↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
48/58

もうひとつの方法

中央演算室。


強制統合の兆候は、圧力として空間に現れた。

呼吸が浅くなる。

世界が、強制的に収束を開始している。

建物の輪郭が歪み、遠景が二重にずれる。

空間が、決断を急かすように縮み始める。

この空間に回避経路は存在しない。


管理局の光は冷たく、均一だった。

そこに感情の入り込む余地はない。


空間の歪みが一点に集まり、

灰色の粒子が人の形を取り始める。


第三位相が、ゆっくりと二人の前に立つ。

もはや曖昧な輪郭ではなかった。

それは人型を維持していた。終端処理のための安定形態。


声は、はっきりと“個”を帯びている。

「世界を減らさずに統合する方法があるの?」

彼女の声は震えていなかった。

だが、その問いだけが空間に重く残る。

第三位相はすぐには答えなかった。

灰色の輪郭がわずかに揺れる。

そして。

――ある。

その一言だけで、 演算室の空気が変わった。

――世界を減らさずに、統合する方法が。

――ただし、条件がある。


柳端は嫌な予感を覚えながら、促した。

「条件とは?」

第三位相の視線が、二人の間を行き来する。

――観測点を、失わせる。

それは提案ではなく、代償の提示だった。


管理局の光が、一瞬だけ乱れた。

床が軋み、空間の縁が崩れ落ちる。

遠方で空間断層が発生する。

「観測点……?」

彼女が柳端を見る。

その瞬間、柳端は理解した。


第三位相の声が、静かに続く。

――世界は、一つの流れに戻る。

柳端の喉が鳴る。

「それは……管理局を無力化する、ということか?」

――違う。

――観測点を消す。

柳端は眉をひそめた。

「管理局を排除するのか?」

――違う。

一拍。

――観測者そのものを、この世界から消す。

空気が止まった。

――観測行為そのものを成立不能にする。

その瞬間、第三位相の輪郭が一瞬だけ乱れた。

指先が透け、声が二重にずれる。

観測が存在しなければ、分岐は発生しない。

沈黙。

それが意味するものを、二人は理解してしまった。


「……あなたが?」

彼女の声が、わずかに揺れる。

彼女は、一歩だけ前に出た。


第三位相は、否定しなかった。

――私は、観測されなかった可能性。

――未確定のまま残存した例外。

だからこそ、最後まで観測されない。

――誰にも選ばれず、私が観測点である限り、分離は続く。

――だが、消えきれなかった。


調停官が沈黙した。

初めてだった。

返答が一拍遅れる。

「その行為は……」

声が途切れる。

演算存在である彼が、 言葉を探していた。

「その行為は、体系外の消失を伴う」

その声に微細な揺らぎが生じる。

演算誤差――未知事象への反応。

中央演算室で、優先世界の予測値が消失する。

第三位相は、静かに答えた。

――だからこそ、意味がある。

柳端は、声を失う。


否定する言葉は、いくつも浮かんだ。

だが、どれも彼女の世界を救わなかった。

柳端は初めて、自分が観測者であることを憎んだ。

観測すれば守れると思っていた。

だが観測そのものが排除を生んでいた。

観測とは、可能性の圧殺だった。

父の事故。

友人の消失。

彼女の未来。

柳端は初めて、自分が観測者であることを憎んだ。

守るために見てきた。

だが、見たものから消えていった。

その事実だけが、胸に残った。


彼女は、第三位相をまっすぐに見つめる。

「それを選んだら……あなたは」

第三位相は答えない。

代わりに、 輪郭の一部が静かに欠け落ちた。

指先だった。

灰色の粒子になり、 音もなく消える。

それを見て、 柳端は答えを理解した。

――名前も残らない。

――記録も残らない。

――だが、世界は残る。


空間の収束が、さらに早まる。

管理局は、もはや待たない。

彼女は唇を噛み、柳端は拳を強く握る。

選択肢は、明確だった。


――だが、どれも他人に委ねられるものではなかった。

誰かが犠牲になる選択を、誰かに押しつけることはできない。

それだけは、管理局と同じになる。

世界を編集されるか。

それとも、見られない場所を選ぶか。

第三位相の声が、最後に重く響く。

この世界は選択による収束を前提としている。

だが、選ぶ側が消える選択は、まだ前例がない。

――決めろ。

――お前が、どこに立つかを。


観測されない世界は自由だが、同時に記録も証明もされない。

世界の外側で、三人は立っていた。


次に選ばれるのが、“世界”か“誰か”かではない。

選ぶのは、彼ら自身だ。

たとえ、その選択が誰にも観測されなくても。


それでも、世界は続く。


だが、その継続条件は未確定のままだ。


柳端は答えられない。

だが、世界は待たない。

収束は続いている。

選択だけが、まだ残されている。

そして初めて。


柳端は、「観測しない未来」を考えた。


世界はすでに、 選択処理に入っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。