第八章 実りの秋 中編
朝から団地の広場は、どこかそわそわしていた。
折りたたみ椅子が並べられ、大きなドラム缶が運ばれてくる。
「恵子さん、今年も頼むね。」
「任せといて。」
近所のおじさんが笑うと、恵子も笑顔で親指を立てた。
「むーさん、今日は忙しいよ。」
「何するの?」
「焼き芋大会!」
「やったー!」
麦人は飛び跳ねるように喜んだ。
◇
朝のうちから団地の子どもたちが集まり始める。
新聞紙でサツマイモを包み、その上から水でぬらした紙を巻く。
最後にアルミホイルでくるり。
「恵子さん、これでいい?」
「上手、上手。でもね。」
「なに?」
「ぎゅうぎゅうに巻きすぎると、お芋も息苦しいよ。」
麦人は少しだけゆるめた。
「これくらい?」
「うん、それくらい。」
「お芋も息するんだ。」
「何でも生きてるもんは、息をしとるよ。」
麦人は包み終えたサツマイモを、宝物みたいに抱えた。
◇
炭に火が入ると、辺りに木の香りが広がる。
パチッ。
パチパチッ。
火の音を聞きながら、麦人はじっと炎を見つめていた。
「きれい。」
「火はね。」
恵子が隣にしゃがむ。
「怖いものでもあるけど、あったかいものでもある。」
「うん。」
「だから仲良くするには、ちゃんと約束を守らんとね。」
「火遊びしない、とか?」
「そうそう。」
麦人は真剣な顔でうなずいた。
「分かった。」
◇
お芋を炭の中へ入れると、あとは待つだけ。
「まだかなぁ。」
「まだ。」
「あと何分?」
「気になる?」
「気になる!」
恵子は笑いながら落ち葉を拾い集めた。
「じゃあ、その間に秋を探そう。」
二人は広場を歩き始める。
赤く色づいたモミジ。
どんぐり。
栗のイガ。
赤とんぼ。
「秋って忙しいね。」
麦人が言う。
「どうして?」
「宝物がいっぱいある。」
恵子は思わず笑った。
「ほんとだ。」
◇
落ち葉を集めていると、小さな男の子が一人、ベンチに座っていた。
みんなが遊ぶ様子を、じっと見ている。
「どうしたんだろう。」
麦人がつぶやく。
「行ってみる?」
二人が近づくと、男の子はうつむいた。
「一緒に焼き芋食べよう。」
麦人が声をかける。
男の子は首を横に振った。
「知らない人だから……。」
その言葉に、恵子はしゃがんで目線を合わせた。
「そうだよね。急に誘われたらびっくりするよね。」
男の子は小さくうなずく。
「じゃあね。」
恵子はにっこり笑った。
「焼けたら、ここまで持ってくるね。」
それだけ言って立ち上がった。
無理には誘わなかった。
◇
しばらくして、お芋が焼き上がる。
アルミホイルを開くと、甘い湯気がふわっと立ちのぼった。
「わぁ!」
麦人は目を輝かせる。
「おいしそう!」
半分に割ると、黄金色の中身がほくほくと顔を出した。
「熱いから気をつけて。」
「うん!」
一口食べる。
「甘い!」
思わず笑顔がこぼれた。
恵子はもう半分のお芋を紙に包む。
「むーさん。」
「うん。」
「あの子に届けよう。」
二人はベンチへ向かった。
「はい。」
麦人がお芋を差し出す。
「一緒に食べよう。」
男の子は少しためらったあと、小さく「ありがとう」と受け取った。
一口食べると、自然に笑顔になる。
「おいしい……。」
「でしょ!」
麦人もうれしそうに笑った。
◇
夕方。
焼き芋大会も終わり、広場には笑い声の余韻だけが残っていた。
帰り道、麦人が聞いた。
「恵子さん。」
「ん?」
「さっき、なんで無理に誘わなかったの?」
恵子は落ち葉を一枚拾い上げる。
「人の心も、この葉っぱと同じ。」
「同じ?」
「風が吹いたら落ちる葉もあれば、まだ枝にいたい葉もある。」
麦人は静かに聞いていた。
「だからね。」
恵子は葉っぱを風に乗せた。
「待ってあげる優しさもあるんだよ。」
その葉っぱは、くるくると回りながら、秋空へ舞い上がった。
麦人はその姿を見つめながら、小さくうなずいた。
「ぼくも、そんな人になりたい。」
恵子は何も言わず、麦人の頭をそっとなでた。
夕焼け色に染まる団地へ、二人の長い影がゆっくりと伸びていく。
秋の風は今日も優しく、人の心を少しだけあたためながら吹いていた。
――第八章 実りの秋 中編・終――




