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杭打ちの伝令  作者: にに部
第一章 「春失くし」
30/33

29 夢、物干し、向こうの碧



 ──昔の夢を見た。


 とても懐かしい夢。


 夢の常がそうであるように、それははっきりとしない。


 ただどこまでも繧繝(うんげん)彩色(さいしき)になっていて、その果てを探っても見当たらない、際のない朧げになっている。


 風景は拡張してばかりなはずなのに、何故か狭いところの寂寥感が溢れている。


 鎮まった湖の中で、

 浮かんでも沈んでもいられず、

 外の空気と水面と日光とがゆらゆらすることを見ているような、

 感覚。


「────有鱈くん」


 ただ、何個かの概念は、分かることができた。


 自分は『彼女』と捨て子たちの所を訪れている。


 子供と話をして。

 彼らに飯を作って。

 その場所の掃除をした。


「────子供たちの純粋」


 谺のように、こっちまで聞こえてきたその声音。


 大切で、大切な、人の声。


 全てを教えてくれた、人の声。


「────僕たちは、彼らに良い世界を齎さなければならない」

 

 この瞬間は──


 おそらく、やっと一段落ついたころ。

 洗濯物を庭の近くで干していた時のことだ。


 物干しの場で、揺れる真っ白な綿織物の浪を見ていた。


 渚の岩に立って、波濤の打つことを見ているような気がした。


 だがその浪には青さがない。


 青は、まるごと空の方へ奪われている。


「────純粋を死なせる(えやみ)を祓うことは、僕たちの役目だ」


 夏の空だった。


 ゆるやかに坂を成すところ、背の高いならの木が見える。


 その梢の上に、積層した入道雲が立っている。


 ここの夏は、故郷よりずっと涼しい風が吹く。


 でも、大気が成す雲の模様だけは同じだ。


「────ふふ、聞いているのかい? 有鱈くん」


 布団の純白と、蒼穹の純青が相照らすはためき。


 その向こうには、

 見紛うはずもない、

 この世にたった二つだけの碧さが、

 ちらついた。


 彼女の瞳──


 碧く深く、吸い込まれそうになる、その色合い。


「────疲れているのかい? ……ねぇ、有鱈」


 そんな呼び声が、聞こえてきた気がした。


 そっちへ、返事をしようとした。

 彼女が呼んでいるところへ、近づこうとした。

 

 ……しかし、いつも、綿織物の浪の向こうへ渡る前に、途絶えてしまう。


 それは、今には手が届かない、昔の記憶の再現。

 頭の中の擬きだと分かっていても、たまらなく愛おしく感じてしまう。


 そんな、夢を見た。





❖   ❖   ❖





「────ハッ」


 ディギタリス・ラダウニは目を開けて、冷たい空気をいっぱいに吸う。


 瞬間、感じたのは、ただただ自分が居る場所が凍えるほど寒いということ。


「ディギ!」


 聞き慣れたその呼び名が聞こえた。


「──むにゅっっ」


 それと共に、自分の上半身全体を柔らかくも大きい何かが覆ってしまう。


 そこからは伝わったことは、ここの空気とは異なる、尋常じゃないほどの熱気だった。


「……オル、何も見えないよ……」


 自分の身体を包んだ巨体の主の名前を呼ぶ。


「無事で良かったです、本当に……。一時はどうなるかと……」


 だがソーフォイオールはそのままうじうじしているだけだ。相棒に別状がないことを喜ぶことに夢中になりすぎて、ディギタリスの視野を完全に遮断していることに気づいてない。


「オル、ちょっと、私、大丈夫だから」


 無理矢理、心配性の使い魔の腹を押しのけて、そこから離れた。


 すると、やっと自分がどこにいるのかが分かった。


 そこは砦の防壁の最も高い部分の、街の方へ突出させて設けられた門楼の上の両の塔だ。自分はそこの内側の壁際に座り、凭れていたのである。


 ディギタリスが視線を左の方へ向けると、そこには男が居る。

 まるで壁の一部の、吐水口の石像のように、突っ立ている。


「────」


 杭打だ。


 あまり時間も経ってないはずなのに、その間に体を動かす気力を回復したように見える。


「……何が起きたの?」


 そんなことを杭打に聞きながら、壁に手をついて、ディギタリスは立ち上がる。


 それで、やっと背後の領主の邸の状態が分かる。


 その最上部の部屋が、完全に爆破され、炎が上がっている。


 以外にも、さっきまでディギタリスの体を縛っていたものと似たような、血管が出っ張っている肉の部分みたいなものが、その建物の色んなところではみ出ている。それらが構造に与えた被害は、爆発のことより更に大きいようである。


 杭打が言い出した攻撃の案が効いたことは、明白だった。


 だが、その壺が爆ぜられた次、何秒の時間の記憶がディギタリスの中には空白だった。


「……爆発の衝撃が届く直前、わたくしがディギのことを運んでここまで逃げたのです」


 質問に答えたのはソーフォイオールの方だった。


「……その時、あの男がわたくしの足を掴んでしまって、ついでに彼も」

 

 彼女は不愉快な表情で有鱈の方をちらつく。


 二人の視線を浴びて、やっと彼女らの存在に気づいたように、有鱈は燃え上がる生殖器の部屋からディギタリスの方へ顔を向けた。


「────おぅ、まさか爆弾があの部屋全体をぶっ飛ばすほどだとは思ってなかったから。おかげで助かったぜ、デカ女」


「『デカ女』ではありませんっ! ソーフォイオールです!」


 どうやら、彼女はその呼び名が、エンセヴの『悪魔』云々よりもずっと嫌いなようだ。


「そして、しくじったことをもっと反省を込めて謝罪してください! 一歩間違っていたら、貴方の無茶な計画が彼女を、ここの帝国騎士ディギタリス・ラダウニを殺したかも知れなかったのです!」


「おい、騎士さん」


 使い魔の叱る言葉をまるごと無視して、ディギタリスにふる。


「……なによ」


「お前、魔術にはかなり長じているようだな。どうだ、あれは」


 有鱈は顎で爆発現場を指す。


「さっきの攻撃で、完全に破壊できたか?」


 それは、きっと部屋という構造物のことではない。


 あの自称『女神』のことと、そして彼女を産んだ忌まわしい肉塊のこと。


 それは、自分でも正確な答えが欲しかった。

 だからディギタリスは、暫くの間、集中して周辺の魔力の流れを探知して、熟考する。


「……」


 すると、ある程度の状況把握は出来た。


「……確証はできないけど、さっきの女が持っていた力が、余すところ無く破壊されたとは言いにくいでしょうね」


 深刻な顔をして、人形みたいな顔に皺をよせる。


「彼女の魔力、というよりは気運・力は、まず強すぎるのよ。一発で消せるような大きさじゃないわ。

 それに、それはあまねく犇々と存在していた。たかが魔術師一人のそれとは格が違う。

 だから、あの肉の塊といった一点を除外したところで、彼女の存在を全て薙ぎ払うことなど不可能でしょ。実際、今でも彼女の存在が感じられるわ。あの建物の方角からだけでなく、私の隣のところからも」


 有鱈は頷く。


「よく分かんねぇけど、つまり殺しきれてねぇってことか」


 その予想はしていたようだ。


「……殺すことが出来るか否かさえ疑問よ、あれは。

 いったい誰、いや、何だったの?」


「お前も聞いただろ。僭越にも、神を自称する異常者だぜ」


 ディギタリスはその答えが気に入らなかったらしい。

 その可愛げしかない顔の造形を更に強張らせ、有鱈を睨んでは言う。


「だいたい、あんたは何者なの?」


「もう知ってるんじゃなかったのか? 俺は『犯罪者』だったろ」


「違う、そうじゃないわ。私が持っている情報によれば、杭打の東方人は凶悪な犯罪者ではあるが、ただの人間だったはず。彼があんな化け物たちを連れ回して、しかもせめぎあっているだなんて、聞いたことがないわ」


 ディギタリスは有鱈の方へ何歩か近づける。

 それを彼女の使い魔は、不安げに見つめていた。


「あんた、見るからに魔術もあまり仕えないでしょ? どうしてあんな化け物たちと張り合えるの? あんな地獄から這い寄ってきた存在とあった直後なのに、どうしてそんなに平気で立っていられるの?」


 実際、彼女の場合、ただ直立しているだけでも重労働みたいに感じられているのだ。

 足と手先とが、今でも余震でふるふるしている。


「……別に、全然平気じゃねぇんだけどな」


 有鱈は視線を逸らして、そう言った。


 それは嘘ではない。

 彼の心は色んな感情がほじくられ、刺激され、ずたぼろになっている。

 そしてそれは体の方もあまり違わない。


 だが、今は倒れない。

 果たせないことがあるのだ。

 ただそれだけなのだ。


「…………」


 ふと少女騎士は思い出した──肉塊の部屋で、自分の頭の中に注ぎ込まれたあの影灯籠のぼんやりとした映像と残響。


 どうやら、あの『女神』にはもっと明確にその正体が見えていたようだが、ディギタリスに伝わってきたのはただの一部で、破片のまた欠片にすぎなかったみたいだ。

 あのきらびやかな色彩を、思い出す。


「ねぇ、アンタって──」


「──すまねぇけど、これ以上は付き合ってやらねぇぜ」


 そう言い、有鱈は領主の邸の建物の低層部分の方を見張る。

 そっちへちょっとだけ屈んで、どこか入れるところを探しているように見えた。


「あんた、何する気なの? ──まさか、またあそこへ入ろうとするの?」


 彼女は、あの部屋で感じた恐怖を思い出した。

 すると、腹の中の何かが暴落するような絶望の感覚に駆られる。

 ディギタリスは、いつの間にか自分が杭打のマントの裾の部分を掴んでこっちへ引っ張っていることに気づいた。


「嘘でしょ! アンタ、正気なの? 今脱出できたばかりなのに!」


「ディギ! 何をしているのですか?!」


 ソーフォイオールはそんな行動に出た相棒のことに泡を食っているようすである。

 彼女の隣まで辷って来ては、それをやめさせようとする。


 だが、その張本人は構わなかった。

 震えているきれいな指先で、どうにか男の汚い布切れを逃さんとしている。


「……何のつもりだ? 関係ねぇだろ」


 ディギタリスを見つめて、杭打は言う。


「私はアンタの狂い具合に驚愕しているだけなの! あんな地獄の釜へ自ら再度侵入するだなんて、正常じゃないと言っても限度があるでしょ!」


 自分でもなぜこうも切羽詰まったのかを論理付けることなど、出来ない。


 ただ彼女を襲っているのは、あの禍々しい記憶のことだった。

 ──さきほどまでちゃんとその双眸で眺めていた、あの景色のことである。


「もういいから、いい加減、離せよ──」


 少し困った顔になった男の言葉は、ふと遮られた。


 それを為したのは、ある気配だった。


「────!」


 良くないことを感じた有鱈は、街の外壁の外側へ体を返して、注視した。


 まだ火がこっちの畑まで到達するまでは時間がかかりそうだ。

 だが、問題はそこではない。


「…………これは」


 南まで大勢が移動していたあの化け物たち──『女神』が子供たちと称していた群れが、新しく動き始めたようだったのだ。違う方向へ、行先を変えている。


 奴らは、北の方へ、

 つまりここの街の方へ、戻ってきているのである。









❖   ❖   ❖





~予告~



(ディギタリスボイス)

とりで内の少年と、街の人々の間、ウタラは惑う。

眼前のものの守護を選んだ彼は、泥浴どろあびたちを突き倒す。

しかし、跳ね橋から渡ってくる、虚ろな目の子供たちチルドレン


次回、「狂乱の舞い」。


この次も──ええっと、『さあびす』って、何なのかしら?






❖   ❖   ❖





すみません。ちょっとやってみたかっただけです。


てか、ディギちゃん、「サービス」という単語は知らないのに、「チルドレン」はつっこまないのかい。一行で矛盾しとるやないかい……。

難しいですね。


そう言えば、次回予告って、誰ボイスにしたら良いんですかね? 

今回は適当にディギちゃんにやらせてますが、何か彼女は半分主人公みたいな感じだし、ちょっと合わないかも。


メインの主人公ほどではないが、出番は多くある。でもやはり、物語の真ん中からは少し離れた人?

今の所、曖昧ですね。


ソーフォイオールやクィレアクトがディギちゃんより良いかも知れません。

でもクィレアクトさんは今まで回想でしか出てこなかったんだし、一々予告ボイスのためだけに呼ぶのも申し訳ないですね。





「別にどうでもええわ」

って思いましたか? 確かにそうですね。

どうやら一章も終りにだいぶ近づいたので、精神がユルユルになっているようです。やりたい放題で何でも喋ってますね。この前の鸚鵡貝の話もそうだし。


とにかく、これからもよろしくお願いします!

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