は抜かなかったんだな」


ガイが言った。


「ああ。針を使っていた」


ノルは短く答えた。


「それと、魔法で天井や壁を崩してきた」


ガイの表情が、そこで初めてはっきり変わった。


「……なるほど。嫌な奴だな」


「知っているのか」


「知らない。知っていたら、もっと嫌な顔をしてる」


ガイは腕を組んだ。


「剣を抜かず、針で足を止めて、場所を崩す。聞いた限りじゃ、斬り合う気は薄いな。自分の刃で殺すより、場所に殺させる方を選んだ」


ケインは短く言った。


「だから、次をこちらで作る」


ガイはケインを見た。


「餌場を用意するわけだ」


「ああ」


「分かった。合図は待つ。勝手に動いて、餌ごと逃がすのはつまらないからな」


ケインは頷いた。


「それでいい」


ノルは椅子から立ち上がろうとした。傷が引きつり、動きが一瞬止まる。


ガイはそれを見て、肩をすくめた。


「送る。文句は歩きながら聞く」


「いらない」


「今の間を見た後だと、説得力がないな」


ノルは返さず、扉へ向かった。


ケインがノルを見る。


「今夜、ニナには話しすぎるな。休ませろ」


「分かっています」


「エマとニナには、お前から話せ。場所は変えろ」


ノルは頷いた。


「そうします」


「それと」


ケインの声が低くなった。


「お前も休め。報告は受けた。ここから先は、一人で背負うな」


ノルは一瞬だけ返事に詰まった。


それから、短く答えた。


「……了解しました」


扉を開けると、廊下の冷気が入ってきた。


ガイが先に外へ出て、ノルの歩幅に合わせた。


「待つな」


「待ってない。進む速度を間違えてるだけだ」


ノルはうんざりした顔をしたが、言い返さなかった。


廊下は静かだった。


治療室の近くまで来ると、ガイは足を止めた。


「俺は戻る。さすがに湯と寝床を後回しにしすぎた」


ノルは短く息を吐いた。


「寝ろ」


「そっちこそ。傷口に根性を詰めても塞がらないぞ」


ガイは片手を上げ、廊下の暗がりへ歩いていった。


治療室の扉の下から、細い灯りだけが漏れている。


夜番の足音も遠く、そこだけが館の奥に取り残されたように見えた。


ニナは、あの部屋で一人待っている。


伝えなければならないことがある。だが、全部ではない。


全部を渡せば、今夜のニナは眠れなくなる。エマも同じだ。


ノルは、痛む脇腹を押さえずに歩いた。


扉の前には、すでに一人立っていた。


白鹿の若い探索者だった。夜番に見えるよう、肩の力を抜いている。だが、腰の剣にはすぐ届く位置に手があった。


ノルを見ると、男は黙って頭を下げた。ケインの指示は、もう通っている。


ノルは何も言わず、扉に手をかけた。


中には、ニナがいる。


六階層の水音も、石が落ちる音も、まだ二人の中に残っている。


だが、事件は終わっていない。


地上に戻ってきたことで、ようやく次が始まったのだ。


ノルは静かに扉を開けた。


本作品は未完成な部分や表現に納得できない箇所が随所にあります。なので、随時修正します。

シナリオや展開を変えるつもりはありません。

ご容赦ください。

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