32.昔取った杵柄
あの壁画がつくられた経緯はわからない。
〈門〉と、それにリミッターについて、知らせたものが古代にいたのだ。
それがパランテロ先生なのか、それともイヴなのか。
確かなことはこのまま放置すれば化け物になること。
「ハトゥーヌムは古クルカン語で門を意味する。しかし、その門は家につけられるようなものではなく、訳すのが難しいが、もっと抽象的なものだ。そして、門に関わる何かが災いをもたらす」
「このバケモノか?」
「本当にこのバケモノがあらわれて、危機に瀕したととらえるのは時期尚早だ。これはカタストロフの戯画化されたものかもしれない」
壁画のなかにパランテロ先生はいなかった。
カラハ市街の支配者は太守だが、その太守がいつ亡くなるかわからないとなると、次の権威は大神官になる。しかも、偽の大神官は本物よりも大神官らしく見え、また死の予言を当てようと毒を盛り、刺客を送り込もうとしているのだから、まったくの世間知らずというわけではなさそうだ。
カラハから外れたジャングルに開拓村というものがある。
太守が主導してカカオの栽培に適した土地を探すための政策ということになっているが、実際は偽の大神官から死の予言を受け、逃れてきた避難地だ。偽の大神官は居座ってから、それほど時間が経っているわけではないが、かなりの人間が死を予言されて、逃げる羽目になっていた。
その内容は興味深いものだった。地方の神官、教師、法律家、詩人、カカオ商人であり、偽の大神官は明らかに反抗的な指導者層を狙って、死を予言していた。カンレルはこのうち、戦えそうな人間を指折り数えることにしたが、いつまでたっても指を折ることができなかった。戦うどころか、自分の食事を煮る火さえ起こせなかった。
「しょーがねえなあ!」
カンレルは嬉しそうだった。活躍できない人間の分だけ自分が戦えばいいのだ。
大神官キシュティはもちろん、この亡命指導者たちから最上級の敬意を持って迎えられ、そして、最も役立たずとして仲間入りした。
「おれに必勝の策がある」
それはキシュティを袋詰めにしてこん棒の代わりにして敵を蹴散らしながら神殿へ走る。クルトはその後ろをついていく。
そして、神殿に着いて、敵を駆逐したら、袋からキシュティを取り出して、さっさと供物のパンを神さまに捧げ、儀式が終わったら、また袋に詰めて、振り回しながら撤退。
「この策の困ったところは相手が戦意を失って降伏してくることだ。そうしたら、殴れねえ。弱いものいじめになっちまうもんな」
「僕を袋詰めにしてふりまわすのは弱いものいじめじゃないのか!」
作戦と衝動的暴力のあいだに差があることをカンレルに教えるのは骨が折れるが、昨夜、クルトたちを窮地から救った影たち、その長を務めるずんぐりした男――シュ・クブヌヌには別の計画があった。
「暗殺?」クルトは眉を寄せた。
クブヌヌが言うには既に太守の命令でいざというときの工作員をカラハに残してある。
これまでも行った暗殺を、ただ偽の大神官でやるだけのこと。
ただ、決行にどうしても足りないものがある――それがキシュティだった。
偽の大神官を殺害すれば信徒たちの混乱をまねくが、その後、本物の大神官があらわれれば、被害は少なくて済む。こうしてキシュティがあらわれた以上、速やかに偽の大神官を排除する必要があった。
人手はいくらあっても足りない。エルテは暗殺術を身につけ、肌も褐色だから、カラハの街に紛れやすい。
「でも、それは――」
エルテに人を殺させることになるかもしれない。
クルトは難色を示した。
カンレルも難色を示したが、ちょっと示し方がズレていて、
「おいおいおい。また、肉食って、泣くんじゃねえの?」
ガッ! エルテがカンレルの脛を蹴る。
「いってえ!」
「別にわたしは平気」
「そうは言うが」
エルテは、ふふっ、と笑った。
「殺すかどうかはきちんと自分で決められる」
クルトに気遣われるのは楽しかった。
だから、それが最速の手段なら殺す。
あの壁画を見たときのクルトの顔を見て、そう決めた。
シュ・クブヌヌがクルトにこっそり教えてくれたが、偽の大神官を暗殺した後、速やかにカラハの混乱を収めるために、供物の儀式を執り行う真の大神官を民に見せる必要があった。そのときはカンレルが言ったやり方で大神官を連れてきてもらいたいとのことだった。




