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杭打ちの伝令  作者: にに部
第一章 「春失くし」
22/33

21 失くし


「──領主さま、なぜ分かってないふりなんかするんですか?」


 その声はわずかに震えを込めていたが、それでも朗々として響き渡る。

 それを聞いたイントレド・バイネローホの方は、一気に機嫌を損ねた形相になった。以前までの役者の演技のような感傷は消え失せてしまう。


「誰だ? それを言ったのは」


 フィーゼは少年の群れの後ろ側に居たから、今しがた領主の目には見えない。

 他の子供たちが後ろを振り向いて、その視線のために道を作ってくれるように両側に退いてくれると、やっとフィーゼとイントレドはお互いを認識できた。

 おかげで、二人は正面から向き合う構図を取るようになる。


(わらべ)よ、今の発言は、どういう意味だ」


「……だ、だって……」


 流石に、その不気味な男から直視されると、少年は怯まざるを得なかった。だから一度は吃ってしまう。だが、言うべきものは明確に分かっていたので、気を取り直す。


 フィーゼは楽器の方を指差した。


「……あんなとろける、こもりうたみたいな音が好きな人が、にんげんのかんじょうを分からないはずが、ない」


 それを言う少年の湖みたいな瞳には、濃紺長髪の領主の陰鬱さが溜められている。


「ぼくたちが領主さまを怖がっている理由も、領主さまはちゃんと理解してるはず、ですから」


「…………」


 しばらく、沈黙が続いた。


「……ふっ」


 しかし意外にも、その末に領主が漏らしたのはそんな軽い笑い声だった。


「怜悧な童だ。全くその通りだよ」


 イントレドの口元には、確かに微笑みが浮かんでいた。


「私は知らないふりをして、見せつけているだけだ。そうする方がもっといい反応が得られるからな。

 ……ところで、貴様ら領民も気がついた者もあるはずだ──私がただの人間ではないということを、な」


 何気なく、そんなことを白状する。

 あまりにも清々しい言い方で、まるでそれが当たり前だとでも言うようだ。


「きっかけは、その()()である。私は人間をやめた時に、逆に人間への理解が深くなったようだ。どうしたら人間どもがもっと面白い景色を見せてくれるのか、それを今は、分かりきっている。

 音楽をたしなみ始めたのも、ここの地に辿り着いて、人間でない道を歩んでからだからな。昔の私の耳には、音楽など、砂利の転がる騒音と別に違いないものだった。しかし、今はその音の連なりにこうも心をくすぐられている。人間という枠から外されてから、人間の喜怒哀楽全てが明確になり、それを刺激する音楽ということにも魂を牽引されてしまったのだ。

 皮肉なものだと思わないか? ふふふふ……」


 何がそんなに愉快なのか。子供たちは解りかねた。

 だから、相手の快さは返ってこちらの不安を増す種となる。


「でも、全てはどうでもいいので、ただの退屈しのぎに過ぎぬ。人間は結局面白いおもちゃで、彼らが作ってきたいかなる芸術の類もそうである。

 なら、私に本当の喜悦を与えうるのは何なのか? 私に実の生命の歓びを齎しうるのは何なのか?

 それは、ただ一つだけだ。それこそ──愛なのだ。他の誰のでもない、『彼女』からの愛」


 再び、彼は狂い混じりに熱弁を始める。


「しかし、今しがた、彼女は私の熱望に答えてくれない。でも確信するのだ──彼女もまた、私を強く求めて、深く愛していると。彼女はただ、いたずらが好きな乙女なだけだ。

 ……だが、いたずらにしても、最後に彼女が持ち出したものは、さすがに度が過ぎたと思った。なにせ、ある日いきなり、彼女はすっかり口を利かなくなったからな。

 そうだよ、ふふっ、貴様らだってそれは流石に惨すぎると思わないか? 彼女との会話が、彼女との話し合いが、どれほど私に重大な意味を持つのか、彼女だって理解しているはずなのに!」


 演説の一区切りが終わった時、その口調が表したのは、確かな怒りだった。


「……ふ」


 だが、すっと平静を取り戻す。


「しかし、彼女にとってはこれも関係を深めるための段階なはず。

 だって、彼女は言ったんだ。

 ──『貴方の領地の人半分を私に捧げれば、また話に付き合ってやる』、と。

 だから、何ヶ月もここの住民たちを、貴様らの父母、兄弟、親戚たちを、この砦に連れてきて、生贄にしたんだ」


「──ヒ」


 間抜けな声が、フィーゼの口から漏れ出した。

 もはや、みせかけでも恐怖を隠しきれなくなって、彼は何歩も後ずさった。

 他の少年は更にひどくて、あるものはその場で尻もちをついて、涙を浮かべていた。


「分かるんだ。彼女は私たちの愛を新たな高みへ導こうとするのだ。試練を乗り越えてこそ得られる物があり、そして築かれた柱は更に頑強になる。彼女はそれを望んでいるのだ。

 でなければ、あの優しき乙女がこんな拷問じみた真似をするもんか。

 こんな苦痛を、こんな煩悶をぉ、私に与えるはずがぁ……」


 彼は興奮状態に入っている。

 元々危険な眼光を放っていた彼の眼球は、更に目力を増す。


「彼女だって、今頃私に潜んで憂えているに違いない。涙を浮かべて、哀愁に浸って一人で庭を散歩しながら、彼女は思っているのだ──いつ私の王子様は帰ってくるのか、とな。

 ああ、彼女の麗しい顔が眼前にありありと見えるなぁ……」


 ──その時、今まで続いてきたピアノ・フォルテの音が止んだ。

 それと同時に、領主は最初の硬い表情を少しは取り戻す。全身を支配していた感情の気配は去って行った。


「……済まぬ。少々喋り過ぎたか。もうすぐ彼女に会えるかも知れないと思ったら、つい気が高ぶってしまったようだ。

 さて、演奏もそろそろお了いのようだから、彼女へ貴様らを捧げるようにする。そうする、べきだが……」


 怯えている子供たちに嘱目して、特にフィーゼの顔を凝視し始める。


「童よ、貴様の聡明さは私を感銘させた。愚かな大人の農民百人よりも、貴様一人の方がもっと目聡かったようだ。彼らの誰も気づくことの出来なかったものを、私の心の隙間を、貴様だけが見抜いた。

 少年という存在がどれほど、大人の石頭ぶりとも、女の軽薄さとも隔てていて、美しい純粋に近いのか、もう一度確認させたのだ。

 私は貴様が気に入った。だから、貴様を私直々使いたいと思う。

 なに、心配無用だ。我が恋人は寛大な心の持ち主で、ここの人の『半分』だと明言していた。貴様らでなくても、どうせその量にはもうすぐで至れる。

 なので、貴様を含むここの全ての少年たちを、生贄にする代り、私の眷属にせしめようではないか」


 それを聞いた少年たちは混乱した様子である。

 この人の言い草は以前よりずっと明朗だ。しかし、果たしてそれを喜んでいても良いのか。それが解りかねている。


「……『眷属にする』って、それって、どういうこと、です、か?」


 その発言はある少年からだ。

 わなわなと激しい震えを抑えきれず、彼は立っていることさえもきつそうである。


「うむ? ああ、それが伝えられなかったか」


 領主は質問者の方に視線を移した。


「それでは、今すぐ見せてあげよう。──こういうことだ」


 イントレドは何気なくそう答える。

 そして、口をあけた。


 ……いや、それは──開けられ過ぎた。

 普通の人間なら顎が外せられる角度にまで至った。

 それでもなお止まらない。

 肉と骨が絞られるような音が聞こえる。


「────」


 呆然とそれを見守るしかなかった。

 あまりにも忽然と出来上がったことで、反応する隙もなかった。


 彼の口から、真っ赤な針──にしては太すぎるのだが──のようなものが出てきた。

 それはいくらでも伸縮できるようで、しばらく天井に向かって、それだけでイントレドの身長を超える長さまで伸びてきた。

 それで一瞬止まったと思ったら、その全てがまるでイトミミズのようにうねり始めた。


 それはその事態で意識を持っているように、行動する。


 それが真っ先に狙ったのは、眷属のことを問うた臆病者の少年だった。


 彼の口の中に、その真っ赤な針みたいなものが侵入する。


「────ッ、オォッ、オグッ」


 狂ったようなうねりはなお止まらず、むしろ以前より烈しくなっているかのようにも見える。


 それがちょっと続いて、その後には──


「────」


 ドチャッ、という音がなりひびいた。


 見えてきたものは、少年の頭の左側が爆発する風景だった。

 その肉と骨の欠片が飛び散る鮮血の赤さより、もっと真っ赤なものがある。

 イントレドの口から出た、伸縮する針だった。


 ……やっと気がついた。

 それは針ではなかったんだな。

 あれは、舌先なのだ。


「い、いや、いやだあああァァァ!!! ────」


 それを気づいた瞬間、最初の少年の頭から出てきた舌先が、そのままもう一人の少年の口を犯す。

 そしてまた頭を破壊して、他の少年の口へ。


 それが、何度も何度も続いた。


「────」


 フィーゼがその中で何度目の獲物のなったのかは、分かってない。

 その狂った儀式を行ったイントレドも、順番付など、きっとしていなかったのだ。

 そしてその本人も、数を数えている状況にはなくなっていた。


 消えてゆく意識で、フィーゼが最後に感じたものは、

 紅と、

 破裂音だった。


 それっきりで、この世から兆しがもう一つ、なくなった。





❖   ❖   ❖





「っふぅ……」


 窓の(へり)を超えながら、番馬(つがいば)有鱈(うたら)はそんな声をだした。


 やっと砦内の建物に侵入することができたのだ。


 今までの道のりはとっても体力が要るものだった。

 なにせ、有鱈は砦に正面から入るという選択肢をはなから排除し、北の絶壁から這い上がってきて、砦の中に入ってきたのだ。

 そのために彼は二梃の杭を以て、それで絶壁と砦の壁を突きながら、最高の部分まで攀じ登ってきた。


 防壁の上で立ってから見えてきたものはこの建物で、それは砦内の人々の生活・執務の空間のようだった。いわば、領主の御邸のようなものだろう。

 それで、有鱈は邸の屋根に飛び渡り、そこから下にある、開けっ放しの窓の中で一番近いものに入り込んできたのである。


 力技には慣れ腐っていたはずだが、流石に今度の潜入はなかなかきつかった。

 なので、やっとひと仕切りの段階が終わって室内まで突いた今、息継ぎの声を出すしかなかったのである。


「…………」


 有鱈は内部を見回した。

 自分が入ってきた窓は三階の北東の廊下の端っこに設けられていた。外から観察したことによればこの建物は四階建てで、今彼が立っているところは最上階のすぐ下ということになる。


「感じる」


 口もあまり開かず、そんなことを呟く。


 要塞から逃れられたときから、ずっとこの感覚だけを嗅いで、ここまで来たのだ。

『おぼめきの首飾り』からの引力は、絶え間なく自分を引き寄せている。

 正確には、その引力の源は首飾り事態ではなく──首飾りの中に潜められている、『彼女』の破片からだ。


 その力には透明で碧色の香りがある。

 彼女を連想させる、懐かしくて、温かい匂い。

 香りはこの窓を通って入った途端、一段と強くなったのである。


(しかし、忘れてはいけない)


 ──いまは、それ以上の急務があるのだ。

 まずは姉貴の息子、フィーゼを探さなきゃ。

 運が良かったと言うべきか、フィーゼと首飾りの居所は重なっているが、それでも一度に二つの問題を同時に解決することなどできない。


 だから、順番を決めるしかないのだ。

 どっちを優先すべきなのは、言うまでもない──まずは人命を救う。

 首飾りのことはフィーゼの後だ。


 そう考えながら、有鱈はそれを首に纏う期待で膨れ上がる感情をどうにか抑えようとした。


(さて、どうやって探すのか?)


 と言っても、有鱈は魔術を使った探知も出来ない。だが五感は優れていると自負できる。

 だから結局、感覚を研ぎ澄ませて彼の手がかりを見つけるしかない。


 フィーゼの外見には大きな特徴があるって姉貴から聞いている。

 その少年は右半身に大きな火傷をしていて、右の頬にもそれが現れているという。

 ついでに、ヴィルビ姉貴とグンデルと同じく、褐色に緑青色の混じった髪をし、最後に湖みたいな潤んで丸っこい目をしているとか。


(見逃せるわけもねぇだろうな)


 何歩かを前に進んだ。

 訓練されたその足さばきは一粒の砂が落ちるほどの音も出さない。


「……」


 周辺に気配はない。静かだ。

 静かすぎるようにも考えられてしまう。

 城下町のことを視察したときと同じような静寂さを感じたが、ここはそれが一層増している。

 それは平和的な静けさではなく、何かが起こる前の不吉な先触れに近い。


「……これは……?」


 その時、極めて微弱だが、それでも続いて聞こえてくるある音を聞いた。

 それは──ぼかされた輪郭の郷愁と混ざり合いすぎて、すぐには判明できなかった。

 だが、確かに記憶の中に偏在する音色だ。

 十秒ほど先に、やっとその手がかりが、脳裏の一隅から見つけられた。


「あの──アヴェンデントの奴が発明した、楽器の音」


 間違いない。あの独特の音色は、あの鳥打ち帽を被った溌溂な少年が創造したもの。

 先ほど、ヴィルビ姉貴との思い出話にも登場したもの──名前が何だったのか、今しがたちょっと思い出せないが、あれだ。


 微かなその音が聞こえてくる方向は、多分この階より下からだ。


 ほぼ自動的に、そこへ赴こうと足を運ばせた瞬間だった。


「──ましょう」


 囁きに近い音声を聞いた。全身が強張るような感覚に襲われる。


「────」


 それは他の響きを全部上書きしようとするように、小さいけど広い範囲を全部覆ってしまった。そもそも小さすぎたその楽器の音は、出処をまるで分からなくなってしまう。


「──しましょう」


 再び、そういうさらさらする音が近づいてきた。


 有鱈は全身を襲った怠さと不愉快な目まいに吐きそうになりながら、顔を顰めて気をしっかりした。


「──しましょう」


 ところどころに谺するようで、定かに一点を特定することは難しいが、それでもぼんやりとした方向性は感じ取ることができた。その音の発信先は、楽器の音とは反対で、三階の上から、すなわちこの邸の最上階の方から聞こえてきている。


 ──聞き覚えのある声だ。


(だったらまさか、イントレド・バイネローホは……)


 そんな不穏な予感から胸騒ぎがすることを感じながら、どうにかその方へ向かおうとする。


 そこから少し前へ前進したところで、手すりの装飾が印象的な階段を見つけた。有鱈は速やかにそれから上へ上がった。


「────」


 三階より比較的狭い廊下に出てから分かったことがある。

 ここに上がって来て、首飾りからの引力も更に濃くなったのだ。

 それを感じ取りながら、一層早くなった足で捜索を始めた。


 しかし、他の部屋はこれと言った物が無かった。ほぼ空き部屋に近い。


 消去法で、階段から最も遠くへ位置した部屋だけが残った。


 厳かな飾りが彫られていて、その重厚感を誇っているように見える黒い木材の扉の前に、有鱈は立った。


「──しょう」

「──しましょう」

「──をしましょう」


 間違いなく、声はここから出ている。

 そして碧き引力の匂いも、この扉の向こうから来ているのだ。


「……ふ──」


 有鱈は、小さい音で深呼吸をした。

 そして、扉を開ける。



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