13.出発
王立療術学校の療養棟は大きな中庭を囲うように作られていて、どの病室からでも淡い青の花を楽しめた。その青は花を野原から摘み、何世代ものあいだ異なる種類の花と掛け合わせて作り出した繊細な青で、学校のポーションのほとんどがこの青と同じ色のガラス瓶に入れられている。ときどき、学校のためにガラス瓶を納入しているガラス職人たちがこの庭を訪れてはその目に美しい花弁の色をその記憶にゆっくりと浸していった。
「中庭というと」と、スーエンが言った。「エルテさんに命を狙われた思い出があるけど、ちっとも悪い思い出ではないし、僕が生まれ変わるきっかけになった出来事で、僕にとっては、あの鬱蒼と茂る緑の質量はいまだに青くにおうんだ」
朝日が灰色の空を切り裂き、夢のような輝きで世界を満たそうとしていた。だが、その世界にスーエンの両足は含まれていない。
スーエンの病室は窓が西へ向いていたから、空がどうやって夜を地平の彼方に畳み込めるかがよく見えた。ここから見える空が青くなるころには朝の野菜市場からにぎやかな声がきこえるだろう。
「ストリツエン先生には会ったのかい?」
「本を読みながら眠っていたよ。起こすのも悪いから……」
「じゃあ、僕から挨拶しておこう」
スーエンは車椅子の車輪を手でまわした。毛布を足にかけているが、両膝から下がないことはわかる。
「お父上には謝罪しないといけないね」
「何をだ?」
「インチキ扱いした」
「最初に会ったときのことか?」
「うん」
「なんか恥ずかしいな」
「どうして、きみが恥ずかしがるんだ? 僕のほうが恥ずかしい」
「よくわからないけど、なんか毛織物がチクチクしてるみたいで」
ふふ、と、スーエンは笑った。
「自分で言うのもなんだけど、僕は世界じゅうの貴族に顔が利く」
「本当に自分で言うのもなんな話だな」
「だから、僕は戦争が始まる前に癒すことができる」
「どうやって?」
「外交官さ」
門は石造りで碑文にはこうあった。
『癒しとは技術である前に意志である。癒されたものが歩む未来まで、その手は責任を負う』
責任を考えた結果、学校を去ることになったクルトだが、そこには朝から部屋に姿が見えなかったカンレルがいて、女子棟のほうからは旅装束姿のエルテが歩いてくるところだった。
「何してる?」
「そっちこそ」
「わたしはこの学校を去ることにした。そっちは?」
「おれもだ」クルトは言った。「おれひとりでのことだ」
「おれもおれひとりでのことだ」
「わたしもわたしひとりでのことよ」
「なら……」と、カンレルがちょっとずるそうな顔で言った「三人で行くのはどうだ?」
「まあ、どうしてもっていうなら――」
「無理強いはしない」
「ま、ひとりで行くよりはそっちのほうがいいもんな」
ストリツエン先生の研究室の窓から、三人が朝靄が朝日に拓かれた市街を歩いていくのが見えた。
彼は自分の臆病であることと、にもかかわらず、希望を捨てられなかったことを恥じた。
自身が初めて、戦争に療術士として向かったときに味わった絶望を四人に、いや、これまでの生徒たちに見せたことを恥じた。
「それでも――」
それでも祈らずにはいられなかった。
彼らが正しいと思ったこたえにたどり着くことを。




