↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢見人は気ままに暮らしたい  作者: ぱらさん
第一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/13

11 夢中になると抜け出せない


「では、もう一度。こちらです」


リリアはネムを抱き直して、生け垣の切れ目へ向かった。


今度は、景色を覚えながら歩くことにした。切れ目を抜けると、白い石の道。脇には小さな花が並び、少し先で生け垣が右へ折れている。


ここまでは、さっきと同じだ。


リリアの胸元で、ネムが顔を上げた。首を伸ばして、落ち着かない様子で後ろを振り返っている。


角を曲がる。


少し先に、長椅子が見えた。


……やっぱり。


近づいて、背もたれの端を確かめる。浅い傷は、同じ場所にあった。


「……戻ってきた」


「本当ですね……」


今度はリリアも、首を傾げるだけでは済まなかったらしい。長椅子と、今歩いてきた道を何度も見比べている。


「似たところが多いだけだと思っていたのですけれど……。角を一つ曲がっただけで、こんなふうになるなんて」


「……今までは、気にならなかった?」


「お散歩はしていましたけれど、道順まで気にしたことがなくて。気がつくと、この長椅子のところにいる気はしていました」


気がつくと、か。


夢の中では、おかしなことが起きても、その場では案外気にならないものだ。私も前の世界で見た夢の中で、いちいち道順なんて確かめなかった。


でも、今は確かめるつもりで歩いて、それでも戻ってきた。偶然ではないだろう。


「ハクさん」


リリアが、改まった顔でこちらを見た。


「お父様に頼まれて、会いに来てくださったのですよね。……何か、あったのでしょうか」


……そうだった。


庭のことばかり気にしていて、肝心な話をまだしていない。


何から話せばいいだろう。いきなり眠っていると言われても、困ると思う。でも、ここで黙っていても話は進まない。


「……リリア。本当は今、眠ってるの」


「眠って……いる、んですか?」


「……お屋敷の寝台で。ずっと目を覚まさなくて、お父さんとお母さんが心配してる」


リリアは目を丸くした。それから、自分の手を開いたり閉じたりする。


「でも、私はこうして起きていますよ?」


「……ここが、リリアの夢の中だから」


「夢の、中……」


「……私、眠ってる人の夢が見られるの。それで、リリアの夢を見てたら、中に入れた」


どうして入れたのかは、私にもよく分からない。そこまで話すと余計に混乱させそうなので、黙っておく。


リリアは周りを見回した。花壇、生け垣、長椅子。最後に、腕の中のネムへ目を落とす。


「……そう言われると、おかしいかもしれません。この庭に来る前のことが、よく思い出せないんです」


「……覚えてるのは?」


「夜、ネムと一緒に寝台に入ったところまでは。そのあとは……気がついたら、ここにいて」


ネムが、リリアの指先に鼻を押しつけた。リリアはその頭を撫でてから、私を見る。


「お父様とお母様は、お元気ですか?」


「……うん。さっき、二人とも会った」


「そうですか……」


ほっと息をついたあと、リリアの眉が下がった。


「……きっと、ずいぶん心配をおかけしていますよね」


ネムを抱く腕に、力が入る。


「ハクさん。お屋敷へ戻ってみても、いいでしょうか」


「……うん。私も、この庭から出られるか確かめたい」


「お屋敷へは、あちらから戻れるはずです」


リリアが指さしたのは、さっき歩いた道とは反対側の、生け垣の向こうだった。


そちらの道は、さっきの道より少し細かった。


生け垣の間をしばらく進むと、足元の白い石が途切れ、その先に土の道が続いているのが見えた。


「あの先が、お屋敷の方です」


今度こそ、庭の外へ出られるかもしれない。


あと数歩というところで、ネムが身じろぎした。


「……ネム?」


リリアが抱き直そうとすると、ネムは前足で服にしがみついた。ふさふさの尻尾を腕に巻きつけ、顔を胸元へ押しつけている。


「どうしたの? 大丈夫よ。ネムも一緒に帰るのよ」


リリアが背中を撫でても、ネムは離れない。


さっき私に頭を撫でさせてくれた子と、同じとは思えなかった。知らない場所が怖いのだろうか。でも、お屋敷はこの子にとっても家のはずだ。


リリアが、土の道へ一歩踏み出した。


その瞬間、目の前の土の道が消えた。


……え。


足元には、白い石が並んでいた。顔を上げると、見覚えのある花壇がある。


振り返ると、すぐ後ろに長椅子があった。


「……また?」


「おかしいですね……。今度は、ちゃんとお屋敷へ向かったはずなのに」


リリアは困ったように辺りを見回してから、ネムの背中を撫でた。服にしがみついていた前足から、少しずつ力が抜けていく。


……落ち着いた?


そういえば、さっき角を曲がる前にも、ネムは後ろを振り返っていた。


庭から離れようとすると、ネムの様子が変わる。そして、元の場所に戻る。


二回続けば、さすがに気になる。


とはいえ、ここはリリアの夢だ。夢に出てくる人や物は、普通は夢を見ている本人が思い浮かべたものだろう。このネムも、リリアが思い浮かべた姿のはずだ。


ネムを見る。青白い目がこちらを見返して、一度だけ瞬きをした。


見つめ合っていても、何も分からない。まずは、聞けば分かることから聞いてみる。


「……リリア。ネムって、お屋敷にも本当にいる子?」


「はい。お庭の隅で弱っていたのを、私が見つけたんです。それからずっと一緒で……夜も、私の枕元で眠るんですよ」


現実にも、いる。


飼っている子を夢に見るのは、珍しいことではない。普通なら、それで終わりだ。


……ただ、このネムは、リリアと気持ちが合っていない。


リリアはお屋敷に帰りたがっている。なのにネムだけは、庭から離れようとするたびに嫌がる。リリアが思い浮かべたネムなら、もう少しリリアの気持ちに沿って動きそうなものだ。


夢の中のことだから、たまたまかもしれない。でも、気になったまま放っておくのは落ち着かない。


確かめる方法なら、一つある。


現実のネムが眠っていれば、私はその夢を見られる。そこにこの庭があるか、見てみればいい。


ただ、いつもリリアと庭にいた子なら、自分で庭の夢を見ることもあるだろう。それでは見分けがつかない。


なら、この夢の庭にしかないものを置いておけばいい。


長椅子の脚のそばに、小さな白い石がいくつか転がっていた。そのうち三つを拾って、脚の陰に並べる。大きい石を真ん中に、両側へ小さい石を一つずつ。


「ハクさん、何をしているんですか?」


「……目印。あとで、確かめたいことがあるから」


「目印……。では、触らないようにしておきますね」


リリアは不思議そうにしながらも、それ以上は聞かなかった。


次は、私がここから出られるかどうかだ。


「……リリア。私、一回、夢の外に戻ってみる」


「戻る、というのは……」


「……お父さんたちのいるところ」


「そんなことが、できるんですか?」


「……たぶん。入ったのも今日が初めてだから、出たことはまだないけど」


言いながら、心配になってきた。


出られなかったら、私もここに居残ることになる。……それは、さすがに困る。


「では、ハクさんが戻れるなら、私も一緒に……」


「……それは、できるか分からない。できるって言って、できなかったら困るから」


リリアは少しだけ残念そうにしたけれど、すぐに頷いた。


「では、お父様とお母様に、私は元気だと伝えていただけますか?」


「……うん。ちゃんと伝える。また来るね」


「はい。お待ちしています」


私は目を閉じた。


夢に入った時は、リリアの目に映る景色の外へ、意識を伸ばした。なら今度は逆に、自分の身体の方へ意識を向けてみる。


寝台のそばの椅子。膝の上に置いた手。


それを思い浮かべると、足の裏にあった石の硬さが、ふっと薄れた。


「……ハクさん?」


リリアの声が遠くなる。


代わりに、膝の上の手の重さが戻ってきた。


目を開けると、寝台で眠っているリリアの顔があった。


「……戻れた」


思わず、声が出た。


「ハクさん」


すぐ横で、アリメルの声がした。辺境伯とアイリスも、こちらを見ている。三人とも、私が目を閉じる前とほとんど同じところにいた。窓から差す光の具合も変わっていない。それほど長くは経っていないらしい。


……ちゃんと帰ってこられた。思っていたより、ほっとしている。


「どうだった。娘の夢は、見られたか」


辺境伯が身を乗り出した。


「……うん。リリアは、庭にいた。話もできた」


「話を……?」


「……夢を見てたら、中に入れたの。向こうのリリアにも、私が見えてた」


「中に、ですか?」


アリメルが目を瞬かせた。中に入れるなんて、私も今日まで知らなかったのだから、驚かれても仕方ない。


「リリアは……何か、言っていましたか」


アイリスの声は静かだった。けれど、寝台の端に置いた手が、毛布をきゅっと握っている。


「……二人が元気か、気にしてた。リリアは元気だから、そう伝えてほしいって」


アイリスは寝台のそばに膝をつき、娘の手を両手で包んだ。何も言わなかった。


辺境伯はしばらく娘の顔を見ていたが、やがて私へ向き直った。


「娘を起こす手立ては、ありそうか」


私は、庭のことを順に話した。同じ道を確かめながら歩いても、元の長椅子の前に戻ってしまうこと。お屋敷へ向かう道でも、同じだったこと。


「……どうして戻るのかは、まだ分からない。でも、気になることはある」


「気になること?」


「……リリアが、ネムって子を抱いてた。白くて、尻尾がふさふさした子」


アイリスが顔を上げた。


「まあ……。夢の中でも、ネムと一緒なんですね」


「……ネムは今、どこにいる?」


「隣の部屋です。お医者様がいらっしゃる時に、そちらへ移したままにしていて」


アイリスは、言いにくそうに続けた。


「あの子も、リリアがこうなってから、ほとんど眠ってばかりなんです。ご飯の時に少し起きるくらいで……。リリアがいなくて寂しいのかしら、と」


……ほとんど、眠ってばかり。


リリアの腕の中にいたネムを思い出す。


普通は、眠っていなければ夢の中にはいられない。私みたいな例外を除けば。


あのネムが本当にあの庭にいるなら、現実のネムも眠り続けているはずだ。


そして実際に、眠ってばかりいる。


「……ネムに、会ってもいい? 眠ってるなら、ネムの夢も見てみたい」


「ネムの夢を、ですか?」


アリメルが聞き返した。


「……リリアと同じ庭にいるか、確かめたい」


辺境伯は一度リリアの方を見てから、頷いた。


「構わない。アイリス、案内してやってくれ」


辺境伯はリリアのそばに残り、私とアリメルは、アイリスについて隣の部屋へ移った。


隣の部屋は、リリアの部屋よりずっと小さかった。低い台の上に、布を敷いた籠が一つ置いてある。


籠の中で、白銀色の毛の塊が丸くなっていた。尻尾を身体に巻きつけて、顔もその中に埋めている。


夢の中で撫でたのと、同じ毛並みだ。


「とてもよく眠る子なので、リリアが『ネム』と名付けたんです」


アイリスが、籠を覗き込みながら言った。


「……それ、リリアからも聞いた」


アイリスは一瞬目を丸くして、それから小さく笑った。


「夢の中でも、同じことを話していたんですね」


籠のそばにしゃがむ。小さなお腹が、ゆっくり上下していた。耳が時々ぴくりと動くけれど、起きる気配はない。


ネムへ、意識を向けた。


――白い石が、すぐ目の前にあった。


低い。地面がずいぶん近い。リリアの腕から下りていたらしい。視界の端で銀色の毛が揺れ、鼻先を動かすと、草と土の匂いが流れ込んでくる。


見上げると、長椅子があった。背もたれの端に、浅い傷。


……リリアの庭だ。


でも、これだけではまだ決められない。ネムが、いつもの庭を夢に見ているだけかもしれない。


見慣れないものが気になるのか、鼻先が長椅子の脚の方へ向いた。


脚の陰に、小さな白い石が三つ並んでいる。


真ん中に大きい石。両側に小さい石。


……私が置いた石だ。


リリアの夢の中にしかないはずの石が、ネムの夢にもある。ネムが見ている庭と、リリアの夢の庭は、同じものだ。


それなら、リリアの腕の中にいたネムは、リリアが思い浮かべた姿ではない。目の前の籠で眠っているこの子が、本当にこの庭にいるのだ。


「ネム、おいで」


声がして、視界がそちらへ向いた。


長椅子のそばに、リリアがしゃがんでいた。差し出された手へ、小さな脚が迷わず駆け寄る。リリアはネムを抱き上げると、生け垣の向こうへ目を向けた。


「ハクさん、お父様たちに会えたかしら。……私たちも、もう一度だけ、お屋敷の方へ行ってみましょうか」


……リリアは、私が出ていったことを知っている。


ネムが一人で見ている夢なら、こうはならない。私がいなくなったあとの、同じ庭の続きだ。


リリアは、生け垣の向こうの細い道へ歩き出した。


足元の白い石が途切れて、その先に、さっきの土の道が見えてくる。


そこへ近づくにつれて、胸の奥がきゅっと縮むような感じがした。


私の気持ちではない。ネムの気持ちだ。


前足が勝手に動いて、リリアの服にしがみつく。


「どうしたの、ネム。大丈夫よ」


リリアは背中を撫でながら、土の道へ一歩踏み出した。


その時、ネムの身体の奥で何かが動いて、外へ伸びていった。


……これ、知ってる。


私の夢誘(スリープ)と、よく似た感じだ。


ただ、ネムの中から伸びたものは、誰か一人へ向かったわけではなかった。庭全体へ、薄く広がっていく。


次の瞬間、景色が切り替わった。


土の道が消え、足元に白い石が並ぶ。生け垣と花壇が現れ、すぐそばに、背もたれの端に傷のある長椅子。


リリアが、驚いたように足を止めた。


その腕の中で、ネムの胸の奥の縮こまった感じが、少しずつほどけていく。


……今の。


リリアが庭の外へ出ようとした。ネムの胸が縮んで、身体の奥から何かが伸びた。そして、庭が元に戻った。


私がリリアと歩いていた時、角を曲がって長椅子の前に戻ったのも、土の道へ踏み出して戻されたのも、きっと同じことが起きていたのだ。


この庭を元に戻しているのは――。


……ネム?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。