17.理由
エルテは料理人が殺し屋だと見破った。
ステーキに毒を仕込まれたわけではない。
「焼き方はミディアムレアって言ったにウェルダンで出した。どこの世界にステーキを焼けない料理人がいるの?」
エセ料理人が口笛を吹くと、調理場に隠れていた応援があらわれた。髭面、油をすり込んだ胴衣、柄に真鍮製の拳具をつけた幅広の剣。アサシンギルドが一部隊単位で貸し出すような殺し屋たち。
「わりいなぁ」エセ料理人がにやにや笑う。「最後のメシはそいつで勘弁してくれや」
「断る。ここで殺されるつもりはないし、わたしは死ぬときはサーロインステーキのベッドで死ぬと決めているから」
「勝てると思ってるのかよ?」
「あなたたちこそ勝てると思っているの? ミディアムレアのお肉が出てくると思っていたのにウェルダンにされて、怒りと憎悪が体のなかで渦巻いているわたしに」
ぎゃあああああ!という凄まじい叫び声がして、「エルテが危ない!」と調理場の重そうな扉にクルトとカンレルが体当たりを食らわせると、使用人食堂のあちこちにボコボコにされたエセ料理人と殺し屋たちが転がっていた。
エルテは静かにステーキをナイフで切っている。
「何があった?」
「ミディアムレアで焼いてって言ったのにウェルダンにしてもってきた。その罪は万死に値するけど、半殺しで許した」
「半殺しっていう、っていうか、五分の四殺しになってるぜ、こいつら」
「ウェルダンはまずいのか?」
「そうじゃない。ウェルダンはお肉の香ばしさを際立てる。でも、いまはミディアムレアの気分で、もう口もミディアムレアの口になった。そこにウェルダンを出したら、どうなるか、その身でしっかり思い知ったわよね?」
エルテが何か足元にあるものを蹴飛ばした。どうやら、足元にエセ料理人が転がっているようだ。
「それで、これはどういうこと?」
クルトは致死量のモルフェリアが収穫されたことを話した。
「リズブローはもう死んでいるかもしれない」
「あきらめるには気の毒な男だ」
「よし。じゃあ、とっとと行こうぜ。っと、その前に、そのパセリ、もらっていいか?」
令嬢はもう五杯目の紅茶をリズブローに飲ませた。
だが、リズブローはぴんぴんしている。
もう、熊が三頭死ぬくらいのモルフェリア入り紅茶を飲ませているのだ。
「いやあ、おいしいお茶ですねえ! きっと美人が淹れてくれたからですよね!」
「え、ええ。もう一杯お茶はいかが?」
「もらえるなら百杯でもいただきますよ」
「パセリは食べない。風味づけ」
「食うに決まってるだろ」
「食べない」
「パセリのステーキ添え」
「主役はお肉」
「真の支配者はパセリだ」
廊下を走り、リズブローを探して、あちこちのドアを蹴破りながら、カンレルとエルテはステーキにおけるパセリの立ち位置を激しく口論していた。
だから、会計士のディアルンを見つけたときは「この悪党をぶちのめしたほうが正しいってことにしよう」ということになってしまった。会計士、整った容姿、毒婦の片腕的存在、もうこれは間違いなく悪だから、どれだけ好き放題にぶちのめしても、問題はないのだ。
「おっと待った! わたしはきみたちの味方だ!」
「小悪党はみんなそういうんだよ! うりゃあ!」
だが、ディアルンはカンレルの拳とエルテのナイフを際どくかわしながら、説明した。
「先代の女侯爵に雇われた盗賊ギルドのメンバーだ。あの女詐欺師がリズブローを殺さないよう、雇われたんだ!」
「もっとうまい嘘をつきなさい」
「モルフェリアを荒滑りの樹皮と一緒に蒸留酒に漬けた!」
カンレルとエルテがぴたりと止まる。モルフェリアを荒滑りの樹皮と一緒に蒸留酒に漬ける。つまり、モルフェリアの毒性は完全にそぎ落とされた。
「あの毒婦は今ごろ、ただの花びらをお茶にませて、死なない死なないって頭を悩ませているはずだ。ないとは思うがナイフを使う前に見つけよう」
歴代領主の肖像画が並ぶ、喫茶室で一六杯のお茶でお腹をたぷたぷにしたリズブローと複雑な顔をしたエセ令嬢を見つけた。
パセリ・主役脇役論争は解決を見ないまま、あくどい女詐欺師はクルトたちに取り押さえられ、地下に閉じ込められていた本物の使用人たちも解放された。
「じゃあ、僕はきれいな令嬢と結婚して、広大な領地を所有するわけじゃないのかい?」
湿っぽい、煉瓦造りの地下道に一行の足音が響く。
「いや。きみは令嬢と結婚して、広大な領地を所有するんだ」
「きれいな、の文言がさりげなく削られてる……」
「お茶目でとても愛嬌のある方だよ」
本物の令嬢は地下道の行き止まりの部屋に閉じ込められていた。
ディアルンはそばの樽の上にランプを置いた。
「気づいたことがひとつある」と、クルト。「この扉、頑丈すぎないか?」
鉄板に鋲を打ち込み、のぞき窓はひどく小さい。
そんな扉が開くと、トロルのものかと思える腕が伸びて、
「リズブローさま! もうお会いできないかと思っていました!」
本物の令嬢、身長八ヤードをはるかに超えるお茶目でとても愛嬌のある女性がリズブローを骨が折れる寸前くらいまで強く抱きしめた。
リズブローが先代領主である女侯爵を助ける。
女侯爵はもう高齢で、跡継ぎにと縁のあるリズブローに話がやってくる。
それからいくらかやり取りがあって、真の令嬢、つまり、巨大なほうと結婚することになったのだ。
「わからないな。コルタノンテ家の役立たず。財政・実務の役立たずの僕に、なぜ、こんな広大な領地を継承させる気になったんだ?」
クルトはその理由がわかってきた。それは――、
トントントン。
ドアを開ける。そこには夜がにじみ始めた東の地平まで続く陳情者の列。
そして、リズブローは全員の相手をして、夜明けとともに、
「おめでとーっ!」
と、叫びながら、生まれたばかりのキツネを祝福して、ぶっ倒れた。
これが相続の理由だ。




