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夢見人は気ままに暮らしたい  作者: ぱらさん
第一章

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11/13

10 訪問先は夢の中


目が覚めると、木戸の隙間から差し込む光は、もうすっかり白くなっていた。


……やっぱり、起きられなかった。


焼きたてのパンは、また今度だ。


寝間着代わりのシャツを脱いで、机の上に重ねておいた青いシャツに袖を通す。前の留め具を上から順に留めていくと、袖はちゃんと手首で止まった。


借り物の大きな服でないだけで、ずいぶん気分がいい。


一階に下りると、夕食どきとは違って静かだった。受付の前に冒険者が二人いるだけで、机はほとんど空いている。


端の机に座ると、職員の女の人が気づいてやって来た。初めての日に、浴場へ案内してくれた人だ。


「おはようございます。朝ごはん、まだでしたよね」


「……うん。寝てた」


「ふふ。少し待っていてくださいね」


出てきたのは、パンとスープだった。


パンをちぎると、外は硬いのに、中はふんわりしている。


「そのパン、角を曲がったところのお店のなんですよ。ギルドでは毎朝、あそこから買っているんです」


角を曲がったところ。昨日、アリメルが教えてくれたパン屋さんだ。


焼きたてではないけれど、ちゃんとおいしい。


……起きなくても、食べられた。


これはこれで、悪くないと思う。


食べ終えた頃、職員の人が畳んだ白い布を持ってきた。


「それから、こちら。お預かりしていたお洋服です。やっと乾きました」


神様から貰ったワンピースだった。泥でまだらになっていた裾が、すっかり元の白に戻っている。


「……きれいになってる」


「なかなか落ちなくて、二回洗ったんですよ」


森の泥は、しつこいらしい。


「……ありがとう」


ワンピースを膝に載せたまま残りのスープを飲んでいると、入口の扉が開いた。


入ってきたのはゴンザだった。遠目でも、あの大きな背中は見間違えようがない。


ゴンザは受付で一言二言話すと、そのまま階段を上がっていった。少しして、受付の奥からアリメルが出てきて、同じように二階へ向かう。


そういえば、今日はゴンザが辺境伯のお屋敷へ行く日だった。


もう、行って帰ってきたらしい。


部屋に戻って、ワンピースを、机の上の昨日買ってもらった服に重ねた。


お腹がいっぱいになったところで、寝台が目に入る。条件としては、かなりいい。


けれど、ゴンザが帰ってきたなら、たぶんアリメルが話をしに来る。せっかく寝るなら、途中で起こされない時がいい。


寝台の端に腰掛けて、横にはならずに待つことにした。


それほど待たないうちに、扉が叩かれた。


「ハクさん。少しよろしいですか?」


「……どうぞ」


扉を開けたアリメルは、昨夜と同じように、少し改まった顔をしていた。


「ギルドマスターが、辺境伯様のお屋敷から戻られました」


「……うん。さっき、帰ってくるのが見えた」


「そうでしたか。それなら、話が早いですね。ハクさんのことをお話ししたら、ぜひ一度来ていただきたい、とのことです。今日の午後に、お時間をいただけることになりました」


「……今日?」


「はい。急で、すみません」


思っていたより早い。でも、娘さんがずっと眠ったままなら、早く確かめたいのも当然だろう。


「依頼の条件も、まとまっています。夢を見ていただくこと自体がお仕事なので、何も分からなかった場合でも、報酬はお支払いくださるそうです」


見つけられなかったら報酬はなし、というわけではないらしい。見るだけならできても、その先は分からない私には、ありがたい話だ。


「それから、昨夜お話しした、夢でご覧になったことは必要なことだけお伝えいただければいい、というお話も、辺境伯様にご了承いただきました」


「……そっか。じゃあ、行く」


「はい。私もご一緒しますね」


アリメルはそう言って、少し表情を緩めた。


「それと、お昼はちゃんと食べておいてくださいね。お屋敷で、どのくらい時間がかかるか分かりませんから」


「……さっき、朝ごはん食べたところ」


「では、軽めで」


……食べるのは、決まっているらしい。


*


軽い昼食を済ませてから、アリメルと並んでギルドを出た。


昨日歩いた店の並ぶ通りを抜けると、建物の間が少しずつ広くなっていった。道の端には木が植えられていて、石畳もきれいに揃っている。


その先に、大きな門が見えた。


門の向こうには広い庭があり、その奥に石造りの大きな建物が建っている。窓の数を数えようとして、途中でやめた。


……これが、辺境伯のお屋敷。


ギルドの建物も大きかったけれど、こちらは建物の前に庭まである。土地の使い方からして違うようだ。


門のそばには、槍を持った兵士が立っていた。アリメルが名乗ると話は通っていたようで、すぐに中へ通してくれた。


玄関で待っていたのは、黒い服をきちんと着た年配の男の人だった。執事、というやつだろうか。小説では読んだことがあるけれど、本物を見るのは初めてだ。


その人の後について歩きながら、隣のアリメルに小声で聞いた。


「……アリメル。こういうところ、初めてなんだけど」


「ふふ。少し緊張しますよね。ご挨拶は私からしますから、ハクさんは聞かれたことに答えてくだされば大丈夫ですよ」


それなら、何とかなりそうだ。


屋敷の中は、磨かれた床がずっと奥まで続いていた。廊下には、細かい模様の敷物が敷かれている。


……この靴、森でずっと泥の中を歩いてきたんだけど。


前を行く人は気にする様子もないので、私もそのまま歩くことにした。足元は、なるべく見ないでおく。


通された部屋には、大きな机と、向かい合わせの椅子があった。机の向こうに、男の人が一人立っている。


背が高く、暗い色の上着を着た人だった。姿勢がよく、こちらを見る目も落ち着いている。ただ、目元には疲れが残っているように見えた。


「よく来てくれた。アリメル殿、それから……ハク殿だな」


「はい。本日はお時間をいただき、ありがとうございます」


アリメルが頭を下げたので、私もそれに倣う。


「……ハク、です。よろしく、お願いします」


敬語は、あまり得意ではない。


「オリーヴ・リュミエールだ。この地を預かっている」


この人が、辺境伯本人らしい。


辺境伯は私たちに椅子を勧めてから、自分も机の向こうに腰を下ろした。


「ギルドマスターから、話は聞いている。眠っている者の夢を見ることができるそうだな」


「……はい。見たこと、あります。……あります、です」


言ってから、変な言い方になったと思った。


辺境伯の口元が、ほんの少しだけ緩んだ。


「かしこまらなくていい。話しやすいように話してくれて構わない」


「……いいの?」


「ああ。その方が、こちらも聞きやすい」


アリメルの方を見ると、小さく頷いてくれた。


……助かった。このままだと、話が終わる前に舌を噛みそうだった。


「娘の夢も、見られると思うか」


「……試してみないと分からない。でも、眠ってるなら、たぶん」


辺境伯は頷いた。すぐには何も言わず、少し間を置いてから口を開く。


「娘が目を覚まさなくなって、もうずいぶんになる。医師にも、治癒魔法を扱う者にも診せたが、理由が分からない。何か一つでも、手がかりがあればと思っている」


「……見ることはできても、起こせるかは分からない」


「承知している。結果が出なくとも、責めるつもりはない。まずは、娘の様子を確かめてほしい」


辺境伯はそこで一度、言葉を切った。


「本人の許しを得られないのは心苦しいが……父親として、私から頼みたい」


声は落ち着いていた。けれど、机の上で組まれた指には、話している間ずっと力が入っていた。


「……分かった。やってみる」


「ありがとう」


辺境伯は立ち上がり、自分で扉を開けた。


「案内しよう。娘の部屋は上だ。妻も、娘のそばにいるはずだ」


階段を上がり、いくつかの扉の前を通り過ぎたところで、辺境伯が足を止めた。扉を軽く叩くと、中から女の人の声で返事がある。


部屋に入ると、窓から柔らかい光が差し込んでいた。大きな寝台が一つあり、そのそばの椅子から、女の人が立ち上がる。長い髪を後ろでまとめ、落ち着いた色の服を着ていた。


「アイリス。ギルドから来てもらった。こちらがハク殿だ」


「初めまして。アイリス・リュミエールです。娘のために来てくださって、ありがとうございます」


「……ハクです。よろしく」


アイリスは柔らかく微笑んで、寝台の方へ目を向けた。


「リリアは、こちらに」


寝台に近づくと、毛布を胸の辺りまで掛けた女の子が眠っていた。


頬の色は悪くないし、苦しそうな様子もない。昼寝をしているようにしか見えなかった。


「……ずっと、こんな感じ?」


「ええ。眠っている間は、とても穏やかなのですけれど」


アイリスが、娘の額に掛かった髪を、指先でそっと避けた。


「声を掛けても、朝になっても、目を開けてはくれません」


そう言って、アイリスは手を引いた。それ以上は、何も言わなかった。


辺境伯が、寝台の反対側へ回る。


「ここで確かめられるか」


「……うん。近くに座ってもいい?」


アイリスが、自分の座っていた椅子を譲ってくれた。腰を下ろすと、リリアの顔がすぐ近くになる。


これだけ長く眠っているなら、夢の一つくらい見ているだろう。


「……しばらく、静かにしてもらえると助かる」


「もちろんです」


アリメルが答え、辺境伯も黙って頷いた。


膝の上に手を置いて、目を閉じる。


眠っているリリアへ、意識を向けた。


――緑が見えた。


木の枝の向こうに、明るい空が広がっている。目の前には低い生け垣があって、その向こうで花が風に揺れていた。


庭、だろうか。


足元には白っぽい石が敷かれている。花壇もあって、手入れの行き届いた場所に見えた。


視界の下の方で、小さな手が動いた。


私の手ではない。たぶん、リリアの手だ。


その手が、膝の上に乗った白銀色の毛の塊を撫でている。


丸い耳に、細い前足。それから、身体と同じくらいふさふさした尻尾。


……何、この子。


リスとネズミの間みたいな見た目だった。リスにしては耳が丸いし、ネズミにしては尻尾がふさふさしすぎている。


撫でられると小さな顔を上げて、青白い目でこちらを見上げてきた。


リリアの手が止まると、その子は指先へ鼻を押しつけた。もっと撫でろ、ということらしい。分かりやすい。


しばらく、その様子が続いた。


フィルやフェンの夢は、見ているうちに場面がどんどん変わっていった。


でも、この夢は、さっきからずっと同じ庭のままだ。


花は揺れているし、膝の上の子も動いている。それなのに、景色だけがいつまでも変わらない。


調べに来たのだから、周りも見ておきたい。けれど、リリアは膝の上の子に夢中で、視線はほとんど動かなかった。


生け垣の切れ目の向こうに、細い道が続いているのが見える。あの先にも、庭があるのだろうか。


……そっちも、見たい。


意識を、道の方へ向けてみる。


すると、視界がわずかに横へずれた。


……あれ?


リリアは顔を動かしていないはずだ。なのに、生け垣の向こうが、さっきより少しよく見える。


もう少し、と意識を伸ばした途端、身体をふわりと持ち上げられたような感覚がした。


撫でている手が遠ざかる。白銀色の毛の塊も、目の前から離れていく。


……いや、違う。


離れていくのは、私の方だ。


気がつくと、少し先の長椅子に、女の子が一人座っていた。膝の上には、さっきの小さな生き物を乗せている。


女の子が、その背中を撫でた。


さっきまで、私が見ていた手だ。


顔は、寝台で眠っていたリリアと同じだった。


だとしたら、今の私は、誰の目で見ているんだろう。


視線を落とすと、淡い青色の袖が見えた。前に小さな留め具が並んでいる。今朝、自分で留めたシャツだ。


指を曲げてみる。ちゃんと動いた。


足元には、膝下までのズボンと、森から履いてきた靴。


試しに一歩踏み出すと、こつ、と靴の裏が石に当たった。硬さまで、足の裏に伝わってくる。


「……歩ける」


こんなことは、森でもギルドでもなかった。


もう一歩進むと、長椅子の女の子が顔を上げた。


「あっ……」


目が合う。女の子はすぐに立ち上がって、膝の上の子を胸元へ抱き寄せた。そのまま、一歩後ろへ下がる。


「……どちら様でしょうか。ここは、私の家の庭です」


声は丁寧だけれど、目はこちらから離れない。


そうなるよね。


自分の家の庭に、知らない人が急に立っていたら、私だって警戒する。しかもこっちは、なぜ立っているのか自分でもよく分かっていない。


「……ハク。怪しい者じゃない、と思う」


言ってから、怪しい人の言い方だと思った。


「……あなたは、リリア?」


女の子の眉が、少しだけ寄った。


「どうして、私の名前を」


「……あなたのお父さんに頼まれて、会いに来た」


「お父様に?」


女の子は、しばらく私の顔を見ていた。それから、胸元に抱いていた子を少しだけ下ろした。


「お父様のお知り合いの方でしたか。……失礼いたしました。リリア・リュミエールと申します」


「……ううん。急に来たのは、こっちだから」


リリアはまだ不思議そうだったけれど、さっきほど身構えてはいない。代わりに、抱いていた子を少しこちらへ向ける。


「それなら、この子も紹介しますね。ネムです」


腕の中から、白銀色の顔が覗いた。


「……ネム」


「はい。とてもよく眠る子なので、ネムって名付けたんです」


……よく眠る子。


それは、気が合いそうだ。


ネムは私をじっと見ていた。ふさふさの尻尾だけが、ゆっくり揺れている。


「……かわいいね」


「ふふ。そうなんです」


毛が柔らかそうで、特にあの尻尾が気になる。とはいえ、初対面の相手にいきなり手を出すのはやめておこう。


そう思っていたら、リリアが私の手元を見た。


「よかったら、触ってみますか?」


……気づいたら、手が少し前に出ていたらしい。


「……いいの?」


「ネムが嫌がらなければ」


そっと指を差し出す。


ネムはしばらく私の手を見つめてから、鼻先を近づけてきた。くんくんと、匂いを嗅いでいる。


逃げなかったので、指先で頭を撫でてみた。


柔らかい。


見た目以上だった。指が、毛の中に少し埋まる。


「……すごい」


「でしょう?」


リリアが、嬉しそうに笑った。


ネムはくすぐったそうに頭を振ると、またリリアの胸元へ潜り込んだ。しつこくして嫌われても困るので、手を引いておく。


……そういえば、私は何をしに来たんだったか。


夢を、調べに来たのだった。


目の前のリリアは元気そうだ。ネムとも仲がいいし、ここで困っている様子もない。


でも、寝台のリリアは目を覚まさないままだ。夢の中で元気だから大丈夫、とはいかないだろう。


私は庭を見回した。


「……ここ、広いね」


「ええ。私のお気に入りの庭なんです。お花もきれいでしょう?」


「……うん。向こうにも、何かある?」


さっき、生け垣の切れ目から見えた道を指さす。


「あちらにも、お花が咲いていますよ。よろしければ、ご案内しますね」


「……お願い」


リリアはネムを抱えたまま、私の隣へ来た。並んでみると、背の高さはあまり変わらない。


長椅子の横を通る時、背もたれの端に小さな傷があるのが目に入った。何かをぶつけたような、浅い傷だ。


お屋敷の庭の長椅子でも、傷くらいはつくらしい。


「こちらです」


生け垣の切れ目を抜けて、白い石の道へ入る。


道の脇には小さな花が並び、その先は生け垣に沿って続いていた。


歩きながら、リリアがネムのことを話してくれた。甘えたい時は、自分から寄ってくること。尻尾を撫でると喜ぶこと。


尻尾。さっき撫でておけばよかった。


……また、機会があれば。


「ハクさんは、どちらからいらしたんですか?」


「……遠いところ。今は、街のギルドにいる」


「ギルドに? 冒険者の方なんですか?」


「……ううん。泊めてもらってるだけ」


「ギルドに、お泊まりできるんですね。知りませんでした」


「……私も、知らなかった」


リリアが、くすりと笑った。


生け垣の角を一つ曲がると、少し先に長椅子が見えた。


……あれ。


さっきまでリリアが座っていたものと、よく似ている。


近づくにつれて、背もたれの端の小さな傷が見えてきた。さっき横を通った時に見たのと、同じ場所だ。


周りの花壇も、生け垣の切れ目も、見覚えがある。


「……リリア」


「はい?」


「……ここ、さっきの場所じゃない?」


リリアは長椅子を見て、穏やかに首を傾げた。


「そうでしょうか。この庭は、似たところが多いので。私も時々、分からなくなるんです」


そう言われると、この庭は似たような景色ばかりだ。


でも、角は一つしか曲がっていない。長椅子から離れるように歩いてきたはずなのに、どうして前に出てくるのだろう。


後ろを振り返る。


曲がってきた角と、その向こうに続く白い石の道が見えた。長椅子は、あの道のずっと後ろにあるはずだった。


「……リリア。もう一回、同じ道を歩いてみてもいい?」


「ええ。何度でもご案内しますよ」


何度でも、か。


……何度も戻ってくることにならなければ、いいのだけれど。


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