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ジェイドレゾナンス ー新星に灯る始まりの血脈・深緑の衝撃ー  作者: 未来が見えない
第二章 刻まれた意識

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第六十七話 原林の恋(side ソウ)

 木々は風に揺られている。空は雲がぷかぷかと浮かんでいる。こんなに景色は良いのに、おれの頭の中には焦りと怒りが張り詰めていた。


 自分へのやるせなさが、胸を苦しめている。

 ソウと同い年の少女が近づく、レイだ。

 いつもは茶色のポニーテールをしているが慌てて、部屋から出たため髪を下ろして後をつけていたのだ。


「ねえ、ソウ……何かあったの?大丈夫?」


 いつも、高飛車なレイは様子がおかしいソウを見て、心配そうな顔をして、ソウの顔を覗き込んだ。


「……別になんでもねえよ」


 つけられてたことには、何も触れずソウは今の自分に問いかけられたことに対して、ぶっきらぼうに答えた。


「なんで、そんな風に突っぱねるのよ」

「なんでもねえって、言ってるだろ!」

「怒らないでよ。私ね、ソウに色々と救われてるのよ、あなたは知らないかもしれないけど」

「俺は別に、レイ、お前を助けたりしていない。いつも活躍してるのは親父の方さ……」

「そんなことないよ。」


 レイは心配そうに見つめ、モジモジとしている。


「……そんなことないよ。あなたが気づいていないだけで、私は何度もあなたの背中を見てきたんだから」

 レイの声音には、いつもの勝気な響きではなく、どこか切なさと温もりが入り混じっていた。


 ソウは苛立ちと戸惑いから目を背け、荒々しく鼻を鳴らす。


「ふざけんな。俺の背中なんて見てどうすんだよ。俺は親父の背中しか見てねぇ。あの男をぶっ倒すこと以外、俺の頭にあるのはそれだけだ! お前みたいな奴に、俺の何が分かるっていうんだよ……!」


 感情に任せて吐き捨てた言葉は、冷たい刃のようにレイの胸を突くはずだった。だが、レイはひるむどころか、一歩前へと歩み寄り、真っ直ぐにソウの瞳を見据えた。その瞳には、恐怖ではなく、どこか痛切なまでの慈愛が宿っていた。


「分からなくていいよ。全部なんて分からなくていい。でもね、ソウ……あなたが一人でそんなに傷ついて、ボロボロになりながら戦おうとしている姿を、私は放っておけないの……!」


「……っ!」


 胸を突かれたような衝撃に、ソウは言葉を失った。

 復讐という名の呪いに縛られ、誰にも理解されない孤独の闇を歩んでいるつもりだった。親父さえも自分の苦しみを分かってくれないと絶望していた。それなのに、目の前の少女は、自分が押し隠そうとしている泥だらけの焦燥や、痛みをまるごと受け止めようとしている。


「うるさい……お前に何が……」


 震える声で呟きながらも、ソウの拳の力はわずかに緩んでいた。怒りの炎で焼き尽くされていたはずの内側に、レイのまっすぐな視線が微かな温度をもたらす。それが気恥ずかしく、そしてたまらなく恐ろしかった。もしこの優しさに甘えてしまえば、今まで積み上げてきた復讐心や、張り詰めた決意がすべて崩れ去ってしまうような気がしたからだ。


「うるさくてもいいもん。……私、ずっと見てたんだから」

 レイはわずかに頬を赤らめながらも、視線を逸らさなかった。長いブロンドの髪が風に揺れ、木漏れ日のモザイクの中で彼女の表情を柔らかく照らし出す。


「あなたが村のために、誰よりも泥だらけになって修行している姿も、夜中に一人で形態変化の練習している姿も……全部、知ってる。あなたが強いから頼ってるんじゃない。あなたが、誰よりも優しくて、だからこそ不器用で、自分を追い込みすぎちゃうから……だから、心配で目が離せないのよ」


「……っ、そんなの、余計なお世話だ……!」


 ソウは顔を背け、乱雑に頭を掻きむしった。胸の奥で、激しい動揺と熱いものが渦を巻く。冷え切っていたはずの心臓が、痛いくらいに早鐘を打っていた。復讐以外の感情を心に入り込ませるなと、理性が警告を発する。しかし、レイの瞳に映る自分があまりにも真摯で、拒絶しきれない矛盾にソウ自身が一番戸惑っていた。


「おせっかいで結構よ。……ねえ、ソウ。お願いだから、そんなに一人で背負わないで。あなたがお父さんに何を思ってるのか、いつかきっと、ちゃんと話してよ。私、あなたの力になりたいの……少しでも、その荷物を分けてほしいの」


 レイはそう言うと、そっとソウの腕に手を伸ばした。触れるか触れないかの距離で止まったその指先は、微かに震えていた。彼女にとっても、こうして自分の気持ちをストレートに伝えるのは、どれほど勇気のいることだったか。強気な仮面の下に隠された彼女なりの覚悟が、その小さな手に込められていた。


 静まり返った木立の中で、風の音だけが通り過ぎていく。


 ソウはレイの手元と、その真剣な表情を交互に見つめた。脳裏によぎるのは、血に染まったあの日の母の姿と、水色の坊主頭の男――ガニメデの残虐な笑顔。復讐の呪縛は消えていない。親父を超えるという誓いも、色褪せることはない。


 だが、目の前には、自分のために必死で言葉を紡いでくれる少女がいる。荒涼とした荒野のようなソウの心に、思いがけない春の風が吹き抜けたような感覚だった。


「……お前は、本当に変な奴だな」


 やっとの思いで絞り出した声は、先ほどまでの刺々しさが嘘のように、かすかに掠れていた。ソウは乱暴に目をこすると、少しだけ顔を背けたまま、ぽつりと言った。


「……勝手についてくるなよ。危ねぇから、早く村に戻れ」

「やだ。ソウが戻るまで、ここを動かないから」


 レイはふっと意地っ張ったような、それでいてどこか嬉しそうな笑みを浮かべて、ソウの隣に並んで立った。


 少し離れた場所では、村の喧騒や活気が風に乗って微かに聞こえている。復讐という暗い影と、未来へ向かう確かな温もりの間で、ソウの足元に差す影は、ほんの少しだけ形を変え始めていた。


「……なあ、本当にここでじっとしてるつもりかよ」

 しばらくの沈黙に耐えかねたように、ソウは視線を前方に向けたまま、不機嫌そうに吐き捨てる。しかし、その声に棘はあっても、最初にまとっていた殺伐とした鋭さは幾分か和らいでいた。


「うん、決めたもん。ソウが納得するまで、私、ずっと隣にいるから」


 レイは微動だにせず、真っ直ぐに森の奥を見据えたまま答える。その横顔には、普段の村で見せるような勝気さや、誇り高いお嬢様然とした態度は微塵もなく、ただ一人の少女としての強い決意と、ソウを支えたいという純粋な想いだけが満ちていた。


 風が吹き抜けるたび、彼女の柔らかなブロンドの髪がソウの肩に触れそうなほど近くに揺れる。その微かな体温と香りが、ソウの荒ぶる神経を少しずつ、しかし確実に鎮めていく。


(くそ……なんでこいつは、こうやって俺のペースを狂わせやがる……)


 心の中で悪態をつきながらも、ソウは自分の胸の内にあった猛る炎が、波が引くように静まっていくのを自覚していた。いつもなら、母の死を思い出せば血が逆流し、ガニメデへの憎悪だけで頭が一杯になるはずだった。親父への焦燥感に押しつぶされそうになり、無性に何かを破壊したくなる衝動に駆られていたはずなのだ。


 だが、いま隣にいるレイの存在は、その猛毒のような呪縛を優しく中和していく。それが心地よくもあり、同時に自分の弱さを認めてしまうようで酷く気恥ずかしかった。


「……お前さ、村に戻ればみんなが騒いでるだろ。あんなに美味そうな魚の肉や、山の幸が手に入ったんだ。いつものお前なら、一番乗りで味見して、偉そうに仕切ってる頃合いじゃねぇのかよ」


 話題を変えようと、ソウは少しだけレイの方を向き、呆れたような口調で言った。


「失礼ね。私だって、ちゃんと考えがあって行動してるわよ。それに……村がお祭り騒ぎだからって、ソウがこんな暗い顔をして一人で森の奥に引きこもってたら、楽しい食べ物も美味しくなくなっちゃうでしょ」


「誰が暗い顔をして引きこもってるって……! 勝手につけてきた癖に、人のこと言いたい放題だな!」


「事実でしょ? ほら、さっきまで鬼みたいな顔して小石を木にぶつけてたじゃない。あそこの木の皮、すごく無残に剥がれてるわよ。木だって痛がってるわよ、きっと」


 レイがクスクスと笑いながら指さした先には、先ほどソウが全力で蹴り飛ばした小石が激突した太い木の幹があった。確かに、白い木肌が痛々しく露出しており、周囲の緑の中でそこだけが不自然な傷跡になっていた。

 それを指摘されたソウは、図星を突かれたように気まずい顔をし、慌てて視線を逸らす。


「うるせぇ……! 木の気持ちなんて分かるわけねぇだろ。自然なんてのは、弱肉強食で、強い奴が勝つだけの場所だ。親父を見れば分かるだろ……綺麗事なんかじゃ、誰も守れねぇんだよ」


 ソウの口から再び「親父」という言葉が出たとき、その声音には先ほどのような激しい怒りだけでなく、深い底なし沼のような絶望が混じっていた。


 レイはその変化を敏感に察知し、ふっと笑顔を消すと、真剣なまなざしでソウを見上げた。


「ねえ、ソウ。お父さんのこと……そんなに許せないの? 強すぎるお父さんが、あなたを置いて先に行っちゃうみたいで、怖いの?」

「……っ」


 図星を突かれたのか、ソウの体がびくりと揺れた。

 怖さではない、と否定しようとしたが、喉まで出かかった言葉が出てこない。


 ソウが恐れていたのは、親父に置いていかれることではない。あの絶望的な夜、化け物のようなガニメデを前にして無力だった自分と、同じように無力なまま立ち尽くす未来だった。そして何より、復讐の炎を燃やし続けていたはずの親父が、いつの間にかその怒りをどこかへ置き忘れ、静かな日常を受け入れているように見えることが、ソウには恐怖だったのだ。


「違う……そうじゃない」


 ソウは拳を強く握り締め、地面を見つめたまま絞り出すように言った。


「親父は強すぎる。でも、それだけじゃないんだ。あんなにひどい目に遭って、母さんがあんな風に殺されたっていうのに……どうしてあいつは、平然と生きていられるんだよ。どうして、復讐を忘れたかのように笑っていられるんだよ……!」


 声が震えていた。それは怒りというよりも、どこか置き去りにされた子供のような、切実な問いかけだった。

 母を奪われた痛みを、自分だけが今もなおリアルな傷口として抱え続けているような孤独感。親父さえもその痛みを手放してしまったとしたら、自分はこの世界で完全に独りぼっちになってしまうのではないかという、言いようのない不安。


 レイは、そのソウの背中がどれほど重く、冷たい孤独に満ちているかを悟った。

 彼女は言葉を探すように少しだけ目を伏せ、それから、ゆっくりとソウの大きな手に自分の小さな手を重ね合わせた。


「――っ!」


 突然の感触に、ソウは息を呑んだ。

 レイの手は、森の冷たい風にさらされて少し冷たかったが、そこには確かな温もりがあった。慌てて手を引っ込めようとしたソウだったが、レイはそれを許さないように、しっかりと、しかし優しくその指に自分の指を絡ませた。


「ソウは独りじゃないよ」


 レイは穏やかで、しかし揺るぎない声で言った。


「お父さんが何を考えているのか、私には分からない。もしかしたら、ソウと同じように苦しみを隠しているだけかもしれないし、別の答えを見つけたのかもしれない。でもね……たとえお父さんがどうであっても、私はここにいるよ」


「レイ……お前……」


「ソウがどれだけ強くなりたいと願っても、どれだけ復讐の鬼になろうとしても……私は、ソウがこれ以上自分を傷つけるところなんて見たくない。ねえ、一緒に背負わせてよ。私じゃ頼りないかもしれないけど、少しだけでも、その荷物を分けてよ……」


 レイの瞳に、きらりと光るものが浮かんでいた。それは同情や気まぐれなどではなく、ソウという一人の人間の生き様をまるごと受け止めようとする、切実なまでの愛情だった。


 夕暮れが近づくにつれ、木々の隙間から差し込む光の色が、少しずつオレンジ色へと変わり始めていた。木漏れ日のモザイクが、二人を優しく包み込むように揺れている。


 ソウは、目の前の少女の真摯な瞳を見つめたまま、言葉を失っていた。


 復讐という暗い呪縛に縛られ、誰も寄せ付けないことで自分を保っていたはずの世界に、レイという温かな光が無理やりこじ開けるようにして入り込んでくる。それは痛いほど眩しく、そして、どうしようもなく救われる感覚だった。


「……お前さ、本当に、おせっかいな女だな……」

 ソウは鼻の奥がツンと熱くなるのを隠すように、乱雑に顔を背けた。だが、重ねられた手を振り払うことはせず、むしろ無意識のうちに、その冷えた小さな手を自分の大きな手で包み込むように握り直していた。

 レイはそれに気づくと、パッと花が咲いたような美しい笑みを浮かべた。


「おせっかい上等よ。さあ、そろそろ村に戻りましょ? みんな心配してるし……何より、今日の夜ご飯はすごく豪華なんだから」


「……はぁ。全く、調子の狂うやつだ」

 大きな息をつきながらも、ソウの足取りは、先ほどまでの荒涼とした絶望の色を失っていた。

 村から流れてくる楽しげな喧騒が、今度は不思議と心地よく耳に届く。

 復讐の誓いが消えたわけではない。親父を超えるという目標が揺らいだわけでもない。だが、その果てしない道のりの途中で、ほんの少しだけ、一歩を踏み出すための温かな支えが、ソウの手の中にしっかりと握られていた。

 二人は並んで森の小道を歩き出す。

 背後に伸びる影は、夕日に照らされて長く伸びていたが、その足並みはもう、決して孤独なものではなかった。

お久しぶりの更新です!!


いつもお読みいただきありがとうございます。皆さまからのブックマークや高評価が、執筆の大きな励みになります。これからも楽しんでいただけるよう精一杯書いていきますので、引き続き応援よろしくお願いします!

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