7 テンヅキとアカバナ
日が沈むと、プエスメンベリ全域には本格的に雪が降ってきた。
深夜の時刻に至ると、それはもはや雪嵐と呼ぶべき大雪と強風との合作になっている。
*
騎士領の北方の深い森のなか。
小屋と呼ぶにはかなり大きいの、木組みの一戸建て山荘が建てられている。
この深い夜、その小窓から漏れてくる金赤の色だけが、このあたりで唯一の光源である。
その小屋は、本来狩人のために設けられたものだったらしいが、今やこの一帯にはびこる盗賊の巣窟となっていた。
賊どもはその小屋を指して、自分らの森の縄張りの『拠点』の一つだと呼んでいた。
が、それは『遊び場』の美化語に過ぎない。
だって、彼らがその中ですることなど、酔っ払いながら博打をしたり喧嘩をしたりするのが全てだったのだからだ。
だが、今晩の喧騒は、すこし違う。
「豊漁だなこりゃあ」
「いいねいいねぇ、ヒヒッ」
室内、凡そ20人くらいの賊どもが集まり、かなりの大騒ぎを立てている。
その多くは、部屋の側面にある四角い卓上で物を並べたり、床にあぐらをかいて掌で小さな仕掛けなどを置いて観察したりしている。
漁ってきた袋のなかの獲物を披露しているその様子は、まるで誕生日の贈り物の包みを解きながら喜ぶ子供のようだ。
「へっ、野郎どもが、ガキのように騒ぎ立てやがって」
そのなか一人、上席と呼ぶべきか、暖炉のすぐ隣の古い椅子に、男が腰掛けている。
──片目、三日月の頬髭のあの男である。
彼が座る椅子のそばには小さな置台がある。
その上に注射器のようなものが三個、そして奇妙な赤の花の模様が現れている球状の何かが一個、置かれている。
三日月髭の男は右手に木筒を持っていて、それをしきりに傾けて内容物を飲む。
そして左手では、鉄の杖のようなものを掴んでいて、片方の端っぽで床をついている。
他の賊どもの騒ぎに直接参加してはいない。しかし、わきめでその姿を見つめている。
上機嫌の表情からして、彼も今回の収穫に嬉しさを覚えているようだった。
その中、やけに幼そうに見える長髪の小汚い男がいた。
「これ一つ一つ、ウラでドテ金二枚以上はするんじゃないすか? ヤバいっすねこれ」
彼は、興奮が混じった声でそう三日月髭へ話しかける。
彼の手にはどこか蜘蛛を思わせる多足の鉄の機械のようなものが持ち上げられている。
そのモノは一時は実際動いていたものなのか、脚の端に地面からつけられたと見られる土の跡が著しく残されている。
「ヘッ、ガキお前、声震えてるぞ。さすがに興奮しすぎだろ」
そんなことを言ったのは、長い顎髭の賊である。
彼は長髪の男の背中を叩いて、持っていた盃の中身を一気に飲み干す。
まるでどうってことでもないという口調だったが、顎髭の奴の頭にも今回の戦利品が被られており、また相当快哉を叫んでいる様子だ。
その被りものは珍奇な形の兜で、額の部分にはある紋様が鮮明に刻まれている。
それが象っているのは、両刃の短剣である。
『刃刺の団』──帝国の西の隣国、エイギヴェルからの、悪名高き戦闘集団の章である。
「いやもうちょっと興奮させてくださいよマジで」
長髪の若い賊が言う。
「クソ真面目に畑耕すときにこんなものなど見物できるとも思ってなかったんすよ? マジで盗賊になって良かったわ。やっぱこの世は悪いことするほど得だわ。
あれっすよあれ。『クソ浮世ペテンを愛す──悖り崇めよ大衆よ』っていうことっすよ。インガオーホー・カンゼンチョーアクなどクソ喰らえっていうことっすよ」
「おしゃべりな奴。まあ、でも仕方ねぇか。まさか刃刺の奴らがこんな僻地まで来て、しかもあっさりとやられてしまうだなんてな」
あの惨状の光景。
それはこの小屋に居るもの全ての脳裏深く焼き付けられている──どことでも言えない森のある地点、50人にも至る人数の屍がずたずたになり、あたりの全面が血みどろになっているあの光景。
それが今朝彼らが偶然見かけた場面であり、そして今彼らを小躍りさせている物品の出どころであるのだ。
「でも、いったい誰だったんすかね。刃刺の一小隊を全滅させるだなんて。こんな見たこともねぇおもちゃまで戦わせたのに!」
言い、長髪はみんなに見せつけようと蜘蛛のような機械を掲げる。
「いや、誰がっていうより何がっていう方が正しいだろ」
トントンと、顎髭は自分の頭の兜の側面を指先で軽く突いた。その上に鮮明に彫られた傷痕を指したのである。
それはまるで、何かの獣に引っ掻けられた爪痕のよう。
だがある程度攻撃者との距離があったのか、痕は浅く、防具の破壊まではいたっていない。
似たような痕跡は彼の冠る兜だけではなく、今回の戦利品の色んなものの表面に残されている。中には完全に壊れ千切られているものも多い。
「そう言えば、これ発見した場にあった屍って全部何か獣に襲われたようだったっすよね。獅子とか?」
「そんな可愛い猫ちゃんで太刀打ちできるもんじゃねぇよ。刃刺の団の奴らって」
「じゃあ、デカい獅子だったとか」
「獅子から離れろって……」
軽々しく言ってはいるが、あんな得体の知れない何かがここの森のどこかをうろちょろしていると思うと、かなり背筋が寒くなる気分だ。
「……まあ、とにかく俺たちは運が良かったと言えるぜ。何かの化け物が暴れ回ってくれたおかげで、これ全部売りつけた暁にはお金袋一杯なわけだ」
「そう言えばこれもって東の都市まで行かなくちゃいけないっすね。運ぶこと、ぶっちゃけメンドウじゃないすか」
「言ったろ? 俺がどうにかするって。心配すんなよ」
最後のその言葉は三日月髭からだ。
今まで聞いていたばかりだった彼が、やっとそんな豪語とともに会話の中にかき分けてきた。
「それより、何より大切なのはあの場に未だ残されているあれだ、あれ。覚えてるか?」
「忘れるわけねぇじゃないすか、あんなもん。
確か着た者を鬼神のように強くさせる強化甲冑、昏稚児、だったっすよね」
頭に浮かべたのは鋼の巨人のような輪郭が長髪の若い賊の脳裏をよぎる。
その顔はいつしかとても真摯なものになっている。
「そうだぞ。あれの金玉袋の部分の装甲売っただけで、ここの全員で一年は巷のナリキンのように暮らせるぞ。たとえ今ここの品物ぜんぶ無くしてもそれだけあればいいぐらいだぜ。
……今日はさすがに道具もねぇしあんなデカいもん動かせねぇから放置しておいたが、明日の日の出まえに全員で支度して出発して、解体してここまで持ってくる。良いな?」
「はい」
「へい」
似たような受け答えは長髪の男だけでなく、小屋のあちこちから散発的に出てきた。
「……しかし遅ぇな。どこで何やってんだよ」
若干苛立った語調で三日月髭はそう呟く。
いつもならもう返ってきて酒とか薬とかで漬物になっていたあのハゲ頭の奴が、未だに返ってこないのだ。
昏稚児を運ぶにはあいつとともに出て行った奴らの人手も必要なのに。
「……まあ最悪にはあいつら全員見捨てて俺達だけで運ぶぜ。その場合、あいつらの分はゼロになるだろうけどよ」
誰に向けてでもなく、警告めいた言葉を零した三日月髭はもう一度木筒を口元のあたりで傾けた。
「……あの、大将。そのことなんすけど……」
長髪の若い奴は卓上に機械の蜘蛛を置いて、三日月髭のそばに置かれた注射器を指した。
その視線はどこか貪欲に満ちた色が宿っていて、好奇心よりも強い欲しがりの心底が垣間見える。
「ああ、これか?」
彼の意図を容易くも見抜いた三日月髭は木筒を据えて、代りに注射器の一つを持った。
その表情には何か遊び心のようなものが描かれている。
注射器は簡単な構成で作られている──針がついている先端と、内容物を収める胴体で出来ていて、中身が覗ける小窓のような瑠璃の向こうにはスモモの色の液体が見える。
彼は注射器を眼の前に見せびらかすように軽く振ってみせた。
「そうだぜ、あの場の屍から回収したもので、紛れもない純正のテンヅキの原型そのものだぜ」
「マジかあ」
長髪の奴は相槌を打ち、満面の笑みを浮かべるが、その瞳はまるで動じず、注射器の方へ据え付けになっている。
「でも大将。『テンヅキ』って吸ったら気持ちよくなるあれだろ? それを何で刃刺の奴らが持っているんだ?」
と顎髭が質問する。
「まあ士気高揚のためだとか。その方面の効果は確かなみたいだが、依存性高いから乱用者が絶えないらしいぜ」
「ふーん。でも外見違わねぇか。確か巷で流行ってる奴は粉状だったろ」
「そっちの方がこれの劣化版の量産型なんだよ。こいつはいわば上位品で原型なんだぜ? 刃刺の技術者たちが作り込んだ代物で、性能が段違いなんだよ。値段が数倍以上高くなるのも当然なもんだぜ」
横で説明を聞いていた長髪の奴はますます焦っているようだった。
「大将、その……それ一つ味わわせてもらえないすか?」
「阿呆。売り物っつってんだろ。お前の持ってる粉吸っとけよ」
言い、顎髭の奴はその後頭部を掌で叩いた。
長髪の奴は、賊になってから初めて東の都市に訪れた時に覚えた悪癖をずっと持ち続いているのである。
「大将、あれもクスリなのか?」
顎髭が指差したのは、注射器の隣に置いている球状のもの。
「……まあ、広義では違わねぇだろうな」
問われて、彼は注射器を置いてそれを人差指と親指とでつまみ上げた。
「でも、こっちはもっともっと貴重なものだぜ」
彼はとても面白そうな表情で、指の間でその玉を転がし、観察する。
三日月髭の指の動作につれ、その物の赤い模様が宝石のように玲瓏として暖炉の橙色を反射させる。
「こいつの呼び名は何個かあるぜ。『晦まし具』、『夢見せ』、『アカバナ』、……」
「えっ、こいつが『アカバナ』? 聞いたことはあるが」
「なになに、なんすか? ただの数珠玉にしか見えないすけど」
興味を見せる周りの好奇心をわざと刺激するように、暖炉の前の男は間をおいてから答える。
「まあ、噂によれば、男を惑わす夢魔のような幻想を見せるものだとか」
「えっ」
「はっきり言って、お前が抱きてぇと思う女の姿をした幻が現れて、してくれるということだ」
「えっえっ!!」
「うっせぇよ。さっきより興奮してんじゃねぇかこいつ」
言い、顎髭ははしゃぐ長髪の後頭部を再び叩く。それを明敏に観察し、三日月髭はすこし笑いをあげた。
「ヘヘッ、なんだ。使ってみてぇのかお前?」
長髪に向けた問いだった。三日月髭は目玉をつまんだまま、自慢するように彼の目の前でそれをまさぐり、ふらふらと揺らした。
「でも残念だな。あいにく、これは使い方がちょっと特殊でな。それを分からないとただの華やかな紋様の……そうだな、『数珠玉』に過ぎねぇだろうな」
「大将には分かるんすか?」
「まあな。昔の知り合いからちょっと聞いたことがある」
「まさか、使ったこともあるんすか?」
「いや、だが他の奴が使うところは見たぜ」
顎髭の奴も、その視線と表情からしてかなりの関心がありそうに見える。
「で、これもまさか刃刺の作り物ということか」
彼は大将に問いかける。
「その通りだぜ」
「でもなぜ? 武器とか開発してる奴らじゃなかったのか?」
「幻術も立派な武器になるだろ? それに、刃刺の奴らは軍事目的だけじゃなく、あらゆる研究をするって聞くぜ。その中には絶対表沙汰にはできねぇこともたくさんあるとか。でもエイギヴェル政府を後ろ盾にしているから、彼らのイカれた研究に口出しできる人は、少なくともエイギヴェル内ではいねぇ。
……この『アカバナ』も、そして『テンヅキ』も、実は一人の強力な幻術師に様々な実験をした結果だとかいう噂だってあるぜ? 前者はあの幻術師の瞳を象ったもので、後者は彼の血液が薬品化されたものだとか」
「ゾッとする話だなぁ」
顎髭の奴は顔をしかめてそんな感想を浮かべる。
「あんなもの、気持ち悪ぃから俺は使いたくねぇわ。どうせ夢みたいなもんだし、実物の女抱いといた方がずっと良いだろ」
「それはそうっすね。現実の女の身体って最高に気持ちいいっすから」
頭の悪そうな笑いをして、長髪のやつは同意する。
「なにしったかぶりしてんだこいつ。お前童貞だろ」
「なに言ってんすか先輩。こないだしっかり卒業したんすよ?」
「え? マジで? 近頃街にも行ってなかったのに、どこで?
まさかお前、ここの誰かと? そっち趣味だったのか!」
「違うっすよ! 実は、一週間ぐらい前、南の農家を襲ったんすけど、そのときっすよ。結構若い夫婦が住んでいたから、まず夫の首はねてから妻の方を捕まってやったんすよね。……本当のこと言うと、前々からあの家を襲うと思ってたんすよ。だって、遠くから見ても分かる美人だったから」
彼は何か偉業でも成し遂げたように、自慢げにそんな話を始める。
「そっか。オメデトー。でもあんま詳しい話は聞きたくねぇから、もういいよ」
「いやちょっと待ってくださいよ。そんで、盛っている真っ只中だったのに、いきなり人気を感じて向こうを見たら子供が出てきたんすよ。幼くて最初は男なのか女なのかも分からなくて、でも母に似てたんすね。
たぶんあいつは何が起きているのか理解してなさそうで。でも、誰かに見られてると思ったら妙に興奮してきて……」
「いい加減黙れよお前」
「いやいや最後まで聞いてくださいよマジで。それで下の女があのガキを見ると前より煩くなってたんすよね。『にげてーにげてー』とかとにかく騒がしくてたまらなかったんすね。しかももがき始めてきて、じっとしてない。
で、結局どうにも集中できなくなってしまって、まあ仕方なく首の骨を折ったんすよ。死んだあとでも一時間ぐらいならあったかいじゃないすか? だからそのままやり続けたんすね。反応が無くなったのは残念だったんすけど」
「おい」
「で、やっと果てたら、向こうにガキがずっと佇んだままじゃないすか。まあどうせ親も死んじまったんだし、そのあたりは他の人家からも離れているから助ける人もいないんだし、せめてもの慈悲で母さんと同じところへ逝かせた方が良いと思ったんすよ。
で、そっちへ近づくのに、こいつは全然逃げようともせず、ただ固まったまま、こちらを見上げているだけで。……なんか、また、妙な気分になってきちゃったんすよ。
へッ、じ、実はっすね。あいつ、女の子だったんすよ。今は分かってるんすよ。だって、俺、あいつとも────」
「────」
その瞬間、室内の賊どもは何が起こったのかが理解できなかった。
彼らが一括して受け取った真実は、いきなり小屋の扉の方から爆発するような轟音が聞かれたことだけだ。
だが暖炉近くでその不愉快な語りを聞いていた三日月髭と顎髭は確かに見た──小屋の入口の門戸が飛んできて、眼の前の長髪の奴を壁際にぶちこんでしまう光景を。




