安堵に揺れる影
ダンジョンに潜る人達の話です。
登場人物
エマ・ウォーカー 主人公です。
ノル・ハーヴェイ 白鹿の探索隊長の一人
ニナ・クラーク 白鹿のギルド所属の前衛 エマの仲間
▼主人公の基本設定
名前:エマ・ウォーカー
年齢:20歳くらい
ギルド歴:10年
元DPS で ギルドの意向でサポートへ配置転換された
サポートの役割:救護/料理/素材回収/物資管理/運搬等 多岐にわたる
この物語のギルドは、ダンジョン内で採れる素材の回収を専門に請け負う組織です。
魔物の牙や皮、鉱石、薬草、魔石などを回収し、
それを商会や工房、研究機関へ卸すことで利益を得ています。
ただ魔物を倒すだけの集団ではなく、探索、戦闘、救助救援、採取、解体、運搬、物資管理まで含めて、
ひとつの仕事として成り立たせた大手組織です。そのギルドで働く人物達の物語
浅い水の上を、灯りの影が揺れていた。
落ちた場所から少し離れた、崩れた石柱の陰。そこが、今の三人にとって一番ましな場所だった。背後は壁に近く、前方には浅い水が張っている。誰かが近づけば、足音より先に水音で分かる。
エマは膝をつき、ノルの脇腹に巻いた布を確かめていた。
血は完全には止まっていない。それでも、最初よりはずっとましだった。深い傷口は縫い、折れた骨を最低限つなげるためにスクロールも使った。完全に治すためではない。ここから戻るために、動けるだけの処置だった。
「きついですか」
エマが低く聞くと、ノルは短く息を吐いた。
「……きつくないと言えば嘘になる。だが、なんとか歩ける」
「分かりました。何かあれば言ってください」
「ああ」
エマはそれ以上聞かなかった。無理はしている。けれど、意識ははっきりしているし、返事もできる。そう判断して、包帯の端を結び直す。
少し離れた場所で、ニナが暗がりを見ていた。左腕には布が巻かれている。手は動く。けれど、いつものようにはいかない。本人もそれを分かっているのか、右手で短剣の柄を何度か確かめていた。
「ニナ、腕」
「大丈夫」
「今の大丈夫は、あんまり信用しない」
「エマもよく言う」
「私は今、言ってない」
ニナはほんの少しだけ笑った。
けれど、すぐに暗がりへ目を戻した。
エマがここにたどり着いた時、ノルもニナも何も言わなかった。ただ、ほんの一瞬だけ、二人の肩から力が抜けた。それだけで十分だった。
助けに来た。
その事実だけで、張り詰めていたものが少しだけほどけたのだ。
けれど、まだ終わっていない。
地上へ戻るまでは、何ひとつ終わっていない。
エマは腰袋の中を確かめた。残りの布と薬。ポーション。スクロール。油袋。予備の短剣。それから、三人分の携帯食。多くはない。けれど、何もないわけではない。
戻るためのものは、まだある。そう思った時だった。
遠くで、水が鳴った。ぴちゃり、と小さな音。
三人の動きが止まる。
エマは顔を上げた。ノルも壁にもたれていた背を、わずかに起こした。ニナは短剣を握り直す。
もう一度、水音がした。今度は少し近い。
ぴちゃ、ぴちゃ。
魔物の足音ではなかった。軽い。数も多くない。けれど、人だと決めつけるには、暗がりが深すぎた。
水面の奥で、淡い光が揺れた。
灯りだった。
エマの胸が、きゅっと縮む。
救助かもしれない。
カイルは行った。監視所へ向かった。なら、救助が来てもおかしくない。
おかしくない。
暗がりの向こうから、男の声がした。
「……そこにいますか」
エマは息を止めた。
声は、こちらを探しているようだった。急かすでもなく、脅すでもない。負傷者を驚かせないように、少し抑えた声。
灯りが石柱の影を抜け、浅い水の上に細く伸びた。
「いた……!」
男の声に、息を呑むような響きが混じった。
「よかった、見つかった。救助隊の者です。助けに来ました。大丈夫ですか」
その言葉を聞いた瞬間、エマの胸から力が抜けた。
来た。
本当に、来た。
喉の奥が熱くなる。声に出したら、変に震えそうだった。
ノルも、わずかに目を閉じて息を吐いた。痛みをこらえるためだけではない。ようやく、届いたのだと分かった者の息だった。
ニナも短剣の先を下げた。完全にしまいはしない。けれど、構えは緩んだ。
灯りを持った男が、暗がりから姿を現した。
細身の男だった。外套は泥と水で汚れている。片手に灯りを掲げ、腰には剣があるが、抜いてはいない。息は少し上がっている。ここまで急いできたようにも見えた。
男はすぐには近づかなかった。三人を驚かせない距離で立ち止まり、灯りを少し高くした。
「よく持ちこたえましたね。もう大丈夫です。上でも動いています」
その言葉に、エマはようやく息を吐いた。
安心した。
カイルは上へ向かった。監視所に知らせるために走ってくれた。だから、救助が来たのだ。
そう思うと、膝から力が抜けそうになった。
ノルも低く聞いた。
「搬送は」
「後続が来ます。まずは皆さんの状態を見て、安全な場所へ移しましょう」
男はそう答えた。
エマはノルの肩に添えていた手の力を、少しだけ緩めた。
帰れる。そう思った。
ニナが、ふと顔を上げた。
「ひとりですか?」
男はニナを見た。
「先に見つけたので。後続もすぐ来ます」
「そうですか」
ニナは頷いた。
エマは、ほっとしたままノルの布をもう一度確かめようとした。
その時、ニナがもう一度聞いた。
「救助の荷は、後続が?」
男は少しだけ眉を上げた。
「ええ。担架や縄は後続が持っています。私は先行確認です」
「分かりました」
ニナはそう言った。それだけだった。
エマはそこで初めて、男の腰まわりを見た。
灯り。剣。小さな腰袋。それだけだった。先行確認なら、それでもおかしくない。
そう思いかけた時、ニナが何気ない調子で聞いた。
「監視所、ロイさんいました?」
男はすぐに頷いた。
「ええ。かなり慌ただしくしていました」
ニナは、少しだけ黙った。
エマはまだ、その意味に気づかなかった。監視所が慌ただしかったのなら、誰がいたかをはっきり覚えていなくてもおかしくない。そう思った。
ニナは続けて聞いた。
「あなた、どこのギルドですか?」
男の目が、ほんの少しだけ動いた。
「監視所から来た救助です」
「ギルド名を聞いてます」
ニナの声は、大きくなかった。
けれど、その一言で、浅い水の上にあった空気が変わった。
男は答えなかった。
ほんの一瞬。それだけだった。
けれど、その一瞬で十分だった。
エマの指が止まる。ノルの目が細くなる。さっきまで胸の奥に広がっていた安堵が、冷たいものに変わっていく。
ニナは短剣の柄を握り直した。
「監視所に、ロイなんて人はいません」
男は黙ったまま、灯りを持っていた。
ニナは続ける。
「いるのはダグさんです。帳面を見ないと人を通さない、うるさい監視役です。救助に来た人間なら、まずそこで所属を聞かれる。白鹿か、灰鷹か、どこの救助か。言えないわけがない」
水面に、灯りの影が小さく揺れた。
エマは息を詰めた。
ついさっきまで、帰れると思っていた。助かったと思っていた。
それが、たった数問のやり取りで崩れていく。
ニナは男を見据えた。
「あなた、誰ですか」
男の顔から、笑みは消えなかった。
消えなかったことが、逆に気味悪かった。
男は灯りを持ったまま、ゆっくりと首を傾けた。
「……よく見ていますね」
その声は、もう救助隊のものではなかった。
本作品は未完成な部分や表現に納得できない箇所が随所にあります。なので、随時修正します。
シナリオや展開を変えるつもりはありません。
ご容赦ください。




