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杭打ちの伝令  作者: にに部
第一章 「春失くし」
15/33

14 煙上がる

 それは、プエスメンベリに入って二日目の正午頃。

 騎士たちの行列は北へ向かっていた。


「皆、停止しろ」


 ふと、ソワンコール班長が周りを止めた。

 彼らの頭上を辷るように飛んでいた、ディギタリスの使い魔であるソーフォイオールも騎士たちとともに停止する。


 班長の視線は天空に向かっている。


「……」


 あそこでは、煙が上がっていた。


 騎士たちが立っているところは、今までの道のりよりずっと樹木が密集している。

 だから遠望こそ遮断されているが、晴れた空に上がる黒煙などはっきりと見えるしかないのだ。

 他の騎士たちも全員それを確認した。


「……ディギタリス姉妹。今朝ソーフォイオール嬢の目を通じて偵察したとき、火災が見えたか?」


「いいえ、そういう特異事項は全然なかったです」


「ふむ。そうだな。あんなに煙が上がるような火を見逃せるわけもないな」


 班長は黙り込み、熟考する。


「あの煙なら、十五分ほど前から上がり始めましたよ」


 空中の巨大な使い魔、ソーフォイオールが情報を補った。


「魔術から作られた気配もない、ただの焚き火からの煙のようだったので、報告はしないでいましたが」


 弁明するように言う。

 それは自分の相棒、ディギタリスを代弁しているようだ。


 確かに、二人は喋らずとも意思疎通が出来るため、既にディギタリスにはそれが伝わっていたはずだ。

 敢えて黙っていた意味は、何だったのか。


「北東からだな。……あの方向には、確か帝国領を超えて北までずっと続く大きい森があったはずだ。これは、火花が広がって大火災になり兼ねないな」


 迷っているように、ためらうように、班長は次の動作に出ずに考え込む。

 他の騎士たちも行動に出ないのは同じだった。

 全員、どことでも言えないその木々のはざまで、ぽかんとしている。


 ディギタリスはそれが気に入らなかった。


「班長、ここで時間を費やしている余裕はないです」


 そう言う彼女の声色から、性急な苛立ちが見える。


「速やかに執行吏との面会を済ませて、出来れば彼のご協力とともに杭打の捜索を急がないと駄目なんです。

 そして、あの煙を見てください。そんなに大きくもないじゃないですか。

 きっと、ほっといても何事も起こらないです」


 熱弁する彼女の顔には、不健康な執着心が込められている。

 だが、それは今に始まったものではない。


 ディギタリスは帝都からの出立の頃と比べて、変貌していた。

 血色の良かった愛らしい顔は、今は瞼の窪みと陰が濃厚になり、頬の線も鋭くなっている。

 それは彼女との関係の浅いこの班の騎士たちにも歴然としたものだった。

 もちろん、彼女が産まれてから──いや、彼女が母の腹の中に居た頃からずっと彼女を見てきたソーフォイオールがそれを見逃すわけもない。

 その巨躯の使い魔は、心配そうな視線で相棒のことをしきりに確認していた。


「ディギタリス姉妹。言っていたはずだよ」


 と、ため息混じりに班長の言葉。


「優先するべきは本来の任務の完遂であって、杭打の方はあくまでついでだって。

 それに、今は小さくても、冬の森の中の火種は危険だ。大きな火災になる可能性は十分あるし、そうなると私たちは住民の避難を助けて急いで鎮火しなければならないのだ」


「それもきっと、ここのご領主からのご協力を得られた方が効率的でしょう」


 ソワンコールの言葉が終わって間を与えず、ディギタリスはそう促す。


「……まぁ、ディギタリス姉妹の意見は妥当ですよ」


 ふと、そう言いだしたのは油分でぎらつく汚い肌の中年男、トリセインだった。


「こんなところで佇んでいても何もならないですよ、班長。ここはお急ぎを」


「……そう、その通りですね。では、今までより速度を上げて行きますか」


「……」


 他の者が同意した途端その気になった感じがこっちを軽んじているようだった。

 だから、ディギタリスは自分の神経を刺激する針がもう一本増えた気分になる。


 が、

 それ全てを覆すカードが、この地のどこかにうろちょろしているのだ。

 だから、そんな些細なことを気にする必要は全くない。


「皆! ここからはもう少し速度を上げるぞ!」


 その言葉を合図に、騎士たちの馬は再度出発した。

 急ぐと言っても、その速度は並足よりちょっと早くなっている程度だが。


(──『あの男』さえ)


 鞍上のディギタリスの頭に呆然と形作られるのは、収拾した情報だけで形成されるあの犯罪者、『杭打』の輪郭である。


(『あの男』さえ捕まえれば、今のこの人たちと一緒に扱われることもない。二度と同じ任務に組まれることもなくなる)


 こうも切に何かが欲しくなったことって、かなり久しぶりな気がする。

 彼女にはその明確な目標だけで、頭が一杯になっていたのである。


 ──この機会を逃しちゃいけない。

 彼を見つけて、そして逮捕に至るまで自分の力で貢献しなくちゃいけない。

 もし発見したときに、他の騎士に功を奪われることでもあったらたまらない。

 だから、ここからは常に緊張の状態で、感覚を鋭くして、いつだってソーフォイオールを通じて攻撃にでるようにしてないと。


 そんな考えから、魔力に負担が増えることを承知の上で、ソーフォイオールをずっと顕現させ、周りを綿密に見張らせている。


 今までの収穫は無しだ。

 ゆえに、ディギタリスの焦りは一刻一刻増している。


 そして、相棒の記憶・感情・思考の多くを共有する使い魔にも、その焦りは伝われる。


「……ディギ、大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ?」


「私の顔を見る隙があるなら、周辺の偵察にもっと集中して」


 冷淡な声でそう言われた。

 だが、別に気分を損ねたりはしない。

 ソーフォイオールは何があってもディギタリスに付き従う。

 二人は盟約によって結ばれた番なのだ。

 いつだって、相棒に向ける感情と考えは愛情とそれに基づく献身にほかならない。

 だから、その長い手足で空中をすべりゆく使い魔は、返事のことも言わず、ただその指示に従うようにした。


 一方、行列の他の騎士たちからには、今まで散々ディギタリスの気を散らした物がなくなっている。

 当のディギタリスは杭打のことで夢中になっているので、それにも気が付かないが。


「……」


 それは、桃髪の騎士、エメーソリナが行列の後方に下がって、静かになっていることだった。


 ディギタリスは気づかなくても、エメーソリナと今までずっと騒いできた他の二人が気づかないはずもない。


 ディギタリスの左側を行っていた茶髪ピアスのベーグィは、ふと後ろを向いた。

 視線の先にはぼうっとしている、綺麗な桃髪の少女の姿がある。


「……エメちゃん、どしたん?」


「──え、えっ?」


 はっとなったエメーソリナは、話しかけてきた人の顔を確認する。


「エメちゃん、昨日プエスメンベリに入ってから、いや正確にはあの金髪少年と会えてから、ずっと静かになってるじゃん。

 大丈夫? 体調崩したんじゃないよね?」


「……べつに」


 今までの彼女から見れば信じられないほど、その返事は冷たく、飾りげのないものだ。

 それは何だか、ディギタリスの口調に似てきたというか。

 エメーソリナと近しいベーグィにもそんな彼女の姿を見るのは初めてだったのか、珍かなものを目撃した顔になっている。


「──こっちの林を抜ければすぐ街の古い防壁が見えてくるはずだ。もうちょっとだぞ」


 激励のつもりなのか、班長が大声で後ろに伝える。


 だがそれは、既に異変を感じ取った若い騎士たちに、緊張感を煽る効果しか奏さない。





 複雑につむじを巻く思惑が、しっかとこの行列には育まれている。

 それがどうやって開花され、展開されるのか。


 この瞬間のディギタリスには、知るよしもなかった。





❖   ❖   ❖





「あれは……?」


 グンデルは心配そうな顔で、黒い煙の上がる方角を見上げた。

 北東の方向だ。


 彼女は家から少し離れた場所にある井戸に水汲みに来ていた。

 今それが終わったところで、家から持ってきた桶は水で満たされている。

 これからは、それをどうにか運ばないといけないのである。


 そんなことで忙しい途中、空で上がる煙を見つけたのだ。


「まさか、火事なのかな」


 憂える眼差しで、彼女は向こうを見つめた。

 そうでなくても今のグンデルは手一杯な状態だ。

 これ以上に何か良くないことが起こらないことを願うしかない。


 とにかく、今は家まで戻らないと駄目だ。

 もうすぐで日が暮れる時間になるだろう。

 このあたりは茂っている枝が多いせいで、夜になると何も見えなくなる。

 流石にまだ暗くなるような時刻ではないが、問題はこの水の溜められた桶のせいで歩みが遅くなるしかないのである。


「はぁ……」


 一度長い溜息をした彼女は、表情を強張らせ、力を入れて桶の取手を掴み上げた。

 そして、家へ出発する。


「ふっ、ふっ、はぁ、ふっ」


 意図せずも、一歩ごとでそんな声が出てくる。

 きつい労働からの自然な掛け声みたいものだ。


「ふっ、ふっ、ふ、う……。ん?」


 ふと、右側に寄せて運搬していた荷物が羽のように軽くなったことに気づいて、愕いた。

 右の方を見る。


 すると、取手には自分の手以外に、ごっつい手がもう一つあった。

 グンデルの痩せ返った細かい手とは大違いで、それは普段から荒仕事のための道具を頻繁に扱っている人の手に違いない。

 腕はひどく損傷されたシャツで覆われ、袖の部分は茶色で染められている。

 まさか、血の痕なのだろうか、それは。

 そして、手と腕の肌には刃物などに切られた創痍や、火傷のあとの引っ攣れや、その他の残痕が数多く残されている。


 グンデルはその手の主の顔を確認するために、ずっと上まで顔を上げた。


 そこには頬にひょんな紋様が現れていて、汚い栗色と黒色の髪と無精髭の男がある。

 目があった初めての瞬間に、その瞳孔が揺れ動いた気がした。


「よぉ──」


 何か面映そうな挨拶だ。


「あ……と、その、重そうだったから」


 そんなことを言う。

 とてもしゃがれた声で、子どもとの会話に慣れてなさそうだ。


「……」


 少女は驚いて、目と口を同時に大きく開く。


 それを見た男は、焦ったようである。


「あ、あの、別に俺は怪しいやつじゃ……えーと。そうだったかな」


 弁明しようとしたが、ふとそのことが自分でも分からなくなったらしく、自信なさげに自問する。


 いつの間にか、グンデルは桶から手を完全に離して、二歩くらい後ずさっている。


 口はもう閉まっているが、この大男を観察する目は見開かれたまま。

 だがそれでも、別に逃げたり、悲鳴を上げたり、あるいは本気で怯えていたりはしないようだ。


 ただただ、彼女はこのいきなりの現れがふしぎでたまらなかったのである。


「む……。とにかくこれ、お前には重すぎるぜ。運んであげるから、どこまで行けば良いのか教えてくれ」


「……この道をずっと進めば、小麦畑の間の木組みの小屋があります。その前まで運んで下さると助かります」


 その男は、グンデルからもっと大まかなガキっぽい口調を予想していた。

 しかし聞かされたのは礼儀正しく張りの良い声である。

 それには少し驚いたが、男はすぐに頷き、先に歩き始めた。


 そして、その横の方を、グンデルがついて行く。


「……」


 彼女はずっと男の顔の方を凝視している。

 何がそんなにめずらしいのか。


(いや、そう思われても仕方ねぇか)


 汚いボロキレで身を纏い、頬には珍妙の模様を現し、何があったのか傷跡だらけで、そしてこの辺には見かけるはずもない東方人の外見なのだ。

 それがいきなりドカンと飛び出てきたのだから、珍しがられてもしょうがないだろう。


「……」


「…………」


 ……しかし、あまり見られすぎると、何か、身体のどこかを箸で突かれているような、ぎこちない気分になってしまう。


 それを破るために、何か言うことを考えた。


「……でもよ、大人たちはどこ行ったんだ? こんな水桶を子供一人に任せるのはちょっとあれだろ」


「父は、いないです。母は、身体の具合がよくなくて、動けないです」


 しかし、聞かない方が良かったようだ。


「……そっか。ごめんな」


「いいえ、別に事実ですから」


「お前、しっかりしてんだな。マジで」


 改めて、隣の女の子の顔を目にする。

 あまり栄養状態の良くないようには見えるが、十歳もなさそうな幼気の溢れる顔つきである。


「ふっ」


 ふと、永遠の時間が過ぎたように思われる故郷の映像が頭に浮かんでしまった。

 自分は十歳のころ、どうだったかを少し思い出してみたのだ。

 よわっちいガキだったから、いつも喧嘩に負けて、泣いていてばっかりだった。

 それに比べると、この子は既に大人の領域に半分ほど入っているようである。


「お前、名前は?」


 何のたくらみもなく、ただ偶然思いついて尋ねたことだった。

 だが、その答えは──


「グンデル、と言います」


 その響きに、男は胸を鋭いもので貫かれた気分になった。


「──え」


 瞬間、男は固まる。


「どうかしましたか?」


 首を傾げて、そのわけを聞く少女。

 男はぞんざいに水桶を地面に置いて、彼女の肩を両手で掴む。


「ひっ」


 いきなりの出来事に、今度は本当に怯えてしまう。

 だが、相手の男は一向に構わない。


 彼の表情は、驚愕と、そして妙にも──喜びに満ちている。


「……グンデル、本当に、グンデルなのか!? ははっ、そう言えばヴィルビ姉貴にそっくりじゃねぇか! 何か見覚えのある顔みたいだなぁとは思ってたけど!」


「え、えっと」


「覚えてないのか、無理もねぇな。最後にあった時は確か……お前が四歳のころだったから」


「へ?」


「それが五年前だから、今は九歳なのか! その間、本当に大きくなったんだな」


 彼はグンデルの肩を開放して、一歩さがって、少女の方を見つめた。

 その険しい格好にはとても似つかわしくもない穏やかな表情をしている。


「俺はお前の父と母の友達で、有鱈っていうぜ。彼らとは、『糧伝かてづての党』の仲間だよ」


 それを聞いた途端、グンデルの目が不安と嬉しさの色を同時に帯びた。

 彼女にとって、その名前──『糧伝』は、いつも好奇心と恐怖を一緒に煽り立てる響きだったからだ。


「……父さんと母さんの、友達……?」


 少女は、微笑した。









もうちょっと投稿できそうですね。

今日の21時に第一章15が、22時第一章16が投稿される予定です。

よろしくお願いします。

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