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「華がない」と王妃を降ろされましたが、新王妃の教育係は有料です  作者: 他力本願寺


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第23話【新正妃様は、損失まで公表する】

官報の「融資団」の三文字で、エレオノーラの手が止まった。


 第三十五日の朝。外宮の自室に届いた官報には、監査院が公表した冬至祝典前払費の中間結論が載っていた。エレオノーラは、離縁審理の書類を脇へ寄せた。


 要旨には、件の指示書が国庫法第四十二条および第四十四条と照合中であること。そして、財務長官の副署がない未発効の国王指示書の中に、『融資団への資金説明用の添付資料を準備せよ』という文言が含まれていたことまでが記載されていた。


 だが、国王が融資団へ実際に何を伝えたのかは、この要旨には記されていない。


 一方で、王宮の公式報道は別の話題で持ちきりだった。


『新王妃リュシア殿下の強硬な反対により、ラディア商人組合によるベルク港の十年独占案は撤回。巨額の港湾投資は白紙となり、我が国は莫大な利益を失った』


 国王の予算偽装疑惑よりも、新正妃が失わせた利益を大きく扱っている。エレオノーラには、責任の向きを変えようとする報道に見えた。


 記事を読んだエレオノーラは、微かに眉をひそめた。だが、彼女はペンを置き、教導室へ走ってリュシアの弁護をするような真似はしなかった。


 彼女はもう教導官ではない。自分の名で説明する機会を、リュシアから奪いたくはなかった。相談が届いたわけでもない今は、まず本人が何を選ぶかを待つ。


 夕刻、外宮の自室に、閲覧用に配付された外交局の公開記録が届いた。エレオノーラは、そこに新正妃の署名を見つけた。


 同日の午後、リュシアは公開説明会に立っていた。外交局からは、二季試行と小船枠の保護、災害時の救援航路確保を盛り込んだ協定文案が各国の承認に回されたと報告があった。リュシアの故郷からは、基金の送金が遅れ、屋根の修理が止まったとの知らせを受けたという。それも隠さず、説明の冒頭に記されている。


 エレオノーラは椅子へ深く座り直し、一行ずつ読み進めた。


「本日は、ベルク港の優先運営権を巡る交渉において、わたくしの判断によって生じた『損失』についてご報告いたします」


 記録には、ここで複数の質問が上がり、議事係が発言順を整理したとある。


 リュシアは、十年独占を断ったことで失われた予定収入の額と、それに代わって発生する当面の代替輸送費の額を、隠すことなく読み上げた。


「これらは痛ましい損失です。ですが、一つの組合に十年間、港の命綱を握り潰されることの代償に比べれば、国家として引き受けるべき適正な負担であると、わたくしは判断いたしました」


「しかし殿下!」


 質問者として名が記されていたのは、商人組合の広報紙の記者だった。


「その決定のせいで、あなたのご故郷の復興資金すら止められていると聞いておりますが! ラディアの全商人を代表するガルド組合長を怒らせた責任は、どう取られるおつもりか!」


 次の頁には、リュシアが根拠として提出した回答書の写しが添えられていた。


「ガルド組合長は、第十二日の公開聴聞においてご自身の口で『全商人の代表』と名乗られました。……ですが、これは、第五日の迎賓式以来、王都に残留しているラディア政府使節団の担当官からいただいた公式の回答書です。第八日に照会を始め、本国の台帳と委任の記録を確かめていただきました」


 エレオノーラは、その回答書の末尾にある本国の照合日と、使節の証明印を確かめた。


『ガルド・ロヴィエ氏に、ラディアの全商人の代表権は存在しない。また、我が国の条約交渉権を代行する資格もない。さらに、彼が運用している復興基金の主要原資はラディア政府の公費であり、彼の組合は送金を受託している一業者に過ぎない』


「復興基金は、ガルド組合長の私財や施しではありませんでした。わたくしに届いた私信には、十年独占条約が結ばれなければ、故郷への支援金も縮小せざるを得ないとありました。その判断が受託者に認められた範囲なのか、ラディア政府へ確認を求めています」


 回答書に続く政府の通知には、委託解除と資金移管の手続きを開始したとあった。政府の金を運用していても、その支払いを自分の裁量で止めてよいわけではない。


 ただ、受託先を変えるには帳簿と送金先の照合が要る。ガルドの取引網への依存が、その日のうちに消えるわけでもなかった。支援の空白は残ると、リュシア自身が説明していた。


 同時に、港務局はこの『虚偽の代表表示』を重く見た。公共契約において自らの権限を偽る行為は、明確な規則違反である。添付された港務局の通知は、ガルド組合の入札参加を暫定保留とし、資格審査を始めるものだった。第十二日の発言について、他の商人からの委任を示す資料を出すよう求めている。


 規則第七条は、公的聴聞での虚偽の代表表示について、二年以内の資格停止を定めていた。だが、処分の有無も期間も、弁明を聞いた上で決められる。


「わたくしは、故郷を救うために嘘はつきません。対案を答申した者として、その理由と見込まれる負担を説明いたします。交渉と支援の実行は、それぞれの担当機関と確認を続けます」


 質問はそれで終わらなかった。支援再開の時期を問われたリュシアは、未確定であると答えていた。


 エレオノーラは説明会の記録を読み終え、文書の束を膝に置いた。非難を消すために、果たせない約束をしなかった。自分が教えた相手は、もう自分のいない場所で、その難しい選択をしている。


(……答えられないことも、隠さずに言えたのですね)


 教える相手から離れた寂しさと、それを遥かに上回る誇らしさを胸に抱きながら、エレオノーラは文書の最後のページをめくった。


 そこには、公用船『白鴎号』について、ノルテ本国外務当局から届いた回答の公開抄録があった。


 第二十三日の公開協議で決めた十日間の貸与と、公国の災害外交予算による費用負担を認める一方、議会からは適用範囲を広げた判断への異論が出ているという。アドリアンには、運航を終えた後の費用と輸送実績の報告が求められていた。


 無条件の賛辞ではない。それでも、貸与を撤回するようには求められていなかった。


 エレオノーラは、知らず握りしめていた紙の端を撫でて伸ばした。彼はこの返答を読んだ時、少しは息をつけただろうか。茶に砂糖を足した時の、あの笑みを思い出した。


 翌朝。


 王家議会による公開説明の要求が官報に載った。エレオノーラはその日時と、問われている事項に目を通した。


『第三十七日の議会において、冬至祝典名目の引当指示書に「融資団への説明用」と記された理由、並びに非常備蓄を無承認の担保余力に見せようとした疑いについて、国王本人からの公開説明を要求する』


 ガルドという『代表権のない商人』に対して、王は一体何を約束しようとしたのか。


 その隠された真実が、いよいよ議会という公の場で暴かれようとしていた。

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