安定指数
観測管理局・中央演算室。
天井まで伸びる光柱が、世界数を映している。
警告音は鳴っていない。
それが、異常だった。
安定域は青。
危険域は赤。
そして今、中央に――灰色。
「未定義領域が拡大しています」
若い観測官が報告する。
演算壁面に表示される数値。
世界数安定指数:測定不能。
分岐収束率:計算失敗。
局長は無言で光の推移を見つめていた。
「原因は」
「特定不可。ただし一点のみ共通項があります」
画面が切り替わる。
表示された名。
柳端。
室内の空気が、わずかに変わる。
「柳端は剪定を拒否したのか?」
「いえ。承認は未入力。だが観測強度が落ちています」
「落ちた?」
「意図的に。選択確定処理を回避しています」
若い観測官は言葉を選ぶ。
「対象は観測を拒否していません」
「では?」
「観測そのものに参加していません」
沈黙。
「観測は前提だ」
「世界は、見なければ維持できない」
局長は、それだけを言った。
疑う者はいない。
観測しなければ、世界は増えすぎる。
増えすぎれば、やがて衝突する。
それは理論ではない。
何度も繰り返された現実だった。
「ですが」
若い観測官が続ける。
「世界が“守られること”を望まない場合は?」
光柱がわずかに乱れる。
未観測領域の拡大。
「未観測とは何だ」
局長が問う。
「定義不能領域です。観測点が設定できない。」
「干渉は」
「不可能。対象が特定できません」
だが誰も、口にしない。
「柳端を危険因子に指定する」
局長が告げる。
演算室に新たな表示が浮かぶ。
危険度評価:上昇。
「排除命令は」
「発令不可」
「理由は」
「対象を特定できません」
室内が静まり返る。
既存手段は、すべて失敗した。
局長は数秒間だけ光柱を見つめた。
灰色の領域は、なおも拡大を続けている。
「ならば内部から観測する」
若い観測官が顔を上げる。
「調停権限を発動する」
室内の空気が変わった。
世界内部への直接介入。
前例はない。
だが他に方法はなかった。
光柱の一角が赤へ変わる。
新たな観測点が割り当てられた。
座標指定。
――柳端。
灰色の中心。




