8 鏖の意志
賊どもは、全て小屋の扉の方へ視線を向けた。
「────」
旋回する彼らの視線の先が確かめた状況は、入口だったはずの小屋の壁に大きな穴ができていて、そこに剛毅な人影が一人立っている姿である。
汚い栗色の混じった黒髪と無精髭をまるでたてがみのように靡かせた男で、その両の頬に珍妙な諸顔の模様が鼻について相対している。
眉間に何個かの深い溝が作られていて、その強靭な面の下に漲ろうとする感情の烈しさを知らせている。
ボロキレのシャツとマントが、背中から入り込む吹雪の風を浴びてばたばたとしている。
そして、その両の手にはそれぞれ長い鉄の棒みたいなものが握られている。いや、あるいは刃なのかも知れない。
賊どもは何が起きたかはあまり理解できなかったが、せめて彼が仲間ではないことだけは分かった。
────あれは、敵意を持つ侵入者である。
賊どもは各々武器を拾い、あの正体不明の男と向き合った。
「おい! テメェ人んちの玄関ぶっとばして何様のつもりだ! ここどこなのか分かってんのか?」
「ふざけんじゃねーよ」
「やろうぶっ殺してやろうか」
そんなひしめく罵倒と、新しくできた隙間を通じて強風が立ち入る音とが合わせられて一騒ぎをなし、しばらく続いた。
その間、相手の男は一言一句喋らず。
「ちょいちょい、お前ら黙ってみろ」
三日月髭の奴が椅子から立ち上がり、少し前へ出てきた。だが直接あの侵入者と対面するような距離ではなく、あくまでもその隔たりには肉の防壁をたくさん置いたまま。
彼と侵入者は、お互いのことを睨み合う。
「なんなんだ? お前は」
呆気にとられて、三日月髭が言い放った質問だった。
だが相手はそれに答えるつもりはなさそうだ。
「問うのは俺で、答えるのはテメェだよ」
あの男の開口一番の台詞である。
「なに?」
「テメェ……半年前、北方要塞の一処で、鉄仮面の囚人にあったことを覚えてるよな」
「は?」
「彼から掠めたものを寄越せ。あの首飾りをな」
ますます話が読めなくなった三日月髭は、しばらく黙ったまま正体不明の男を睨視し続けた。
沈黙が破られた時、彼が見せたのはいかにも余裕ぶる態度でにっこりする顔だった。
「……分かったわ。あいつも生き延びて、要塞が崩壊したとき逃げたってことだな。
……あの腑抜けの鉄仮面とはただ同じ監獄であっただけなんだよ。首飾りっていったいなんのことなんかね?
それに何なんだお前は。クソみてぇな守護天使か何か? もし俺に用事があるんなら直接来て話せって、あいつに伝えろよ」
「すでに、直接話しているじゃねぇか」
「は……?」
三日月髭は目を細めて、相手のことをもう一度精密に観察する。
「話し合いはここまでだぜ。今すぐ首飾りを寄越せ。じゃないと」
「……じゃないと、なんだ? お前、その目はちゃんと見えてるのか?」
会話の流れに応じて、周りの手下たちは威嚇するように武器をもって床を突いたり、身体を軽く伸ばしたりした。
「────是非を齎す」
「は────ッッ?」
その発言が理解できなかった三日月髭はそんな感動詞みたいな音を出したが、それが終わるまえに状況は激変していた。
彼の目に見えたのは、真っ先の賊の二人がそれぞれ下顎と鎖骨を貫かれて悲鳴を上げる光景だった。それを為した道具は、もちろん──あの男が手で持っていた、大型の釘のような鉄の棒である。
すでに死体と化した彼らの身体からその棒が抜かれると、空いた風穴から血が湧き上がり、一面を血まみれにする。
一寸の間、その場の誰しも固まってしまった。
その氷結を破ったのは、男が鉄の棒を前へ構い、一息を深くつける姿だった。
「はあああ────ッ」
それが終わると──小屋の中は血祭りと化す。
「────」
ただ賊どもがうっすらと分別できるのは、黒い人影が壁、天井、床などを縦横無尽に踏みしめて、跳躍して、一匹一匹、獲物を狩っていくということだけだ。
それが眼の前で瞬くたびに、もう一つ、穴ができた屍が増える。
だから、無事に立っている人の姿はどんどんと減っていく。
「な、なんだあれ?!」
「びびんなよ! 早くかかれェ!」
混乱のなか、三人が一気にかかる。前の二人は斧と剣を持って、そして後方の奴は長い槍を持っている。
「────」
だが、試みた甲斐もなく。
気づけば三人は動けない丸太同然になっている。
斧だろうが槍だろうが、そんなのは無力なおもちゃに過ぎない。
目の前にあるものは木の柄と鉄の先端の道具一つでどうにかできるものじゃない。
その男は、そのモノは、鏖の意志であるからだ。
「ッ、チキショウォォォォ!!!」
呆然と、今までその信じられない眺めを見届けていた顎髭のやつは、卓上の良く識別もできない何かの刃物を、ほとんどの無意識状態で掴み執り、突進した。
そして、それが最後の屍だった。
暖炉の前の三日月髭を除いたら。
顎髭の奴は、額の真ん中を棒で貫かれた。
棒の先端は後ろに突出してきて、そっちへびちゃびちゃと血潮を噴出させる。
それと同時に、あの正体不明の男の、狂ったような舞踊も止まった。
もう殺す対象が無くなっているからである。
「…………」
顎髭の残骸を横へ雑に擲つ。
男はただついとした動作だったのに、それは隣の卓上を壊して、あまつさえその方向にある壁までぶっ壊してしまう。
お陰で、顎髭の屍は外の寒風に晒されてしまい、周りの雪に真っ赤な染め料が散らばっていく。
男がそっちの方へちょっと視線を向けた、瞬間だった。
「────ッ?!」
ヒュンッ、と。
須臾の間、ボロキレの男は前方から力強い攻撃を受け────
その衝撃は鉄槌で叩かれたような感覚に似ていたが、それよりもずっと重たく、鋭かった。
それに気づいた彼は瞬時に両手の鉄棒を交差して前方へ差し伸べ、攻める力を防ぐ。
だから頭がぶっとばされることだけは防止できたが、それでも斥力の余韻まで完封し取り消すことなど不可能である。
その力は、男を後ろへはなはだしい勢いで飛行させた。
彼は自分が入ってきた穴の方へ飛ばされ、もはや雪原と化した小屋の前に出されてしまう。
その排撃を受けた際に、今まで掴んでいた両手の武器も消失し、すっきり空手の状態だ。
「っ、くっ……」
いったい何が起きたのか、今回はボロキレの男の方が疑問に苛まれる順番である。
彼はどうにか上半身だけを起こして、まだ小屋に残っている一人の男の姿を看取った。
「はぁ……はぁ……」
三日月髭の男は、珍妙な何かを右肩で負い、構えて、荒い息をしている。
よく見たら、その物はある種の鉄の筒のようで、先端に穴が開けられていて、そこから微かに煙があがっている。
先程暖炉のそばで、彼がずっと左手で突いていたあのものだった。
「なんだこれ? 爆発するんじゃなかったのかよ!」
彼は筒の中を覗いて何か不満めいた言葉を言い放つ。
それを投げ捨て、今度は小屋の隅っこに行って、そこの床から何かを拾い上げた。
それは太い円周を持つ円筒形の物だった。
掌に犇々と収まれる大きさだが、重みはそれに反してかなりある。ただの虚ろの壺ではないのか、何か精密な作り込みが付けられているように見えた。そこにも、刃刺の章が刻まれている。
────さっきの鉄の筒の先端から発射されたものである。
ボロキレの男を外まで押しのけたのもきっとあれだ。
三日月髭はそれを持ち上げたまま、片方の拳でそれを何度か叩く。
「……まあどうでもいいか」
奴はそれを後ろへなげて、今度は倒れているボロキレ男の方へ歩いてくる。
それは屍の中の一つの頭に落ちて、ガッという気持ち悪い音を立てた。
見ていたボロキレ男の方からは何度か起き上がろうとするが、その円筒で受けた衝撃はけっこうなもののようで、しばらくはそのまま動けなさそうだった。
「どうしたオラァ。さっきまでの勢いはどこに行った、エェ?」
化け物じみた動きで子分を鏖殺した奴が雪の上で苦痛に蠢く姿は、三日月髭にとって極めて痛快なもののようだった。
彼はまず、思いっきり男の脇腹に蹴りを入れた。
「うぐっ」
「ハハ、それだよそれ! やっと思い出したわァ!!
お前、本当にあん時の鉄仮面の負け犬だな。あいつも、俺と他の奴らとが蹴り入れるのに、カッコつけて喚かずただ静かに呻きやがったよな。そう、こんな風……にッ!」
「っぐ」
「誰に向かってこんな真似しやがる!! 俺はこのあたりの盗賊のモトジメ様なんだよォ!!」
「っ」
「ガハハハハハッッ!! どうしたァ! もう一度踊って見せろよォォォ!!!」
狂気じみた笑いを上げて、何度も何度も蹴り上げる。
こっちに絶望を与えていた奴を、今度はこっちから完全に圧倒し、支配し、苦痛を与えている。
これほど気持ちの良いクスリは、たとえ刃刺の頭のいい奴らだって、作れるわけがない。
最高の気分だった。
部下が全部死んだのはどうでも良かった。
いや、そんなに凄い奴だからこそ、それを自分の力で征伐するということに高揚感を得られる。
そう、そんな快感の最中だったからこそ──いきなり足裏から激痛が伝わってきた時には、反転感で気を失いそうになった。
「ッ、ウアアアアアァァァァッ!!!!!」
気づくと、ボロキレの男の腹を踏ん張ろうとした自分の足に、釘のようなものが刺されている。いや、刺されたという表現には充分じゃない──ぶっつり貫かれている。
貫通したモノは、さっき男が両手に持っていたものと同じ、鉄の釘──いや、鋼の《杭》である。
しかしあの二梃の棒はあの円筒にぶん投げられた時に失ったはず。もしかして、身体のどこかに数個の杭を隠していたというのか。
「こ、これは……?」
しかし、杭は彼の腹部から生えてきている。
ボロキレのシャツに傷口を作って出てきたあれの下の部分は、したたかに彼の腹の筋肉と繋がっているのだ。
「────」
嘔吐するような音に似た、名状しがたい雑音が聞こえ、視線をボロキレの男の頭の方へ移す。
すると、そこには彼の口の中からもう一挺の杭が出ている姿があった。
彼は素早くそれを右手で掴み、三日月髭の左の膝にぶち込む。
それはぶすり、と、
ごく容易く肉を突き開いて、骨と関節の部分を丸ごと砕けてしまった。
そのせいで、彼の左足は元ならありえない方向で弓なりのように折れてしまう。
そして、一気に杭をそこから抜ける。
「ッ、ッ、あああアアアアア────」
すると、抜け穴から血が噴水のように吹き上がる。
攻撃を受けたものは喚き散らかし、激痛に耐えきれずそのまま後ろの雪の床に倒れてしまった。
「あ、あ、アア、っふぅ、あア、ッハアッ、アア、アアアアアアアァァァァ!!!!!」
彼の両足はもう歩けない状態になった。
特に左の膝は、あと二度と使えないかも知れない。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
いつの間にか、ボロキレの男は堂々と立っていた。息は最初より荒いが、蹴りを入れられて特別傷を負ったようすではない。
腹部のあれは、もういない。かわりに、両手にそれぞれ杭を持っている。
情けない喚き声を上げて転がり苦しむこちらを、ただ炎のような嫌悪に満ちた瞳で見下ろしている。
「テメェは、すぐには死なせてやらねぇ」
悶える奴の襟首を片手で掴み取り、小屋の中になげる。
やすやすと跳ねて行く三日月髭は、暖炉のすぐ隣の壁にぶつかり、そのあたりにひび割れを作りながら倒れ込む。
杭の男は、ゆったりとした歩幅で、彼が倒れたところまで歩いて来る。
「────さあ、話をしようぜ、モトジメ殿」
閃く眼光とともに、番馬有鱈はそう言った。




