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第八十三話 遊戯場・佐倉柏麗


 それからしばらくして――


「できましたぞ!」


職人の声が店内へ響いた


「本当!?」


店の中を見て回っていた晴真が


真っ先に駆け寄る


職人の手には


小さな箱


その蓋が


ゆっくり開かれた


「おお……!」


晴真の目が輝く


中に入っていたのは――


黒い桜


先ほどまで


ただの黒い石だった《結界石》が


五枚の花弁を持つ


小さな桜の形へ加工されていた


中央には


細い紐を通すための金具


そこから伸びる紐も


黒を基調とした落ち着いたもの


派手ではない


けれど


黒桜寮の紋章を思わせる


綺麗な首飾りになっていた


「すごい!」


晴真が手に取る


「本当に黒桜みたいだ!」


裏返すと


さらに細かいものが見える


道満が書いた――


《守護結界》の術式


石の小さな裏面へ


隙間なく


それでいて整然と刻まれている


晴真が少しだけ霊力を流す


ぽうっ――


黒い桜が


ほんの僅かに光った


そして


ふわっ


一瞬だけ


晴真の周囲へ薄い結界が広がる


「ちゃんと動いた!」


「当然だ」


少し離れたところから


道満が答える


「何個書いたと思っている」


その声には


若干の疲れが混じっていた


「ありがとう、道満君!」


「……まあ、小夜への贈り物なのだろう」


道満は肩をすくめる


「役に立つなら構わん」


「うん!」


晴真は


もう一度首飾りを見る


小夜がつけている姿を想像して


嬉しそうに笑った


「喜んでくれるかな」


男子たち


「…………」


迅が刀也を見る


刀也も迅を見る


二人とも


にやにや


しかし今回は


何も言わなかった


言えばまた晴真が


「なんで?」


と首を傾げるのが分かっていたからだ


◇


すると職人が


もう一つ箱を差し出した


「道満様」


「俺に?」


「はい」


道満が受け取る


中には


同じ黒桜を模した首飾り


ただし


晴真の物とは


細かな形が少し違っていた


「こちらは試作品でございます」


職人が説明する


「晴真様の物と道満様の物は、最初に作った試作品ですので――」


二つを見比べる


「一点物となります」


「一点物?」


晴真が聞き返す


「はい」


「細工の一部を手作業で調整しておりますので、まったく同じ物はもう作れません」


「へぇー!」


晴真はさらに嬉しそうになる


職人は今度


別の箱を開ける


そこには――


ずらり


同じような黒桜の首飾り


「こちらが大量販売用でございます」


「もう作ったの!?」


晴真が驚く


歴博が


にこにこ


「もちろんでございます」


「早くない?」


「商売は早さが命でございますので」


道満が歴博を見る


「最初から作る気満々だったな」


「はて、何のことでしょう?」


大量販売用は


一点物に比べれば


花弁の細かな彫り


縁取り


裏側の装飾などが簡略化されている


それでも


黒い桜の形は美しく


裏側には


道満が延々と書かされた守護結界の術式


十分すぎるほど


良い出来だった


「これでも普通に綺麗だね」


遊喜が言う


樹も一つ手に取る


「量産品でこれなら十分じゃない?」


「でしょう!」


歴博が胸を張る


◇


そこで――


歴博が晴真へ向き直った


「ところで晴真様」


「何?」


急に


少し真面目な顔


「今回の商品ですが――」


黒桜の首飾りを手に取る


「売り上げのうち、何割ほど納めればよろしいでしょう?」


「…………?」


晴真が首を傾げる


「何割?」


「はい」


「晴真様の発案による商品でございますから」


「えー」


晴真は困る


「僕、そんなの分からないよ」


そして


あっさり


「別にいいよ」


「…………」


歴博の顔が固まった


「はい?」


「別に僕、お金いらないし」


「いやいやいや!」


歴博が急に慌てる


「それでは私が困ります!」


「なんで?」


歴博の顔が


ものすごく真剣になる


「春花様に……」


「春花さん?」


「…………」


歴博が少し遠い目


どうやら


過去に何かあったらしい


晴真はよく分からないまま


「あっ」


手を叩く


「じゃあ春花さんと決めてください」


「…………」


歴博


ほんの少し


肩を落とす


「やはり……そうなりますか」


道満が


じーっ


その顔を見る


――取り分が減るんだろうな


だが


歴博はすぐ


大量生産された黒桜の首飾りへ目を向ける


「…………」


にやっ


もう笑っている


売れる


これは売れる


その確信があるのだろう


気落ちしていたのは


ほんの一瞬だった


道満が呆れる


「立ち直るのが早いな」


「商売人ですので!」


◇


さらに――


「皆様にもどうぞ」


歴博が


黒桜の首飾りを配り始めた


「えっ、俺たちも?」


刀也が受け取る


「試用も兼ねております」


「なるほど!」


迅も早速首へかける


「結構格好いいじゃん」


「黒桜寮って感じするな!」


豪太も喜ぶ


そして


それだけではない


刀也には


最高級霊木を使用した刀


迅と隼人には忍刀


与一と誠には弓


他の男子たちにも


それぞれ希望した武具が渡された


全員


顔が完全に緩んでいる


迅が忍刀を眺めながら


「いやぁ……」


満足そうに頷く


「いい買い物したなぁ」


「本当だな!」


刀也も刀を見る


与一も


弓の霊力の通りを確認しながら頷く


「かなり良い」


「軽いな」


「霊力も流しやすい」


「桜駆けで使えるぞ!」


皆が口々に喜ぶ中


道満の筆が――


ぴたり


止まった


「お前たち」


全員が見る


「何?」


道満が叫ぶ


「買ってないだろうが!!」


一瞬の沈黙


そして――


「はははははっ!」


店中に笑い声


道満が怒鳴る


「俺が払っているようなものだろう!」


「まあまあ」


迅が肩を叩く


「細かいこと気にすんなって」


「細かくない!」


歴博が


にこにこしながら道満へ近づく


「道満様」


「何だ」


「ちゃんとまた来てくださいよ」


「…………」


道満は嫌そうな顔


それでも


約束してしまった以上


「分かってます!」


「ありがとうございます」


歴博は続ける


「それと――」


晴真を見る


「その時は、ぜひ晴真様もご一緒に」


「僕も?」


晴真が自分を指差す


その瞬間


道満が歴博を睨む


「おい」


「はい?」


「晴真を連れてきて、また何か作らせようとしているだけだろう!」


「まさか!」


歴博は胸へ手を当てる


「親愛なるお二人を――」


満面の笑み


「心より、おもてなしするためでございますよ」


「…………」


歴博の目


完全に嘘をついていた


道満


「次へ行くぞ!」


「えっ」


「もうここにいると何をさせられるか分からん!」


道満が先頭に立ち


さっさと店を出ていく


歴博は後ろから


「これからもよろしくお願いいたします!」


「ふん!」


道満は鼻を鳴らす


だが――


その手には


しっかりと


最高級霊木の薙刀


晴真が横へ追いつく


「道満君」


「何だ」


「なんか嬉しそうだね」


「…………」


道満は薙刀を見る


「別に」


「嬉しそうだけど」


「気のせいだ」


「そう?」


「そうだ!」


晴真は笑う


道満も


ほんの少しだけ


口元が緩んでいた


◇


そして――


歴博のお宝屋を出た男子たち


ここからが


今日の本番


迅が大きく腕を上げる


「よーし!」


皆が見る


「次こそ本日のメインイベント!」


刀也も


待ってましたと言わんばかりに


「行くぞ!」


しばらく歩き


一行が辿り着いた場所


大きな建物


派手な看板


そこには――


《佐倉柏麗》


晴真が看板を見上げる


「さくら……はくれい?」


「違う違う」


迅が笑う


「《さくら・ぱーくれーん》って読むんだよ」


「ぱーくれーん?」


「そう」


晴真がまた看板を見る


「英語?」


「なんだそれ?」


道満が眉を寄せる


「この当て字に意味はあるのか?」


「格好いいからじゃね?」


刀也が適当に答える


「そんな理由なのか……?」


「とりあえず入ろうぜ!」


刀也がもう我慢できず


入り口へ向かう


◇


入り口には


一人の男が座っていた


年齢は五十代ほど


少し白髪の混じった髪


どこか気さくそうな雰囲気


だが


男子たちを見るなり


眉を上げた


「いらっしゃい」


そして


じーっ


一行を見る


「…………」


男子たち


「…………」


男が言う


「なんだ?」


「ずいぶん幼いのばっかじゃねぇか」


一瞬


空気が固まる


迅と刀也


目を逸らす


そこで


太一が一歩前へ


「すみません」


妙に真面目な顔


「一応、保護者です」


「保護者?」


男が太一を見る


そこへ


与一


そして豪太も並ぶ


三人とも


初等部一年生にしては身体が大きい


男は


太一


与一


豪太


その後ろの晴真たち


もう一度


太一たち


「…………」


ふっ


笑った


「まあ、いいか」


「いいの!?」


晴真が思わず言う


男が笑う


「悪さしねぇならな」


そして


建物の中を親指で指す


「楽しんでいきな」


「やった!」


刀也と迅が


真っ先に入る


「お前ら走るなよ!」


道満も続く


男子たちは


次々と遊戯場の中へ入っていった


◇


中へ入った瞬間――


「うわぁ……!」


晴真の目が輝く


広い


想像していたより


ずっと広い


輪投げ


射的


札を使った的当て


式神を走らせる小さな競技場


盤上遊戯


玉を使った遊び


景品交換所


見たことのない遊具まで


所狭しと並んでいる


迅と隼人は


早くも輪投げを探している


与一と誠は射的


樹は式神レースを見つけ


目を輝かせていた


だが――


晴真が最初に目を奪われたものは


別だった


ずらりと並んだ長い床


その先に


十本の白いピン


重そうな玉


「…………」


晴真が止まる


「あれって……」


もう一度見る


見間違いではない


「ボウリングじゃん!」


すると背後から


先ほどの男の声


「お?」


晴真が振り返る


男は


少し驚いた顔


「小僧、ボウリング知ってんのか?」


「知ってますよ!」


晴真は嬉しそう


「表佐倉でやったことあるし」


その時


晴真は気づいた


よく見ると


遊戯場の中には


妙に英語が多い


《BOWLING》


《GAME》


《START》


《GOAL》


《CHALLENGE》


裏佐倉では


あまり見かけない文字


「…………」


晴真は男を見る


「おじさん」


「なんだ?」


「表佐倉出身?」


男が


にやっ


「なんだ」


「お前もか?」


「うん!」


晴真が頷く


すると男は


少し懐かしそうな顔


「そうかそうか」


晴真を見ながら笑う


「こういうの久しぶりだろ?」


「うん!」


「なんか懐かしい!」


「だろ?」


男は満足そう


そして


晴真をじっと見る


「お前、名前なんていうんだ?」


「桜晴真です」


その瞬間――


男の表情が変わった


「……桜?」


「はい」


「晴真?」


「そうです」


男が


ぐっと顔を近づける


「お前――」


晴真が少し後ろへ下がる


「な、何?」


「もしかして」


男の目が見開く


「晴臣の息子か!?」


「えっ?」


今度は晴真が驚く


「父さん知ってるんですか?」


「知ってるも何も!」


男が豪快に笑う


「そうです」


晴真が頷く


「桜晴臣は僕の父です」


「そうかそうか!」


男は嬉しそうに


晴真の肩をばんばん叩く


「いやぁ、あいつの息子か!」


「痛い痛い!」


周囲の男子たちも


何事かと集まってくる


道満が尋ねる


「晴臣殿のお知り合いなのですか?」


「ああ!」


男は胸を張る


「知り合いどころか――」


自分を指差す


「晴臣を《表佐倉かぶれ》にした張本人が俺だ!」


「ええっ!?」


晴真が声を上げる


迅も


「晴真のお父さんを?」


「そうだ!」


男は得意満面


「俺の名前は――」


一拍


「山崎正」


そして――


突然


びしっ!


親指で自分を指す


「人呼んで――《ジミー》!」


「…………」


男子たち


誰も反応できない


ジミーは構わず続ける


「まあ俺のことは、ジミーって呼べ!」


晴真が恐る恐る


「山崎さん?」


「ジミーだ!」


「正さん?」


「それは絶対にやめろ!!」


ものすごい勢いで否定された


晴真がびくっとする


「なんで!?」


「とにかく正とは呼ぶな!」


「じゃあ……」


晴真が笑う


「ジミーさん?」


その瞬間


男の顔が


ぱぁっ


と明るくなる


「おう!」


満足そうに腕を組む


「それでいい!」


男子たちは


顔を見合わせる


迅が小声で刀也へ


「濃いおっさん出てきたな」


「めちゃくちゃ濃いな」


道満は


頭を押さえる


「晴真の父上の知り合いには、こういう人物までいるのか……」


晴真は


ジミーを見ながら


楽しそうに笑っていた


父が


まだ自分の知らない頃


表佐倉で


どんな人たちと出会い


どんなことをしていたのか


どうやら――


ここには


その話をたっぷり知っている人物がいるらしい


そして何より


晴真の目の前には


懐かしいボウリング場


その奥には


刀也たちが楽しみにしていた遊戯


さらに――


夜叉丸が使ったという


謎の景品まである


男子だけの休日は


ようやく――


本当の意味で始まろうとしていた

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