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第八十七話 アンカー


 桜駆け――


前日


一年一組の教室は


朝からどこか落ち着かなかった


明日


いよいよ本番


合同合宿で覚えた技


新しく考えた戦法


霊馬との連携


結界柱


結界棒


札術


武術


弓術


忍術


この日のために


皆がそれぞれ準備を重ねてきた


だからこそ――


楽しみでもあり


緊張もする


「明日かぁ……」


美鈴が呟く


「なんか実感湧かないね」


「俺は楽しみだぞ!」


豪太は朝から元気いっぱい


迅も椅子を揺らしながら


「早く走りてぇなぁ」


隼人は


「お前、霊馬から落ちんなよ」


「落ちねぇよ!」


そんな会話が


教室のあちらこちらから聞こえてくる


しかし――


そんな生徒たちより


遥かに落ち着いていない人物が


一人いた


「…………」


教壇の前


勝田正臣


腕を組み


窓を見る


教室を見る


時計を見る


また窓を見る


「…………」


そして――


「みんな!」


突然声を上げた


「準備は万端か!?」


「…………」


生徒たち


一瞬沈黙


凛が苦笑しながら立ち上がる


「先生」


「なんだ?」


「落ち着いてください!」


「…………」


正臣が止まる


「ああ」


頭を掻く


「すまん」


少し恥ずかしそうに笑った


「どうも桜駆けになるとな……」


美鈴が吹き出す


「先生」


「何だ?」


「それ、朝からもう四回目です」


「えっ」


教室から笑い声


正臣は


「そんなに言ったか?」


「言いました」


千尋が即答


秀も指を折る


「登校してすぐ一回」


学


「朝の会で一回」


誠


「授業始まる前に一回」


美鈴


「そして今ので四回目」


「…………」


正臣が咳払い


「まあ――」


教卓を軽く叩く


「大切なことだからな!」


「誤魔化した」


「誤魔化しましたね」


また笑いが起きた


◇


だが――


すぐ正臣の顔が真剣になる


「晴真!」


「はい!」


「凛!」


「はい!」


「霊馬の騎乗はどうだ?」


晴真と凛が


顔を見合わせる


晴真から答えた


「大丈夫だと思う」


「沙羅さんに教わってから」


少し笑う


「月桜との関係も、ちゃんと作れてきたよ」


学園へ戻ってからも


晴真は毎日のように


月桜のところへ通った


ただ乗るのではない


声をかけ


世話をし


歩き


走り


呼吸を合わせる


沙羅から教わった


――霊馬だけを動かそうとするな


――一緒に動け


その意味を


少しずつ理解してきた


正臣が頷く


「そうか」


「凛は?」


「私もです」


凛は少し照れたように笑う


「今までは――」


「たぶん私」


言葉を選び


「霊馬に、ちょっと馬鹿にされていたのかもしれません」


教室から


くすくす笑い


凛も笑う


「でも今は」


「ちゃんと自分の意思を伝えられるようになってきました」


「それなら良かった」


正臣もほっとする


すると凛が続けた


「それと」


「沙羅さんには、札術も少し教えていただきました」


「…………」


正臣が止まる


「沙羅が?」


「はい」


「札術を?」


「はい」


正臣は


珍しいものでも聞いたような顔


「珍しいな……」


晴真が聞く


「そうなの?」


「ああ」


正臣は頷く


「アイツは優秀なんだけどな」


少し困った顔


「教え方が独特なんだよ」


「それは騎乗でも分かった」


晴真が即答


笑いが起きる


正臣も笑いながら


「だろ?」


そして


「沙羅自身は感覚で分かってる」


「どう霊力を流せばいいか」


「どこで札を切ればいいか」


「どの瞬間に術を放てばいいか」


「全部分かってるんだけど――」


肩をすくめる


「本人が出来すぎるせいで、説明しても相手が理解できないことが多いんだ」


「ああ……」


晴真が納得する


「それで昔から」


正臣が沙羅の口調を真似る


「『教えても分かんねぇなら、教えない!』」


教室から笑い


凛が目を丸くする


「そうなんですか?」


「でも私には、とても分かりやすかったです」


「ほう」


正臣は凛を見る


そして


少し嬉しそうに


「よっぽど凛のこと気に入ってるんだな」


「えっ」


凛が驚く


「そうなんでしょうか……」


「たぶんな」


正臣は少し考え


「ああ――」


「クシナダ様と刀也の件もあるか」


刀也が反応する


「俺?」


「そうだ」


正臣は教室を見渡す


「同じことを教わっても」


「誰から教わるか」


「どう教わるか」


「誰に教えるかで」


理解の仕方は変わる


「教わる側と教える側にも」


「相性ってものがあるんだろうな」


刀也が


合同合宿でのクシナダの修練を思い出す


普通の説明では掴めなかったものが


クシナダの独特な擬音と動きでは


なぜか身体に入ってきた


「確かに」


刀也が笑う


「あると思う」


◇


そこから――


自然と皆も


自分が桜駆けへ向けて準備したことを話し始めた


道満は


馬上でも扱える札術


支援札との組み合わせ


凛は


鞭術と騎乗


刀也は


剣術


迅は


疾風脚を活かした馬上からの動き


与一は


弓術と射線制御


小夜は


森羅聴による周囲の把握


美鈴たちは


五人で分担する結界柱


誠は


《結界棒》と雷網


ひなたは


弓を使った新しい遠距離戦


隼人も


忍術と陰陽術をどう組み合わせるか考えている


豪太は


槍


綾女は


忍術


紅葉は


薙刀


皆


少し前までとは違う


教わった技を


そのまま使うだけではない


自分ならどう使うのか


誰かと組んだら


どう組み合わせるのか


それぞれが


自分の答えを持ち始めていた


正臣は


その様子を黙って見ていた


そして――


満足そうに頷く


「よし」


教卓を叩いた


「じゃあ――」


皆が正臣を見る


「そろそろチーム編成を発表するぞ!」


「おおっ!」


一気に教室が騒がしくなる


「やっとか!」


迅が前のめりになる


しかし


千尋が手を上げた


「先生」


「なんだ?」


「なんで前日なんですか?」


「…………」


樹もすぐ続く


「そうですよ」


「もっと早く教えてくれれば」


「チームごとの連携とか」


「もっと考えられたのに」


「そうそう!」


美鈴も頷く


「普通、もっと前に発表しません?」


生徒たちが


次々と頷く


だが――


正臣は


にやっ


笑った


「そうだろ?」


「?」


皆が首を傾げる


正臣は続ける


「だからだよ」


「え?」


「もし一か月前にチームを発表してたら」


教室を見渡す


「お前ら、どうしてた?」


道満が少し考える


「同じチームの者との連携を中心に考えるでしょうね」


「そうだ」


正臣が頷く


「じゃあ今回は?」


「…………」


道満の目が


少し開く


「あっ」


晴真も気づく


「誰と組むか分からなかったから――」


樹が続ける


「クラスのみんなの技を見てた」


美鈴も


「あの子と組んだら何ができる」


秀が


「こいつとならどう動く」


学も


「それをずっと考えてた……」


道満が正臣を見る


「そういうことか!」


正臣は笑う


「その通り」


誰と組むか分からない


だからこそ――


道満の札術を見る


美鈴の結界を見る


与一の弓を見る


迅の速さを見る


刀也の剣を見る


小夜の感知を見る


豪太の槍を見る


凛の鞭を見る


晴真の術を見る


「お前ら」


正臣が言う


「相手のことを知ろうとしただろ?」


「…………」


皆が頷く


「アイツと組んだら」


「こんなことができる」


「こいつと組んだら」


「こう動こう」


「この術なら俺が合わせられる」


「この弱点なら私が補える」


そう考えてきたはずだ


正臣は


少し声を強くする


「お前たちはチーム研修を経て」


「合同合宿までやった」


「いろんな奴と技を見せ合って」


「教え合って」


「何度も一緒に戦ってきた」


そして笑う


「もう――」


「誰と組んでも大丈夫だ」


「…………」


一瞬


静かになった教室


そして――


「はい!」


大きな返事が返ってきた


正臣は


嬉しそうに頷いた


◇


チーム編成と役割


そして走順


正臣から発表された内容を見ながら


生徒たちは


早くも相談を始める


「じゃあここで俺が前に出る」


「なら私は後ろを見るね」


「結界柱はこの場所で使えそう」


「与一、ここの射線取れる?」


「取れる」


「迅なら先行しても戻れるよな」


「任せろ」


あっという間に


あちらこちらで話が始まった


正臣は


その様子を見ていたが――


「ただ」


急に言った


「一つだけ」


皆が振り返る


「まだ決めきれてないことがある」


「何ですか?」


凛が聞く


正臣は


少し困った顔


「アンカーだ」


教室が静かになる


桜駆け


最後の走者


皆から受け取ったものを背負い


最後にゴールへ駆け込む者


当然


重要な役目になる


正臣が腕を組む


「俺としては――」


三人を見る


「晴真」


「はい」


「道満」


「ああ」


そして――


「凛」


「えっ」


凛が自分を指差す


「私ですか?」


「ああ」


正臣は黒板へ


三人の名前を書く


「この三人の誰かを考えている」


「…………」


教室中が


うーん


と悩み始める


確かに――


誰でも納得できる


道満


札術


判断力


霊力操作


戦況を見る能力


純粋な技量だけなら


一年一組でも最上位


「技量で言えば――」


正臣が道満を見る


「道満だ」


道満は黙って聞く


次に


晴真


「ただ」


「晴真には――」


正臣が苦笑


「何をするか分からない規格外の爆発力がある」


「なんか褒められてる気がしない」


晴真が言う


教室から笑い


「褒めてるよ」


正臣も笑う


「土壇場で何かをひっくり返す力なら」


「晴真は一番かもしれない」


そして――


凛


正臣は


少しだけ言葉を選ぶ


「凛は」


「…………」


凛が緊張した顔


「技量だけで比べれば」


「まだ晴真や道満に及ばない部分もある」


騎乗も


ようやく自信を持てるようになってきたところ


鞭術も


まだ修練の途中


けれど――


正臣は続ける


「責任感」


「周りを見る力」


「そして――」


教室を見渡す


「みんなからの信頼」


凛の目が少し開く


「一年一組をまとめる力なら」


「俺は凛だと思ってる」


「…………」


教室が静かになる


誰にするべきか


皆が考える


道満か


晴真か


凛か


三人とも


違う強さを持っている


だからこそ


簡単には決められない


その時――


晴真が手を上げた


「先生」


「ん?」


「僕は――」


凛を見る


にこっと笑う


「凛ちゃんがいいと思います」


「えっ!?」


凛が晴真を見る


道満も


すぐ頷いた


「俺もそう思う」


「道満まで!?」


「お前ならできる」


「ちょ、ちょっと待ってください!」


凛は慌てる


「私――」


胸の前で手を振る


「まだ霊馬だって」


「やっとちゃんと乗れるようになったばかりですよ!」


「それなら大丈夫だ!」


突然


豪太の大声


「え?」


豪太は


胸を叩く


「凛は俺が守るぞ!」


「お前」


隼人が即座に突っ込む


「まだ凛と同じチームって決まってねぇだろ!」


「気持ちの話だ!」


「それなら最初からそう言え!」


笑い声が起きる


紅葉が


凛の手を取った


「凛」


「紅葉?」


「アンカーだからといって」


笑う


「一人で戦うわけではありませんわ」


「…………」


刀也も立ち上がる


「そうそう!」


凛を指差す


「俺たちが――」


笑う


「お前をゴールまで連れていくぜ!」


迅も


「それまでに俺らが道作っとく!」


与一も


静かに頷く


「それに」


「凛がアンカーなら」


皆を見る


「誰も文句ないだろ?」


「そりゃそうだ」


太一が即答


小夜も


柔らかく笑う


「私も賛成です」


紗月も頷く


「凛がいなかったら」


少し照れながら


「一組って、きっと今みたいにまとまってなかったと思う」


「そんな……」


凛が戸惑う


秀が言う


「それに」


学も続く


「凛がずっと努力してきたの」


「みんな知ってるから」


美鈴が笑う


「騎乗が苦手でも練習して」


「鞭だってずっと修練して」


千尋も


「一番不安なの本人なのに」


「いつも周りのこと気にしてくれてたしね」


綾女が


ぽつり


「向いてると思う」


ひなたも


「うん!」


紅葉は


さらに強く頷く


「私も凛にお願いしたいです」


「…………」


凛は


皆を見る


晴真


道満


刀也


迅


与一


小夜


豪太


隼人


紅葉


美鈴


千尋


秀


学


誠


樹


綾女


そして――


一年一組のみんな


誰も


不安そうな顔をしていない


皆が


自分を見ている


信じてくれている


「…………」


凛は


ぎゅっ


拳を握った


怖くないと言えば


嘘になる


アンカー


最後を任される


もし自分が失敗したら――


一瞬


そんな考えが浮かぶ


けれど


沙羅の言葉を思い出す


――決めるところは、びしっと決める


そして


今まで


皆と一緒に積み重ねてきた時間を思い出す


「…………」


凛は


ゆっくり息を吐いた


そして――


顔を上げる


「分かりました」


皆が静かになる


「私――」


少しだけ震えていた声が


次第に強くなる


「やってみます」


晴真が笑う


道満も頷く


凛は


皆を見渡した


「でも――」


「私一人じゃ無理です」


そして


笑う


「だから」


「みんな――」


大きな声


「頼むよ!」


一瞬


静寂


次の瞬間――


「おう!!」


教室中へ


声が響いた


凛は


驚いたように皆を見る


そして――


嬉しそうに笑った


◇


教壇の前


正臣は


何も言わず


その光景を見ていた


晴真が凛を推し


道満がそれに続き


誰かが励まし


誰かが笑い


誰かが背中を押す


教師が


「お前がアンカーだ」


そう決める必要はなかった


生徒たち自身が


誰に最後を託したいのか


ちゃんと答えを出した


「…………」


正臣の口元が


自然と緩む


入学した頃は――


まとまりなどなかった


自信のない者


一人で戦おうとする者


家柄を背負う者


表佐倉から来た者


自分の力を使いこなせない者


それぞれが


それぞれのことで精一杯だった


けれど今は――


「先生?」


晴真が気づく


「なんか嬉しそう」


「ん?」


正臣は我に返る


「いや」


少し笑い


「何でもない」


そして


一年一組を見渡す


「よし!」


教卓を叩く


「アンカーは――麻賀多凛!」


「はい!」


凛が


今度は迷わず答える


「明日は」


正臣が言う


「勝ちに行くぞ!」


一組全員


「おおおおおっ!!」


大きな声が


教室中へ響いた


桜駆けまで――


あと一日


長い準備の時間は終わり


いよいよ


一年一組が積み重ねてきたものを


見せる時が近づいていた


じゃぁ チーム編成を発表するぞ!

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