8.いざ殴り込み
角を曲がると、山羊の鋳鉄看板が下がった店があらわれた。窓を覗くと、不自然なくらいニコニコした男がカウンターに手を置いて、客が来るのを待っている。
クルトは投げつけるのにちょうど良さそうな石を拾い集め、ドアを押し開けた。
ニコニコ男はさらにニコニコし、エルテを見ると、さらにニコニコし、――とにかく何をしても、ニコニコが止まらない。
「こんばんは」
「こんばんは」と、クルト。「ここで人殺しを頼めるってきいた」
「左様でございます」
「否定しないのか?」
「ここはロマリ地区ですからね」
「じゃあ、話がはやい。こっちのエルテは今日、殺しをしくじった。だから、あんたたちとは切れる。ペナルティを下したいところだろうが、もともと少女を仕込んで殺しをさせるのが邪道だった。これからはまっとうなやり方で暗殺をしていけばいい」
「参考におききしますが、まっとうなやり方で暗殺とはどのようなものでしょうか?」
ニコニコ男の手がそろそろとカウンターを滑っている。
部屋の奥にいる灰色の髭を生やした男は手をジャケットの下でもぞもぞ動かしてきた。
針が飛んできて、カンレルの首に刺さった。
「いてっ!」
袖からニコニコ男の手に短剣が滑り込む。
クルトとカンレルは立ち位置を素早く交換。
拾った石を灰色髭の暗殺者に投げると、吹き矢筒の割れる軽い音と額に紫の腫れをこさえる鈍い音がして、ひっくり返る。ニコニコ男はというと、首をカンレルにつかまれて、部屋の反対側に投げ飛ばされた。
カンレルがカウンターを飛び越え、猛進して、短剣を手にしたニコニコ男の手を踏みつけた。
「ぎゃあああああ!」
指が三本折れて、ニコニコ男は元ニコニコ男になった。
「あと何人いる?」
「は、八人」
カンレルが男の頭を蹴飛ばして黙らせると、首に刺さった吹き矢の針を抜いて、捨てながら、階段を上がっていく。
突き当りに両開き扉。ふたりでぶち当たり、そのまま伏せると、彼らの上に矢、投げナイフ、手斧が飛んできて、ドアの枠に刺さった。
クルトが立ち上がりながら、アンダースローで石を投げ、人を惑わす軌跡を見せながら、暗殺者の鼻をつぶす。
いてえ! カンレルがまた叫び声をあげた――尻に吹き矢の針が刺さったのだ。
吹き矢男が第二の針を装填しようとしているところにセロリとニンジンで作り上げた巨体が肩からぶつかって、吹っ飛んでいく。大震動。酒壜が転がって、壁から漆喰が剥げて落ちた。
クルトはというと、足を払って、肘で食らわす、手刀でこめかみを打つとスマートに敵を打ち倒していた。
カンレルが暗殺者の足首をつかんで、棍棒みたいにふりまわし、三つ子の手鉤男を薙ぎ倒す。
「よし。おれのほうが多く倒した」
「競争していたのか?」
「当たり前だ。七人倒したから、あとは親玉がひとり」
三階の一番きれいなドアをぶち破る。
拍手の音。
黒紅樹のデスクに紳士風の男が手を打っている。
「見事なものだ。わたしの手駒をこうもあっけなく倒すとは。それも十六、七の子どもに。きみたち、暗殺に興味はないかな?」
「ない。こちらの条件を話すぞ」
「ご随意に」
「エルテは足を洗う。嫌ならお前をその窓から捨てる」
「単純明快ですな」
ギルド長は髭を指で撫でた。
「返事をきこう」
「もちろん、あなたたちの言う通りにしますよ」
ギルド長はズボンの折り目に沿って左の人差し指を動かした。
鎧の置物から紫色のガスが噴き出し、部屋に充満する。
マスクをかぶったギルド長のくぐもった高笑いがきこえてきた。
「バカめ! ここでお前らは死ぬんだよ! 冥途の土産に教えてやるが、エルテは殺す。ただ、その前にケダモノってあだ名を持っている暴行魔に引き渡す。せいぜいなぶられればい……い?」
紫のガスのなか、クルトとカンレルが立っている。喘いだり、血の混じった泡を噴き出したりもしていない。
「な、なぜ――」
「へへーん。冥途の土産に教えてやるがな。おれたちは医務室に押し入って、毒消しという毒消しを全部飲みまくって、自分で作った分も飲みまくってからここに来たんだ。だから、毒を塗った吹き矢もナイフも全然平気。で、お前、エルテが足を洗うのは反対だって言ってたな」
「い、いや、違う。反対なんて言っていない。殺して、ケダモノに渡すと言っただけだ」
カンレルの拳が顔からマスクを吹っ飛ばす。
簡単に死なれては困るので、クルトは窓を全部開けて換気をした。そして、しゃがむ。
直後、クルトの真上をギルド長が飛び過ぎていき、そのまま、三階下の歩道へと落ちていく。
そこにはエルテが待っていた。
スーエンが駆け込んだ騎士の詰め所から、騎士判事と兵士たちがやってきて、暗殺者ギルドに手入れが入った。半殺しにされたギルド長を始め、元ニコニコ男や三つ子の手鉤男といったメンバーは全員逮捕された。スーエンにはエルテのことは話すなと言っておいたので、検挙がエルテにまで及ぶことはなかった。
「……わたしはどうしたら、いいんでしょうか?」
「学べばいい。人の助け方を。そういう学校に通っているんだ」
帰り道。エルテは自由を前に戸惑っていた。
「そう深刻に考える必要はない。カンレルを見てみろ」
「そうだそうだ、おれを見ろ」
「セロリかじって、喧嘩ができれば、幸せなんだぞ」
「ニンジンスティックがあれば、もっと幸せだ」
「そんなところから幸せについて考えてみればいい」
「わたしは……お肉があれば、幸せです」
「その調子だ」
おれの幸せは――アーナド島、海の底の学校、イヴ。
必ず見つけて見せるから。だから――。
このように幸せについての規定はできたが、彼らは知らない。
学校側が追試をすっぽかしたこと、医務室に押し入って毒消しを片っ端から消費したこと、ロマリ地区へ行ったことでのお仕置きを用意していて、彼らを不幸せにしようと手ぐすねひいて待っていることを。




