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ダンジョンサポーター  作者: Aramaki_mai
第一章 白鹿のサポーター
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第13話 つなげる

ダンジョンに潜る人たちの話です。

ライト文芸寄りのダークファンタジーです。


▼登場人物

エマ・ウォーカー     主人公です。

オスカー・ウォーカー   エマの弟

マルタ・リード      治療師(50代くらい/女性)

フィン・アルダー     商人・道具屋 ギルドと治療所に出入りしている


▼主人公について

白鹿のギルドで働く二十歳前後のサポーター。

元前衛だが、今は救護、素材回収、物資管理、食料と水の配分、退路確認などを担い、探索隊を生きて帰すために働いている。


あらすじ

マルタの治療所で、エマは布の分け方、桶の置き場所、包帯の巻き方、添え木の扱いを叩き込まれる。どれも小さく地味な作業に見えたが、急いだ時に足を引っかける桶、混ざった布、端の見つからない包帯が、怪我人の命を危うくする。包帯はきれいに巻くためではなく、押さえる場所を押さえ、動かしていい場所を殺さないために巻くものだった。マルタに叱られ、フィンの失敗に少し笑いながら、エマは手だけでなく、目と頭も動かすことを覚え始める。怖さは消えない。それでも、怖いまま動けるようになるため、エマは次の手当てへ向かう。

マルタは椅子に腰を下ろし、自分の腕を差し出した。


「ここが折れてると思って、固定しな」


エマは板をマルタの腕に当てた。

手首から肘まで。動かないように。けれど、締めすぎないように。

さっきの包帯とは違う。布だけなら、まだ巻き直せる気がした。けれど板を当てると、急に、人の形を決めてしまうような感じがした。

曲がったものを、そのまま押さえる。

動かせば痛む。動かさなければ、助かるかもしれない。


エマの指が止まった。


「遅いよ」


マルタの声が飛ぶ。

エマは悔しさを飲み込んだ。

早くしようとすると粗くなる。丁寧にしようとすると遅くなる。その間で、手が迷っていた。


「早いのと粗いのは違う。丁寧なのと遅いのも違う」


マルタは腕を動かさないまま言った。


「押さえる場所を決めたら、そこから迷うな」


エマは息を吸い、もう一度板の位置を見た。

指先の色。手首の向き。肘の曲がり。見なければいけないものが多い。

けれど、見る順番を決めれば、少しだけ手が動いた。

板を当てる。布を回す。結び目は、傷に当たらない場所へ逃がす。きつく巻きすぎない。けれど、動かない程度には押さえる。

マルタの腕はただの練習台だった。血も出ていない。骨も折れていない。


それでも、エマの手の中で妙に重かった。

昨日の男の身体が、ふっと頭に浮かぶ。

血で濡れた服。浅い呼吸。握りしめたスクロール。

効け、お願いだから効けと願って、それでも届かなかった瞬間。

指先から力が抜けかけた。


「エマ」


低い声だった。

エマは顔を上げる。

マルタは怒っていなかった。ただ、まっすぐこちらを見ていた。


「今、誰を触ってる」


エマは唇を噛んだ。


「……マルタさんの腕です」


「そうだ」


マルタは短く言った。


「死んだ奴じゃない。今ここにある腕だ。昔の血を見ながら手当てをするな」


胸の奥を、乱暴につかまれた気がした。

エマは目を伏せた。


「忘れろってことですか」


「違うね」


マルタは即座に言った。


「忘れるな。でも、混ぜるな」


その言葉は、妙に重かった。

昨日のことを、なかったことにはできない。けれど、昨日の死者を目の前の怪我人に重ねすぎれば、今度は目の前の命を見失う。

エマは息を吸い直した。

マルタの腕を見る。

皮膚の色。指先。板の位置。布の締まり。

今、目の前にあるものだけを見る。


「……続けます」


「そうしな」


エマはもう一度、布を巻いた。

さっきより手は遅くなかった。けれど、慌ててもいなかった。

結び目を作る時、少しだけ力を抜く。

マルタが指を動かした。


「しびれはない。動きも殺してない。さっきよりは見てる」


「さっきよりは、ですか」


「今のあんたには、それで十分だよ」


エマは自分の手元を見た。

巻き目は少し歪んでいる。けれど、押さえるべき場所は押さえている。

きれいではない。


でも、意味はある。

その時、表の戸が荒く叩かれた。

一度ではない。二度、三度。

遠慮のない叩き方だった。


「マルタさん!」


外から男の声がした。


「いるか! 怪我人だ!」


空気が変わった。

マルタの顔から、わずかな緩みが消えた。


「エマ。桶を下げな。入口を空ける。清い布を二束。水は替えたばかりだね」


「はい」


身体が先に動いた。

桶を壁際へ寄せる。棚の前に立たない。布を取る。きれいなものだけ。血のついた布と混ぜない。

さっきまで怒られながらやっていたことが、急に意味を持った。


戸が開く。

男が二人、肩を貸すようにして一人を運び込んできた。

若い男だった。顔は汗で濡れ、歯を食いしばっている。左足の膝から下が、不自然に横へずれていた。

ズボンは裂け、布の奥から骨の端が覗いている。


エマの喉が鳴った。


「荷車から落ちたんだ! 車輪に足を巻き込まれて――」


「そこへ寝かせな」


マルタは話を遮り、寝台を指した。

男たちが患者を寝台へ移す。

患者が呻いた。

声というより、喉の奥から漏れた悲鳴だった。


エマは布を持ったまま、足の前で固まった。

白い骨。曲がった足。汗で濡れた顔。

あの時とは違う怪我だ。違う人間だ。

違う場所だ。


それなのに、胸の奥に同じ冷たさが走る。

マルタが振り向かずに言った。


「見るだけなら外へ出な」


その一言で、足が動いた。

エマは患者の反対側へ回り、布を差し出した。


「何をすればいいですか」


「まず名前を聞く」


「名前……?」


「痛がる足だけ見るな。人間として扱うんだよ」


エマは息を呑み、患者の顔を見た。


「名前は?」


男は汗に濡れた目を、かすかに動かした。


「……ラルフ」


「ラルフ。聞こえる?」


「聞こえる……痛い……」


「私はエマ。今から足を押さえる。動かすともっと痛む。だから、動かさないで」


「無理だ……痛いんだ……」


「うん。痛いよね」


エマは短く頷いた。


「でも、動かさない。足を残すために」


自分で言ってから、その言葉の重さに気づいた。

足を残す。


失えば戻らないものが、この世界にはある。

マルタは傷口を見た。


「骨は戻す。ただし、先に血だ」


エマは一瞬、意味が分からなかった。


「骨じゃないんですか」


「骨だけ見てたら死ぬよ」


マルタは裂けた傷口の奥を見ながら言った。


「血の管が傷んでる。スクロールで骨はつなげる。けど、血が出続けてるなら、その前に身体がもたない」


血は、まだじわじわと流れていた。

派手に噴き出してはいない。けれど、止まってもいない。

マルタは棚から細い瓶を取った。


「ケシの乳薬を少し使う。痛みを鈍らせる。けど、これだけじゃ足りない」


運んできた男の一人が、顔をこわばらせた。


「あれ、癖になる薬だろ」


「使い方を間違えればね」


マルタの声が低くなる。


「だが、痛みで暴れて血の管を裂き広げるよりはいい。量を決めるのはあたしだ」


男は黙った。


マルタはラルフの顔を覗き込んだ。


「眠くなる。痛みは少しましになる。でも、完全には消えない。聞こえるかい」


ラルフは荒い息のまま、かすかに頷いた。


「聞こえる……」


「足を残したいなら、暴れるんじゃないよ」


ラルフの喉が鳴った。


「……頼む」


マルタはケシの乳薬を飲ませた。

しばらくして、ラルフの呼吸がわずかに変わる。苦しさは残っている。額には汗が浮いたままだった。

マルタは器具箱を開け、それから棚の小瓶を取った。

さっきフィンが納めていった酒精だった。飲むための酒ではない。傷口や器具を洗うために、強く作られた酒だ。


「エマ、手を出しな」


「え?」


「その手で傷に触る気かい」


エマは慌てて両手を差し出した。

マルタは酒精を惜しげもなくかけた。冷たさのあと、指先の小さな傷がひりつく。


「痛っ……」


「それくらいで済むなら安いもんだよ」


マルタは自分の手にも酒精をかけ、指の間までこすった。


「爪の際もだ。血の管に触る。汚い手でやる仕事じゃない」


エマは言われた通り、指の間と爪の際をこすった。

酒の匂いが、血の匂いに混ざる。

マルタは細い器具を取った。


「今から血の管を見る。あたしが言ったところだけ押さえな。骨の出ている所には触るな」


エマは頷いた。

マルタは傷口の周りを洗い、裂けた肉を器具で少し開いた。

エマは思わず息を止めた。


「見るんだよ」


マルタが言った。


「目を逸らしたら、次に同じものを見た時に手が遅れる」


傷の奥で、赤黒いものがぬめるように動いていた。


血の管。


マルタは布で押さえ、短く言った。


「ここ。押さえな」


エマは酒でひりつく指を伸ばした。

触る場所を間違えれば、もっと悪くする。けれど、迷っている間にも血は失われる。

マルタの指が、エマの手首を掴んだ。


「そこじゃない。こっち。強く押し潰すな。逃がすな」


エマは言われた場所を押さえた。

血の流れが、少し弱くなる。

ラルフが呻いた。エマの腕を掴む手に力が入る。


痛い。

けれど、今痛いのは自分だけではない。

マルタは細い針を取った。


「血の管を縫う。スクロールはその後だ」


「先に使わないんですか」


「先に光らせても、流れてる血までは戻らない。骨はつながっても、血が足りなきゃ死ぬ」


マルタの声には迷いがなかった。


「順番を間違えるな。命は、見た目が派手なところから助かるわけじゃない」


エマは頷いた。

声は出なかった。

マルタの手が動く。

傷んだ血管の端をつまみ、細い糸で縫い合わせていく。血で滑る。ラルフが呻く。エマの指先にも、ぬるい血が絡む。


一瞬、逃げたいと思った。

けれど、手を離せば血が出る。

エマは押さえ続けた。


やがて、流れていた血が細くなった。

完全には止まっていない。けれど、さっきとは違う。

マルタは布で拭い、短く息を吐いた。


「よし。次、骨だ」


マルタは治癒スクロールを広げた。

淡い光が、砕けた骨の周りに落ちる。


「これは骨をつなぐ。砕けたところを寄せて、形を保たせるためだ。血の管を縫う代わりじゃない」


エマはその光を見た。

スクロールは万能ではない。

けれど、マルタの手と合わさると、できることが変わる。

マルタは骨の位置を探り、必要な分だけ引いた。


ラルフの身体が跳ねる。


「押さえな」


エマは膝の上を押さえた。

叫び声が治療所に響いた。


スクロールの光が一度強くなる。砕けた骨のずれが、少しずつ形を取り戻していく。

治る、というより、崩れかけたものを何とかつなぎ止めているように見えた。

マルタはすぐに添え木を当てた。


「布」


エマはすぐに渡した。


「強く締めすぎるな。血が通らなくなる。緩すぎると、またずれる」


エマは反対側を押さえた。

結び目をずらす。傷に当てない。爪先を見る。色。冷たさ。動き。


「ラルフ。足の指、少し動かせる?」


エマが聞いた。

ラルフは荒い息のまま、わずかに指を動かした。


「……少し」


「しびれは?」


「ある……けど、さっきより……」


言葉はそこで途切れた。

マルタが爪先を押し、色の戻りを見た。


「生きてるね」


その一言で、エマは膝から力が抜けそうになった。


「崩れるな。まだ終わってない」


マルタの声に、エマは踏みとどまった。

マルタはもう一枚、弱い治癒スクロールを取り出した。


「これは仕上げだ。深くは治さない。腫れと出血を抑えるだけにする」


「全部治さないんですか」


「治せるものと、今治しちゃいけないものがある。骨を戻したばかりで、無理に肉だけ閉じれば中で悪くなる。見える傷が閉じれば終わり、じゃないんだよ」


エマは言葉を失った。

治って見えることと、助かることは違う。

また一つ、頭の中にあった簡単な形が崩れた。

マルタはスクロールを使い、傷口の周りに淡い光を落とした。血はゆっくりと弱まり、ラルフの呼吸も少しずつ落ち着いていく。

完全に治ったわけではない。

足はまだ痛む。熱もある。しばらく歩けないだろう。


けれど、足はそこに残っていた。

ラルフは掠れた声で言った。


「……なくならないのか」


エマはすぐには答えられなかった。

マルタが代わりに言った。


「今夜を越してからだね。熱が上がるかもしれない。腫れも見る。だが、今すぐ切る足じゃない」


その言い方は優しくなかった。

けれど、嘘でもなかった。

ラルフの目から、少しだけ力が抜けた。

エマはラルフの手をそっと外し、自分の腕を見た。爪の跡が赤く残っている。

痛みが遅れてやってきた。


マルタが横から言った。


「痛むかい」


「少し」


「なら、あんたも生きてる」


エマは返事の代わりに、血のついた布を拾った。

手はまだ少し震えている。

けれど、さっきまでその手で、ラルフの血管を押さえ、足を支えていた。

治したのはマルタだ。

スクロールを使ったのもマルタだ。


それでも、エマの手が離れていたら、血はもっと流れていたかもしれない。足はもっと暴れていたかもしれない。

処置は、ひとりでできるものではない。

そのことが、少しだけ分かった。


マルタは器具を酒精で洗い直し、汚れた布を桶へ放り込んだ。


「今の、何を覚えた」


エマは戸口の方を見たまま答えた。


「スクロールは、何でも代わりにやってくれるわけじゃない」


「他には」


「血の管は、待ってたら間に合わない。押さえて、縫う。骨はスクロールでつなげても、血が足りなきゃ死ぬ」


「他には」


エマは少し黙った。

ラルフの声が、まだ耳の奥に残っていた。

なくならないのか。


「大丈夫って、簡単に言わない」


マルタは何も言わなかった。

エマは血で汚れた自分の指先を見た。


「でも、何も言わないのも違う。今分かってることだけ言う。……たぶん、それくらいです」


マルタは短く鼻を鳴らした。


「悪くない」


その一言で、エマの肩から少し力が抜けた。

褒められた、というより、追い返されなかった。

それだけで、今は十分だった。


マルタは棚の扉を閉めた。


「明日も来るなら、今度は腕だ。肩もやる。首はまだ早い」


「来る前提ですか」


「来ないのかい」


エマは桶の中で布を押し洗いしながら、しばらく黙った。

帰れば、オスカーがいる。

今日は遅いと、きっと小言を言われる。夕飯の支度も、もう始めているかもしれない。

それでも、ここに戻ってこなければいけないと思った。

怖いものは、たぶん消えない。

なら、怖いままでも動けるようになるしかない。


「来ます」


エマはそう答えた。

マルタは振り向かずに言った。


「なら、手を洗ってから帰りな。血の匂いを家まで持って帰るもんじゃないよ」


「はい」


エマは短く答えて、布を絞った。

外では、日が傾き始めていた。

治療所の床に落ちる光が、赤く濁った水の表面で揺れている。

エマはその赤を見下ろした。


今日も逸らさなかった。

膝は痛い。腕も痛い。ラルフにつかまれた爪の跡も、じんじんする。

けれど、その手で血を押さえた。足を支えた。マルタに怒鳴られながら、どうにか最後までそこにいた。


治したのはマルタだ。

スクロールを使ったのもマルタだ。


自分は、ただ邪魔にならないように必死だっただけだ。

それでも、何もしなかったわけじゃない。

エマは桶を持ち上げた。


重い。


「こぼすんじゃないよ」


マルタの声が背中に飛んだ。

エマは振り向かずに答えた。


「分かってます」


「分かってる奴ほどこぼす」


「じゃあ、分かってません」


マルタが小さく笑った気配がした。

エマは桶を抱え直し、裏口へ向かった。

手の震えは、さっきより少しだけ引いていた。


前書きの設定情報を修正しました。

本作品は未完成な部分や表現に納得できない箇所が随所にあります。なので、随時修正します。

シナリオや展開を変えるつもりはありません。

ご容赦ください。

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