第八十四話 父の昔と遊戯場
「ジミーさん」
「おう、なんだ晴臣の息子!」
「その呼び方やめてよ」
晴真が苦笑する
けれど――
聞きたいことがあった
目の前にいる山崎正
本人曰く――
《ジミー》
父・桜晴臣を
表佐倉かぶれにした張本人
そんな人物と偶然出会ったのだ
晴真としては
気にならないはずがない
「ジミーさん」
「だからなんだ?」
「お父さんって――」
少し考え
「学生の頃、どんな感じだったの?」
「晴臣が?」
「うん」
晴真は頷く
「この前、臼井田守さんにも聞いたんだけど」
その名前を聞いた瞬間
ジミーの表情が変わった
「田守?」
「知ってるの?」
「知ってるも何も!」
ジミーが懐かしそうに笑う
「田守かぁ――懐かしいな」
少し遠くを見る
「あいつ元気にやってるか?」
「はい」
「そうかそうか」
ジミーは嬉しそうに頷いた
「あいつは表出身の後輩でな」
「よく面倒見てやったよ」
「そうだったんだ」
「それで――」
ジミーが
にやっ
「まだあの趣味やってるのか?」
晴真
「…………」
何のことか
すぐに分かった
「はい」
ジミーが吹き出す
「ぶははははっ!」
「まだやってんのか!」
腹を抱えて笑う
「変わらねぇなぁ、あいつ!」
晴真もつられて笑う
少し離れたところで
道満たちが
何の話をしているんだ
という顔をしていた
◇
ひとしきり笑った後
晴真はもう一度尋ねる
「それで」
「父さんは?」
「ああ、晴臣な」
ジミーは少し考える
そして
先ほどまでとは違う
どこか懐かしそうな表情になった
「晴臣はな――」
「学生時代から優秀だったよ」
「やっぱり?」
「そりゃ御堂家だからな」
陰陽術
武術
座学
どれをやらせても
一定以上
特に頭の回転は速かったという
「成績も良かった」
「教師からの評価も高かった」
「真面目にやれば、大抵のことはすぐ覚えた」
「へぇ……」
晴真は
自分の知らない父の姿を想像する
だが
ジミーが笑った
「ただな」
「?」
「あいつ――」
指を立てる
「好奇心が旺盛すぎた」
「あっ」
晴真が何となく察する
ジミーは続ける
「人と同じことするのが、あんまり面白くねぇってタイプだったな」
道満が少し反応する
迅と刀也も
晴真を見る
「…………」
晴真が気づく
「なんで俺を見るの?」
「いや」
迅が笑う
「血ってすげぇなと思って」
「どういう意味?」
「そのままの意味」
ジミーも晴真を見て
少し笑った
「確かに似てるかもしれねぇな」
「俺が?」
「ああ」
そして
少し声を落とす
「晴臣は名門御堂家の生まれだろ」
「うん」
「御堂家ってのは、裏佐倉でも特別な家だ」
古い歴史
伝統
しきたり
立場
背負うものも大きい
「晴臣には、それが少し堅苦しかったみたいでな」
晴真は黙って聞く
「嫌ってたわけじゃねぇぞ」
ジミーはそこを強調する
「家族が嫌いだったわけでも」
「御堂家を嫌ってたわけでもない」
「ただ――」
少し考え
「自分の知らないものを見たかったんだろうな」
「知らないもの?」
「ああ」
ジミーが遊戯場を見渡す
ボウリング
英語の看板
表佐倉から持ち込まれた遊び
「裏佐倉じゃ当たり前のことが、表じゃ全然違う」
「逆もそうだ」
「服も」
「食い物も」
「遊びも」
「考え方も」
「暮らし方も」
全部が違った
そして
晴臣には
その違いが新鮮だった
「見たことのない自由な世界に憧れてたんだろうな」
「自由な世界……」
晴真が呟く
「あいつは表佐倉に、それを感じたんじゃねぇか?」
ジミーは笑う
「だから俺が色々教えた」
「ボウリングも?」
「当然!」
胸を張る
「ゲームも」
「映画も」
「表の食い物も」
「色々連れ回してやったぞ」
「それで父さんが表佐倉かぶれになったの?」
「そういうことだ!」
「自慢することなのかな……」
道満が小さく呟く
ジミーは聞こえていない
「最初は英語も今のお前みたいだったぞ」
「本当?」
「看板見て首傾げてた」
晴真が笑う
今の自分と
同じだった
父にも
そんな時があった
自分と同じように
知らないものを見て
驚いて
面白がって
新しい世界へ踏み込んでいった時期があった
「…………」
晴真は
なんとなく嬉しくなった
父はずっと
父だったわけではない
自分と同じ学生で
知らないことに目を輝かせ
友人たちと遊び
時には大人に怒られながら
色々なものを覚えていった
そんな時代があったのだ
「もっと聞きたいな」
晴真が笑う
「晴臣の昔話か?」
「うん!」
「いいぞ」
ジミーがにやり
「恥ずかしい話なら山ほどある」
「それ聞きたい!」
「帰って晴臣本人に言うなよ」
「なんで?」
「俺が怒られる」
「怖いの?」
「晴臣は怒らせると怖ぇぞ」
「分かる」
「分かるのかよ!」
二人が笑った
その時――
遊戯場の奥から
「なんでこんなに難しいんだよぉぉぉ!!」
大声が響いた
「…………」
晴真
ジミー
道満
全員が振り返る
◇
輪投げ
そこには――
青菅隼人
そして豪太
二人が並んでいた
「くそっ!」
隼人が輪を投げる
ひゅっ
輪が飛ぶ
景品の棒へ向かい――
カンッ!
弾かれる
「またかよ!」
頭を抱える隼人
その隣
豪太が
「こうだろ?」
ひょいっ
スポッ
一本
「…………」
もう一つ
ひょいっ
スポッ
二本
さらに
ひょいっ
スポッ
三本
「おお!」
豪太が笑う
「簡単じゃねぇか!」
隼人の肩が震える
「…………」
豪太が首を傾げる
「なんでできないんだ?」
「なんでできるんだよ!!」
隼人の叫びが響いた
迅は横で
腹を抱えて笑っている
「お頭!」
「笑うな!」
「夏祭りから全然成長してねぇじゃん!」
「うるせぇ!」
輪投げだけは
なぜか壊滅的に苦手な隼人
忍びとして
苦無なら正確に投げられる
手裏剣も扱える
高速移動しながらでも的を狙える
なのに――
輪投げだけは入らない
ジミーがそれを見て笑う
「面白ぇ小僧だな」
晴真も苦笑
「隼人君、前のお祭りでもああだったんだよね」
「才能ってのは分からねぇもんだな」
◇
その少し向こうでは――
パァン!
的が倒れる
パァン!
また倒れる
パァン!
さらに
「おお!」
周囲から歓声
そこにいたのは
与一と誠
二人とも
弓の的当てに挑戦していた
「次」
与一が静かに矢を番える
ぎりっ
放つ
ヒュンッ!
中心
続いて誠
ヒュンッ!
こちらも命中
「よし!」
二人の前には
すでに大量の獲得札
店員が
少し引きつった顔をしている
ジミーの顔から
笑みが消える
「…………」
晴真が見る
「どうしたの?」
ジミーが叫ぶ
「おいおいおい!」
与一たちが振り返る
「店の景品全部持っていくつもりか!」
「え?」
与一が首を傾げる
「普通にやってるだけですけど」
「普通!?」
ジミーが与一を見る
構え
射ち方
呼吸
矢筋
そして
名前を思い出したように尋ねる
「小僧」
「はい?」
「お前、鏑木の家のもんだろ」
「そうです」
ジミーが額を押さえる
「やっぱりか……」
そして宣言
「今後――」
与一を指差す
「鏑木家は出禁だ!」
「ええっ!?」
周囲が大笑い
誠も笑いながら
「俺は?」
「お前も上手すぎる!」
「じゃあ俺も出禁?」
「考えとく!」
「理不尽だ!」
また笑いが広がった
与一は
自分の獲得札を見る
「まだそんなに取ってないけど」
ジミーが叫ぶ
「十分だ!!」
◇
晴真も
だんだん遊びたくなってきた
「道満君」
「何だ?」
「俺たちも何かやろうよ」
「そうだな」
二人で辺りを見る
輪投げでは
まだ隼人が苦戦中
射的は
与一たちが半ば店荒らし状態
式神レースでは
樹が真剣に出走表を見ている
刀也と迅は
すでに次の遊びへ向かっていた
そして――
晴真の視線が
最初に見つけたものへ戻る
長い床
十本のピン
色とりどりの玉
「道満君」
「何だ?」
晴真が指差す
「ボウリングやろう!」
「ぼうりんぐ?」
道満が怪訝そうな顔
「何だそれは?」
「やっぱり知らない?」
「知らん」
晴真の顔が
ぱっと明るくなる
「じゃあ教えるよ!」
「なぜそんなに嬉しそうなんだ」
「だって今度は僕が教えられるじゃん!」
普段
陰陽術
札術
裏佐倉の常識
道満から教わることも多い
けれど
これは――
表佐倉育ちの晴真が知っている遊び
「ほら!」
晴真がボウリングの玉を持つ
「この玉を投げて」
レーンの先を指差す
「あの十本を倒すんだ」
「全部倒せばいいのか?」
「そう!」
「簡単だな」
「…………」
晴真が道満を見る
道満も晴真を見る
「何だ?」
「いや」
晴真が少し笑う
「やれば分かるよ」
◇
まずは晴真
玉を選ぶ
「これくらいかな」
指を入れ
助走
道満が不思議そうに見る
「投げるだけではないのか?」
「こうやって勢いつけるんだよ」
一歩
二歩
三歩――
すっ
ゴロゴロゴロ――!
玉が真っ直ぐ進む
そして
ガシャァン!!
八本
「おお!」
道満が少し目を見開く
「八本」
「久しぶりだからなぁ」
晴真は悔しそう
残った二本
二投目
ゴロゴロ――
カンッ!
一本だけ倒れる
「あー!」
「九本か」
「惜しかった」
道満が腕を組む
「なるほど」
「次、道満君」
「分かった」
道満が玉を持つ
「重いな」
「最初は軽いのでもいいよ」
「これでいい」
玉を構える
晴真が説明する
「線を越えないようにして」
「分かった」
「力任せに投げるより――」
「要は真っ直ぐ転がせばいいのだろう?」
「まあ、そうだけど」
道満
すっ
非常に綺麗な姿勢
刀也たちまで
何となく見る
「おっ」
道満が一歩
二歩
そして――
投げる
ゴロゴロゴロ――
晴真
「おお!」
真っ直ぐ
そのまま――
少し右へ
少しずつ右へ
さらに右へ
道満
「…………」
ガタンッ
溝へ落ちた
「…………」
晴真
「…………」
道満
「今のは何だ?」
「ガター」
「がたー?」
「一本も倒せなかった」
「…………」
道満の眉が
ぴくっ
迅が遠くから
「あははははっ!」
刀也も
「道満、零本!」
「うるさい!」
道満が振り返る
晴真が笑いを堪える
「最初はそんなもんだよ」
「晴真」
「何?」
「もう一度だ」
目が変わっていた
晴真
「あ……」
知っている
この顔
札術でも
剣術でも
何か上手くいかない時
道満が本気になる時の顔
「これ――」
晴真が苦笑する
「道満君、ハマるかも」
◇
二投目
道満は
さっきより慎重だった
レーンを見る
玉を見る
自分の立ち位置を見る
「晴真」
「何?」
「お前は先ほど、中央より少し左から投げたな」
「うん」
「回転は?」
「少しかかってたと思う」
「なるほど」
「……もう分析してる?」
道満は答えない
助走
投球
ゴロゴロゴロ――
今度は
先ほどより真っ直ぐ
ガシャァン!
六本
「おお!」
晴真が声を上げる
「六本!」
「まだ四本残った」
「最初から六本なら十分だよ!」
道満は
少しだけ口元を上げる
「面白いな」
「でしょ!」
三投
四投
五投――
道満は
投げるたびに修正する
立ち位置
歩幅
腕の振り
放す位置
玉の回転
「…………」
晴真が見ている
「やっぱり道満君ってこういうの得意だね」
「規則が分かれば対応できる」
そして――
次の一投
ゴロゴロゴロ――
玉は中央へ
ガシャァァン!!
十本全てが弾け飛ぶ
「ストライク!」
晴真が叫ぶ
道満の顔が
ぱっと明るくなる
「これがストライクか!」
「そう!」
道満が
小さく拳を握る
「よし!」
晴真が笑う
「めっちゃ嬉しそうじゃん」
「別に」
「今“よし”って言ったよ」
「言ってない」
「言ったよ!」
◇
それを見ていた刀也が
「俺もやる!」
迅も
「俺も!」
豪太まで
「俺なら全部吹き飛ばせる!」
ジミーが慌てる
「吹き飛ばすな!」
隼人も輪投げを放り出し
「俺もこっちやる!」
「輪投げは?」
迅が聞く
「知らん!」
「逃げた!」
「うるせぇ!」
与一と誠も
大量の景品札を持ってやって来る
樹
秀
学
遊喜
剛
太一も集まる
いつの間にか――
男子全員で
ボウリング大会になっていた
「よーし!」
刀也が玉を掲げる
「誰が一番か勝負しようぜ!」
「いいね!」
晴真も乗る
道満が腕を組む
「望むところだ」
迅が笑う
「優勝者には?」
皆が考える
すると
ジミーが
にやり
「なら――」
景品交換所を指差した
「一番点数が高かった奴に」
「俺から特別景品を出してやるよ」
「特別景品!?」
刀也の目が輝く
「何だ!?」
「それは――」
ジミーは笑う
「勝ってからのお楽しみだ」
一同
「おおおおっ!!」
一気にやる気が上がる
晴真も
楽しそうに玉を持った
父の昔話を聞き
知らなかった父の一面を知り
そして今は
仲間たちと
父も昔楽しんだかもしれない遊びに興じている
なんだか
少し不思議な気分だった
「晴真!」
刀也が叫ぶ
「次お前だぞ!」
「うん!」
晴真はレーンへ向かう
その後ろでは
道満がすでに
次の投球位置を真剣に計算している
迅が笑う
「遊びなのに本気すぎるだろ」
道満が即答する
「勝負である以上、勝つ」
「そういうところだよ!」
笑い声が響く
こうして――
佐倉柏麗での
男子たちの遊びは
ますます騒がしくなっていった




