5.保健室にて
気づくと、白い部屋にいた。
ベッドのそばに水盤があり、白い天井に反射した光の模様が揺れている。
ゆっくり上体を起こすと、薄い綿のふとんが滑り落ちた。
薬瓶の棚。机に積み上がった本。乳鉢からキレミア草のツンとくるにおいがする――これにパマド水を加えると気持ちを落ち着かせる効果のある水薬ができる。
水盤の向こうにもベッド。そこにさっきの少女が眠っていた。寝息は安らかでクルトを癒した疲労から回復している最中だ。
「今年は当たり年だな」
振り向くと、無精髭を生やした白衣の男が大きなあくびをしていた。
「試験装置をべこべこにへこませて、と思ったら、元通りになったって。きみらの後の試験はさっぱり面白くなかったよ。印象が薄すぎる」
「あの……」
「自己紹介が遅れたな。ミティノーだ。この学校の保健医。壺のなかにアタマを突っ込んで抜けなくなったりしたら、おれがここにいることを思い出してくれ」
「――彼女は?」
「どうってことない。休んでるだけだ。まあ、半日は起きないだろうな。いまなら、キスし放題だぜ。――おい、やめろ。その『コイツ、前科あるんじゃないか?』って顔。前科なんかない。ただ、騎士判事に無料の社会奉仕を百二十時間ぶっ続けでやれって命じられただけで、それだって書類上は」
「試験の結果はどうなったんですか?」
「きみとその子――エルテって名前だ――は第一クラス決定だよ。いま、理事会は人間をボコボコにしながら癒せる変わり種を第一に入れるかどうかを揉めてるところだ」
「そうですか」
「その子、気になるのか? そりゃそうだよな。かわいいし、おてて重ねて、フクロウを元に戻して。まあ、そういうことなら、おれはもう一度散歩に行こう。若いふたりに嫉妬するほど初心じゃない。ただ、いたずらしそうになったら、思い出せ。社会奉仕ぶっ続け百二十時間だ。あっはっは」
気になる――と言えば、気になる。
昔の自分に似ている気がするし、イヴじゃないかと思う気もする。
でも、違う。イヴではない。
水盤に顔を写す。顔つきはクラウディオのころと変わりない。ただし、目が水晶の紫、髪が銀髪で父親を真似て後ろで結んでいる。ただ、顔かたちの問題だけではない。エルテからは殺戮から逃れて、海のなかに学校をつくろうとしたあの日、最後の平和で分かち合った嬉しさを感じられない。
ドタドタと音がきこえてくる。
上品なブーツでも邪な意思があれば、音に品はなくなる。
四人の馬鹿がやってきた。
自分を見舞いに来たわけではないことは分かる。実際、彼らはクルトを無視して、大きな花の籠と果物の籠を持ってあらわれた。
四人の甘ったるい賛辞をきく限り、エルテは既にちょっとした親衛隊がいるほどの人気があるらしい。入学二日目なのにだ。
そうか。世の少年というものはそんなふうに女の子にがっつくものなのか。でも、この子は――……まだ、確信があるわけではないか。とりあえず、
「彼女は休んでるんだ。静かにしてやれよ」
公爵の息子――スーエンという名だ――が肩をすくめる。
「やれやれ。エルテさんに似合わない、下賤な田舎のイモくんがまた――。ナイトを気取っているようだが、きみは王宮枢密院に出席できる方を立会人に勲爵されたことはあるのかね?」
「言っていることがよく分からないが、寝かせてやれ」
「もとはと言えば、きみを助けるために彼女はこんな目に遭っているんだ」
「そうだ。だから、寝かせてやれって言ってるんだ」
「嫌だと言ったら、どうするんだい?」
社会奉仕百二十時間、とこたえる前に、
「そりゃ殴り合うんだよ」
ゲッ、と四人が振り返ると、カンレルがニッカニカと笑って立っていた。
「癒しながら殴ったら、プラマイゼロだぜ。先公たちが認めた必殺のヒーリング・ストレート。癒されたいやつからかかってきな」
ヒーリングの前に必ず殺すという言葉がついている矛盾。こう言われてかかっていくものはいない。四人は逃げた。カンレルはつまらねえなあとこぼしながら、椅子を引きずって、クルトのベッドのそばに座り、スーエンたちが持ってきた果物籠から春リンゴを取り出し、かじった。
「うんめえ」
「一応、言っておくが、それはエルテのだ」
「まあ、固いこといいなさんな」
と、言っているあいだにひとつのリンゴが芯ぎりぎりまで食べられ、ふたつ目がカンレルの大きな手のなかにあった。
「クラス分けはどうなった?」
「おれ? 第一クラスになった」
「ヒーリングパンチが認められたのか?」
「たぶん手に負えないと思ったんだろ。しかし、いい天気だな。冬にシバかれた木どもが片っ端から葉っぱをつけ始める。そのうち、オッパイみたいにデカい実がなって、握りつぶすとジュースになる」
「あんた、肉好きだろ?」
「おれと知り合ったやつはみんなそう言う。でも、おれ、肉は苦手だ。食うと喉の奥がオエッてなる」
「嘘だろ」
「みんなそう言う。いいか。おれみたいな頑丈な体を手に入れる秘訣はな、毎朝の新鮮な野菜ジュースだ。肉じゃない」
いま、肉っていいました? と、ささやくように細い声が突然きこえ、カンレルがウオッと驚く。
エルテが目を覚まし、身を起こしていた。
「くそ、びびった。なんだ、生きてんのか?」
「死んでません……。少し疲れていただけです……」
「大丈夫なのか? ミティノー先生は半日は寝てるって言っていたが」
「そこまでヤワな作りはしていません。……それより、お肉は?」
「ねえよ」
「でも、お肉のこと話してましたよね……?」
「肉は食わない、サラダを食えって話をしてたんだ」
「そう、ですか……」
エルテは少しがっかりし、
「じゃあ……、お肉が来たら、起こしてください……」
と、また横になり、すうすう眠ってしまった。
「へーんなやつ」
「そうだな」
違う。公爵の息子のスーエンが来たときに起きていた。
薄く目を開け、スーエンを見ていた。




