第九十四話 戻るという選択
「みんな!」
美鈴が
前を向く
「ここから――」
「私たちのやり方で行くよ!」
「おう!」
千尋
秀
学
樹
四人が
それぞれ霊馬を散開させる
五人が
一列ではなく――
横へ広がった
中央
襷持ち――江原美鈴
右前――高崎秀
左前――寺崎学
右後――畔田樹
左後――臼井千尋
そのまま
速度を落とさず走る
後方――
三組
神門蘭たちが
徐々に距離を詰めてくる
五馬身
四馬身
「来る!」
千尋が叫ぶ
美鈴は
一度だけ振り返る
「まだ!」
五人は
走り続ける
三馬身――
「美鈴!」
「今!」
その瞬間
千尋が
片手を地面へ向けた
霊力が――
伸びる
地面へ触れた霊力が
一本の柱の形へ固定される
ブゥン!!
淡く輝く
霊力の柱
《結界柱》
それは
持ち運ぶ道具ではない
霊力で境界を形成し
その内部へ条件を与える
結界術の――
一つの形
「一本目!」
千尋の《結界柱》が
後方へ残される
そのまま
霊馬を走らせる
数十歩先
今度は――
樹
「二本目!」
ブゥン!!
別の《結界柱》
二本が立った瞬間
美鈴が
二つを繋ぐ
「接続!」
バァン!!
柱と柱の間に
半透明の結界面が広がった
「うわっ!」
後続の生徒たちが
左右へ分かれる
だが――
「右へ行った!」
美鈴の声
「秀!」
「分かってる!」
右前を走る秀が
自分の進行方向へ
《結界柱》を形成
そこへ――
札を放つ
「《火球の術》!」
ボッ!!
だが
火球は
敵へ直接飛ばない
秀が作った
《結界柱》へ入る
一瞬――
柱の内部に
火球の霊力が蓄えられ
次の瞬間
柱の側面から――
ドンッ!!
火球が射出された
「うわっ!」
右へ逃げた生徒が
さらに外側へ追いやられる
「左!」
学も
《結界柱》を形成
「こっちも!」
札
霊力
そして――
ドンッ!!
今度は
複数の小さな火球
後続が
左右へ散らされる
その中央
開いた道を――
美鈴たちは
一気に駆け抜ける
◇
「すごい……」
後方
三組の生徒が
思わず声を漏らす
蘭も
美鈴たちの動きを見ていた
一人一人が使っている術は
決して
規格外ではない
だが――
「役割が」
「完全に分かれてる……」
千尋は
防御
秀と学は
攻撃
樹は
進路制限
そして
美鈴は――
四人の結界を繋ぐ
「一人で全部やってない……」
蘭が呟く
本来
刀優が一人で行う
《結界柱》を使った戦術
それを――
五人へ分解した
◇
「前!」
樹が叫ぶ
道が
二手に分かれている
「後ろ来てる!」
学も叫ぶ
美鈴は
一瞬だけ周囲を見る
「樹!」
「左を塞いで!」
「了解!」
樹が
左の道へ向けて霊力を放つ
一本
さらに――
もう一本
二本の《結界柱》
美鈴が
すぐに意図を理解
「繋ぐよ!」
ブゥン!!
左側へ
巨大な結界面
後続は
右へ進むしかない
だが――
右側には
すでに
秀
学
「来た!」
「合わせる!」
二人の術が
《結界柱》から放たれる
ドドン!!
「うわっ!」
後続の速度が落ちる
「今!」
五人が
一斉に加速
また――
距離が開く
「よし!」
秀が笑う
「いける!」
だが
美鈴は
前だけを見ている
「油断しない!」
「私たちは――」
襷へ手を触れる
「晴真君たちに」
「一番で繋ぐんだから!」
「おう!」
五人が
再び速度を上げる
彼らは
結界術を使うために
止まってはいない
戦いながら――
走っている
防ぎながら
走る
攻撃しながら
走る
進路を塞ぎながら
走る
一人が止まれば
他の四人が補う
一人が術を作れば
美鈴が繋ぐ
五人全員で――
一つの大きな結界術を
走りながら組み上げていく
これが
美鈴たちの
戦い方だった
◇
やがて――
森が開ける
「……来た」
千尋の表情が変わる
第三走
この区間には
他の走区にはない
特徴がある
妖との対決
コース上に
複数の妖が配置されている
倒して進んでもいい
避けてもいい
どう突破するかも――
競技の一部
だが
その中には
毎年のように
生徒たちを悩ませる
規格外の妖がいる
そして――
「いた……」
学が
息を呑む
前方
広い水場
その中央に――
何かがいる
四足
虎に似た巨体
だが
毛皮はない
身体そのものが――
水
ザァァァ……
透明な水が
筋肉のように流動し
巨大な虎の姿を保っている
瞳だけが
青白く光る
《水虎》
「でか……」
秀が
思わず呟く
水虎が
ゆっくりと顔を上げた
ゴォォォォォ!!
咆哮
同時に
水面が爆発
バシャァァァン!!
「うわっ!」
五人の霊馬が
一斉に足を止める
美鈴が
手綱を握り締める
「落ち着いて!」
その水虎の後ろ――
細い道
最短で
次の区間へ抜けられる
近道
だが
そこを通るには――
水虎の縄張りを
真正面から突破しなければならない
反対側には
安全な迂回路
当然
距離は長い
「どうする?」
樹が聞く
美鈴は
水虎を見る
過去
何人もの生徒が
この近道を狙ってきた
腕に自信のある者
名家の後継者
実技上位者
何代にもわたり
数え切れないほどの生徒が挑んだ
だが――
ほとんどが
突破できていない
倒せないからこそ
今も
第三走の難所として
知られている
美鈴が
即座に決める
「迂回する!」
秀が
水虎を見る
「いいのか?」
「いい」
美鈴は迷わない
「私たちの目的は」
「妖を倒すことじゃない」
襷を握る
「これを晴真君に届けること!」
「了解!」
五人が
迂回路へ向かおうとした
その時――
ドドドドドッ!!
「追いついた!」
後方から
次々と霊馬
三組
蘭
紫穂たち
さらに――
四組
その先頭にいるのは
角来桜華
そして
桜華を囲むように走る
女子生徒たち
さらに五組
二組も
次々と追いついてきた
「水虎かよ……」
二組の生徒が
嫌そうな顔
「迂回!」
五組も
ほぼ同時
「近道は捨てる!」
三組も――
蘭が水虎を一目見て
「これは駄目です!」
紫穂も頷く
「迂回しましょう!」
三組
二組
五組
次々と
安全な道へ進んでいく
だが――
四組だけ
止まった
「…………」
桜華が
水虎を見る
その後ろ
近道
「なるほど」
口元が
上がる
「これを倒せば――」
「一気に先頭へ出られるわね」
美鈴が
振り返る
「桜華さん!」
「その妖とは」
「戦わない方がいい!」
桜華が
美鈴を見る
「何?」
「かなり強いよ」
「歴代の生徒も何度も挑んでるけど」
「ほとんど突破できてない」
「だから何?」
桜華が
鼻で笑う
「それは」
「その人たちが弱かっただけでしょう?」
「……!」
千尋の眉が
ぴくっと動く
桜華の周囲
四人の女子たちも
武器を構える
「桜華様なら倒せます!」
「私たちもいます!」
「こんな妖」
「すぐに片づけられます!」
桜華が
自信たっぷりに笑う
「そういうこと」
美鈴が
もう一度言う
「でも――」
「しつこいわね」
桜華が遮る
「あなたたちは」
「怖いなら迂回すればいいじゃない」
その瞬間――
「あなた」
千尋が
低い声を出した
桜華が見る
「何?」
「あなた」
「四組の第三走班のリーダーでしょ?」
「だったら?」
千尋が
桜華の後ろにいる四人を見る
「自分が戦いたいからって」
「チームメイトまで危険に晒すの?」
「何考えてるの!」
「千尋!」
美鈴が止めようとする
だが――
桜華の目が鋭くなる
「危険?」
自分の仲間を見る
そして――
「私のチームメイトは」
「そんなに軟弱じゃない!」
四人も
力強く頷く
「行くわよ!」
「はい!」
美鈴が
目を見開く
「待って!」
だが――
四組は
すでに水虎へ向かっていた
◇
「桜華様!」
「右から行きます!」
二人が
左右へ散る
一人が札
一人が武器
桜華は――
真正面
「はぁぁぁ!!」
霊力を高め
水虎へ突っ込む
水虎が
低く唸る
ゴォォ……
そして――
前脚を
振り上げた
ただ
それだけ
だが――
周囲の水が
一気に集まる
巨大な
水の爪
「来るわよ!」
ドバァァァン!!
「くっ!」
四組が
散開
「やっぱり強い……!」
美鈴が
思わず手綱を握る
「美鈴!」
樹が叫ぶ
「行こう!」
「でも……」
「本人たちが決めたんだ」
学も
水虎を見る
「俺たちまで残ったら」
「襷を繋げなくなる!」
「…………」
美鈴は
唇を噛む
そして――
「行くよ!」
五人は
迂回路へ入った
ドドドドドッ!!
水虎と
桜華たちの戦いが
背後へ遠ざかる
「…………」
美鈴は
前を見る
これでいい
自分たちには
役目がある
一位を守る
晴真へ
襷を繋ぐ
それが――
第三走班の仕事
「速度上げるよ!」
「了解!」
五人が
さらに加速した
その時――
遠く
背後から
ドォォォォン!!
巨大な音
続いて――
「きゃあああああ!!」
悲鳴
「――っ!」
美鈴が
反射的に手綱を引いた
霊馬が
速度を落とす
「美鈴!」
千尋が見る
「…………」
美鈴は
後ろを見る
今の声
四組
間違いない
「…………」
襷へ
手を置く
前へ行かなければならない
晴真が
待っている
その先には
凛も待っている
一組のみんなが
この襷を繋ぐために
走っている
迅が
一番で与一へ渡した
与一が
守り抜いて
自分へ渡した
ここで戻れば――
そのリードを
失うかもしれない
「…………っ」
美鈴が
動けない
一秒
二秒
その数秒さえ
レースでは大きい
「美鈴」
千尋の声
美鈴が
顔を上げる
千尋
樹
秀
学
四人を見る
誰も――
前を見ていなかった
全員
美鈴を見ている
そして――
千尋が
頷いた
樹も
頷く
学も
秀も
「行こう」
千尋が言った
「……でも」
美鈴が
襷を握る
「晴真君が」
「凛が」
待っている
自分たちが
一番で来ることを
信じている
その顔が
浮かぶ
すると――
秀が笑った
「美鈴!」
「あとで」
「一緒に謝ってやるから!」
「え……」
「お前の判断は」
「間違ってない!!」
学も
大きく頷く
「そうだ!」
「ここで助けに行かなかったら」
「俺たち」
「絶対あとで後悔する!」
樹も
手綱を返す
「一位は」
「また取り返せばいい」
千尋が
美鈴を見る
「あなたがリーダーなんでしょ?」
「決めて」
「私たちは――」
少し笑う
「ついていくから」
「…………」
美鈴は
一度だけ
目を閉じた
そして――
開く
「ごめん」
「それは後!」
秀が笑う
「今は?」
美鈴が
手綱を強く握る
霊馬を――
反転
「戻る!」
四人も
一斉に馬首を返す
「四組を助ける!」
「おう!!」
五頭が
来た道を
逆走する
◇
「もっと速く!」
美鈴が叫ぶ
五頭の霊馬が
速度を上げる
前方――
水飛沫
轟音
そして
再び悲鳴
「千尋!」
「分かってる!」
千尋が
騎乗したまま
霊力を練る
「戻った瞬間」
「まず防御!」
「秀! 学!」
「攻撃で水虎を四組から離して!」
「了解!」
「樹!」
「退路を作って!」
「任せろ!」
美鈴が
息を吸う
そして――
「私が」
「全部繋ぐ!」
五人の役割
千尋――防御
秀、学――攻撃
樹――進路
美鈴――接続
さっきまで
他の組を押さえ込むために使っていた
五人の《結界柱》
今度は――
誰かを救うために使う
「見えた!」
森を抜ける
その瞬間――
美鈴たちの表情が
凍った
水場は
先ほどとは
まるで違っていた
木々が倒れ
地面が抉れ
水が
辺り一面へ溢れている
そして――
「桜華!!」
水虎
その巨大な前脚の先
四組の生徒たちが
完全に追い詰められていた
桜華も
先ほどまでの余裕はない
「くっ……!」
それでも
仲間の前へ立っている
水虎が
咆哮
ゴォォォォォ!!
周囲の水が
一気に浮かび上がる
無数の水塊が
巨大な奔流へ変わる
「来る!」
美鈴が叫ぶ
「千尋!!」
「任せて!」
千尋が
両手を前へ
霊力を放つ
一本
二本
三本――
霊力が
次々と柱の形へ固定される
《結界柱》
「美鈴!」
「繋ぐ!!」
美鈴の霊力が
千尋の《結界柱》へ触れる
柱と柱
境界と境界が――
一気に接続
ブゥゥゥン!!
巨大な結界面
その向こうから――
水虎の奔流
ドォォォォォン!!
激突
「ぐっ!!」
千尋の身体が
鞍上で揺れる
美鈴も
歯を食いしばる
「重い……!」
「でも!」
千尋が叫ぶ
「止める!!」
ミシッ――
結界が
軋む
桜華が
目を見開いた
「……あなたたち」
美鈴は
振り返らない
水虎だけを見て――
叫ぶ
「話はあと!」
さらに
霊力を流す
「私たちが――」
秀
学
樹
四人も
それぞれの位置へ走り出す
「助けに来た!!」
一位を守るために
磨いてきた
五人の戦い方
その力を――
彼らは今
勝つためではなく
仲間を救うために
使おうとしていた




