第九十一話 本気で修練するということ
「行くぞ、黒曜!」
ドッ!!
与一の声と同時
黒曜が力強く大地を蹴った
そのすぐ後ろから――
「行くぞ!」
「おう!」
誠
剛
ひなた
紗月
四人も
勢いよく飛び出していく
第二走班――
五人が
一斉に走り出した
すれ違いざま
誠が迅へ手を上げる
「迅、お疲れ!」
「一番じゃん!」
ひなたも笑う
「やるね!」
紗月が続き
剛も拳を突き出す
「後は任せろ!」
迅も
拳を突き出した
「頼むぞ!」
「任せろ!」
四人の声が重なる
そのまま――
第二走班は
与一を追っていった
◇
「はぁ……」
「はぁ……」
迅が
大きく息を吐く
そこへ
ようやく――
「迅!」
隼人
綾女
太一
遊喜
四人が到着した
「お頭!」
迅が笑う
「お疲れ」
綾女が
迅と拳を合わせる
隼人も
拳をぶつけた
「一番で繋いでくれるとはな」
太一が笑う
「流石だな、迅!」
遊喜も頷く
「ああ」
「最後の加速は凄かったぞ」
迅が
にやぁっと笑う
「だろ?」
隼人が
すぐに口を挟む
「おい」
「あんまり褒めるな」
「調子に乗るから」
「なんだよ!」
「もうちょっと褒めろよ!」
「でも――」
迅が
その場へ座り込みそうになりながら
苦笑する
「マジでヤバかった……」
その時――
「いやぁ」
後ろから
笑い声
「最後、速かったなぁ」
迅たちが振り返る
風間琥太郎
そして――
宮本寧
二人も
第一走を終えて戻ってきた
寧が
珍しく柔らかく微笑んでいる
「本当ですわ」
「最後の加速には驚きました」
「へへっ」
迅が鼻の下を擦る
すると――
寧の笑顔が消えた
「ですが」
「ん?」
「人の技を簡単に模倣しないでください!」
「えぇ!?」
迅が肩をすくめる
「悪りぃ悪りぃ」
「うちのクラスじゃさ」
頭を掻く
「当たり前みたいに人の術見て」
「すぐ変な使い方考える奴がいてなぁ」
晴真の顔が
迅の頭に浮かぶ
「そのせいか」
「俺も思わずやっちまった」
「本当に……」
寧が呆れる
だが――
琥太郎は楽しそうに笑った
「でも」
「楽しかったよ」
寧も
少し間を置いて
「……そうですね」
迅が二人を見る
「またいつか」
「戦えるといいな!」
寧は
今度こそ笑って
「その時は――」
「負けませんよ!」
琥太郎も頷く
「僕もね」
「おう!」
第一走を戦った三人が
笑い合う
その少し離れたところ――
「…………」
弓月は
悔しそうに俯いていた
「麻倉迅に……」
ぎゅっと拳を握る
「負けるなんて……」
「弓月様」
「まだ第二走があります!」
「そうです!」
四組の女子たちが
次々と慰める
だが――
「あなた」
声をかけたのは
寧だった
弓月が
顔を上げる
「何ですか?」
寧は
まっすぐ弓月を見る
「そのままでは――」
「あなたは一生、彼には勝てないと思いますよ」
「……なんですって?」
空気が
変わった
「どういう意味ですか?」
弓月の声が低くなる
だが
寧は全く怯まない
「あなた」
「麻倉迅に勝つことばかり考えていましたでしょう?」
「それは……」
「では」
寧が問う
「襷を次へ繋ぐことを」
「どれだけ考えていましたか?」
「…………」
弓月が
言葉を失う
寧は続ける
「彼は違いました」
「自分が誰に勝つかではない」
「自分が何位になるかでもない」
第一走の最後
ただ前だけを見ていた迅
その姿を
寧は思い出す
「彼が考えていたのは――」
「全力で襷を次へ届けること」
「それだけでした」
そして
少しだけ視線を
第二走の方向へ向ける
「しかも」
「あなたの許嫁へ」
「……!」
弓月の肩が
ぴくりと動く
「襷を渡された時」
「鏑木与一さんの顔を見ましたか?」
弓月は
何も答えられない
寧は見ていた
与一は
迅が来ることを
疑っていなかった
絶対に来る
絶対に襷を持ってくる
そう信じて――
黒曜と共に
待っていた
「彼は」
「麻倉迅が一番で届けに来ると」
「信じている顔をしていましたよ」
「…………」
「あなた」
寧が
静かに言う
「麻倉迅のこと以前に――」
「ご自分の許嫁の気持ちも」
「分かっていないのでは?」
弓月は
何も言い返さなかった
ただ――
悔しそうに
下を向く
◇
一方
そんなことが起きているとも知らず――
「いや」
「さっきのあそこ」
「俺がもう少し早く《烈風》を使えば良かったな」
「いやいや」
迅が首を振る
「あれ以上早かったら俺も巻き込まれてるって!」
「太一の斬撃も広すぎたよ」
綾女が言う
「だって」
太一が笑う
「あれくらいやらないと全員止まらないだろ」
「俺たちまで斬られかけたんだぞ!」
「悪かったって!」
第一走班――
すでに
反省会が始まっていた
「あの倒木の使い方は良かった」
遊喜が言う
「ただ」
「俺の《猪突打点衝》を使うなら」
「最初から砕く位置を決めておけば」
「もっと綺麗に《烈風》へ繋げられた」
隼人が頷く
「そうだな」
「次やるなら――」
「なんでだよ……」
低い声
五人が
振り返る
そこにいたのは――
大篠塚正光
俯いたまま
拳を震わせている
「なんで……」
顔を上げる
「なんで俺は!」
「お前らに勝てないんだ!!」
迅たちは
黙る
正光は
さらに声を荒らげた
「大篠塚流が!」
「お前らの剣術に劣っているのか!」
その言葉に――
隼人が
眉をひそめる
「違う」
「何?」
「大篠塚流は」
「素晴らしい剣術だ」
正光が
目を見開く
「長い歴史を持って」
「今ある剣術の祖になった流れの一つだろ」
太一も頷く
「そうだぞ」
自分の長刀を見る
「俺の小篠塚流だって」
「大篠塚流の流れを汲んでる」
正光が
さらに苛立つ
「だったら!」
「なんで俺は勝てないんだよ!!」
一瞬
沈黙
そして――
迅が
あっさり言った
「そりゃ」
「お前が弱いからだろ」
「…………」
「迅!」
綾女が
すぐに迅の腕を叩く
「もう少し考えて言ってあげなさいよ!」
「いや!」
迅は
正光を見る
「こういうのは」
「ハッキリ言った方がいい!」
正光の顔が
怒りで歪む
「貴様……!」
迅は
構わず続ける
「大篠塚流だろうが」
「立身流だろうが」
「小篠塚流だろうが」
「どんな流派だろうが関係ねぇよ」
自分の胸を
親指で指す
「結局は――」
「そいつがどれだけ強くなるために」
「貪欲に修練してるかだろ!」
正光が
黙る
「お前」
迅が言う
「大篠塚流って名前に」
「あぐらかいてんじゃねぇの?」
「何だと!」
「じゃあ聞くけどよ」
迅が
一歩近づく
「お前」
「自分より強いって分かってる奴に」
「ボコボコにされるって分かってて」
「それでも修練つけてくれって」
「頭下げたことあるか?」
「…………」
「ないだろ」
迅の脳裏に浮かぶ
刀也
刀優
清盛
剛快
角来剛乃介
岩富槍玄
立身刀真
合同合宿で――
何度倒されても
立ち上がった仲間たち
「俺たちなんて」
「勝てない奴に何回負けたと思ってんだよ」
「刀也なんか」
「負けても負けても」
「もう一回お願いします!って突っ込んでくぞ」
太一が
苦笑する
「確かにな」
「それに」
迅が
正光を見る
「お前は後継者だ」
「周りも気ぃ使うだろ」
「お前が気づいてないだけで――」
「手ぇ抜かれてることだってあるんじゃねぇの?」
「……!」
正光の顔が
強張る
「おいおい迅」
太一が止める
「流石にそこまで言わなくても――」
「でも」
迅の声が
少しだけ柔らかくなる
「お前」
「本気で修練したら」
「絶対強くなると思うぞ」
正光が
顔を上げる
「…………」
「だからさ」
迅が笑う
「つまんねぇ意地張ってないで」
「本気で修練してみろよ」
「何を……」
正光が
歯を食いしばる
「貴様にそんなことを言われる筋合いはない!」
「だよな」
迅が
あっさり頷く
「納得いかねぇよな」
「だったら――」
腰の忍刀へ
手を置く
「一太刀だけ」
「付き合ってやる」
「……何?」
「俺は忍びだ」
迅の表情から
笑いが消える
「でも」
「立身の剣も」
「ずっと修練してきた」
正光を
真っ直ぐ見る
「お前に見せてやるよ」
「本気で修練してる奴の――」
「一太刀を」
「……やってみろ」
正光が
薙刀ではなく
腰の霊木の刀へ手を伸ばす
「ちょっと!」
綾女が
二人の間へ入ろうとする
だが――
隼人が
腕を出した
「待て」
「隼人?」
「やらせろ」
隼人が
二人を見る
「俺が合図する」
迅と正光が
距離を取る
正光が
刀を抜く
そして――
大上段
対する迅は
刀を抜かない
鞘へ収めたまま
腰を落とす
正光が
眉をひそめる
「抜かないのか?」
「ああ」
迅が
柄へ手を添える
「俺」
「居合が得意なんだ」
「…………」
正光が
鼻で笑う
「自分で手の内をばらすとは」
「馬鹿な奴だ」
大上段から――
迅の動き出しに合わせ
叩き斬る
正光の狙いは
それだけ
迅は
動かない
呼吸
重心
視線
全てが――
静か
太一の表情からも
笑いが消える
「……迅の奴」
綾女も
息を呑む
隼人が
右手を上げる
「両者――」
正光の握りが強くなる
迅の指が
わずかに柄へ触れる
「始め!」
――瞬間
「っ!!」
正光の目が
見開かれた
音すら
遅れて聞こえた
迅は――
正光の横
抜き放たれた刃が
首筋
皮膚すれすれで
止まっている
「…………え?」
正光の刀は
まだ――
大上段
一歩も
踏み出せていない
「分かったか?」
迅が
静かに言う
「これが――」
刃を引く
「本気で修練してる奴との差だ」
カチン
忍刀が
鞘へ戻る
正光の脚から
力が抜けた
ドサッ
その場へ
膝をつく
「…………」
正光は
自分の手を見る
迅は――
術を使っていない
《疾風脚》も
《雷爆衝波》も
何も使っていない
技名すら
口にしていない
ただ
抜いて
一歩踏み込み
首筋へ刃を止めた
それだけ
なのに――
「一歩も……」
正光が
震える
「いや……」
違う
「見えもしなかった……」
正光が
拳を握る
「俺の……」
一度
大きく息を吐く
「負けだ」
立ち上がる
迅は
何も言わない
正光は
そのまま背を向けた
数歩進み――
一度だけ
止まる
そして
心の中で誓う
――必ず強くなる
大篠塚流の名ではない
自分自身が
強くなる
――次は
――勝つ
正光は
そのまま歩いていった
◇
その背中を見送りながら
太一が
ぽつり
「迅」
「ん?」
「お前」
「知らないぞ」
「何が?」
太一が
正光の背中を指差す
「アイツ」
「本気で修練始めたら――」
にやっ
「めちゃくちゃ強くなるぞ」
「…………」
迅が
少し考える
「そん時は――」
笑う
「刀也にでも相手させようぜ!」
「お前が相手しろよ!」
隼人が叫ぶ
「嫌だよ!」
「絶対めんどくせぇもん!」
「自分で火つけといて何言ってんの!」
綾女が呆れ
太一と遊喜が
声を上げて笑った
◇
少し離れた場所――
弓月は
その一部始終を見ていた
迅の一太刀
見えなかった
先ほどまで
ふざけて
猿と言われて
笑っていた少年とは
まるで別人
そして――
ふと
以前
与一が言っていた言葉を思い出す
『迅はな』
『本気になると――』
『すげぇんだよ』
「…………」
弓月は
何も言わず
自分の手を見る
自分は
何を見ていたのだろう
麻倉迅に勝つこと
与一の隣にいる者たちを
敵視すること
許嫁という立場に
安心すること
それだけで――
本当に
与一を見ていただろうか
本当に
自分自身を
強くしようとしていただろうか
寧の言葉が
胸に残っている
――そのままでは、一生勝てない
「…………」
弓月は
静かに顔を上げた
悔しい
ものすごく悔しい
だからこそ――
変わらなければならない
大篠塚正光が
初めて自分自身の弱さを認めたように
鏑木弓月もまた――
自分自身を
見つめ直すことを
心に決めていた




