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43.マントは盾になる

 商店に挟まれた階段を降りた先にねむの木を囲む小さな広場があり、隠れた名店はそこにあった。

 メニューはナスの炒め物のみ。

 オリーブオイルとニンニク、そして、少量の塩だけ。パセリもバジルもない。

「うめえ!」

 これで名店になるのはどれだけの技量が必要かをカンレルは舌で知っている。

 ただ、カンレルの舌はグルメとは違う、全方位型の幸せな舌で、水でさっと洗ったキャベツの丸かじりを「うめえ!」と思えるし、昨日のスープ鍋の底に残った野菜くずと香辛料の塊に細いニンジンを皮を剥いただけで放り込み、煮詰めたものでも「うめえ!」と思える。

「こだわったもんをうめえって思うのはわかるけどよ、でも、こだわったもんじゃなきゃうめえと思えないのは人生の半分が死んじまったようなもんだぜ」

「大切なのは柔軟性ですか」

「それに感謝の心だぜ。地面に感謝。太陽に感謝。お百姓さんに感謝だぜ」

「哲学を専門家から学んだ経験がありますか?」

「え? そんなもんないけど」

「そうですか。そういえば、あなたは癒光を扱える療術士とききました」

「みんなは剣闘士のほうがお似合いだって言うぜ。おれもそう思う。どこか悪いのか?」

「いえ。わたしはいろいろなものを蒐集しているのですが、癒光にも興味が出てきたのです」

「おれの癒光、ちょっと特殊よ?」

「ええ。風の噂でききました。ルィダーの療術学校で測定装置を癒しながら壊した学生の話を」

「あ、それ、おれ」

「先ほどの形場では体当たりに癒光が発生するのを見ました。そういう方の癒光は初めて見ました。興味は湧きましたが、癒光は体力と精神力を消耗します。軽々しくお願いするのは大変心苦しいのですが、わたしに癒光をかけてくださいませんでしょうか?」

「おれは別に全然いいけど、顔、へこむかもよ?」

「構いません」

 カンレルは立ち上がった。

 拳を顔の前に引き寄せるように構えて、シュッ、とジャブを放つ。

 拳はハルキアシュの目の前で止まり、エメラルド色の温かい光がじんわりと光った。

「これは――」と、寸止めに反応もなくハルキアシュは分析する。「また独特の効用ですね。癒しの染み込み方が複数の点で始まっています。それなのに治療の進行がこちらのほうがずっとはやい」

「治療は患部を包囲殲滅するみたいだって患者たちは言うんだよ」

「なるほど。体内での癒光もまた軍事的な展開を行う。実に興味深い」

「今日はうまいナスとブロッコリーをたらふく食えたから調子がいい」

「ふふ。あなたに治療してもらう人は野菜を持っていったほうが効果を望めそうですね」

「それそれ」


 カンレルがハルキアシュとわかれ、神殿宿舎に戻ったとき、エルテは夜の探索にでかけ、キシュティは寝ていて、黒板は1とだけ書いてあった。特別な意味がありそうだがどうせブロッコリーは食えないに違いないと思って、気にしないことにした。

 クルトの部屋の扉の隙間から光が漏れていた。

「クルト、まだ起きてるのか? おーい、クルト、きいてくれよ。キシュティの憧れの的に道でばったりであったんだが、こいつがまた恐ろしくナスのうまい店を知ってて――」

 あ、と、クルトが声をあげる。

 その左手は袖をやぶって筋肉が膨らんで、紫の皮膚にふくらんだ血管が走り、そして、上腕と並行して大きな刃が生えていた。


 日が暮れて、少し経ったころだった。

 腕が脹らんだ。熱を持って、袖は裂かれながら焦げた。

 苦しくて床に転がったが、助けは求められなかった。

 ハトゥーヌムがついにリミッターに接触した。

 そして、手始めに左腕を変えた。

「あ、あ」

 指がまがまがしく固定して曲がり、腕から刃が生えだすと、激痛のあまり叫ばないよう、ベルトを噛んだ。

「ぐ、うっ!」

 全てが終わったとき、クルトの腕は化け物になっていた。

 最初に思ったのは、カンレルとエルテのことだった。

「きっと、恐れられる」

 だが、シャツで隠すことは無理だ。

「どうすれば」

 そのときだった。

「クルト、まだ起きてるのか? おーい、クルト、きいてくれよ。キシュティの憧れの的に道でばったりであったんだが、こいつがまた恐ろしくナスのうまい店を知ってて――」

「あ」

 カンレルはドア口でぴたりと止まった。

 そして、何も言わず、外に出た。

 終わった、と、思った。

 親友だ。でも、こんなものを許してくれると思うのは友情に付け込むようなものだ。

 でも。

 クラウディオだったころのことが責めてくる。

 ひとりで、南米で無軌道な殺戮に明け暮れていたころ。

 パランテロ先生に、ストリツエン先生にいてほしかった。

 そして、

「父さん……母さん……」

 ドタドタバタ!

 騒々しい足音。

「な、ほんとだったろ!」と、カンレル。

「おお」と、エルテ。

「クルトの腕が、めっちゃかっこよくなった!」

「かっこよくなった」

「でも、このまま歩いたら大騒ぎになるからな」

 そう言って、カンレルは厚手のウールのマントをひと折りして、クルトの変形した腕を覆い隠した。

「よし、隠れた。エルテ、例のものを!」

「了解」

 そういってエルテは年代物の使い古されたレイピアと油をしっかり擦り込んだ剣吊りベルトを取り出し、クルトの腰に巻いたベルトにレイピアを抜きやすい位置に調節して、装着した。

「これでどう見ても、レイピア剣士の決闘屋だぜ。マントが特にリアリティを出してくれる」

「あいつら、喧嘩するときはマントを腕にかけて盾の代わりにするから」

「常在戦場だぜ、クルト」

「常在戦場――クルト、泣いてるの?」

 クルトは右手の指で涙をぬぐった。

「泣いてない」

「泣いてる」

「泣いてないっ」

「んもう、クルトちゃん、かわいーっ!」

 カンレルがガシッとクルトに抱き着く。

「かわいい」

 エルテもぴとっとくっつく。

 カンレルが右手で、ちょいちょい、と手招きする。

 戸口にいたキシュティが慌てて隠れる。

「お前も来い」

「別に僕は心配で来たわけではない」

「いいから来い!」

 カンレルの長い腕がキシュティをとっつかまえて、クルトに押しつける。

 三人にぎゅうぎゅうにくっつかれて、クルトが言った。

「あー、もう、うっとおしい!」

申し訳ありません。

今回から更新を三日に一回に変更いたします。

更新時刻は7時ごろのままです。

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