39.星の光が示す道
「おー、おー。すげえ海だな」
カンレルが望遠鏡で眺めているのは塩水で出来た山が崩れて、谷になり、また山になる繰り返しだった。
「これからあんな海に行くなんて、こいつはひっでえことになりやがる」
クルトたちが乗る船〈転がるタワシ〉号の船長はカンレルの言葉に対して、
「いや。今日はむしろ平和なほうだ」
大波は普通、嵐のなかで起きるが、クル=クホ海路の波は底抜けに明るい青空のもとで起こる。
だから、普通の荒れた海よりも不気味だ。
「船ごと、ひっくり返って死んじまった連中はいるのか?」
「まあまあ、いる。絵のなかじゃ水死体ってのはいつだってお姫さまできれいなもんだ。だが、海を知っている人間なら水死体が腐ったガスを体にたくわえて脹らむって言う。そして、実際に海で生きる人間は水死体ってのが藻に覆われたボールだって知ってる。ほんとだぞ。首と手足がなくなって、ガスは抜けて
、胴体だけのボールになるんだ。どこかで砂浜歩いてて、よくわからない、デカい藻のボールを見つけたら、それは水死体の成れの果てだと思っておけ」
「へー」
一歩前に進むと、ぐ、と服が突っ張る。
振り返ると、うつむいたエルテがカンレルの上着の裾をつかんでいた。
「なんだよ?」
「……なんでもない」
「なんでもない、って、裾つかんでて、なんでもねーわけないだろ」
「……」
カンレルは荒れ狂う海へ目をやって、
「なあ、船長。船が出るまで、どのくらい時間があるんだ? ちょっと便所行きたくなっちゃった」
生薬を売る店も紅かった。売り場台も紅いし、カウンターの後ろにある、狭い幅に深い奥行きの引き出しをつけた薬材棚も紅かった。
既に調合済みの薬は輸入物の高いガラス瓶に入っていて、長い柄のついた柄杓でひとすくいいくらで売っている。
カンレルはその薬の前で腕を組み、難しそうな顔をした。薬剤師がカンレルにたずねた。
「あんまり薬が必要そうに見えませんね」
「こう見えて、療術士だ」
「見えませんね」
「地下闘技場で十人抜きでもしてるほうが似合うってよく言われるぜ。鎮静ポーションはこの瓶か?」
「そうですね。効き目は保証しますよ」
ガラス瓶には青いポーションが八分目入っている。念入りにろ過したのだろう、材料のクズが底に沈んだりしていない。
カンレルは、表紙に〈絶対に覚えておくこと!〉とクルトの殴り書きがしてある手帳を開いた。
そこには薬草の効能と過剰摂取時の症状、それに基本的な薬の材料と作り方が書いてあった。
「ん~?」
鎮痛・鎮静作用のあるポーションの材料として癒しのセージ、グリマの地下茎、白ワインが挙げられている。
サルヴェリカは抗炎症、鎮静作用があって、外傷向け。
グリマの地下茎は骨折治療や再生作用がある。
そして、媒材が白ワイン。
カンレルはページをめくり、〈キノコ・菌類〉
スターライト・ファンガス。ファンガス。クルトのデッサン付き。これは薄くて透明で少し光るキノコもどきで、方向感覚の修正効果がある。
「おっさん。サルヴェリカ、グリマの根っこ、白ワインにスターライト・ファンガスを混ぜてくれ」
「なんの薬だ?」
「船酔いの薬だよ」




