第八十九話 桜駆け開幕
待ちに待った――
桜駆けの日
朝から佐倉陰陽学園は
いつもとはまるで違う熱気に包まれていた
広大な競技場
色とりどりの幟
各組の紋章
観覧席には
生徒だけではなく
家族
名家の当主
卒業生
裏佐倉の住人たちまで
大勢集まっている
霊馬たちの嘶き
生徒たちの声
教師たちの指示
あちらこちらから聞こえる歓声
その全てが
今日という日を待ち望んでいた
◇
「晴真!」
聞き慣れた声
晴真が振り返る
「えっ?」
そこにいたのは――
「お父さん!」
桜晴臣
晴真は嬉しそうに駆け寄る
「来てくれたの?」
「ああ」
晴臣が笑う
「もちろんだ」
そして
自分の後ろを指差す
「母さんも一緒だぞ」
「晴真」
「お母さん!」
美咲が
柔らかく微笑んでいる
「ありがとう、来てくれたんだね!」
「当然でしょう」
美咲は
晴真の顔を覗き込む
そして少し笑った
「でも晴真」
「何?」
「今日はいつもより楽しそうね」
「そう?」
「ええ」
晴真は
競技場を見る
そこには
それぞれ準備をしている一年一組のみんな
「うん!」
笑う
「みんなでずっと頑張ってきたからね」
合同合宿
霊馬との修練
術の研究
チーム研修
失敗も
成功も
全部
今日へ繋がっている
「あっ、そうだ!」
晴真が思い出す
「凛ちゃんがアンカーなんだよ!」
「あら!」
美咲の目が輝く
「凛ちゃんが?」
「うん!」
「それを千桜さんが聞いたら大喜びだわ」
美咲が辺りを見る
「さっきまで一緒にいたんだけど……」
少し笑う
「きっと今頃、凛ちゃんのところへ行ってるのね」
「そうかも!」
その横で
晴臣が興味深そうに競技場の霊馬を見る
「そういえば晴真」
「何?」
「お前の霊馬」
少し声を落とす
「伝説の《金桜毛》なんだろ?」
晴真の顔が
ぱっと明るくなる
「うん!」
そして
少し離れた場所にいる霊馬へ目を向ける
淡い金色を帯びた美しい毛並み
堂々とした体格
こちらに気づいたのか
晴真を見る
「月桜っていうんだ!」
「月桜か」
「すっごく賢くてね」
晴真は嬉しそうに話し始める
「最初は僕も全然分かってなかったんだけど」
「最近は少しずつ何を考えてるか分かるようになってきて」
「呼ぶと来てくれるし」
「世話してる時も――」
美咲が
くすっと笑う
「晴真」
「何?」
「月桜のこと、大好きなのね」
「うん!」
即答
晴臣も笑った
「良い相棒を見つけたみたいだな」
「うん!」
◇
晴臣が尋ねる
「で、晴真」
「お前は何走だ?」
「僕は第四走班」
少し胸を張る
「襷持ち!」
その瞬間――
晴臣の目が大きくなる
「第四走の襷持ちか!」
晴真が
少し驚くほど
晴臣が嬉しそうな顔をする
「凄ぇじゃないか!」
美咲が
晴臣を見る
「そんなに凄いの?」
「ああ」
晴臣は頷く
「桜駆けはな」
「第四走でどれだけ良い状態を作れるかによって」
「勝負が決まるって言われるくらいなんだ」
最終走へ渡す直前
差を詰める
敵を削る
一位へ出る
アンカーが走りやすい状況を作る
「最後の勝負を決める前に」
「勝てる形を作る区間ってことだ」
「あら」
美咲が晴真を見る
「じゃあ、頑張らないとね」
「うん!」
晴真は力強く頷く
「しかもね」
「道満君と一緒なんだ!」
「道満と?」
晴臣が
すぐに意味を理解した
そして
にやっと笑う
「なるほど」
「四走で勝負を決めるつもりだな」
「やっぱりそう思う?」
「ああ」
晴臣は感心したように
「流石、正臣」
晴真も笑う
「僕ら――」
凛のいる方向を見る
「一位で凛ちゃんに襷を渡すつもりなんだ!」
「言うようになったな」
晴臣が笑い
晴真の頭へ手を置く
「じゃあ俺たちも」
美咲も頷く
「しっかり応援しないとね」
「うん!」
◇
一方――
「お爺様!」
凛が声を上げる
「お婆様!」
駆け寄った先には
祖父――道長
祖母――清少
そして
父の道清
母の千桜
四人が揃っていた
「お爺様も、お婆様も!」
「来てくださったの?」
「ありがとう!」
道長が豪快に笑う
「当たり前だ!」
「凛がアンカーを任されたと聞いたからな」
「飛んできたぞ!」
「お爺様ったら」
凛が笑う
清少も
嬉しそうに凛を見る
「本当に立派になりましたね」
道清も頷く
「アンカーか」
「凄いな、凛」
千桜も
娘の肩へそっと手を置く
「頑張ったのね」
「…………」
凛は
少し恥ずかしそうに笑う
「うん」
でも――
すぐに首を横へ振った
「私一人じゃないの」
「みんなが助けてくれるから」
第五走班には
刀也
豪太
紅葉
小夜
そして
そこへ来るまでに
四つの走班が襷を繋いでくれる
「みんなが――」
凛は胸元へ手を置く
「私のところまで襷を繋いでくれるから」
「私は最後に」
「それをゴールまで持っていくだけ」
道長は
そんな孫娘を見ると
嬉しそうに笑った
「そう言えるようになったことが」
「一番凄いんだぞ」
「お爺様……」
その時
少し離れた場所から
晴真が手を振る
「凛ちゃーん!」
凛が振り返る
「晴真君!」
「頑張るね!」
第四走の襷持ち
自分へ襷を渡してくれる仲間
凛も
大きく手を振った
「うん!」
「お願い!」
◇
競技場の周囲では
一年一組の生徒たちが
それぞれの家族と最後の時間を過ごしていた
励ます父
心配する母
技について話す祖父
ただ笑って背中を叩く兄弟
そして――
第一走班の迅も
自分の家族の前にいた
「父ちゃん」
「なんだ?」
父――麻倉疾風が笑う
迅は
思い切り困った顔
「正臣先生がさ」
「他の四クラス、みんな俺を狙ってくるかもしれないって言うんだけど」
「どうすりゃいい?」
疾風は
少し考える
そして――
「はははは!」
笑った
「とりあえず全力で逃げろ!」
「なんだそりゃぁ!」
迅が叫ぶ
「父ちゃん、人のことだと思って!」
「逃げるのも立派な戦術だぞ?」
「もうちょっと格好いい助言ないの!?」
そこで迅が
姉を見る
「姉ちゃんは?」
麻倉雷華
少し考え――
ぼそっ
「私は一番後ろにいて」
「最後に全員抜いた」
「…………」
迅が固まる
「そんなんできんの姉ちゃんだけだろ!」
さらに
「っていうか」
雷華を見る
「姉ちゃん、霊馬に乗ってても速いんかい!」
「速いよ」
即答
迅が頭を抱える
すると雷華は
真面目な顔で言った
「迅ちゃんもできる」
「え?」
「霊馬に《風遁》をかけて」
手を前へ伸ばす
「《紫電一閃》と同じ要領で突っ込んでいくだけ」
「…………」
迅が考える
風遁
霊馬
紫電一閃
「ん?」
もう一度考える
「なんか――」
「それならできそうだな」
「でしょ?」
雷華が微笑む
その横から――
母の麻倉刀華
「そんな面倒なことしなくても」
「ん?」
にこやかに
「全員向かってくるなら」
一拍
「全員斬り捨てればいいのよ」
「…………」
迅
固まる
「母ちゃん」
「何?」
「相手、二十人いるんだけど」
刀華は
全く動じない
「五人チームなんでしょう?」
「そうだけど」
「だったら一人四人で済むわよ」
「…………」
迅の頭の中へ
ある人物が浮かぶ
立身刀也
――来るなら全員斬ればいい!
「…………」
迅は
母を見る
そして
少し遠くにいる刀也を見る
もう一度
母を見る
――やっぱ刀也と変わらねぇ
――立身流って……
微妙な顔をしていると――
『第一走班の選手の方は――』
会場へ声が響いた
『集合場所へお集まりください』
雷華が迅を見る
「迅ちゃん」
「呼ばれてるよ」
「おっ」
疾風が
息子の背中を軽く叩く
「頑張ってこい!」
刀華も
「全員斬ってきなさい!」
「斬らねぇよ!」
迅は笑いながら
「行ってくる!」
「行ってらっしゃい」
◇
第一走班の集合場所
「遅いぞ」
隼人が
腕を組んで待っていた
「悪りぃ、お頭!」
迅が駆け寄る
その横には
綾女
太一
遊喜
一年一組
第一走班の五人
綾女が聞く
「何してたの?」
「家族から助言もらってた」
「何て?」
迅は
指を一本ずつ立てる
「父ちゃん」
「とにかく逃げろ」
二本目
「姉ちゃん」
「最後に全部抜け」
三本目
「母ちゃん」
「全員斬れ」
「…………」
四人
沈黙
そして――
「何だそれ!」
太一が笑う
遊喜も吹き出す
隼人は
「何一つ統一されてないじゃねぇか!」
綾女まで
珍しく肩を震わせる
迅も笑う
「だろ?」
ひとしきり笑った後
隼人が
少し真剣な顔へ戻る
「まあ」
第一走の先を見つめる
「正臣先生が言ってた通りだ」
「俺たちの仕事は」
迅を見る
「リタイアせずに」
「襷を第二走まで届けること」
迅も頷く
綾女
太一
遊喜も
表情を引き締める
「おう!」
五人の声が揃った
◇
その時――
「麻倉迅」
低い声
迅が振り返る
こちらを
じっと睨んでいる男子生徒
三組
大篠塚正光
その顔には
明らかな敵意
正光は
真っ直ぐ迅たちへ歩いてくる
「この前の借り」
「今日――返してやるからな」
迅が
きょとん
「悪りぃ」
首を傾げる
「俺、お前に何も貸してねぇけど?」
「…………」
綾女が
ぷっ
吹き出した
「確かに」
「貴様ら……!」
正光の額に青筋
「大篠塚流を舐めているのか!」
そこで
隼人が
さらっと答える
「大篠塚流を舐めてるんじゃない」
「?」
「お前を舐めてる」
「貴様ァ!!」
「お頭!」
迅が笑う
「それは俺より酷ぇよ!」
正光の顔が
真っ赤になる
◇
「あれあれ」
別の声
「なんだか騒がしいと思ったら――」
皆が振り返る
「やっぱ一組絡みですか!」
そこにいたのは
四組
鏑木弓月
迅
「げっ」
思わず声が出る
弓月が
にっこり笑う
「麻倉迅」
「な、何?」
「今日は――」
背負った弓へ手を添える
「しっかり狙ってあげますからね!」
「…………」
迅の背筋を
ぞわっ
冷たいものが走る
「なんで俺ばっかり……」
正臣の予言が
早くも現実になり始めていた
◇
そこへ――
「試合前からそんなに張り切ってたら」
のんびりした声
「途中でへばっちゃうよ?」
全員が振り返る
見知らぬ男子生徒
白桜寮の紋章
表情は柔らかく
どこか掴みどころがない
「誰だ?」
迅が聞く
男子は
軽く手を上げる
「ああ、ごめん」
「初めまして」
微笑む
「二組の――風間琥太郎」
「よろしく」
「風間……」
隼人の目が少し細くなる
晴真から
名前だけは聞いていた
――風魔の子孫
隼人は
琥太郎の立ち方を見る
力が入っていない
それなのに
隙がない
――こいつ
正光が
いら立ったように声を上げる
「貴様ら!」
「俺の邪魔をするな!」
そして
腰へ下げていた
霊木の木刀へ手を伸ばす
その瞬間――
カッ
乾いた音
「……!」
正光の手が止まった
木刀の柄
その上を――
薙刀の石突が
ぴたり
押さえている
「なっ……」
正光の目が見開かれる
迅も
隼人も
綾女も
一瞬
何が起きたのか分からなかった
つい先ほどまで
数歩離れたところにいたはずの女子生徒
その女子が
いつの間にか
正光のすぐ横へ立っている
五組
その紋章をつけた女子
薙刀を握る手には
まるで力が入っていない
それなのに――
正光が木刀を抜こうとしても
柄が動かない
「…………」
隼人の目が細くなる
――速い
単純に足が速いだけじゃない
踏み込み
薙刀を送る動き
石突を当てる位置
全部に
ほとんど無駄がない
しかも
刃ではなく――
石突
正光を傷つけるつもりなど
最初からない
ただ
木刀を抜かせない
それだけのための一手
「試合前に」
女子が静かに言う
「何をしようとしているんですか?」
正光が
女子を睨む
「何だと?」
だが女子は
全く怯まない
「ここで私闘でも始めて」
「桜駆けを台無しにするつもりですか?」
「…………」
正光の顔が歪む
「これはこいつらが――」
「関係ありません」
ぴしゃり
言葉を切られる
「試合で決着をつければいいでしょう」
「そのために今日ここへ来たのでは?」
「…………」
正光が黙る
女子は
それ以上何も言わず
すっと薙刀を引いた
正光の木刀は
結局
鞘から一寸も抜かれていない
「迷惑です」
「ぐっ……」
正光が言葉を詰まらせる
そして――
女子の視線が
迅たちへ向く
「あなたたちもです」
「えっ」
迅が自分を指差す
「俺らも!?」
「当然です」
女子は
少し眉を寄せる
「安い挑発に乗らないでください」
今度は隼人を見る
「特にあなた」
「俺!?」
「一番煽っていたでしょう」
「…………」
隼人が黙る
迅が吹き出す
「お頭、怒られてんじゃん」
「あなたもです」
「はい」
即座に黙る迅
綾女が
横を向いて笑いを堪える
「試合に集中してください」
「…………はい」
迅
隼人
綾女
何となく三人揃って返事
太一と遊喜は
顔を見合わせる
すると――
五組の男子生徒が
少し離れたところから声をかけた
「寧」
女子が振り返る
「どうした?」
「なんでもありませんわ!」
女子――
寧
その名前を
迅たちは初めて知った
寧は
もう一度だけ正光を見る
「続きは試合でどうぞ」
そして
迅たちにも視線を向ける
「あなたたちも」
「次は注意しませんから」
迅が
「怖っ」
「何か?」
「何でもありません!」
隼人が
横で笑う
寧は小さく息を吐き
「行きましょう!」
五組の仲間たちのもとへ戻っていく
「…………」
迅
隼人
綾女
三人
その背中を見る
最初に口を開いたのは
隼人
「速ぇ……」
太一も頷く
「凄腕だな」
遊喜は
自分の手元で動きを再現しようとして
首を傾げる
「いつ薙刀を出した?」
「見えなかった」
綾女も
寧がいた場所と
正光の位置を見比べる
「踏み込む直前まで」
「気配がほとんど変わらなかった」
「マジ?」
迅が
改めて寧の背中を見る
強い霊圧を見せつけたわけでもない
派手な術を使ったわけでもない
ただ――
一歩踏み込み
石突を置いただけ
それだけで
この場にいた全員へ
実力を分からせた
琥太郎が
のんびり笑う
「五組にも面白い子がいるねぇ」
「お前も人のこと言えねぇだろ」
迅が返す
その横で
正光は
面白くなさそうに舌打ち
「…………」
隼人は
まだ寧を見ていた
「ああいう奴が」
ぽつり
「一番面倒なんだよ」
「何で?」
迅が聞く
「頭に血が上がらない」
「余計なこともしない」
「必要な時に」
「必要なことだけやる」
綾女も頷く
「強い人の動き」
迅が
少しだけ笑う
「なるほど」
周囲を見る
三組――大篠塚正光
四組――鏑木弓月
二組――風間琥太郎
そして
五組――寧
どの組にも
強敵がいる
「面白くなってきたな」
隼人が
ため息
「お前、さっきまで狙われるの嫌だって言ってただろ」
「それとこれとは別!」
◇
『第一走班――』
会場全体へ
大きな声が響く
『位置についてください!』
空気が
一変した
一年一組
二組
三組
四組
五組
各組の第一走班
五人ずつ
計二十五人
それぞれの霊馬へ跨がる
迅も
手綱を握る
隣には
隼人
綾女
太一
遊喜
「…………」
先ほどまで
笑っていた五人
だが
今はもう
全員の目が前を向いている
迅が
他の組へ視線を走らせる
正光
弓月
琥太郎
そして――
五組の列
「…………」
寧がいる
先ほどとは違い
もう周囲へ注意を向けていない
自分の霊馬の首筋へ
そっと手を当てている
「よろしくお願いしますね」
小さな声
その一言だけで
少し落ち着かなかった霊馬が
すっと静まる
寧は
鐙へ足をかけ
軽やかに跨がった
その動きにも
一切の無駄がない
薙刀を扱った時と同じ
迅が
思わず呟く
「……やっぱ強そうだな」
隼人も
五組へ一瞬だけ視線を向ける
「あいつには気をつけろ」
綾女も頷く
「うん」
その時――
寧が
こちらを見る
迅
隼人
綾女
三人と目が合う
「…………」
寧は
ほんの少しだけ頭を下げた
敵意はない
挑発もない
ただ
試合相手としての挨拶
迅も
少し驚きながら
笑って手を上げる
「おう」
すると寧は
もう前を向いた
隼人が呟く
「……調子狂うな」
「正光よりいいだろ」
「それはそう」
◇
観覧席から
大きな歓声
晴真たちも
第一走班を見つめていた
「迅君!」
晴真が叫ぶ
「頑張れー!」
道満も
「最初から無茶をするなよ!」
凛
「必ず戻ってきて!」
刀也は
拳を上げる
「ぶっ飛ばしてこい!」
「言ってること先生と逆だぞ!」
迅が遠くから叫ぶ
観覧席に
また笑い声
正臣は
その様子を見ながら
小さく息を吐く
いよいよ
始まる
◇
やがて――
競技場中央
一人の女性が前へ出た
佐倉陰陽学園
学園長
御堂若陽
老婆の姿で
静かに全選手を見渡す
ざわめいていた会場が
少しずつ静まっていく
若陽が
穏やかに口を開く
「皆さん」
その声が
会場全体へ響いた
「これまで積み重ねてきた」
「日頃の修練の成果を――」
少し微笑む
「存分に発揮してください」
第一走の選手たち
手綱を握る手へ
力が入る
霊馬たちも
何かを察したように
地面を蹴る
迅が
前を見る
その左右
すでに
他の組の選手たちが
こちらを警戒している
正光は
明らかに迅を睨んでいる
弓月も
こちらを見ながら笑っている
琥太郎は
相変わらず掴みどころのない表情
そして寧だけは――
真っ直ぐ
前を見ている
「…………」
迅は
苦笑した
「先生」
小さく呟く
「本当に全員こっち見てるんだけど……」
一瞬
寧を見る
「……一人以外」
隼人が
視線だけ動かす
「だから言っただろ」
綾女も
短く
「来るよ」
太一が構える
遊喜も
霊力を巡らせる
迅は
一度だけ深く息を吐いた
逃げろ
最後に全部抜け
全員斬れ
家族の
まとまりのない助言が
頭をよぎる
そして――
正臣の言葉
――リタイアするな
――襷を次へ繋げ
迅の口元が
にやっと上がった
「よし」
手綱を握る
「とにかく――」
霊馬へ身体を預ける
「走り抜けりゃいいんだろ!」
若陽が
右手を上げる
静寂
一瞬――
音が消えたように感じた
そして
その手が
振り下ろされる
「それでは――」
「始め!!」
ドンッ!!
地面が震えた
二十五頭の霊馬が
一斉に飛び出す
砂煙が舞い上がり
歓声が爆発する
桜駆け――
ついに
開幕




