4.試験とヒーリング・ストレート
最初の授業は治療魔法のレベルを見極めることだった。これはクラス分けにも関わる試験だった。
精錬所のホールに男子女子ともに集まり、一列に並んだ。ホールには二階回廊があり、その下のぐるりには魔石の再結晶化の五十七の段階を再現したレプリカが展示されていた。
カンレルが言った。
「死体置き場から持ってきた身元不明の死体を切り刻んで傷が何個塞がるかで勝ち負け決めるんだぜ」
「そんなわけないだろ」と、クルト。
静かに! と、号令がかかる。
鋲打ちした両開きドアが開いて、神経質そうな白衣の男があらわれた。
「諸君。まずは入学おめでとう。きみたちはこの学校で人間を治療するあらゆる方法を学ぶ。その過程で諸君は薬草学、薬学、解剖学、医学、生物学など多岐にわたった分野の学問があるが、そのなかでも特に重要なのが、術学だ。治療魔法と一般的に称される、精神力を治療の力に変換、出力するその特異的手法に才能を見出され、ここに集められた。我々教師陣はこの療術の水準によって、諸君らを分類し、効率のよい授業を組む。つまり、今日のこの瞬間で、諸君らが療術士として、どのように発展していくかが決まると言って間違いない。本当に患者を治療するつもりで試験に臨んでほしい。試験は男女ひとりずつ、ふたり一組で隣室で行う。まず、ラガス・デカヴェルカ。ミアーレ・フラティ。試験室へ入りなさい」
男子と女子がそれぞれひとりずつ、一組で試験室へと入る。
どんな試験が行われているのか分からないが、学生たちは本当に患者を治療したように消耗して、部屋から出てくる。なかには自分で歩けず、教師助手たちに引きずられるように運ばれるものもいた。
男子と女子は隣り合って、列をつくり、自分の番を待っている。
クルトの隣には黒髪を短くした少女が立っていた。褐色の肌、アメジストの瞳。小さく結ばれた口。表情はないも同然だった。だが、クルトには覚えがある。無表情のなかにわずかなあきらめ。クラウディオだったころ、彼はジャングルで彼女のような憂いを宿した少女たちを何十人と刺殺、絞殺、リミッターを外したことによる惨殺にしていた。理由はそのとき所属していた交戦団体の大人たちが『自分たちの主義に反するものは皆、殺せ』と命じていたからだ。そして、少女たちも同じように命令を受けていた。
その主義というのはカトリック至上主義、無政府主義、急進的なサン・シモン思想、マリファナ神秘主義といろいろあったが、どれひとつとして理解したことはなかったし、そのどれもが、イヴと一緒に伐り出した石を潜って運び、海の底に学校をつくることに比べれば、くだらないことだった。
――学校、完成させたかったね。クラウディオ……
「……おれもだよ。イヴ」
「そうだよな! よくあることだよな!」
飛び上がるところだった。
イヴに対する思慕を口に出したら、カンレルがそれに同意した。だが、正しく意味が通じていないことは修辞学の世界的権威でなくても分かる。
「なにがだよ、カンレル」
「だーかーらー、力の加減が難しいって話よ」
「もっと具体的に教えてくれ」
「計測器をちょっとへこませた」
「へこませた?」
隣室から絶望と手痛い損失を嘆く叫び声がきこえる。
「殴ったのか?」
「ああ。いや、正確には違う。まあ、運がなかったんだよ。あのフクロウは」
???
「分かんねえって顔だな。まあ、見せるのがはやいか」
そういうなり、カンレルはクルトの顔を殴った――かと思われたが、その拳はクルトの眉間すれすれで止まった。
そして、その拳は癒しの光を宿している。
「こういうことよ」
そう言って、今度は宙に向けて、連打を放つ。
握られた拳は構えて放たれ、伸び切ったところで癒しの光を纏う。
つまり、寸止めでのみ、対象は治療される。
「寸止めに失敗したら?」
クルトがたずねる。
「へこむ」
「寸止めが成功するのは?」
「十発に一度」
「おれはその一度に恵まれたわけだ」
「お前、ラッキーだぜ」
殴りながら、治療する療術士など、世界を探してもカンレルだけだろう。
ただ、悪いことばかりではない。
無尽の体力はその精神にも影響を及ぼしているのか、試験を終えたにも関わらず、カンレルは他の生徒のようにふらふらになっていない。
「ますます絶好調よ。おれは蹴りも使うんだがな。もっと光るぜ。おれの蹴りは。まあ、あの先公に見せる前に追い出されちまったけど」
クルト・ウィルセバ! エルテ・レフェルデン! と、教師が呼んだ。
「ほら、お前の番だぜ。試験はパワーだ。ガツンとへこませてやれ」
試験の間にはフクロウの像があった。クルトたちよりも少し低い像で材質が分からない。石のように見えるが、カンレルの言った通り、へこんでいる。砕けているわけではない。
「しかし――」
カンレルはへこんだと言ったが、これはもうボコボコだ。フクロウは目とくちばしと左の翼――つまり、クルト側の翼の表面が出来損ないのガラス壜みたいにぐにゃぐにゃになっていた。
精錬所の主――最初にちょっと演説した男は自分がボコボコにされたように嘆いている。
「なんて馬鹿力だ。その拳が癒光を纏うなんて。ティエル神よ、なぜ、そのような人間をお創りになったのですか? きみたちはまさか像を殴ったりしないだろうな?」
「しません。けど、派手にへこみましたね」
「ほんの三秒だ。三秒でこのざまだ。ストリツエン先生はなんてやつを連れてきたんだ。……試験を説明しよう。そのフクロウの像を癒すんだ。光に宿った回復量によって、フクロウの目が光る。最良は緑、最低は赤」
「カンレルはどうだったんですか?」
「緑だった。あの光ひとつひとつは非常に強い回復力があるが、拳がもろにぶつかったら、回復力よりもダメージのほうが大きくなるんじゃないか?」
クルトは部屋を見回した。藍色の石造り。非常に高い天井に窓ひとつない部屋で、香油にひたした灯芯が数十皿、様々な高さに吊るされて静かに燃えていたので、真昼のように明るく、ハッカのような香りがする。フクロウの像は一段高い円形の座に置いてある。そこがもっとも天井が高く、香油の灯も届かず、暗い。
クルトはフクロウ像に触れてみた。石のように見えるが、触った感覚は冷たい金属だ。
リミッターを軽く外すと、フクロウのへこみから軽く押し戻されるような気がした。
見た目は石、触ると金属、そして、生物的要素もあるのかもしれない。
変な物質だが、魔法もある世界だ。もう、この世界で十六年生きているから、そういうこともあるのだろうくらいにしか思えない。クラウディオだったころのリミッターよりはずっとこちらのほうがマシだ。
これ以上、リミッターを外すと後でふらふらになるなと思ったが、フクロウの像は確実に押し返し、元に戻ろうとしている。
――戻れる過去があるのはいいことだ。おれは絶対に戻れないけど。
同室の不始末を償うつもりでクルトはフクロウ像を元に戻すことにした。手のひらの光が淡い。たくさんの芽が伸びようとして手にぶつかっているような気がする。自分は芽を伸ばそうとしているのか、おさえようとしているのか分からなくなってきた。
べこっ。
翼の一部がふくらみ、震え出す。
思ったより、きつい。
それでも像は戻り続ける。
ぼこっ。べこっ。
クルトの意志とは関係なく、光は吸い取られるように像を照らす。
ふらり。足が鉛でできたみたいに感覚がなくなった。
倒れそうになったとき、少女がクルトの手を取った。
――ああ、そういえば、いたな。
あまり大きな声では言えないが、クルトは同じく試験を受けに来た少女のことをすっかり忘れていた。
「……そのまま、続けてください。わたしも手伝います」
少女の手から発せられる癒光がクルトを癒す。
意識が確かなものになり、足の感覚が戻り、光が戻る。
フクロウの像への回復も変わる。滑らかに、静かに元の姿へ。
像が完璧な姿に戻り、精錬所の教師が歓声を上げ、フクロウの目が緑に光ると同時に、ふたりは枯れるようにその場に崩れてしまった。




