第17話 同時接続一千万人、追いかけ配信
八王子ゲートに着いたのは、午前零時を回ったころだった。
正面ゲートの前には、すでに人だかりができていた。
ひよりさんの告知を見て、集まってきたのだ。報道のカメラもいる。
「師匠。五十八階までは、私とジンが付いていきます」
霧咲さんが言った。
「それより下へは行けません。でも、五十八階で待っていれば、師匠が連れて帰ってきた人たちを、上まで運べます」
「回復薬も、ありったけ持ってきた。俺のパーティの金で」
ジンが、膨らんだリュックを叩いた。
「助かります。お願いします」
浮遊カメラの赤いランプがつく。
同時接続は、開始の瞬間から六百万人を超えていた。
《コメント欄》
七瀬:真壁課長と協会の特別調査班六名が、二時間前に七十階へ向かいました。灰島さんが追いかけます
名無しの中層民:協会の課長が自分で潜ったの?
元探索者:手帳を処分しに行ったんだろ
ガチ勢A:七十階って、まだ誰も
霧咲レイ(公式):五十八階まで同行します
黒崎ジン(公式):同じく
「ご覧いただきありがとうございます。灰島遺品整理事務所です」
俺は、いつものように頭を下げた。
「本日のご依頼主は、七瀬ひよりさんです。ご依頼の内容は、真壁さんと調査班の皆さんを、生きたまま連れて帰ること。それから――妻の物を、迎えに行ってまいります」
◇
五十八階で、霧咲さんとジンと別れた。
「師匠。必ず、戻ってきてください」
「はい」
「おっさん。……千景さん、見つけてこいよ」
「はい」
そこから先は、一人で走った。
六十階に着いたとき、俺は足を止めた。
灰燼竜が、うずくまっていた。
灰色の鱗の何か所かが黒く焦げ、左の翼に深い切り傷がある。床には、空になった魔法弾の薬莢がいくつも転がっていた。
「……真壁さんたちですね」
竜は、弱々しく喉を鳴らした。
俺は、工具ベルトから養生テープを取り出した。
翼の傷口に防炎シートを当て、その上からテープでしっかりと留めていく。
「応急処置です。あとで、ちゃんと診てもらえる方を探します」
竜は、俺の手元をじっと見ていた。
テープを貼り終えると、鼻先で俺の背中をそっと押した。早く行け、とでもいうように。
《コメント欄》
kuro_tama:竜にテープで手当てしてる
名無しの中層民:協会、竜撃ったのかよ
ガチ勢A:灰燼竜が道を通したの、攻撃されたからじゃなくて、灰島さんの匂いがする道だったからかもな
霧咲レイ(公式):竜を傷つけた人は、許しません
◇
六十四階で、真壁課長たちを見つけた。
水晶の柱が垂れ下がる広間に、黒いジャケットの男たちが六人、倒れていた。
全員、意識がない。魔素酔いだ。協会の最新装備も、この深さでは役に立たなかったのだ。
その先で、一人だけ、まだ動いている人影があった。
真壁課長だった。
古い探索ジャケットを着て、魔素遮断のマスクをつけている。
足を引きずりながら、それでも這うように前へ進もうとしていた。
その周りを、水晶でできた蜘蛛のような魔物が、何十匹も取り囲んでいた。
「真壁さん」
声をかけると、真壁課長がゆっくりと振り返った。
マスクの奥の目が、血走っていた。
「……灰島か」
蜘蛛が、一斉に飛びかかってきた。
俺は真壁課長の前に出て、防炎シートを広げた。
蜘蛛たちがシートに弾かれ、水晶の脚が床に散らばる。残りは、俺の顔を見ると、慌てたように柱の陰へ逃げていった。
「放っておけ」
真壁課長が、かすれた声で言った。
「私を助けて、何になる。あの手帳が表に出れば、私は終わりだ。どうせ終わるなら、ここで――」
「申し訳ありませんが、それはできません」
俺は真壁課長の腕をつかんで、立たせた。
「ご依頼を受けております。依頼人は、七瀬ひよりさんです。あなたが三年前、六十階より下へ送り込んだ、七瀬湊さんの妹さんです」
真壁課長の顔が、こわばった。
「彼女のご依頼は、あなたを、生きたまま連れて帰ることです。一発、ひっぱたきたいそうですので」
真壁課長は、何も言わなかった。
ただ、マスクの奥で、唇が震えていた。
《コメント欄》
名無しの中層民:ひよりちゃん……
ガチ勢A:被害者の妹の依頼で、加害者を助ける
元探索者:ひっぱたくために生かして帰す、が一番の正義な気がしてきた
七瀬:言いましたっけ、そんなこと
kuro_tama:言ってた(事務所で)
◇
七人を、一度に運ぶのは無理だった。
俺は全員を防炎シートでくるみ、ロープでつないで、六十階まで引きずって上がった。
途中、シートにくるまれて引きずられながら、真壁課長がうわごとのようにつぶやいた。
「……十年前。五十階で、中継器を切れと言われた」
俺は、足を止めなかった。
「調査隊が深層で何を見つけても、生きて帰ってこられては困る。それが、協会を作った人たちの判断だった。私は、まだ若い職員で……命令に、従った」
「どなたの、ご命令ですか」
真壁課長は答えなかった。
代わりに、乾いた声で笑った。
「従ったら、出世した。遺族に紙を一枚送るたびに、席が一つ上がった。……気づいたら、紙を送る側の、一番上にいた」
「その話は、聴聞会でお願いします」
俺は、ロープを握り直した。
「ご遺族の皆さんの前で。一言残らず」
六十階に着くと、灰燼竜は、テープを貼った翼を持ち上げて、七人を自分の体の内側に寝かせてくれた。
「すみません。また、お願いします」
竜は、自分を撃った男たちを、黙って守ってくれていた。
手首の端末から、霧咲さんの声がした。
『師匠、今、ジンと二人で五十九階まで降りました。もう少しで六十階です。そこから先は、私たちが運びます』
「霧咲さん、無理は」
『無理くらい、させてください。師匠ばっかり、ずるいです』
俺は、少しだけ笑った。
◇
七十階。
六十八階の聖堂を抜け、六十九階の暗い回廊を下りた先に、それはあった。
六十九階は、音のない階層だった。
足音も、自分の呼吸の音さえも、黒い壁に吸い込まれて消えていく。魔物の姿はない。ただ、空気が鉛のように重く、一歩ごとに膝が軋んだ。
この八年で、初めて、引き返したいと思った。
見上げるほど大きな、白い扉。
石とも金属ともつかない材質で、表面に、見たことのない文字のような模様が刻まれている。
俺は扉の前で、目を閉じた。
《失せ物探し》。
思い浮かべるのは、千景の顔だ。
出発の朝の笑顔。ご飯ちゃんと食べてね、という声。
――糸は、出てこなかった。
十年間、ずっとそうだった。
このスキルは、誰かが誰かを想う気持ちを手がかりにする。だが、俺が自分の妻を想う気持ちだけは、なぜか糸にならなかった。近すぎるのか、強すぎるのか。理由は、今も分からない。
「……やはり、だめですね」
つぶやいたとき、イヤホンからひよりさんの声がした。
『灰島さん。コメント欄、見てください』
手首の端末を見る。
《コメント欄》
七瀬:千景さん
霧咲レイ(公式):千景さん
黒崎ジン(公式):千景さん
名無しの中層民:千景さん
ガチ勢A:千景さん
元探索者:千景さん
kuro_tama:千景さん
Abyss_Watcher:Chikage
佐伯美羽:千景さん、灰島さんが迎えに来ました
蓮見源蔵:千景さん
コメントが、止まらなかった。
千景さん。千景さん。千景さん。
一千万人の、会ったこともない人たちが、妻の名前を呼んでいた。
『灰島さんの気持ちだけじゃ足りないなら、みんなで想えばいいって。そう書いたら、こうなりました』
胸の奥で、何かがほどけた。
細い糸が一本、伸びていく。
十年間、一度も応えなかった糸が、まっすぐに、白い扉の向こうへ。
ご依頼の続きは、本日19:10に。
続きを見逃さないよう、【ブックマーク】で灰島の作業記録を保存しておいてください。
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※本作は本文の執筆に生成AIを使用しています。




