27.風
三月の終わりに近づくと、豊作を祈る祭りが穀倉地帯のあちこちで行われる。
すると、いつものローストチキンにちょっといいスパイスを使うため、アセンポートでは香辛料の樽が船倉から倉庫に入るそばから買い手が決まって運び出される。
その時期の桟橋は香辛料商人たちでいっぱいになるものだが、その日は医者でいっぱいになった。
クルカロアス王国行きのキャラック船が停泊していて、医者は旅立つ若者たちに達者でやれよ、――というかわりに、クルカロアスではカカオの火酒があるというが本当かとか、クルカロアスではアメジストでつくった八面サイコロを使うそうだが本当かとか、クルカロアスの娘っ子たちは褐色の肌がピーナッツが音を立てて弾けるみたいにぴちぴちしているそうだが本当かといった問いが投げかけられていた。
クルトたちにはひとつとしてこたえられる質問がなかったが、唯一、向こうに行ってもお元気でと言ってくれたシプリアノ・メーナ博士はずびずびと泣きながら、クルトたちの手を取って温い涙を落としていった。
「ぐすっ。向こうに行ったら、体に気をつけて。癒光の使い過ぎで倒れちゃだめですよ」
「ええ。先生も気をつけてくださいね」
マクマーオン博士は船の上で食べるといいと言って、カンレルには小さなピクルスとパプリカとオリーブと嘘みたいに小さな玉ねぎを串刺しにして酢とニンニクで味付けしたものを十本、エルテにはひき肉と玉ねぎをパイ生地で包んで焼いたものを十個、そして、クルトにはカタクチイワシの酢漬けにオリーブオイルと刻んだ玉ねぎとパセリをふったものを十尾、瓶に詰めて渡した。
「お弁当というよりはおつまみですね」
「わたしのベストセレクトだ。パンは船で調達してくれ」
ド=テシィ博士は三人の旅が失敗するほうに金貨一枚を賭けたと言った。
「僕がギャンブルから大損の愉悦を引き出せるように、ぜひ旅を成功させてくれ。それじゃ、達者でね」
そして、コルネゼ博士はエルテにこの期間中、口説かなかったのは子どもに手を出さないことにしているからだといい、
「五年後に会いましょう。楽しみに待ってます」
と、微笑んだ。
船乗りが叫んだ「船が出るぞう!」
渡し板を歩き、甲板からクルトたちは貧民施療院の医者たちに手をふった。
医者たちはめいめいの欲望へと突っ走っていったが、シプリアノ・メーナ博士だけが手を振り続けた。
背が高く、腕が長いので、船がだいぶ遠のいても、手を振っているのがわかった、
クルトたちはもう戻って大丈夫と叫んだが、それでも手を振り続けた。
クラウディオとイヴはなぜ自分たちが殺し合わないのかわからないまま、パランテロ先生のテラスに座り、コーヒーを淹れてもらっていた。
「長生きするといろいろなことが起こるのに直面するが、たいていのことは本を読めば、説明がつく。この戦争についてはさっぱり分からないが、そのうち全てを網羅した本が出るだろう。それまで生きていられるかは分からないが。『門』についても同じこと。この空っぽのジャングルだけが残った大陸で殺し合っているうちは分からないが、何十年も経てば、利害関係者がほとんど死んで、必要以上に偏った見方をせずに済み、物事をきちんと分析できるようになる。そのとき、全てが分かるだろう。きみたちはそのころ生きているかもしれんし、死んでいるかもしれんし、生きているはずなのに死んでしまったような気がしたまま、人生の残りを過ごさなくてはいけないのかもしれない。だが、どうして人は『門』のために戦えるのに、風のために戦わないのだろう? 風は青く澄んでいることもあれば、琥珀のように輝き、あちこちを照らし出すこともある。もし、風を自分一人のものにできれば、見たいと思った雲や日光の差し方を思い通りにできる。美しいものが見たいと思えば、空を仰げば、そいつのためだけに風がとっておきの景色を用意してくれる。アンデスの頂に雲をかけることも、アマゾン河の水を遡らせることもできる。灰色に褪めた風を使えれば、歴史を遡ることだってできる。そして、何よりも風は帆をふくらませ、人を海へといざなってくれるじゃないか」




