第21章 金の絵の具
――――――その時、神は言われた。
「光あれ」
そして光があった。
その光を見て、神は善とされた。
光と闇を分け、光を昼、闇を夜と名付けられた。
世界が言葉により光を認識する。
それは混沌とした世界の終焉
それとも――――――
「つまり、君がさっき工房で言った、誰かが死ぬって言葉。それはこれらの謎と同じじゃないのか?」
私が言った言葉――――『もう一人死人がでる』
当然の事実のように口をついて出た、呪いの予言。
「これらの謎と同じ?」
「そう、寄せ集めた情報による、根拠がある警告ってことだ」
以前、エリアスは私に言った。
『警告は呪いにも、妄言にもなる』
呪いの予言でないのだとしたら……
何を見、何を認識したのか。
思考を巡らせる。
その思考の網にふと『アラテア』が掛かった。
そうだ。忘れていた。
今朝ルーカスの机から拝借した、小さく巻いた一枚の絵を取り出した。
取り出した絵を広げると、エリアスは声を上げた。
「君だったのか! どこにしまったのかと思ったら……」
「私でもこれくらいは、やればできる」
誰に倣ったかまでは言わないが。
すると、にんまりと笑ったエリアスが、腹のポケットをごそごそと捜索する。
「品行方正な僕たちは、気が合うかもね」
そう言って、拝借してきた、制作途中のもう一枚を取り出す。
私はヴォルフガングのようにあっけにとられ、口を開けてしまった。
あの工房で、あの騒ぎの中、いつの間に……!
エリアスの手には、もう一枚の星の絵。
制作途中の『アラテア』があった。
思わず私は、両手を合わせ口元を覆ってしまった。
圧倒的な才能の差を見せつけられた気分だ。
「ずっと違和感があったんだ。書庫の『アラテア』と比べ、ルーカスの『アラテア』には何かがない気がして」
そんな私の様子などお構いなしに、エリアスは絵をかざしながら言った。
「何か?」
「でも、こっちの絵にはあるんだよ」
そう言うので、私の持ち出したルーカスの机にあった『アラテア』と、エリアスが拝借した制作途中の『アラテア』を並べてみる。
「見てみろよ! 同じ星なのに、こんなに違う!」
エリアスは二枚を並べて、傾いた陽の光にかざして言った。
確かに、ルーカスの絵は静かにそこにあるだけだったが、もう一枚の絵は陽の光を受けてキラキラと輝いたのだ。
私も手に取り、二枚を見比べる。
金の輝きが違う。もう一枚の絵の方は黄金の星が輝いているのに、ルーカスの絵の方は輝くどころかくすんでいる。
何が違うのか。
ルーカスの絵は夜空も塗られ、完成間近。もう一枚は、白い羊皮紙に星だけが描かれている。
大抜擢されたアリポとかいう若手が、ルーカスの描いた星に、絵をつけられないと嘆いていたと言っていた。これを見る限り、その後も描けなかったようだ。
そして比較して目につくのは、ルーカスの絵の星の周囲――青と接触している部分。
金地が色褪せ、黒く変色を始めている。
同じ絵の中でも、安物のオーカー、茶色の熊の上に描かれた星は変色していないのに。
使われている絵の具は……
金、銀、ラピスラズリまで持ち込まれた、大型案件だと言っていた。
「星は金、空はラピスラズリが使われてるはずなのに……」
つぶやくエリアスに、念の為、確認する。
「金が、黒くなることがあるのか?」
「まさか! 金は金。不変だよ! サビもしないし、朽ちもしない」
では、この黒ずみは……
「金じゃないな」
金じゃない――
私は自分の言葉を反芻した。
意識の中に
何かの断片が落ちている。
巡らせた思考の網に引っ掛かった何か。
無意識の沼に沈んだその断片を捕まえ……
表層に――――
引き摺り出す。
――――粉が飛び散って、黄色い花が咲いたみたいだったよ
「金は風に乗って霧散するほど軽くはない」
思わず言葉が漏れた。
なのに、金の絵の具を入れる革袋が落ちてた。
「本物の金の代わりに使われるとしたら……」
革袋の中に入っていたのは……
「金色の絵の具……石黄……」
エリアスが呟いた。
石黄!?
どこかで聞いた。
確か羊皮紙の制作工房で。石灰と混ぜた黄色いペーストを毛皮の裏に塗っていた。
エリアスは、絵の具として使っていると言っていたか。
石黄――ラテン語で『auripigmentum』
なぜ気付かなかった。
『auri』は金で、『pigmentum』は絵の具。
金の絵の具という意味だ。
エリアスが続ける。
「聞いたことがある。金色を出す石黄は、アズライトのそばに置くと色が死ぬって」
私は再び二枚の絵に視線を落とした。
「黒くなるんだ」
色が死ぬ。
ルーカスの絵は、輝きを失い、黒ずみ、死の静寂が支配しているかのようだ。
「アズライトというのは?」
聞き慣れない言葉だった。
「絵師が使う青い顔料だよ」
エリアスが、青い部分を指でなぞりながら言う。
青い顔料アズライト。
「石黄が偽物の金なのだとしたら、アズライトは偽物の青だよ。金より高価と言われるラピスラズリの代わりに使われるんだ」
金より高価。
私は例の書付を思い出す。
LAZUR=ラピスラズリ―――確か2800デナリウスと書かれていたか。
「よく使われるのか?」
「ずっと色が変わらない青の絵の具は、ラピスラズリしかないんだ。でも高すぎて、使えやしない。だから少々変色しても、普段使われるのはこれだよ」
何百年経っても深みのある青を保ち続ける、ラピスラズリとは対照的に、アズライトは時間とともに変色する。
そして、石黄と反応して黒変する――――青い顔料。
「でも……」
エリアスは、ルーカスの絵を見ながら、その先を言い淀んだ。
私がその先を言う。
「そうだ。ラピスラズリの青も偽物だ」




