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19.三人の典型的な貧乏医者

 雨漏りが三か所、窓には監獄そっくりの鉄格子、書き物机はあるが椅子がないので港で捨てられていた木箱にキャンバス地を重ねて釘打ちして椅子とした。

 ところが、こういう貧乏部屋になくてはならない隙間風が吹き込む箇所はない。この部屋を前に使っていた医者がひどい寒がりだったのだろう、壁の全てのヒビと穴にタールに浸けたぼろきれを突っ込んでいたからだ。

 あてがわれる寮の部屋から察するに、貧民施療院の医者は診察する貧民よりも貧乏なものが多いようだ。

 医学校で人を救う術を学んだのに、雨漏りのする部屋でくらしながら、ハッカ水と「栄養をつけろ」のアドバイスを繰り返す羽目になるのは、喜劇の結果だった。

 お酒、賭博、女性問題。

 マクマーオン博士はお酒型の長老で若いころに親から継いだ医院を全部飲んでしまって、それ以来、この施療院で働いている。というより、三十年前の施療院設立以来のメンバーである。

「あのときは五人しかいなかった。酒がふたり、賭博がふたり、女でひとり。いまは三十人以上がここでこき使われている。つまり、世のなかはいいほうに転がっている。貧民にも医療を行き渡らせるために人生棒にふった医者が多いというわけだ」

 これから冬が来ると、クルトの部屋に遊びに来る医者は割といる。隙間風がないというのはまるで宮殿みたいなものなのだ。

「わたしはこの通り、酒でダメになったわけだが、いろいろな飲んだくれを見てきた。だから、ちょっとした分類と統計を取ることができる」

「分類、ですか?」

「そうだ。まず、わたしのような純粋な飲んだくれ、飲んで飲んで、ただ飲んだくれる毎日を送ったものは以外と少ない。だいたい酒にプラスして何かがある。やんごとなき方々が集まるパーティに出て、ちょっとワインを飲み過ぎて、気がついたら聖堂参事会員の奥方の胸に手を突っ込むような連中、つまり酒と女の複合型でその手を切り落とすか町を出ていくか選ばされた手合いなんか多い。あと、きみの友人のカンレルみたいに市長とか司教とか殴ってはいけない人物をぶん殴った連中も多い。きみの友人とその手の馬鹿たちの違いは、癒光のあるなしだ。しかし、本当に拳の先に癒光をまとうとは。医者人生長いが初めて見たよ。惜しいことは寸止めが失敗したら、へこむことか」

「あはは……」

「ワインを飲むことは旅の楽しみだ。田舎のワインはみなドロッとしていて、そのままでは飲めない。それを蜂蜜を溶かしたお湯で割るか、オリーブオイルで割るか、ビネガーとハーブでバランスを取るか。これはその宿屋ごとの秘伝がある。だから、わざと遠回りして、ワインの割り味を楽しんで行こう。素晴らしい。わたしくらいの飲んだくれになると、味などどうでもよくて、大切なのは度の強さだ。蒸留酒を火酒と呼ぶのは意味があってのことだ。壺に注いで火をつけて投石機でぶっ飛ばしたら兵器として通用するくらいに強いやつでなきゃいけない」

「先生は城壁じゃないんですから、そんなお酒を飲み続けていたら、本当に壊れてしまいますよ」

「そのときにはきみに見てもらって、蒸留酒を処方してもらうさ」

「もう」

「あと、ひとつ。きみときみのお友だちたちのことなんだが、あまり癒光を使わないほうがいい」

「なぜです?」

「チンピラたちが多少無理をしても癒光でなおしてもらえると思って、平気で刺し合うようになる。ここに着いたら、きみたちは癒光でなおしてしまうだろう?」

「それが治療として合理的だったら、そうします」

 マクマーオン博士はため息をついた。

「まあ、チンピラたちはまだいい。ここに着く前にくたばるほうが多いだろうから。問題は金持ちだよ」

「金持ち?」

「そのうち、貧乏人に変装して、タダで治してもらいに来るようになる。ルィダーやきみの故郷ではどうだか知らないが、アセンポートでは癒光を使える癒術士は本当に少ないし、その半分は手に発光性の鱗粉をつけた偽者だ。それがここで三人も癒光が使えるときけば、やつら、間違いなくやってくる。だからな、使い潰されないでくれ。若い才能を自分の頭痛をやわらげるために利用しつくそうとする人間が、きみたちが思っているよりも大勢いるんだ。それとこれが一番大切なことなんだが」

「はい」経験に裏打ちされた先達の真剣な顔にクルトはごくりとツバを飲む。

「カネ貸してくれ。喉が渇くのに手持ちがちょっとな」

 火酒の小瓶一本分のお金を借りて、ほくほく顔でマクマーオン博士が出ていくと、外科医のド=テシィ博士がやってきた。

 そして、寒い寒いと言いながら、手をこすりあわせ、ふうふうと息をふきかけた。

「ド=テシィ先生。教会から戻ってきたんですか」

 眼鏡をかけた、大人しそうな、三十三歳の外科医だった。

「うん」

 自分の診療室でサイコロ賭博をしたため、教区司祭が開いた〈賭博常習者の復活の会〉に通わされていたのだ。

「僕は生まれ変わったよ」

「じゃあ、賭博中毒がなおったんですか?」

「なおったよ」

 ド=テシィ博士は本物の外科医だった。たいていの小さな町や歩兵連隊であるような床屋と外科医を兼ねる徒弟制度の外科医ではなく、実際に王立外科医学校で全教育を修了した証明書を取っていた(もちろんこの証明書は賭けでとられてしまった)。

「僕が身を持ち崩すきっかけは痔だったんだ」

「痔?」

「宮廷の第一の権力者、宰相のオーネイ公爵が痔になってね。いわゆる痔瘻になってて、肛門内部で炎症が起きて、膿がたまって、肛門の内部と臀部の皮膚に穴が開いてしまっていたんだ。きみの友人のカンレルくんなら『もうひとつケツの穴が開いた状態』と言うやつだ」

「たぶん、本人ならそう表現しますね」

「内科的アプローチでなおる代物でなく、外科手術が必要だってことは裂けがたく、じゃなくて避け難くなってきた。なによりすごい痛い。宮廷第一の権力者がお尻にもう一個穴が開いたなんて、かっこ悪いけど、あれは相当痛いらしいからね、もう四の五の言っている場合じゃなくなって、それで僕に白羽の矢が立った。卒業論文で臀部疾病についての外科的手法について書いたから、僕はこの国で一番痔の手術に詳しい医者と認められたわけだ。僕がやってきたとき、宰相閣下はベッドの上にうつ伏せになって、お腹に枕を何個も抱え込んで、むき出しのお尻を突き上げて、こちらに向けるという屈辱的なポーズをとっていた。ただ、その痔瘻を見る限り、手術しなかったら、悪化して、もっと痛い目にあってただろうね」

「それで、成功はしたんですよね?」

「もちろん。失敗したら、僕は打ち首だよ。でも、今思えば、打ち首になったほうがよかったかな。手術は終わったけど、まだ相当痛いはずだし、できれば安静にしてほしいけど、宮廷第一の権力者にはお尻にメスが入ったのでお休みしますとは言えないんだよね。御前会議、財政官からの聴取、それに貴族同士でのカード遊びと予定通りのスケジュールをこなさないといけない。それで、宰相閣下は僕に報酬として使いきれない金貨をくださった。そして、ちょっとカードをしないかと誘われた。僕はその日まで、ギャンブルなんかしたことがなかったから、さっぱりルールもわからず、そして、報酬を全部スってしまった」

「じゃあ、一度は懲りたんですか?」

「むしろ逆だよ、僕はお金を失う快感に目覚めてしまったんだ」

「それは……大変ですね」

「そうでもなかった。宰相閣下が痔の手術をしたというと、何十人という貴族が自分も手術してくれとやってきた。プライドの問題で我慢していた貴族のなんと多いことか。そのおかげでお金をスる快感は満たされ続けた。ところが、困ったことに僕の賭博狂はカードやルーレットでは終わらなかった。オレンジの屋台があれば、その個数が三の倍数かどうかで賭けたくなるし、みんながさじを投げるような成功確率の低い手術が魅力的に見えてしょうがなくなるし、道に落ちている小石を蹴飛ばすだけのゲームにルールをつくってオッズを仮定しているうちに一日が終わってしまったり。ついに家も病院も賭けてしまって、ここにいるけど、コインが一枚あれば、裏か表かで賭けが成立する。そこでわかったのはお金をスる快感は金額の多寡ではないらしいってことだ。宮廷のブリッジで金貨をスるのと、マクマーオン博士相手に『次に通りかかるのは男か女か』で銅貨をスるのとで得られる快感が同一のものなんだ。つまり、僕の中毒はお金がなくなって自然に治癒するものではない」

「うまくいくかわかりませんけど、癒光してみますか?」

「その心配はないよ。教会の〈賭博常習者の復活の会〉が僕を真人間にしてくれたんだ。賭博の毒はさっぱり抜けたんだ」

「そんなに簡単になおるものなんですか?」

「なおるよ。じゃあ、賭ける? 僕はなおったほうに銀貨八枚賭けるよ」

「あー」

 どこかからサイコロが壁にぶつかる音がきこえると、ド=テシィ博士はそわそわしだして出ていってしまった。

 そして、今度はコルネゼ博士がやってきた。女性問題のひとである。

 彼は美男で所作も貴公子のようで、立った姿はすらりとしていて美術品のようだが、髪の毛がめちゃくちゃに切られていた。前はゆるくウェーブのかかった蜂蜜色だったらしい。ある程度の長さが残ったところもあれば、根元からざっくり刈られたところもあり、大型モンスターのおもちゃにされて、その爪から命からがら逃げてきたふうにも見えた。

「なかなか情熱的でした」

 髪型について博士は言った。

「ひとりだったら、いいムードで、ふたりだったら口喧嘩をします。どちらがわたしに相応しいかで女性同士で争うのはいつだって素敵です。ところが、三人目、四人目と増えていって、七人くらい集まるといけません。女性たちが結託して、わたしを殺そうとしてきます」

「どうして髪を?」

「死一等を減じてもらった結果です。こんな髪型にされても、彼女たちを特別狂暴とは思いません。わたしの管理能力の問題です」

「管理能力?」

「同時に七人の女性とお付き合いをすると、どうあっても嘘をつかなければなりません。そして、誰にどんな嘘をついたのか正確に把握しなければいけない。たとえば水車持ちの未亡人には天涯孤独、布商人の娘には病弱な妹に仕送りを送っている、といった具合にです。ところが、それが七人になると、もう頭のなかが嘘の糸でもつれてしまうのです」

「手帳につけたら、どうですか?」

「それは醜男のやることです」

「はあ……」

「わたしやきみのような顔の持ち主がすることではありません」

「いえ。おれはあなたみたいなきれいな顔はしてませんよ」

「嘘を管理するのに手帳を使う考えを捨てれば、わたしみたいに七人の女性に取り押さえられて、髪をめちゃくちゃに刈ってもらえますよ」

「髪はきちんと床屋で切ってもらいます」

「おや。もったいないですね。きれいな銀髪をしてるのに。まあ、きみは遠いところに意中の女性がいるようですしね。……それはわかりますよ。ため息のつき方や遠くを見るような目。相手はエルテさんじゃないですね?」

「……」

「気を悪くしましたか?」

「……いえ。あの、もし――」

「追い続けなさい。もし、亡くなっていたら、腕のいいネクロマンサーを雇えばいいだけの話です」

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なんかフストみたいなドクターがでてきた
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