24.コーン・ティー
炒ったとうもろこしの粒を溶岩の鉢で念入りにすり潰して煮込む。
ポコポコとあぶくの弾けるコーン・ティーを鍋から素焼きのカップに注ぎ、手渡してくれる。
香ばしさがまず勝つが、口にすると、熱さの後にやってくる自然で取り繕わない甘み。
「あー。うまい」
カンレルは幸せになり、弁護士の顔の真ん中をへこむまで殴る考えを捨てた。
「お前さんが知り合いを連れてくるなんて初めてだな」
クルカロアス人の老人が言った。その口ぶりだとおそらくカンレルはかなり長く通っているようだ。
おかわり、と言われ、老人は柄杓を手に取って、鍋を底からかき混ぜて、一杯注ぎ込んだ。
とうもろこし色の口髭をたくわえた褐色の肌。細面だが、顔が南国らしいがっしりとした肩の上にあるものだから、ますます細く見えた。クルカロアス王国はいくつかの中小の島からなっていて、どの島も冬を知らず温かい。だから、アセンポートの冬をしのぐために毛織物を着ているが、その上には青と赤からなる帯や青銅の短剣、頭に巻いた青いターバン、魚牛の角などクルカロアス風の服や飾りをつけていた。
車輪付きの屋台は船着き場にあり、四人は折り畳みの長椅子に座り、体のなかから効いてくるコーン・ティーの温かさにほっと息をついた。
世界の果てに落陽が見える。雲と海の隙間から世界はオレンジに燃え、停泊する船のロープが影絵をつくる。商品のやり取りをする時間はとっくに終わり、いま、桟橋にいるのは暇人と夜にしか釣れない魚を狙う釣り人くらいのものだった。
「なんだって? そんな恩知らずをぶん殴らずにいるなんて」
「やっぱ、じいさんもそう思うか?」
「おい、やめろ」クルトが止める。
冗談だよ、と、老人は笑った。
「お前さんにしちゃ、いい我慢をしたよ。お得意が弁護士にえぐい慰謝料吹っかけられたなんて噂、ききたくないからな」
「でもさ、じいさん。助けてもらったこともないことにするってどういうことだよ?」
「そりゃ、客が上流階級なら使う医者も上流階級じゃないといけない。貧乏人のタダの治療をしてもらったなんてことが客や同業者に知られたら、なめられる」
「でも、無料で治療することは悪いことなんですか」シプリアノが不安げにたずねる。
「いいか、悪いかで言ったら、悪いな」
「でも、みなさん、お金がないんです」
「弁護士野郎はそうじゃないだろ?」
「そうですが」
「まあ、これに懲りたら、タダで病気を治すごとに誓約書か借用書でも書かせることだな。で、治療費を払わなかったら裁判だ。ちゃっかり生きてけ」
「このじいさんのいう通りだぜ。じいさん、ちゃっかりしてるから絶対にツケで飲ませない」
「当たり前だろ。一杯銅貨一枚のものをツケで飲むんじゃない」
「でも」と、シプリアノ。「本当に困っている人の場合はどうしたほうがいいでしょう?」
「そのうち金ができたら、取り立てたらいい」
「でも、いつもお金がないんです。みなさん、そう言っています」
老人は苦笑いしながら、とうもろこしが焦げつかないよう、鍋のなかをかき混ぜた。
「いいかい? 無料で奉仕することは悪なんだ。なんでだと思う? まず、人間を図々しくさせる。自分は無料で奉仕されて当然なんだとうぬぼれる。次に嘘をつかせる。払えるカネがあるのに、払いたくなくて、そして、払わずに済むから、カネがないって嘘をつくんだ。そして、これが最大の悪だが、忘恩。人間何がいけないって、人から受けた恩義を忘れるのがいけない。それが、あんた、わかってるだろう?」
「……はい」
「そんなわけで、人を悪へと誘わないために、がんがん守銭奴になることだ」
「……できません」
「そうか」
「わたしは自分勝手です。でも、……わたしには、困った人を見捨てる、そんな勇気はないんです。だって、その人は世界じゅうから見捨てられて、わたしが最後のひとりになるかもしれない、そう思ったら、絶対に見捨ててはいけない、そう思うんです」
今にも涙がこぼれそうな大きな瞳に水平線にひかれたオレンジの影が映っている。
「人間を守銭奴にするには夕焼けがきれいすぎるな」
老人は柄杓を底まで沈めて、その一杯を網で濾しながら新しいコップに入れて、シプリアノにわたした。
「これ、飲みな。この鍋の底にたまった一番濃厚でうまいコーン・ティーだ」
カンレルがハッとする。「は? そんなうまそうなもんがあったのか?」
「当たり前だ。教えてない。わしのひとりのための、一日お仕事ご苦労さまだ」
「おいくらですか?」
「タダだ」
「あ、あの、誓約書、書きますね」
「いらんよ。そういう生き方も、まあ、ありだなって、こっちが影響されたくらいだよ。だから、何も言わず、飲んでくれ」
「……はい」
口にする
ぽろぽろと涙がこぼれだした。
「おいしいです。でも、涙が流れます」
寮に帰り、クルトとカンレルはランプを手に、その日の夕飯が何だろうと、調理場を覗きに行くと、その出入口でエルテがなかを覗いていた。
なかでは、通いの料理女たちがひき肉と刻んだビーツで真っ赤な肉団子料理をこさえているのだが、その肉団子が三十七個しかない。そして、施療院の医者たちが三十七人。
ひとりひとつしかない肉団子にはエルテの無表情も戦慄と絶望で目を見開き、震えが来る。
クルトが呼びかけて、エルテは振り向いた。
「ふたりとも、そんな殺気丸出しの顔で通りを歩いてたの? よく治安官に止められなかったわね。何があったの?」
ふたりは説明した。
コーン・ティーが流させた涙について。
クルトはなるべく落ち着いて、カンレルは感情むき出しで、そして、結局クルトもカンレルに引きずられるようにして説明した。
それをきいたエルテは肩をすくめて、ため息をつき、部屋へ戻ってしまった。
そして、暗殺者用の黒装束にナイフやその他、人の家に忍び込むのに使えそうな道具を身につけて戻ってきた。
「ふたりとも優しすぎる。わたしがそこにいたら、二秒で殺してる。でも、安心して。こんな格好で出かけるけど、殺すつもりはないから」
そう言って、黒装束を隠すようにマントを羽織った。




