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杭打ちの伝令  作者: にに部
第一章 「春失くし」
19/34

18 『一緒にしないで』

 ボロ屋の真ん中、騎士たちは急に大声を出したディギタリスを愕然と見ていた。


「ど、どうしたんだ、ディギタリス姉妹?!」

「マジ許して……いきなりで漏らすところだったじゃん」

「お、驚かせてないでくださいよほんとうに。ぼ、僕は心臓が強いから良いですけど、ほ、他の兄弟たちが死にかけているじゃないですか」


「──ソーフォイオールからの転写を聞いたんです。

 『杭打』です。彼を見つけました」


 なさけない男子どもに、そう明確に伝える。

 すると、彼らも表情が変わる。


「彼女からの報告が終わってないです。ちょっと待ってください──」

『──オル、それは確かなことなの?』


『間違いないと思います。ここから北西、遠くない灌木の小林のあたりで、着古した服装の男が城壁の方へ向かって行くのを見ました。体格が大きく、無精髭で、東方人で、しかもあの少年に言われた通り頬に入れ墨みたいな紋様がありました』


『今も見えるの?』


『いいえ。実は彼のことに気づいてから、彼の方から突然こちらに振り向いたことがあったのです。その後は、灌木のあたりに身を隠したのか、あるいは凹凸のせいでこちらでは確認できない溝にでも入ったのか、忽然と消えています』


『そんなに近くにいたの?』


『あくまでも私の基準です。私もそんなに不用心で自分を晒してはいないので、一般の人は肉眼で見られていたのを気づくのは無理だったと思います。

 しかし……感が研ぎ澄まされている人は、たまにありますからね。この人もその類で、何かの気配を感じ取ったのかも知れません』


『…………聞くからに、彼は街に向かって移動していたようだね』


『そうですね』


『ありがと──』

「──班長。間違いなく杭打を発見しました。彼はこの付近から北の方へ向かって移動しています。おそらく街に近づいていると思われます」


「……こ、これは……」


 彼はいきなりの出来事で狼狽しているようだ。さっきまでの爽やか青年の装いはもう失っている。

 すでに予想はついていることだった──この男、ソワンコール班長は、常時の仕事はそれなりに出来るが、緊急の対処はまるで駄目なのだ。

 多分この男は、途中で出会えた少年の言葉など大げさの混じった余興に過ぎないと思っていた。だから、この旅が終わるまで杭打とやらと出くわさないことを確信していたのだろう。いや、確信よりも、それは願いに近いのかも知れない。


 どちらにせよ、愚かなうえで臆病な人の傾向である。

 自分がそれを願わないから現実でそれが起こらないと強く信じ、結局それが崩されると、どうしようもなくうろたえてしまう。

 どこまでも、()()()()の人物である。


「班長、最初に確認していただきます」


 そんな班長に、行動の許可を取るために言いかける。

 いくら情けないとはいえ、それでも彼はこの任務が終わるまでも班長なのだ。


「次、彼の姿が見えたら即時制圧しますね」


 班長は無言で頷く。


「──殺しはするな」


 そして、そんなことを慌てて言い添える。


『────』


 その由を屋根上の使い魔に伝達すると、ディギタリスは再び班長と向き合う。


「では、班長」


「……」


「私の意見からすると、こうなった以上、何よりも杭打の確保を優先すべきです。ソーフォイオールは彼が街の方へ向かっていると言いました。イントレド執行吏の管轄区域で堂々と現れた以上、もはや彼の件は私たちの元の任務と別個ではないのです」


「──いや、そんなのおかしくないですか」


 それを言ったのは、常より薄笑いが減った面をしているが、せめて班長よりはずっと冷静でいる顧問騎士、エンセヴだった。


「浪人の暮らしをする者が、道に迷って偶然この地にあらわれたのかも知れないじゃないですか? 彼が執行吏を念頭にしてるって、何かそんな証拠でもあるんですか?」


 ──証拠証拠うるさいわよ。

 そんな言葉を心の中で呟いて、ディギタリスは余裕ぶる顧問騎士の顔を直視した。


「プエスメンベリへ渡る橋の前で、申し上げたはずです。執行吏様の家系に杭打は恨みを抱いている可能性があるって」


「違いますよ、ディギタリス姉妹。それで、そんな()()があるって聞いているんです。

 あるんですか? ただあなたがそう考えているだけですよね?」


 その皮肉るような問いただしには、論理的に返す言葉に少し困ってしまった。


「僕たちに一番大事なのは執行吏様のところに差し掛かることです。それで、もし彼の身辺に別状がないように警護をするのが妥当でしょ。つまり、こんなところでうろうろしないで、砦まで急いで行くべきですよ」


 なぜなのか、そう訴える彼の声には切羽詰まった緊迫感が籠もっていた。

 逃してはならない何かを逃すかも知れない、秒読みのような緊張がエンセヴの言葉の中には確かにある。


 しかし、強い焦燥に鞭打たれているのはこっちだって同じだ。

 ディギタリスは、また班長に向かって促し始める。


「班長、彼は危険人物なのです。あんな人を野放しにして私たちは砦の中で寛げだなんて、そんなの無理な要求にきまっていますよ」


「危険人物だからこそ、彼から距離を置いて注視する必要があるんじゃないですか?」


 ソワンコールに話をしていたのに、エンセヴは構わずこっちに言いつけて来た。


「僕たちには彼にむやみに近づくことを阻ませうる()()があるんですよ。それはあの金髪の少年の証言です。このあたりの凶悪な賊の一群れを須臾の間に一掃した実力者なら、この人員でのしかかったとしても返り討ちにあう可能性が大きいというわけですよ。それが理解できないんですか?」


 その言葉が、帝都から出発して間もない頃の彼の戯言の数々よりずっと理屈が成り立っているように聞こたるのは、もしかすると彼は全く同じなのに、自分だけが落ち着きを失ってしまったからかも知れない。


 でも、そんなことに気づくほどの心の余裕は、ない。


 ただ、ディギタリスは不愉快さで胸が一杯になってしまう。


「『この人員』……?

 ……一緒にしないで」


「……は? なんて言いましたか?」


「──こんな状況で、いつまでぐだぐださせるつもりなの?!」


 お人形のような外見からは信じられないほど、恐ろしい芯を含んだ声音をして、ディギタリスは怒鳴ってしまった。


 怒声を浴びた人の顔もそれに応じく、やがて余裕を装う試みすらもなくし、完全な怒りの形相に変わってしまう。


 しかし、赤髪の少女騎士には、それにたじろぐつもりなんか全くない。


「すぐ目の前に、あの暴悪な大犯罪者が現れたのよ! 見つけ次第、私が撃ち殺したら、それで綺麗さっぱりにおしまいなの! それを無視して執行吏の警護でもしていろって、頭の悪いこともいい加減にしてちょうだい!」


「おっと、礼儀は忘れないでもらっていいですかねェ! 僕は顧問騎士で、あなたのような一般の姉妹とは格が違うんですよ?」


 すぐ隣の食卓を強く二度も叩きながら、顧問騎士は言いつけた。


「……ディギタリス姉妹、自分のことを顧みてくださいよ。アンタおかしいんですよ。知っているんですか? あの少年から杭打のことを聞いてから、ずっとですよ? 食事もろくにせず、魔力の消耗にもかかわらず使い魔をずっと顕現させて、昨日の夜は睡眠もとってないですよね?

 ここ最近、自分がどう行動していたのか、一度ちゃんと思い出してくださいよ。鏡でも見たほうが良いと思いますよ。だったら今の自分がどこかおかしいって、少しは自覚できるはずですから」


「……」


 瞬時に、返事に困ってしまった。

 自分の心の内の嵐が、そうも明確に他人に見られているとは思わなかったからである。


 顧問騎士は何かに思いついたように、彼は眉を上げた。


「あるいは……あなた、まさか杭打と昔の因縁でもあったのですか? 彼に何かの私怨を持っていて、騎士の任務を蔑ろにしてまでそれを払おうとするんですか?」


「……ふざけないで。そんなわけがないでしょ。彼のことは今まで記録から読んで、噂から聞いただけよ」


「だったら、何でそこまで彼に執着するんですか? あなたにとって、杭打っていったい何なんですか?」


「それ、は」


 ……言えるわけがない。


 ──アンタたちと私は違うっていうことを証明しくちゃいけないから。

 ──そのためには、アンタたちの到達し得ない高みまであがらないと駄目だから。

 ──上にあがるための材料が目の前にあるのに、見逃せるだなんてありえないと思っているから。


 そんな汚い魂胆を、白状できるわけがない。


 寝不足と焦燥で摩耗した彼女の精神の中でも、それほどの自意識は残っていた。

 だから、今は黙るしかなかった。

 せめてこの時だけは。


「…………」


 その後、残ったのは、興奮して醜い姿を見せびらかしたことに対する自己嫌悪の苦みだけだった。





「──さて、ディギタリス姉妹も少しは正気に戻ったみたいだし、砦に向かって出発しましょう」


「そ、そう、ですね」


 頭が良く回らないように見える班長の方から、そういう吃りの言葉が出てくる。

 彼はそれを言いながらも、果たしてどっちのほうが良い選択なのか未だに確信できずにいるように見えた。


「……ふふっ」


 重たい空気が居据わったボロ屋の中、急にそういう涸びた笑い声が聞こえてきた。


 それを発したのは、寝床の上の痩せた女性である。


「めちゃくちゃだね、アンタたち」


「……これは、醜い所をお見せしてしまいましたね」


 ふしぎにも、彼女に応じる班長は明らかに以前よりも語呂が良くなっていた。この小屋に入った最初の丁重さをいくらか取り戻している。


「そんなのは、どうでも良いのよ。ただアタシが呆れているのは、どれだけアンタたちが漏れなく間違っているのか、だよ」


「間違っている、とは?」


「あそこの赤毛の小娘も、そしてあの間抜けのガキも、言ってることが完全に焦点が外され過ぎている、ということだ。

 アンタたち、この街の一番の脅威が何なのか、知ってるの?」


「……つまり、杭打でない何かがあると申しますか?

 何ですかそれは、盗賊のことですか?」


「違う。アンタ、無能な上で頭も悪いのね。アンタたちの大切な、『執行吏様』のことを言ってるのよ」


「は……?」


 班長は、理解が及ばなかった。


「アンタたちの任務って、ここの領主に会うことだって言ったよね? 内戦の後片付けで忙しい帝都の騎士団が、そんなどうでも良いご無沙汰の挨拶に末端とは言え騎士たちを北端まで送るとは思えない。今のプエスメンベリは何かがおかしいという話は聞いていたんでしょ?」


 ディギタリスはそんなことを直々聞いてはいない。

 だが、そのようなことが裏にあるのではないか、と予想はしていた。


「その異変の原因が彼、イントレド・バイネローホなのよ。

 彼は賊どもが人々を襲っても、農民が凶作で飢え死にしても鼻であしらって気にしない。

 そんな奴が何なら本気になるのか? ……それがご自分の領民の拉致なのよ」


「は?」


 班長はますます混乱している様子だ。


「彼は、次々とこの辺りの住民たちを自分の砦に迎え入れている。だが、それっきりでその人達は二度と自分たちの家に戻らない。行方不明になってしまうのよ。噂は全部広まっているのよ、領主が砦の中で人を供えて、邪な悪魔崇拝の儀式をしているんだとか。

 なにせ、砦の周辺から変なものを見かけたという人が絶えなかったからね……巷では言っているんだよ、『泥鬼』を目撃した、って」


「……『泥鬼』……?」


 彼女の言葉を聞いていた騎士たちは皆、その名称に突拍子もないことだと思ってしまう。


「空から零れた『泥土』に触れて変貌した生き物のこと、ですか? それが執行吏の居城から現れたと? 

 ……にわかには信じがたいことですが──」


「──今朝、あいつがアタシの子を連れて行ったのよ!」


 いきなり発せられたその叫びに、誰しもが言葉を失ってしまう。


「あいつは、領主は、いきなりここに現れて、アタシの半分、フィーゼを連れて行った。

 今頃フィーゼがどうなっているのかなど、知らない。どんな忌々しい羽目にあってしまったのか、想像の一歩先を踏むのが恐ろしすぎるのよ。

 それなのに、アンタたちはこんなところでクソみたいな言い争いで時間の無駄遣いをして余裕ぶっているだけ。それでも騎士か? 騎士の責務って、民草を守ることじゃなくて、自分の子供っぽい感情を丸出しにして駄々をこねることだったのか?

 そして、あの間抜けのガキは──」


 彼女は顧問騎士の方を顎でしゃくって指した。


「──イントレド・バイネローホの護衛だと? あんな奴がそんなに大切なのか? 名家のご出身というのはそんなにえらいのか?

 ふざけるなよ。騎士とか大仰の肩書きを翳すのなら、まず守るべき相手が誰なのかを判断しろよ!

 そして、あの赤毛の自己中の自惚れ腐った小娘は……」


 いきなり憤怒の目先がこっちへ向けられて、少女はびくっとなってしまう。

 自分の内にはびこる醜さを周りに露呈していたという自意識からの恥も、彼女を怯ませていた。


「……彼を、『杭打』を、撃ち殺すだだと?」


「……何よ、あなたとは関係ないでしょ?」

 

()()()()()に、指一本当ててみろ」


「──は、あ?──」


「お母さん!!」





 ──その次からは、良く分からなかった。


 自分の理解が追いつかないまま、状況だけが進んで行く。


 少女からの悲鳴に近い声音の先に、正面から見えたのは、

 何か煌めく、鋭いものが、自分に向かって飛んで行く、そういう景色だった。


「あぶな──」

「ディギタ──」


 全て転動する万華鏡のように見える。

 非日常の隙間だらけの絡繰り遊びを、側面から、またの側面から観覧しているような、遊行のよう。


 寝台の上の憔悴した女の向こうの窓外に移るのは、黄昏に近づきつつある時間を教える彩色の朧げ。


 ふと、思った。


 ──えっ、私、死んじまうの?


 それは、最後の思考としては、格好悪いものだった。

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