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「華がない」と王妃を降ろされましたが、新王妃の教育係は有料です  作者: 他力本願寺


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第24話【国王陛下の、損をする答え】

第三十七日の午前。外宮の自室で、エレオノーラは王家議会から送られてきた公開速記の第一報に目を通していた。


 本日の午後には、別の機関である王家婚姻裁定院にて、彼女自身の離縁裁定の言渡しが予定されている。だがその前に、国家の最高機関である議会において、国王レオナールに対する厳しい追及が始まっていた。


『冬を越すためには、迅速な港湾投資と輸送網の確保が不可欠であった。その目的の合理性を、私は今も信じている』


 速記官のペンが書き留めた王の演説は、大局的な国益を説く堂々たるものだった。


 速記には、議員の中から「実際に非常備蓄が出庫されたわけでも、担保権が設定されたわけでもない。王が口頭で商人を急かしただけならば、目をつぶるべきではないか」という発言があったことも記されていた。


 しかし、その空気を一刀両断したのは、財務長官バスティアンが議会へ提出した一枚の書証だった。


 監査院の認証謄本。そこには、財務長官の副署がないまま発出された『第四十日・冬至祝典の王室行事前払費(引当)六万銀冠相当』という、未発効の予算調整指示書の全文が記されていた。


『目的の正当性は、法を迂回する手段を正当化しない』


 財務長官の冷徹な証言が、速記記録に刻まれていた。


 逃げ道を塞がれた国王は、ついに議会という公の場で、自らの非を認めざるを得なくなった。


 非常備蓄六万銀冠相当を、議会を通さずに確保した『担保余力』であるかのように見せかけるため、未来の祝典を名目とする虚偽の引当指示を出したこと。そして、非公式会談の席で、ガルド組合長に対して「議会を通さずとも担保余力を用意できる」と口頭で提示した事実を。


『先に融資の見通しを立てれば、議会も港の利益を認めるはずだと思った。条件を一つずつ審議していては、冬に間に合わぬと』


 議会を説得する前に、商人へ確約を与えてしまった。その順序の逆転を、王は迅速な決断と呼んでいたのだ。


(……実際の出庫も、担保設定も、やはりゼロだったのですね)


 エレオノーラは速記を読み、静かに息を吐いた。


 王の罪は、国庫を横領したことではなく、国家のルールを自ら捻じ曲げ、商人に虚偽の信用を与えようとしたことだ。


 疑念を抱いた時、彼女にできたのは照会を出し、回答のない事実を記録することだった。それが監査へ渡り、今は王自身の言葉によって、知らなかった事実まで明らかになっている。離縁を求める理由と、この指示の違法性は別の問題だ。どちらも、もう曖昧にされることはない。


 追って届いた議決要旨には、偽装指示の撤回と予算審査の厳格化が記されていた。監査の公開後から委員会で詰められていた借款交渉の再開案も、この日の採決に付されたという。


 同時に、ガルド組合を幹事とする未署名の融資仮合意は正式に破棄され、新たな幹事を公開選定することによる借款交渉の再開が承認された。そして、その議会承認を得るための交換条件として、国王は自らの権限を削る『ベルク港湾復興審査会設置法』を、不本意ながらも裁可することを選んだ。この審査会の議長には、新正妃リュシアが就任する。


 国王の政治的敗北と、リュシアの新たな統治権限の確立。


 エレオノーラはそれを見届け、速記の束を鞄に仕舞った。彼女には、向かうべき別の法廷がある。


 同日の午後。


 王家婚姻裁定院の法廷は、重苦しい静寂に包まれていた。


 証言台の前に立つエレオノーラの向かい側、当事者席には、国王レオナール本人が座っていた。


 午前中に議会で釈明を行った王は、代理人に任せず自ら出廷した。背筋を伸ばし、判事をまっすぐ見ている。その姿からは、少なくともこの場で弱みを見せまいとする意地が感じられた。


 だが、法廷の中央に座る主席判事キーンの表情は、王の威光を前になお微動だにしなかった。


「これより、申立人エレオノーラと国王レオナール間の、王家婚姻法第十八条に基づく婚姻解消請求に関する裁定を言い渡す」


 キーンの声が、冷たい石壁に響き渡る。


「まず、第一日における国王による正妃席次の変更宣告は、当時の法令要件を満たした適法な行為であったと認定する。……しかし」


 判事の厳しい視線が、国王に向けられた。


「席次変更が適法であることと、それが妻を留め置く根拠となることは別である。申立人エレオノーラは、本人の同意なき降格を受けた事実により、第十八条に定められた確固たる離縁請求権を有する」


 レオナールの顔が、微かに歪んだ。


「王側代理人が主張した『未整理の外交上の債務』については、すでに典礼局への引き継ぎが適法に完了しており、実体的な争点として存在しないことを確認した。よって当院は、本件について離縁の延期事由はないと判断し、申立人の請求を全面的に認容する」


 その瞬間、レオナールが反射的に椅子から立ち上がろうとした。


 王は肘掛けを握り直し、何かを言いかけた唇を閉じた。その明らかな動揺を、エレオノーラは自分自身の目で見た。


 かつては、彼に見捨てられることをあれほど恐れていた。だが今、立ち上がろうとして屈辱に顔を歪める王を見ても、エレオノーラの心には、予想していたほどの解放感も、復讐の甘い喜びも湧かなかった。


 八年を共にした人がそこにいる。けれど、立ち上がって宥めに行くことはしなかった。


 法廷は王の面子を守るために結論を曲げることはなく、キーンは淡々と手続きの続きを告げた。


「本裁定に対する異議申立て期間は、言渡し翌日を第一日とする七日間とする」


 閉廷を告げる木槌の音が鳴り響いた。


 エレオノーラは王に一瞥もくれず、静かに背を向けて法廷を後にした。


 王宮へ戻る馬車の中で、彼女は一人、窓の外の灰色の空を見上げていた。


 彼女の脳裏に、ノルテ公国の特命外交官アドリアン・フェルスの顔が浮かんだ。


 話したい、と思った。今日、顔を上げて裁定を聞けたことも、王の顔を見てなお胸が痛んだことも。


 けれど、次に会えた時、離縁の話ばかりをするのは惜しい気がした。あの人が故郷で好んで飲む茶は、どんな味なのだろう。そんなことを、まだ何一つ知らない。


(……あと、七日)


 エレオノーラは、自らの指先を見つめた。


 今日の裁定は出たが、第四十四日までの七日間の異議期間が過ぎ、第四十五日午前に確定登記が済むまでは、彼女はまだ法的には国王レオナールの配偶者だ。


 完全に王宮の仕事を背負わなくなった今、王が『妻』という最後の鎖を使って、どのような手段で彼女を引き留めようとしてくるか。


 本当の決別は、まだ終わっていなかった。

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