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杭打ちの伝令  作者: にに部
第一章 「春失くし」
26/34

25 影灯籠

 ────俺の、大本。


 たら丸を、生かさねばならぬのだ……。


 カン、カン、カン、カン、

 カン、カン、カン、カン、

 カン、カン、カン、……。

 …………。





 ────裏切り、そして、死。


 有鱈よ。済まぬ。

 でも、お主を生かしておくわけにはいかないのじゃ。

 仕方がないのじゃぞ?

 怨みず、迷わず、成仏せい。





 ────気がつくと、見知らぬ世界へ渡っていた。


 にいちゃん、誰?

 もしかして、東方人?

 初めて見たわ。へーふしぎなカッコ。どこからきたの?

 えっ? アヅマノクニ? ヒノモト? 知らない。

 まっ、とにかく、これも何かの縁だし、自己紹介しようか。

 オレの名前は──っていう。

 これから、よろしくな!





 ────美しい紺零(こんこぼ)しの下、碧い少女との、初めての出会い。


 君は、誰だ?

 何故僕の未来になかった者が、こうも堂々と僕の前に立っているんだ?


 ……えっ、自分でも、思い出せない?

 ふふ、変な人だな。

 では、それが思いつくまで、僕から自己紹介させて貰おう。


 僕の名前はクィレアクト・ペイルセイク。

 おん(あるじ)から恩賜(おんたまわ)って未来を感じることが出来る、預言者だ。

 よろしくね、少年。





 ────絶望のあと、善悪を齎してくれた彼女。


 なんで純粋の方が責められなくちゃいけないんだ?

 (もと)るものが栄え、(のっと)るものが悶える世界なら、それは世界が間違っているのに決まってるじゃないか。


 もし僕らの理想がおままごとだって彼らが言うなら、僕らは子供の世界を作ろう。

 君のような純粋を死なせる世界など、根本から壊そう。

 善人は報われて、悪人は裁かれる世界を作ろう。


 君は、原石だよ。


 世界は君を蔑ろにして、その下に隠れられた光を無視した。

 しかし僕はちゃんとその光彩を見ている。僕は、絶対に君を見捨てない。

 君が失った色彩を、僕が取り戻してやる。


 善悪は存在するよ、有鱈くん。

 僕がそれを証明してあげる。

 僕が、善悪を齎してあげる。

 もし、君が君自信を信じられないと言うなら、

 君という原石を磨く僕の手足を、どうか信じてくれ。





 ────丘の上で二人、見下ろした町並み。


 美しい。ヒャキンスベリの光景は。


 あんなに醜い闘争が何百年も続いている所なのに、美しいよ。


 僕はここの人たちを愛している。


 例え彼らが僕を憎悪しているとしても、僕はこの人たちが好きで好きで、しょうがないくらい愛しているんだ。


 だから彼らにもっと良い世界を贈りたい。

 彼らに、力と金以外の価値が──美しさが存在することを、知らせたい。


 うん? なに、そんなに大したことじゃないさ。

 僕はただ、盃なんだ。

 僕は、あの方が零す全てを受け取ろうとしているだけなんだ。


 ふふ、本当に君は、純粋だな。


 そう一々褒めてくれると、僕調子に乗っちゃうよ?


 でも、ありがとう。





 ────高みからの、神聖なる墜落。


 ほら見ろ、墜落は神聖なものだと言ったじゃないか。

 これで僕をもっと信頼してくれるかい?


 えっ、僕からは?

 君のことは、もうとっくに信じ切っているよ。


 有鱈くん、僕の前に現れてくれてありがとう。


 僕は、君の存在を愛している。





 ────祈り方を教えてくれた。


『糧を与え給え』。

 そう、両手を合わせて、言うのさ。

 難しいことでもないだろう?


 えっ、なぜ糧なのか、って?

 それは、糧がとても大事だから、だよ。


 糧は人を生かせる、もう少し明日に縋らせる。

 来たるべきことがしっかと来ていると信じさせる。

 糧を得た人は、現在の嵐に嘆くより、未来の夜明けを夢見ようとするのさ。


 ふふっ、日に日に輝いていくな、君という原石は。

 もはや、君は宝だよ。





 ────おぼめく魑魅たちの灯りに照らされて。


 この光の群れは、魑魅(ちみ)登りだよ。


 曖昧な運命を始めから持っている、精霊たちの行く末。


 美しいね。


 ……有鱈くん。僕は君がとても大切だ。

 だから、このまま消えていって欲しくない。


 僕に言わせてくれ。

 (つい)の盟約を結ぼう。


 そして、いつまでもお互いの存在を引き合って行こう。





 ────彼女との、記憶の数々。


 良くやってくれたね、有鱈くん。

 僕にとって君は正に、千軍万馬だ。


 有鱈くん! 良く戻ってくれた。

 君の働きのお陰で、糧伝(かてづて)の党もここまで来た。


 有鱈くん、この次はどうするか、君はどう思うかい?


 有鱈くん。


 有鱈くん。ふふっ。


 有鱈くん?


 有鱈くん!


 有鱈くん……。


 …………。


 …………有鱈。





❖   ❖   ❖





 ────でも、あの日、知った。


 ────彼女だって、ただの人間、ただの少女だったのだ。


 ……実は、怖いの。

 怖すぎて、息ができなくなる時もあるの。


 僕の方が間違っているのではないか?

 彼らの方が正しかったのではないか?


 世界は冷たすぎて、広すぎて、灰色一色で……。

 その全てがこちらを襲いに来る、巨大な機械仕掛けのように感じられる時だってあるんだ。


 いくら祈っても──主はとても静謐なお方だよ。

 それは既に理解しているつもりなのに、たまにはどうもそれが耐え難くなるんだ。


 そんな考えに頭が一杯になると、ただただ逃げ出したくなる。


 逃げて逃げて、皆が僕を探せない場所にたどり着けるまで。


 ……ハハッ、こんなちっぽけな小娘だよ。しょせんは。

 幻滅したかい?

 絶対しただろうね。

 ううん、知ってるよ。

 僕だって自分に呆れるんだもんね。

 有鱈くんは優しいから、そんなこと言ってくれるけど。


 僕は、こんなに弱い自分のことが、……。


 ……ううん、済まない。それ以上は言わないよ。

 だからそんなに悲しい表情はしないでくれ。


 有鱈くん。

 僕は、君が居てくれて良かったよ。





 ────見つけたのは、完全な不完全さ。だから、もっと愛おしくなってしまった。


 ────命に代えても守らなくちゃ、いけないと思った。


 ────しかし。


 有鱈くん。


 本当に君は、いつまでも僕のそばで居てくれるのかい?


 何があっても、絶対に?


 …………。


 …………。


 もしかして、これはあくまでも仮定の話なんだけど……。

 僕が、君に、全て投げ出して、一緒に逃げてくれ、

 と言うなら、君はどう答えるのかい?


 二人だけの所で、小さな木屋の中で。

 理想のために走り続ける仲間じゃなく、ただの男と女として。


 えっと、その……子は三人くらい作って、彼らの成長を見守って。


 幸せに、おだやかに、ゆっくり、年老いてゆこう、と言うなら。


 ねぇ、有鱈くん。


 …………。


 ……有鱈くん、僕と一緒に、南の国へ行かないか?


 君は南の国のことを、知っているかい?

 北西の諸国より輝かしい日が当てられて、自然に恵まれていると聞くんだ。


 行ったこともないのに、その場所の夢を見るんだ。

 その度、僕はとても穏やかで、とても大切な気分になってしまう。

 胸のどこかが疼いて、切なくなってしまう。


 晩夏の風景を思い描いてご覧……。


 それは、収穫の時期に近い、夏の終りのころ。

 僕は穀物を穫るために、畑へ出る。


 しかし、仕事に夢中になった。

 いつしか、波打つ小麦畑の海で、一人漂流している。


 ああ、また孤独になってしまった。

 そう思ってしまう。


 ──いや、今度だけは、違う。


 向こうを見たら、僕たちの住処がある。


 そこで、君が、僕に手を振っている。


 君が、僕の名前を呼んでいる。


 だから、僕は一人じゃないと知るんだ。

 僕は幸せだって、何も怖がらなくて良いんだって、分かるんだ。


 ただそれだけでも、僕は良いのさ。


 有鱈くん。


 ねぇ……。


 ねぇ、有鱈……。


 ────……俺が彼女に言った答えは────





 ────…………ごめん、クィレアクト。


 ────それは、できない。


 ……そうだね。


 そうに決まっている。


 いや、それが正しい。


 僕としたことが、感傷に浸り過ぎたよ。


 僕らには夢があるからね。

 地上の果てまで、糧を伝えなければならないからね。


 済まない、有鱈くん。


 今夜のことは、どうか忘れてくれ。


 ううん、大丈夫。


 さようなら。おやすみなさい。





❖   ❖   ❖





 ────なぜ俺は、あの時、頷いてくれなかったのか?


 ────俺は自分が勝手に作り上げた、聖女という偶像を守りたかったのか?


 ────たったそれだけの理由で、彼女と幸せになるべく途を投げ捨てたのか?


 ────そこまで頭の悪い奴なのか、お前は?


 ────その一瞬のためらいの対価で、お前は何を払ったのか?


 ────耳に永遠に残っている音響は、絶望の鼓動だ。


 ────悪夢の始まり。





 魔女だ。


 魔女だ。


 魔女を殺せ。


 魔女に迫れ。


 魔女を(しいた)げろ。


 魔女を(さいな)め。


 魔女を(なぶ)れ。


 魔女を辱めろ。


 魔女を殴れ。


 魔女を(むちう)て。


 魔女を、(はりつけ)にしろ。





 ────そして、五度(いつたび)鳴る時鐘と共に、


 ────その美しい碧さは、常しえに失われてしまった。





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