25 影灯籠
────俺の、大本。
たら丸を、生かさねばならぬのだ……。
カン、カン、カン、カン、
カン、カン、カン、カン、
カン、カン、カン、……。
…………。
────裏切り、そして、死。
有鱈よ。済まぬ。
でも、お主を生かしておくわけにはいかないのじゃ。
仕方がないのじゃぞ?
怨みず、迷わず、成仏せい。
────気がつくと、見知らぬ世界へ渡っていた。
にいちゃん、誰?
もしかして、東方人?
初めて見たわ。へーふしぎなカッコ。どこからきたの?
えっ? アヅマノクニ? ヒノモト? 知らない。
まっ、とにかく、これも何かの縁だし、自己紹介しようか。
オレの名前は──っていう。
これから、よろしくな!
────美しい紺零しの下、碧い少女との、初めての出会い。
君は、誰だ?
何故僕の未来になかった者が、こうも堂々と僕の前に立っているんだ?
……えっ、自分でも、思い出せない?
ふふ、変な人だな。
では、それが思いつくまで、僕から自己紹介させて貰おう。
僕の名前はクィレアクト・ペイルセイク。
おん主から恩賜って未来を感じることが出来る、預言者だ。
よろしくね、少年。
────絶望のあと、善悪を齎してくれた彼女。
なんで純粋の方が責められなくちゃいけないんだ?
悖るものが栄え、則るものが悶える世界なら、それは世界が間違っているのに決まってるじゃないか。
もし僕らの理想がおままごとだって彼らが言うなら、僕らは子供の世界を作ろう。
君のような純粋を死なせる世界など、根本から壊そう。
善人は報われて、悪人は裁かれる世界を作ろう。
君は、原石だよ。
世界は君を蔑ろにして、その下に隠れられた光を無視した。
しかし僕はちゃんとその光彩を見ている。僕は、絶対に君を見捨てない。
君が失った色彩を、僕が取り戻してやる。
善悪は存在するよ、有鱈くん。
僕がそれを証明してあげる。
僕が、善悪を齎してあげる。
もし、君が君自信を信じられないと言うなら、
君という原石を磨く僕の手足を、どうか信じてくれ。
────丘の上で二人、見下ろした町並み。
美しい。ヒャキンスベリの光景は。
あんなに醜い闘争が何百年も続いている所なのに、美しいよ。
僕はここの人たちを愛している。
例え彼らが僕を憎悪しているとしても、僕はこの人たちが好きで好きで、しょうがないくらい愛しているんだ。
だから彼らにもっと良い世界を贈りたい。
彼らに、力と金以外の価値が──美しさが存在することを、知らせたい。
うん? なに、そんなに大したことじゃないさ。
僕はただ、盃なんだ。
僕は、あの方が零す全てを受け取ろうとしているだけなんだ。
ふふ、本当に君は、純粋だな。
そう一々褒めてくれると、僕調子に乗っちゃうよ?
でも、ありがとう。
────高みからの、神聖なる墜落。
ほら見ろ、墜落は神聖なものだと言ったじゃないか。
これで僕をもっと信頼してくれるかい?
えっ、僕からは?
君のことは、もうとっくに信じ切っているよ。
有鱈くん、僕の前に現れてくれてありがとう。
僕は、君の存在を愛している。
────祈り方を教えてくれた。
『糧を与え給え』。
そう、両手を合わせて、言うのさ。
難しいことでもないだろう?
えっ、なぜ糧なのか、って?
それは、糧がとても大事だから、だよ。
糧は人を生かせる、もう少し明日に縋らせる。
来たるべきことがしっかと来ていると信じさせる。
糧を得た人は、現在の嵐に嘆くより、未来の夜明けを夢見ようとするのさ。
ふふっ、日に日に輝いていくな、君という原石は。
もはや、君は宝だよ。
────おぼめく魑魅たちの灯りに照らされて。
この光の群れは、魑魅登りだよ。
曖昧な運命を始めから持っている、精霊たちの行く末。
美しいね。
……有鱈くん。僕は君がとても大切だ。
だから、このまま消えていって欲しくない。
僕に言わせてくれ。
対の盟約を結ぼう。
そして、いつまでもお互いの存在を引き合って行こう。
────彼女との、記憶の数々。
良くやってくれたね、有鱈くん。
僕にとって君は正に、千軍万馬だ。
有鱈くん! 良く戻ってくれた。
君の働きのお陰で、糧伝の党もここまで来た。
有鱈くん、この次はどうするか、君はどう思うかい?
有鱈くん。
有鱈くん。ふふっ。
有鱈くん?
有鱈くん!
有鱈くん……。
…………。
…………有鱈。
❖ ❖ ❖
────でも、あの日、知った。
────彼女だって、ただの人間、ただの少女だったのだ。
……実は、怖いの。
怖すぎて、息ができなくなる時もあるの。
僕の方が間違っているのではないか?
彼らの方が正しかったのではないか?
世界は冷たすぎて、広すぎて、灰色一色で……。
その全てがこちらを襲いに来る、巨大な機械仕掛けのように感じられる時だってあるんだ。
いくら祈っても──主はとても静謐なお方だよ。
それは既に理解しているつもりなのに、たまにはどうもそれが耐え難くなるんだ。
そんな考えに頭が一杯になると、ただただ逃げ出したくなる。
逃げて逃げて、皆が僕を探せない場所にたどり着けるまで。
……ハハッ、こんなちっぽけな小娘だよ。しょせんは。
幻滅したかい?
絶対しただろうね。
ううん、知ってるよ。
僕だって自分に呆れるんだもんね。
有鱈くんは優しいから、そんなこと言ってくれるけど。
僕は、こんなに弱い自分のことが、……。
……ううん、済まない。それ以上は言わないよ。
だからそんなに悲しい表情はしないでくれ。
有鱈くん。
僕は、君が居てくれて良かったよ。
*
────見つけたのは、完全な不完全さ。だから、もっと愛おしくなってしまった。
────命に代えても守らなくちゃ、いけないと思った。
────しかし。
有鱈くん。
本当に君は、いつまでも僕のそばで居てくれるのかい?
何があっても、絶対に?
…………。
…………。
もしかして、これはあくまでも仮定の話なんだけど……。
僕が、君に、全て投げ出して、一緒に逃げてくれ、
と言うなら、君はどう答えるのかい?
二人だけの所で、小さな木屋の中で。
理想のために走り続ける仲間じゃなく、ただの男と女として。
えっと、その……子は三人くらい作って、彼らの成長を見守って。
幸せに、おだやかに、ゆっくり、年老いてゆこう、と言うなら。
ねぇ、有鱈くん。
…………。
……有鱈くん、僕と一緒に、南の国へ行かないか?
君は南の国のことを、知っているかい?
北西の諸国より輝かしい日が当てられて、自然に恵まれていると聞くんだ。
行ったこともないのに、その場所の夢を見るんだ。
その度、僕はとても穏やかで、とても大切な気分になってしまう。
胸のどこかが疼いて、切なくなってしまう。
晩夏の風景を思い描いてご覧……。
それは、収穫の時期に近い、夏の終りのころ。
僕は穀物を穫るために、畑へ出る。
しかし、仕事に夢中になった。
いつしか、波打つ小麦畑の海で、一人漂流している。
ああ、また孤独になってしまった。
そう思ってしまう。
──いや、今度だけは、違う。
向こうを見たら、僕たちの住処がある。
そこで、君が、僕に手を振っている。
君が、僕の名前を呼んでいる。
だから、僕は一人じゃないと知るんだ。
僕は幸せだって、何も怖がらなくて良いんだって、分かるんだ。
ただそれだけでも、僕は良いのさ。
有鱈くん。
ねぇ……。
ねぇ、有鱈……。
────……俺が彼女に言った答えは────
*
────…………ごめん、クィレアクト。
────それは、できない。
……そうだね。
そうに決まっている。
いや、それが正しい。
僕としたことが、感傷に浸り過ぎたよ。
僕らには夢があるからね。
地上の果てまで、糧を伝えなければならないからね。
済まない、有鱈くん。
今夜のことは、どうか忘れてくれ。
ううん、大丈夫。
さようなら。おやすみなさい。
❖ ❖ ❖
────なぜ俺は、あの時、頷いてくれなかったのか?
────俺は自分が勝手に作り上げた、聖女という偶像を守りたかったのか?
────たったそれだけの理由で、彼女と幸せになるべく途を投げ捨てたのか?
────そこまで頭の悪い奴なのか、お前は?
────その一瞬のためらいの対価で、お前は何を払ったのか?
────耳に永遠に残っている音響は、絶望の鼓動だ。
────悪夢の始まり。
*
魔女だ。
魔女だ。
魔女を殺せ。
魔女に迫れ。
魔女を虐げろ。
魔女を苛め。
魔女を嬲れ。
魔女を辱めろ。
魔女を殴れ。
魔女を鞭て。
魔女を、磔にしろ。
*
────そして、五度鳴る時鐘と共に、
────その美しい碧さは、常しえに失われてしまった。




