↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
めぐる季節は麦の道  作者: まーサンタ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
10/14

第九章 実りの秋 後編



 十月も終わりに近づいたある朝。


 団地の木々は赤や黄色に色づき、風が吹くたびに葉っぱが音を立てて舞い落ちる。


 ベランダでは、小松菜が青々と育ち、ほうれん草も元気に葉を広げていた。


 恵子はしゃがみ込み、小さな虫食いの葉を見つけて笑った。


「ずいぶん食いしん坊さんがおるね。」


「何が?」


 麦人がベランダへ出てくる。


「ほら、この穴。」


「あ、本当だ。」


「虫さんも『おいしい』って思った証拠だね。」


「えぇ~。ぼくの小松菜なのに。」


 少し口をとがらせる麦人。


 恵子はくすっと笑った。


「全部食べられたら困るけど、少しくらいなら分けてあげてもいいじゃない。」


「そういう考え方もあるのか。」


 麦人は穴の開いた葉っぱを、なんだか大事そうに見つめた。


     ◇


 昼過ぎ。


 二人は団地の裏にある小さな神社まで散歩に出かけた。


 石段には、どんぐりや落ち葉がいっぱい落ちている。


「恵子さん、見て!」


 麦人は帽子のついたどんぐりを拾い上げた。


「かわいい!」


「その帽子、よく似合ってるね。」


「どんぐりにも服があるんだね。」


「秋がおしゃれさせてくれたのかも。」


 二人は笑いながら石段を上っていく。


     ◇


 神社の境内には、大きなイチョウの木が立っていた。


 金色の葉が、太陽の光を受けてきらきら輝いている。


「わぁ……。」


 麦人は思わず立ち止まった。


「こんなにきれいなんだ。」


「毎年見てるのに、毎年きれい。」


 恵子は木を見上げて微笑んだ。


「同じ景色でも、その年の自分で見え方が変わるんよ。」


「そうなの?」


「去年のむーさんと、今年のむーさんは違うでしょ?」


「うん。」


「だから景色も、新しく見えるんだよ。」


 麦人はもう一度イチョウを見上げた。


 確かに去年より、ずっときれいに見えた。


     ◇


 帰ろうとしたその時だった。


 石段の下で、小さな女の子が泣いていた。


「どうしたの?」


 麦人が駆け寄る。


「どんぐり……なくした。」


 女の子は涙をぬぐいながら言った。


 大切にしていた大きなどんぐりを、どこかで落としてしまったらしい。


「一緒に探そう!」


 麦人はすぐに石段を探し始めた。


 恵子も何も言わず、落ち葉をそっとかき分ける。


 五分ほど探したころ。


「あった!」


 麦人が落ち葉の下から、つやつやした大きなどんぐりを見つけた。


「これ?」


 女の子の顔がぱっと明るくなる。


「うん!」


 大事そうに受け取ると、何度も頭を下げた。


「ありがとう!」


 その笑顔は、秋の空よりも澄んでいた。


     ◇


 団地へ戻る道。


 麦人は少し照れながら言った。


「ぼく、今日はいいことした。」


「うん。」


「なんか心があったかい。」


 恵子は笑顔でうなずく。


「人を喜ばせるとね、自分の心もあったかくなるんだ。」


「焼き芋みたい?」


「そうそう。」


 二人は笑った。


「でもね。」


 恵子は空を見上げる。


「今日見つけたのは、どんぐりだけじゃないよ。」


「え?」


「むーさんの優しい心も見つけた。」


 麦人は少し照れくさそうに頭をかいた。


「そんな大げさだよ。」


「大げさじゃない。」


 恵子は優しく続ける。


「優しさってね、誰かに教えてもらうものじゃなくて、自分で見つけていくものなんだ。」


 麦人は静かにうなずいた。


 その言葉は、秋風に乗って胸の奥へとゆっくり届いていった。


     ◇


 夕暮れ。


 団地のベランダから見える山々は、赤や黄色に染まり始めていた。


 麦人は帰る前に、小松菜へ水をあげる。


「また来るね。」


 小さな葉っぱが風に揺れる。


 恵子はその様子を見ながら微笑んだ。


「季節はもうすぐ冬支度。」


「ちょっと寂しいね。」


「でもね。」


 恵子は空へ舞う一枚の落ち葉を見つめた。


「秋が実を結ぶから、冬は春の準備ができるんだよ。」


 麦人も落ち葉を目で追いかけた。


「季節って、ちゃんとつながってるんだ。」


「うん。」


「人も同じ。」


 その言葉を聞きながら、麦人は夕焼け色に染まる団地を振り返った。


 春に植えたアサガオは種になり、夏に見たホタルはいなくなった。


 それでも、どの季節もちゃんと心の中に残っている。


 そしてまた、新しい季節がやって来る。


 巡る季節の中で、麦人の歩く道も少しずつ長くなっていた。


             ――第三部「実りの秋」・完――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。