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41.銀は神よりも尊い

 港町クル=クホ。

 大きな銀取引所があるため、クルカロアス諸島のみならず沿岸諸国から商船が集まる。

 ここに来る人間はふたつにわかれる。

 ひとつ目は港湾役人に今日の銀の相場をきく人間。

 そして、ふたつ目は船を降りるなり、涙を流して地面にキスをする人間だ。

 ふたつ目のタイプの共通点はみまヒムハジュからやってきたことだ……。

 船に長く乗っていると、陸に上がったとき、揺れが体に残るが、ヒムハジュとクル=クホを結ぶ航路をやってきたものたちの残り方は尋常ではなく、十ヤードとまっすぐ歩けないほど揺れる。

 クルトたちはもう仕方がないので、桟橋に腰を下ろし、右へ左へ張り倒されるようにやってくる体の揺れが地面にこなれて消えていくのを待つことにした。

 暇人はろくなことを考えないものだが、キシュティは何か考えがあるらしく、クルトたちに紙を一枚ずつ配ってきた。

「なんだ、こりゃ?」

「きみたちの僕に対する態度を鑑みて、きみたちが僕のことを本当はどう思っているかを秘密投票で確認することにした。ときどき、偉大な存在を尊敬したいのについ人の目があるとあまのじゃくになるものたちがいる。だから、秘密投票できみたちの僕に対する感情を確かめることにした。さあ、遠慮なく描いてくれたまえ。投票結果は絶対に漏らさない」

 そういって渡された紙をクルトは見た。どうも船のなかで書いたらしい、ぐちゃぐちゃの文字でキシュティを尊敬するか?と書いてあったので、しない、と書いて、キシュティに渡した。

 すると、キシュティはこう言った。

「尊敬するがふたり、しないがひとりだ」

 それをきき、クルト、カンレル、エルテはいっせいに「尊敬すると書いたのか?」とたずねあった。

「おい、その紙、ちょっと見せろ」

「ダメだ。これは秘密投票だ。投票の公平性は担保されなければならない」

「いいから、見せろ!」

「ああ!」

 カンレルが取り上げた投票用紙にはみな、尊敬しない、と書いてあった。

「みんな、しない、って書いてあるじゃねえか!」

「秘密投票の原則が!」

「投票結果のごまかしのほうが問題だ」と、クルト。

 くだらないやり取りをしているうちに揺れが体から抜けた。

 さらに失われたキシュティの権威は荒れた海へと残していき、四人は大神殿に向かった。


 一番立派な建物が大神殿だろうと思って、入ってみたら、そこは銀取引所だった。

 そこでは銀が神であり、神には純度と大きさがあった。

 金も貨幣ではあるが、貴重品としての意味も強い。だから、銀は流通の主流であり、金貨や銅貨をひとりの人間が独占しても世界はまわるが、銀貨が独占されたら世界は止まる。

 まさに銀とは神なのだ。

 クルトは相場の変化で泣いたり喜んだりする相場師たちを指差して、

「ここにいる連中にも一枚ずつ投票用紙を配ってみるといい」

 と、言った。

 キシュティは、ふん、とすねるかと思ったら、投票用紙を作り始めたので、やめさせた。

 クルトが観察してわかったことは神殿と銀取引所にはとんでもない共通点があった。

 神殿に神がいないように、銀取引所には取引の形としての銀が存在しなかった。相場師たちの財布に銀貨はあるだろうが、取引される銀は存在しない。買う約束と売る約束があるだけだ。

 と、皮肉な見方をしてはいけない。クルトは首をふる。自分が化け物になるか否かは神殿にきちんと神がいて、哀れな人類を助けてやろうという気になってくれるかどうかなのだ。


 大神殿の解呪の儀式はいつもどおりだった。

 パンが燃え尽きて、油が残り、キシュティの権威がほんの少し回復した。

 儀式のあいだ、ハトゥーヌムは胸のなかで温もった。

 それはとても気持ちがよく、意識が溶けてしまいそうだ。

 自分が消えたら、この温もりが味わえなくなる。

 そう、ハトゥーヌムが言っているようだ。

 だが、そんなことをしてくれれば、自信が持てた。

 パランテロ先生がこんなことをするはずはない、と。

「きっと、何か理由があるんだ」

 儀式が終わると、クルトはへたりこんだ。

「おい、クルト、大丈夫かよ?」

「僕が解呪をしているんだ、大丈夫に決まっている」

「クルト、少し休む?」

 うつむくクルトをのぞき込むようにエルテがたずねる。

「そうしてもらえると助かる」

 その後、一行は大神殿の宿舎に入った。中央に大きな部屋があり、そこから各部屋につながっている。装飾は神話や王の伝説を描いたもので簡素に見えるが、顔料は貴石を原料にしたものであり、見る人が見れば価値がわかる。

 そんな宿舎に場違いな黒板が一枚ある。数字は53。ところが、クルトたちが宿舎にやってきて、それぞれ荷物を部屋において、中央の間に戻ると、数字は49になっていた。誰かが字を書きなおしたららしい。

 そんなことを考えていると、神殿の小使いの少年が走ってきて、濡れた海綿で字を消して、チョークで50=50=51と書いた。

「おい、坊主」とカンレルがたずねる。「こりゃ何の数字だ?」

「銀の相場だよ」

 銀相場。

 それは神域にも入り込むほどのものらしい。

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