3 ソワンコール班の、大物
今回の任務のため、帝国騎士団内で一つの班が組まれた。
組まれた騎士の数は、ディギタリスを除くと六人。
まず、同期の新入り騎士が三人。
全員やる気のない、適当に良い家柄の出身だったおかげで騎士になれた役立たずの奴ら──それがディギタリスの評価である。
そして、落ちこぼれのトリセイン。
常に酒の臭いが漂うし、暇あらばこちらを嫌らしい目で舐め回すように見ているクズ──ディギタリスの評価。
そして、班長のソワンコール。
他の奴らに比べたら少しはマシだが、あまり有能な男だとは言えない──以下略。
そして最後に、一番の大物が存在する。
騎士団顧問室所属、顧問騎士のエンセヴ・アケイルである。
彼がなぜ『大物』なのか。
顧問騎士という役職がえらいから、だけではなかった。
騎士たちが野営場の整頓を終え、出発して間もない頃。
馬に乗った騎士の一行が雪道を行く。
昨夜までずっと雪が続いたので、雪の表面を躙るのは彼らが残す蹄のあとがほぼ最初である。
遠方の山脈に囲まれたここは平原に近い。
その上の一面の雪が日光を一層強烈にしていて、騎士たちは眩しさに虐げられている。
一行の配置は、まず真っ先に旗竿を掲げている、だるそうな顔をしているトリセイン。
他の騎士たちは皆彼らに続いていて、全員対を成して歩いている。
エンセヴとソワンコール始め──その後ろに茶色の髪の、ピアスの印象的な騎士と、桃色の長髪の女騎士──一番背後に灰色の混じった金髪の騎士と、そして隣のディギタリス。
「班長。あとどれぐらい行けば着くんですか?」
ふと、エンセヴは相変わらずの気色悪い莞爾とした面と共にそう聞いた。
「もうすぐですよ。先に大きな陸橋が見えるはずです。それを渡ればそこからプエスメンベリです」
「ああ、知ってます知ってます。 あれって確か、土の魑魅たちが救済教に反乱を起こしたとき、罰として主が直々彼らから意志を奪わって、彼らはそのまま固まって大きな橋となり、永遠に人々に踏まれる刑罰を受けるようになった、という、あの橋ですよね?」
学生を相手に講義でもしているような態度で、誰も興味を示さないことをぺらぺらと喋る顧問騎士。
「……うーん……違うと思います」
だが、言いづらそうに躊躇いながらも、班長はエンセヴの誤りを受け容れなかった。
それを聞いたエンセヴの方は、一気に機嫌を損ねた顔になる。
「えっ? は? うん?」
一瞬で何度も目をぱちぱちしながら、そういう音を発している。
むりやりニヤケ面を維持して自分が冷静を失ってないことを見せつけようとしているが、明らかに茜色に近くなった頬や頻度が急激に上がった瞬きからして、彼が興奮しているのは紛れもない。
「……いや、違わないはずですよね?」
「えーと……、だから、それは違う橋だったと思いますよ。たぶんそっちはデクステラエとエイギヴェルの国境近くにある大橋だった気がします。
こっちの橋はそんなだいそれた歴史のあるものではなくて、ただの橋です。本来あった川の流れが変わってしまって、今は陸橋になってしまったんですけど」
その後、約十秒くらい、気まずい沈黙が続いた。
「……何かそういう証拠でもあるんですか?」
「は?」
「ない、ですよね? 今出せないんですよね?」
「それは、そう、ですけど……」
「だったら何も確証できないじゃないですか?」
「……」
「いや僕の方が絶対あってますよ? 多分班長さんが何か間違ったと思いますよ」
「……はあ……。まっ、そう、かも知れません、ね」
この展示から看取れるように──呆れるほどの幼稚さと自尊心の持ち主という意味から、顧問騎士エンセヴ・アケイルは『大物』だったのである。
だが、その二人に続く他の騎士たちはあまりその遣り取りに注目するようすではない。
最初こそエンセヴの滑稽なまねは新鮮さが溢れる見物だったが、何日も繰り返されるとただの耳障りの曲を何度も再生するオルゴールにすぎなかったのである。
……出立してずっとエンセヴと二人で並んでいる班長は不憫であったが。
「……でね、うちの占い師がなんて言ってたのか知ってる?」
エンセヴと班長が橋の歴史を語り合っていた時、そのすぐ後ろで、桃色の女騎士がそういう話題で囃し立てていた。
「『──此度の任務、運命を序開いて幕下ろす出会いがある』、って! ヤバない?」
「どゆこと? 幕下ろすって終わらせるってことなん? ぶっちゃけメチャクチャ怖いんですけど。それってあんま良くない話なんじゃね」
茶髪ピアスの男がそう受け答えをした。女の語りに興味がありそうでないような口調である。
「ううん。たぶんそうじゃない。考えてみたの」
桃色の彼女はやけに嬉しそうだ。
「舞台って、いちおう幕を下ろさないと新しく始めるものもないでしょ? だから、きっと何かが始まるって話だと思うの」
「うーん、無理あるんじゃね? ってかエメちゃんたまに想像力マジすごいよね」
今度はディギタリスの左、灰金髪の騎士が答える。
「ふたりともなに? ちょっと信じさせてよ~」
「てかエメちゃんさすがに占いに頼りすぎじゃん。この前も似たようなこと聞かれて、そのあと同期の誰かから告られたから、『運命の人』とか言って付き合ってたら一週で別れたし」
「マジその話はもうかんべんしてー! 黒歴史だから」
「ハハハ」
「いや、とにかく今回は絶対ちがうんだから!」
こんな風に、新手の三人の話はとても楽しそうに続く。
とても任務に出た緊張感などは見当たらない呑気なものである。
一方、それを不本意でも聞いているしかないディギタリスの方は──
──知らない。
遊びじゃないの。
いい加減キャッキャしないで黙ってて。
うるさい。
豚ども。
もはや憎悪に近い感情を入れ込めた言葉を心の中でだけ何度も叫んでいた。
どうにか口に出すのは抑制しているが、そのため軽く歯ぎしりをするほど、彼女の内ではどす黒い感情がよろけていた。
アホみたいに応じているこの男たちもそうだが、何よりも不愉快なのはあの桃色の軽薄な女──エメーソリナだった。
最初に彼女と対面したことを今でも覚えている。
その第一印象からディギタリスが浮かべた考えはただ一つ。
(この女は、なんで騎士なんかになったの?)
彼女が何も本気でないことなんて、一瞬で分かった。
学問も、魔術も、戦も、倫理道徳も。
ディギタリスが従来心に描いてきた騎士像とはまるで反対側にいる人物である。
ディギタリスが彼女から感じたのは、男をへらへらさせる穢らわしい微笑を以て、年頃の女の子として人生を楽しみたいという浅はかな願いだけだった。
だったら、騎士団に入らずに帝都の派手な舞踏会にでも顔出して、金持ちの男たちと遊んでいたら良かったろう。
ディギタリスは、本気だった。
いざとなると人を傷つけることだってやってのけるつもりでいる。
なのにあの女は──殺生の覚悟はおろか、そもそもそういう術を持っているのかさえ怪しい。
だけど、見るからに彼女も特技とする魔術があるのは確かだ。
それは、外見を装う類のものである。
実は、彼女は今でもその完璧な化粧と髪型を維持するだけで魔力を回しているのだ。
……信じられない。
魔術を学んだのもたったの身拵えのためだったの?
どうしてああも虚栄だけで一杯になっているの?
なんでやる気もない奴が軽い気持ちで入団して、こっちの気持ちまで混濁にさせてしまうの?
占い? 運命? 男との付き合い?
ふざけるのもほどがあるでしょ。遊びなら頼むから他所でやってよ。
なんでそこまで頭が空っぽなの?
あんな奴と同じ性別ということだけでも鬱陶しいのに、同じ騎士だなんて。
もし同じ女だから、同じ騎士だから、といって一緒にされるかも知れないと思うと、背筋が寒くなってしまう。
彼女のことは、決して理解できない。
理解できる機会があったとしても、そうするつもりがない。
彼女から望むことはただ一つ──眼の前から消えて欲しい。
「っ……」
そこまで考えの淵が深まったころ、嫌悪の烈しさからか、呻き声に似た音が口の外へ漏れ出してしまった。
「ん? ディギちゃんどしたん? 顔色わるいよ?」
隣の灰金髪の男がいきなり話をかけてきた。
「大丈夫。ちょっと目にゴミが入っただけ。心配しなくていいから」
「でも、さっきからずっと調子わるそうだったじゃん」
「大丈夫だって言ってるでしょ。ご心配ありがと。……えっと、ベーグィ兄弟」
「……ベーグィはあっちのピアスの兄ちゃんのお名前なんですけど」
「……」
「……もしかして、もしかしてなんだけど……」
「……ちがう」
「いやまだ話し終わってないから。……ディギちゃん、俺の名前忘れたろ」
「いいえ。ちょっと混同しただけよ」
「うそつけ! ひどすぎんだろ……」
芝居がかった言い草だけど、わりと本気で傷ついたのか、さっきまでの活発さが折れた気がする。
そのやりとりを聞いていたのか、前の列から笑い声があげられた。
「あいつの名前はウムペースティーだよ、ディギタリス姉妹。確かに、ちょっと覚えにくい響きかも知れないな」
と班長が言う。
「お前嫌われたんじゃね? ディギちゃんみたいな優しい子からだなんてどんだけバカみたいなことやらかしたんだよ」
とピアスのベーグィ。
──優しいとか笑えるわ。ただ公の葛藤を避けているだけなのに。
「わりとマジで衝撃かも。何で俺の名前だけ忘れた? 俺だけ嫌われてるの?」
と灰金髪のウムなんちゃら。
──心配しなくていい。むしろあんまり嫌ってないし、どうでもいいから忘れただけだから。
そう、本当に嫌いな人なら、その名前を忘れるわけがないじゃない。
「ディギちゃんは本とかたくさん読むんだから、他にも色々覚えなきゃなことたくさんあるでしょ? きっと頭いっぱいでちょっと容量不足になっただけ」
たとえば、この女の名前、エメーソリナのように。
「でもディギちゃんマジメすぎだから~。その態度は尊敬できるけど、少し力抜けないとすぐヘトヘトになっちゃうよ?」
振り向いた雌豚は、こちらへ偉そうにそんなことを言う。
気持ち悪い。
「ふっ……。そうだね」
彼女の硬い答弁を聞いたエメーソリナは笑みを浮かべて、わざとその綺麗な長髪が良く風に晒されるように前方を向けた。
──ディギタリスの初任務は、最悪だった。
少なくとも自分の評価ではそうだった。
特に何か悪いことが起きたからではない。
問題の原因は、同行している他の騎士たちにあったのである。
だが、自分は最悪の人々に囲まれている現状からでも、最上の成績を出さないと駄目なのだ。
他はどうでも良い。自分だけは行けるところまでかき登っていく。
実績を上げて、昇進して、名を馳せて、自分の価値を証明する。
最初からそのつもりで騎士になったじゃないか。
いや、むしろ他人がこんな奴らなのは幸運ではなかろうか。
暗闇の中では、至極小さな蛍さえも道標になりうる。
そうだ、これは好調なことなのだ。だからこそ、この機会を逃してはならない。
自分が今回の任務でやるべきものは決まっている。
(私は、この人たちとは違う)
まずそれを証明するのだ。
それが今から自分がやるべきこと、真の目的なんだ。
明確な目標を思い出せると、ずっと踊っていた少女の小さな胸も少しは鎮まっていた。




