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ダンジョンサポーター  作者: Aramaki_mai
第三章 白い封筒
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第33話 いつもの朝食

ダンジョンに潜る人たちの話です。

ライト文芸寄りのダークファンタジーです。


▼登場人物

エマ・ウォーカー     主人公です。

オスカー・ウォーカー   エマの弟

マルタ・リード      白鹿のギルドと繋がりのある治療所の治療師 


▼主人公について

白鹿のギルドで働く二十歳前後のサポーター。

元前衛だが、今は救護、素材回収、物資管理、食料と水の配分、退路確認などを担い、探索隊を生きて帰すために働いている。


あらすじ

白鹿に残り、妹リラへ仕送りを続けるため、ニナは成果を焦っていた。月角兎の角を追う探索の中で、彼女は帰り道の確認や撤退の合図を軽く見て、エマの慎重な言葉を臆病さだと思い込む。だが、仲間とはぐれ、動くダンジョンの中で道を失い、裂牙熊に追われた時、ニナは初めて気づく。エマの言葉は逃げるためではなく、帰るためのものだった。駆けつけたエマは、怖さを抱えながらも周囲を見て、地形と縄と油を使って裂牙熊を退ける。全員で地上へ戻ったあと、ニナはエマに礼を告げる。それ以来、ニナにとってエマの名は、ただのサポーターの名ではなくなっていた。

エマが目を覚ましたのは、朝食の匂いがしたからだった。

焼いたパンの匂い。

豆を煮た匂い。少し焦げた油の匂い。

いつもの家の匂いだった。

エマはしばらく目を開けたまま、天井を見ていた。

白鹿の館ではない。自分の家だ。

ノルとニナは館の治療部屋に残された。エマだけは、マルタに傷と毒の様子を確かめられたあと、自宅に戻された。

オスカーが待っている。

そう言われた時、反論できなかった。

一階の寝室。窓の隙間から朝の光が入っている。近くの棚には、オスカーが畳んだ布がきちんと重ねられていた。

椅子の背には、洗って干された上着が掛かっている。

戻ってきた。

その実感が、少し遅れて胸に落ちた。


「エマ、起きてる?」


台所の方からオスカーの声がした。いつもより少しだけ硬い声だった。

エマは体を起こそうとして、肩の痛みに顔をしかめた。


「起きてる」


「おはよう。ごはん食べれる?」


「食べる」


エマはゆっくり起き上がった。肩に巻かれた布が引きつる。腕にまだ少し痺れが残っている。

マルタに無理をするなと言われた気がする。

気がする、ではなく、確実に言われた。

エマは寝台の縁に座り、息を整えた。

台所では、オスカーが椅子に腰を下ろしたまま、鍋の火加減を見ていた。杖は手の届くところに立てかけてある。動きはゆっくりだが、手順は慣れている。


皿が二つ。匙も二つ。

普段通りだった。その普段通りが、今日は少し痛かった。


「手伝う」


エマが言うと、オスカーは振り返らずに言った。


「座ってて」


「でも」


「座ってて」


二度目は、少し強かった。エマは黙って椅子に座った。

オスカーはパンを皿に置き、豆の煮込みをよそった。片足をかばいながら運ぶ動作に、いつもより時間がかかる。エマは手を出しかけて、やめた。

今は手を出す方が、怒らせる気がした。


向かい合って座る。エマは、皿の中を見た。

豆の煮込みだけではなかった。小さく切った腸詰と根菜が入ったスープに、焼き直したパン。いつもなら半分にする卵も、今日はひとつ分ずつ皿に添えられている。


「……いつもと違う」


エマが聞くと、オスカーは自分の皿を見たまま答えた。

「栄養をつけるためだよ」


「いい匂いがする」


オスカーは少しだけ匙を動かした。

「マルタさんに、姉さんに薄い麦粥だけ出しましたって言ったら、僕まで怒られる」

「だから食べて」


エマは少し黙ってから、匙を持ち直した。

「ありがとう、オスカー」


オスカーの手が、ほんの少し止まった。


「……うん」


「ちゃんと食べる」


「残したら昼も出す」


「それは困る」


「なら、今食べて」

少しだけ、いつもの会話になった。エマはパンを小さくちぎって食べた。喉を通るのに時間がかかる。けれど、温かいものが胃に落ちると、体が少し戻ってくる気がした。

オスカーは自分の皿を見たまま、しばらく黙っていた。

それから言った。


「ダンジョンで、何があったの」


エマの手が止まった。

「崩落があった」


「それは聞いた」


「ノルさんとニナが落ちて、救助に行った。灰鷹の救助隊が来てくれて、戻れた」


「それだけ?」


エマは答えられなかった。

オスカーが顔を上げた。

いつもの皮肉っぽい目ではなかった。怒っているようにも見えるし、泣きそうにも見える。けれど、どちらにも寄せないように、必死で抑えている顔だった。


「死ぬところだったの?」


まっすぐ聞かれた。エマは息を呑んだ。

否定しようとした。大丈夫だった、と言おうとした。

でも、言えなかった。


オスカーはその沈黙だけで、十分だったらしい。


「やめてよ」


低い声だった。エマは顔を上げた。

「オスカー」


「ダンジョンに潜るの、やめてよ」

エマはすぐに返せなかった。

オスカーの手が、匙を握ったまま震えている。


「僕のためなんでしょ」


「違う」


「違わない」


「それだけじゃない」


「それだけじゃなくても、入ってるでしょ」

エマは黙った。

オスカーは笑わなかった。

いつもなら、ここでわざと軽く言う。嫌味を混ぜる。怒りを隠す。けれど、今日はそれがなかった。


「家のためだって言って、無理して、あんな危ない場所に行って」


「オスカー」


「それでエマが帰ってこなかったら、僕はどうしたらいいの」


エマの胸が詰まった。

オスカーは目をそらさなかった。


「僕の足がこんなだからって、エマが死ぬ理由にしないで」


その言葉は、怒鳴り声ではなかった。

だから余計に、刺さった。

エマは膝の上で手を握った。肩が痛む。毒の痺れがまだ残っている。けれど、それよりも、目の前の弟の顔を見る方が苦しかった。


「……ごめん」


ようやく出た声は、小さかった。

オスカーの顔が歪んだ。


「謝ってほしいんじゃない」


「分かってる」


「分かってない」


「うん」


エマは頷いた。


「分かってなかった」


オスカーは唇を噛んだ。

エマは言葉を探した。言い訳ならいくらでもできた。仕事だから。仲間がいたから。行かなければ死んでいたから。自分しか動けなかったから。

どれも本当だった。

でも、今のオスカーに最初に言うことではなかった。


「心配かけた」


エマは言った。

「怖い思いをさせた。私が帰らなかったらって、考えさせた。ごめん」


オスカーは黙っていた。

エマは続けた。


「オスカーのせいで潜ってるんじゃない。そこは違う。でも、オスカーのために無理をしてないって言ったら、嘘になる」


オスカーの手が止まった。

「それが嫌だって言ってる」


「うん」


「そんなふうに生きてほしくない」


「うん」


「僕のために死なれたら、自分を許せなくなる」


エマは目を伏せた。

母の声が、ほんの一瞬だけ胸の奥をかすめた。


オスカーをお願い。


あの日から、ずっと握りしめてきた言葉。

けれど、それを盾にして、目の前のオスカーを追い詰めていたのかもしれない。

エマはゆっくり顔を上げた。


「絶対に、生きて帰る」


オスカーの眉が動いた。

「そんな約束、簡単にしないで」


「簡単じゃない」


「ダンジョンで絶対なんてない」


「分かってる」


「分かってるなら」


「それでも約束する」

エマはまっすぐオスカーを見た。


「私は帰る。帰るために覚える。治療も、撤退も、荷の使い方も、地図も、全部。誰かを連れて帰るために潜る。でも、私も帰るから。オスカーのところへ必ず。だから...」


オスカーは何も言わなかった。

エマの声は震えていた。それでも、逃げずに続けた。


「だから、私が危ないことをしてると思ったら怒っていい。止めてもいい。けど、私が帰るって言ったことだけは、覚えてて」


オスカーはしばらく黙っていた。

それから、視線を皿に落とした。


「……ずるい」


「うん」


「そう言われたら、何も言えない」


「うん」


「許したわけじゃないから」


「うん」


「次、同じ顔で帰ってきたら、マルタさんより先に怒る」


エマは少しだけ息を吐いた。


「それは怖い」


「本気で言ってる」


「分かってる」


オスカーは匙を置いた。そして、少しだけ乱暴にパンをちぎった。


「食べて」


「食べてる」


「少ない」


「見てた?」


「見てなくても分かる」


エマは小さく頷いて、パンを口に運んだ。

味はした。薄い薄い塩気が。

こぼれたものが少しだけ染みて、いつもよりパンがしょっぱく感じた。

エマは何も言わず、もう一口だけちぎった。


いつもの朝食だった。


オスカーはまだ怒っている。許してはいない。

それでも、皿は二つ並んでいる。

エマはそのことに、胸の奥が痛くなるほど救われた。

本作品は未完成な部分や表現に納得できない箇所が随所にあります。なので、随時修正します。

シナリオや展開を変えるつもりはありません。

ご容赦ください。

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