第十一章 ぬくもりの冬 中編
朝、目を覚ますと、団地は真っ白な世界になっていた。
「恵子さーん!」
カーテンを開けた麦人が、大きな声をあげる。
「積もっとる!」
ベランダも駐車場も、公園も、昨日まで見えていた景色がふんわりと雪に包まれている。
恵子はマグカップを片手に窓辺へやって来た。
「ほんとだ。今年はよく降ったね。」
「早く外に行こう!」
「朝ごはん食べてからね。」
「えぇー。」
「お腹が空いたままじゃ、雪だるまも作れんよ。」
その一言に、麦人は笑いながら席についた。
◇
朝食を終えると、二人は厚手のコートを着込んで外へ出た。
雪を踏むたびに、
キュッ、キュッ。
と、小気味よい音が響く。
「この音、好き!」
麦人は何度も足踏みをする。
「雪が『おはよう』って言ってるみたい。」
恵子も雪を踏みしめながら笑う。
「ほんとだ。」
団地の広場では、子どもたちが雪合戦をしたり、小さな雪だるまを作ったりしていた。
「むーさん、こっち!」
近所の子どもたちに呼ばれ、麦人は元気よく走っていく。
「今行く!」
◇
恵子は少し離れた場所から、その様子を眺めていた。
すると、ベンチに座る佐々木さんの姿が目に入る。
「寒くない?」
「大丈夫。」
そう答えるものの、手は少しかじかんでいる。
恵子は自分のポケットから小さなカイロを取り出した。
「これ、どうぞ。」
「いいの?」
「もちろん。」
佐々木さんは、ほっとしたように笑った。
「恵子さんは、いつも気づいてくれるね。」
「たまたまだよ。」
「その『たまたま』が、うれしいの。」
恵子は少し照れくさそうに笑った。
◇
一方、麦人たちは大きな雪だるまを作っていた。
「あと少し!」
「押して!」
みんなで力を合わせる。
そこへ恵子がやって来た。
「目がないね。」
「そうだ!」
麦人は辺りを見回し、植え込みの下でどんぐりを二つ見つけた。
「これだ!」
鼻はニンジンの代わりに小さなミカン。
口は小枝。
マフラーは、使わなくなった古いタオル。
「完成!」
みんなが拍手した。
雪だるまは、どこか賢蔵に似た優しい顔をしている。
「じいちゃんみたい。」
麦人が笑うと、ちょうど散歩に出てきた賢蔵が足を止めた。
「……わしは、こんなに丸くないぞ。」
真面目な顔で言った一言に、広場は大笑いになった。
◇
遊び疲れて家へ戻ると、台所から甘い香りが漂ってきた。
「いい匂い!」
「おしるこだよ。」
鍋の中では、小豆がふっくらと煮えている。
「いただきます!」
一口食べると、体の芯まで温まった。
「おいしい!」
「冷えた日は、これが一番。」
賢蔵も静かにうなずく。
「冬は、温かいものが何倍もうまい。」
麦人は夢中で食べながら言った。
「恵子さん。」
「ん?」
「冬って寒いけど、あったかいね。」
恵子は笑顔で首をかしげる。
「面白いこと言うね。」
「外は寒い。でも家はあったかい。」
「うん。」
「みんなで食べると、もっとあったかい。」
恵子は少し目を細めた。
「その『あったかい』は、ストーブじゃ作れないね。」
麦人は首をかしげる。
「じゃあ何?」
「人が作るんだよ。」
その言葉に、賢蔵も静かにうなずいた。
◇
夜。
雪はやみ、空いっぱいに星が輝いていた。
ベランダへ出た麦人は、冬の夜空を見上げる。
「星が近い。」
恵子も隣に立つ。
「空気が澄んでるからね。」
しばらく二人は何も話さなかった。
静かな時間。
遠くで電車の走る音が小さく聞こえる。
「恵子さん。」
「ん?」
「ぼく、大人になってもここへ来るね。」
恵子は少し驚いた顔をしたあと、ふんわりと笑った。
「いつでもおいで。」
「約束。」
「約束。」
二人は小指を結ぶ。
冬の夜空には、流れ星が一筋、静かに駆け抜けていった。
その光はほんの一瞬だった。
けれど、二人の約束は、その光よりずっと長く心に残るものになった。
――第十一章 ぬくもりの冬 中編・終――




